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第2話 :帰還と静かな反撃

2-1: アルタミラでの帰還


バーラト王国を離れて数日後、アルフェラッツを乗せた馬車は隣国アルタミラ王国の壮麗な城門をくぐった。静かに流れる川と緑豊かな丘陵地帯に囲まれたその景色は、彼女にとって懐かしい故郷の姿だった。バーラト王国での生活の間も、アルタミラは常に心の奥底にある「帰るべき場所」として彼女を支え続けていた。



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国境を越える瞬間


馬車の中で窓越しに広がる景色を眺めながら、アルフェラッツは静かに息をついた。彼女の横に座る母もまた、深い感慨を胸に秘めている様子だった。


「アルフェラッツ、ようやく帰ってきたわね。」

母は微笑みを浮かべながら、彼女にそう語りかけた。


「ええ。長い旅路でしたが、やっと戻ることができました。」

アルフェラッツは穏やかに答えたが、その瞳には冷静な光が宿っていた。彼女にとって、この帰還は単なる帰省ではなかった。バーラト王国との同盟破棄を実現するための新たな一歩であり、アルタミラ王国の未来を左右する重要な局面だった。



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城での歓迎


アルタミラの王城に到着したアルフェラッツとノーランド公爵夫妻は、盛大な歓迎を受けた。門の前には宮廷の高官たちが並び、彼らを出迎える準備が整っていた。彼女が馬車から降りると、迎賓の鐘が鳴り響き、街の人々が「お帰りなさいませ、アルフェラッツ様!」と歓声を上げる。


アルフェラッツはその声援に軽く微笑みながら、一礼をして応えた。まるでバーラトでの追放劇が遠い過去のことのように、彼女の態度には一切の陰りが見られなかった。


「アルフェラッツ、よく戻った。」

迎え入れたのは父であるアルタミラ国王だった。彼は娘の無事な姿を見て安心した様子で微笑む。


「陛下、ただいま戻りました。長旅の間、何事もなく到着できたことを感謝いたします。」

アルフェラッツは丁寧に頭を下げたが、その声には確かな自信が感じられた。



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父との対話


アルフェラッツが城内に案内され、父王の執務室に通されると、早速二人だけの会話が始まった。ノーランド公爵夫妻は別室に案内され、父と娘だけが静かな部屋に残された。


「さて、アルフェラッツ。計画は順調に進んでいるのか?」

国王が穏やかな声で尋ねる。


「ええ、すべて計画通りですわ。バーラト王国の混乱は、既に始まっています。」

アルフェラッツは即座に答えた。その表情には一切の迷いがなかった。


「レギオス王太子の判断は完全に誤りでした。ジャネットを使って彼を誘惑する計画も成功し、彼の評判は徐々に悪化しています。」

アルフェラッツは淡々と報告を続ける。


「王太子がいずれ自らの失策を認めざるを得ない状況になるよう、次の手も準備を進めています。」


国王は彼女の言葉に満足げに頷いた。

「さすがだな、アルフェラッツ。だが、バーラトの動向を見極めつつも、こちらの準備も怠らぬようにしなければならん。」


「もちろんです。私はすでに次の一手を考えていますわ。」

アルフェラッツの言葉に、国王は微笑みを浮かべた。



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ノーランド公爵夫妻の覚悟


一方、別室に通されたノーランド公爵夫妻もまた、アルタミラに戻った安堵とともに複雑な心境を抱いていた。特に公爵は、自分の家族がバーラト王国から追放される形になったことに苦悩していた。


「アルフェラッツがこれほどの計画を進めていたとはな……。私は本当に彼女を支えられているのだろうか。」

公爵は椅子に腰掛けながら、深い溜息を漏らした。


「あなた、アルフェラッツは自分の信念で動いているのよ。私たちはその決意を信じて、見守るしかないわ。」

夫人はそう言って夫を励ました。


「だが、バーラトとの同盟が破棄されれば、戦争が起きる可能性もあるのだぞ。それを分かっていて、私たちは本当に彼女を見送るべきだったのか……。」


夫人は静かに首を振った。

「彼女はその未来を見据えて、私たちをここへ導いたのです。アルフェラッツが間違った選択をするはずがありません。」



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アルフェラッツの次なる計画


その夜、アルフェラッツは一人で自室の机に向かい、次なる計画を練っていた。机の上にはバーラト王国の地図が広げられ、いくつかの重要な拠点に赤い印が付けられている。


「次は、レギオス殿下がさらに孤立するよう仕向けなければなりませんわ。」

彼女は独り言を呟きながら、冷静に次の手を考えていた。


彼女の目的は明確だった。バーラト王国を内部から揺るがし、同盟破棄を既成事実とすること。そして、その結果としてアルタミラ王国の安全を確保することだ。


「レギオス殿下、これからが本当の試練ですわ。」

アルフェラッツは小さく笑いながら、計画をさらに具体化していく。



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アルタミラに広がる安心感


アルフェラッツが帰還したことで、アルタミラ王国の宮廷内には安堵の空気が広がっていた。彼女の存在そのものが、国の未来を守るための象徴となりつつあったのだ。


しかし、アルフェラッツ自身はその状況に甘んじることなく、冷静に計画を遂行するための準備を進めていた。バーラト王国での混乱は、まだ始まったばかりであり、彼女の手腕がこれからさらに試されることになる。


「すべてはアルタミラのために――そして、私自身のために。」

そう呟いたアルフェラッツの瞳には、冷徹な光と揺るぎない決意が宿っていた。


2-2: ジャネットの正体


アルタミラ王国の宮廷の奥深く、アルフェラッツは王宮内の静かな一室で一人の女性を待っていた。彼女の目には焦りの色はなく、計画通りにすべてが進んでいることを確信しているようだった。ほどなくして扉が開き、控えめな態度で現れたのは、学院で「平民の娘」として王太子レギオスを魅了したジャネットだった。



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ジャネットとの再会


ジャネットが入室すると、アルフェラッツは柔らかな微笑みを浮かべながら席を立った。

「お疲れ様でしたわ、ジャネット。」


「アルフェラッツ様、お待たせいたしました。」

ジャネットは深々と頭を下げる。学院では「被害者」として振る舞っていた彼女だが、ここではその姿は消え失せ、忠実な側使いとしての一面を見せていた。


アルフェラッツは椅子を指し示しながら、優雅に言葉を続けた。

「どうぞお座りなさい。学院での任務は順調だったようですね?」


ジャネットは席に座り、穏やかな声で答えた。

「はい、殿下は完全に私を信用しており、学院の生徒たちも同様です。ですが、そろそろ計画通りに動きを変えさせていただきました。」


「ええ、それが正解ですわ。殿下がジャネットの存在に依存し始めた今、あなたが突然姿を消すことで、彼は一層不安定になるでしょう。」


アルフェラッツの言葉にジャネットは頷いた。学院で「平民の娘」として彼女が築いた信頼関係は、アルフェラッツの計画の一部にすぎなかった。王太子を惑わせ、彼を孤立させるための布石でしかない。



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計画の詳細


ジャネットはアルフェラッツに詳細な報告を始めた。

「学院内では、私がいなくなったことを不審に思う声が出始めています。一部の生徒たちは、私が殿下にふさわしくないと思い始めているようです。」


アルフェラッツは報告を聞きながら微かに微笑んだ。

「それで良いのですわ。殿下があなたの存在を守るために必死になるほど、彼の孤立は深まります。そして、学院内の混乱が続けば、生徒たちも次第に彼に対して不信感を抱くでしょう。」


「ですが、もし殿下が事実に気づき、私がアルフェラッツ様の側使いだと知られたら……?」


ジャネットの問いに、アルフェラッツは余裕たっぷりに笑いながら答えた。

「その時は、その時ですわ。殿下が気づく頃には、彼の評判は地に落ち、彼を擁護する者など残っていないでしょう。それに、あなたの役割はすでに十分果たされています。これ以上彼の側にいる必要はありませんわ。」


ジャネットは安心したように息をつきながら頷いた。アルフェラッツの計画は完璧であり、自分の役割がその中で明確に位置づけられていることを改めて理解したのだ。



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アルタミラ国王との報告会


その後、アルフェラッツはジャネットを伴い、父であるアルタミラ国王の執務室を訪れた。国王は二人を迎え入れると、ジャネットに向かって静かに言葉をかけた。

「よくやった。お前の働きがなければ、この計画はここまで順調には進まなかっただろう。」


ジャネットは恐縮しながら頭を下げた。

「ありがとうございます。すべてはアルフェラッツ様のご指導のおかげです。」


国王は満足げに頷き、アルフェラッツに目を向けた。

「次の段階に進むにあたり、ジャネットをどう動かすつもりだ?」


アルフェラッツは冷静に答えた。

「ジャネットには、いったん学院から完全に姿を消してもらいます。その後、彼女が殿下と関わりがあった証拠を曖昧にし、彼女の存在自体が幻のように見えるよう仕向けます。」


国王は興味深そうに頷いた。

「存在そのものを曖昧にする、か。それがどれほど彼に影響を与えるか、楽しみだな。」


「ええ。殿下は自らの選択を疑い始めるでしょう。そして、その疑念が彼の行動をさらに不安定にし、最終的には自滅への道を歩ませることになりますわ。」



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ジャネットの退場


その夜、ジャネットはアルフェラッツから最後の指示を受け、アルタミラ王宮からひっそりと姿を消した。彼女はこれから別の土地で新たな役割を与えられる予定だったが、それはまた別の計画の一環だった。


アルフェラッツは、ジャネットの部屋が空になったことを確認しながら小さく微笑んだ。

「お疲れ様でしたわ、ジャネット。あなたの役割はこれで終わりです。」


彼女にとって、計画はあくまで冷徹な道具であり、そこに感傷は一切なかった。アルフェラッツにとって重要なのは、バーラト王国を内部から崩壊させることであり、そのためにはどんな犠牲もいとわないのだ。



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バーラト王国での余波


一方、ジャネットが学院からいなくなったことで、バーラト王国ではさらなる混乱が巻き起こり始めていた。学院内ではジャネットを巡る噂が絶えず、王太子レギオスの評判は徐々に悪化していた。


「ジャネットさんって本当にいたのかな?」

「いや、殿下が何か隠してるんじゃないか?」


そんな声が広がる中、レギオスはますます孤立を深めていった。



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アルフェラッツの冷徹な一言


その報告を受け取ったアルフェラッツは、遠くアルタミラの地で窓の外を見つめながら静かに呟いた。

「レギオス殿下……これはまだ序章に過ぎませんわ。この茶番劇がどのように終わるか、どうぞ最後までご覧くださいませ。」


その瞳には冷たく光る勝利の色が宿っていた。


2-3: 王子の失態


ジャネットが学院から姿を消してから数日、バーラト王国の第一王子レギオスは明らかに動揺していた。彼女の突然の失踪は、彼の信念を大きく揺るがしていた。学院中を探し回り、使用人たちにも何度も問い合わせたが、誰も彼女の行方を知らない。学院の記録にもジャネットの退学に関する記載はなく、まるで彼女が初めから存在しなかったかのように思える状況だった。


2-4: 混乱する王子と動き出す陰謀


アルフェラッツが仕掛けた計画の余波は、バーラト王国全体に広がり始めていた。学院ではジャネットの失踪により王太子レギオスへの信頼が揺らぎ、国全体ではアルタミラ王国との関係悪化を懸念する声が高まっていた。王国の未来を担うべき王太子は、今や国の不安定さの象徴となりつつあった。



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学院内の不穏な空気


セレスティア学院では、ジャネットの突然の失踪と王太子レギオスの奇妙な行動が引き金となり、生徒たちの間で動揺が広がっていた。かつては絶対的な支持を得ていた王太子だが、今ではそのカリスマ性が完全に失われ、疑念が囁かれていた。


「王太子殿下、最近おかしくない?」

「ジャネットさんを探して学院中をうろついているって本当?」

「そもそも、平民の娘を選んだ時点でおかしいわ。」


アルフェラッツがいなくなったことで、学院の調和は崩れ、生徒間の対立が目に見える形で増えていた。派閥争いが激化し、小さな摩擦が学院全体を不安定にしていた。


そんな中、アルフェラッツを慕っていた生徒たちの間では、彼女を懐かしむ声も聞かれるようになった。

「アルフェラッツ様がいれば、こんなことにはならなかったのに……。」

「平民のジャネットさんより、彼女の方がずっと優れた王妃になれたはずよ。」


しかし、そうした声を表立って上げることは禁忌とされていた。なぜなら、それは王太子への反逆とみなされる危険があったからだ。



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王太子の孤立


レギオスは日に日に追い詰められていった。学院中を探してもジャネットの行方はわからず、彼女に関する記録も一切残されていない。まるで彼女の存在そのものが消え去ったかのようだった。


「どうしてだ……? なぜジャネットがいないんだ……?」


彼は学院の図書館や記録室に足を運び、ジャネットに関する情報を必死に探した。しかし、どれだけ調べても彼女の存在を証明する痕跡は見つからない。その事実は、彼の心にさらなる混乱をもたらした。


「まさか、僕の記憶が間違っているのか……?」

そんな考えが頭をよぎるたびに、彼は頭を振ってそれを否定した。しかし、彼の周囲では徐々に人々が彼から距離を置き始めていた。生徒たちは彼の奇妙な行動に違和感を抱き、教師たちも彼の振る舞いを問題視していた。



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王宮での危機感


一方、王宮では、アルタミラ王国との外交問題が徐々に深刻化していた。アルフェラッツがアルタミラ王国の第二王女であることが公になり、バーラト王国の国民の間でも不安が広がっていた。


「王太子が隣国の王女を追放したことで、アルタミラが同盟を破棄するのではないか。」

「それどころか、戦争になる可能性もある。」


こうした噂が広がる中、バーラト王国の宮廷では、アルタミラへの再交渉を試みる動きが出始めていた。しかし、アルタミラ側は完全に沈黙を守り、バーラトの要請には一切応じない姿勢を見せていた。


国王は頭を抱えながら、宮廷の重臣たちに向けて怒りを露わにした。

「全てはレギオスの愚行が原因だ! どうにかしてこの状況を収める方法を見つけねばならん。」


しかし、誰一人として有効な解決策を提案する者はいなかった。



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アルフェラッツの新たな動き


その頃、アルタミラ王国では、アルフェラッツが次の一手を打つための準備を進めていた。父王の執務室で、彼女は最新の報告書を手にして微笑んでいた。


「レギオス殿下は、ジャネットの失踪で完全に混乱しています。さらに、彼の奇妙な行動が周囲の信頼を失わせています。」


国王は満足げに頷きながら答えた。

「見事だ、アルフェラッツ。だが、ここで動きを誤るわけにはいかない。バーラトが内部から崩れるよう、慎重に進めるのだ。」


「ご安心ください、陛下。バーラト王国は既に弱体化しています。次は、国内でさらに不満が広がるよう仕向けるつもりです。」


アルフェラッツは冷静に計画を語りながら、手元の地図に視線を落とした。バーラト王国の重要な拠点が赤い印で示されており、彼女の次なる動きを象徴しているようだった。



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学院での最後の亀裂


学院内では、王太子レギオスに対する不信感が頂点に達しつつあった。生徒たちは彼の振る舞いを批判するようになり、一部の貴族令嬢たちは学院を辞めるという動きまで見せ始めていた。


「もう王太子には期待できないわ。」

「アルフェラッツ様がいなくなってから、学院全体がおかしくなったもの。」


こうした声が広がる中、レギオスは完全に孤立していった。彼はそれでもジャネットを探し続けたが、見つかるはずもない。彼が見ていた「希望」は、最初からアルフェラッツの手のひらの上で踊らされていた幻想に過ぎなかったのだ。



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アルフェラッツの冷徹な一言


アルフェラッツはアルタミラの城のバルコニーに立ち、遠くバーラトの方向を見つめながら静かに呟いた。

「レギオス殿下、これがあなたの選択の結果ですわ。どうぞ最後まで楽しんでくださいませ。この茶番劇の幕引きは、私がして差し上げます。」


彼女の瞳には冷たい光が宿り、その笑みには確固たる勝利の自信が浮かんでいた。



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王子の疑念


執務室で頭を抱えながら、レギオスは独り言を呟いていた。

「どうしてだ……? ジャネットがいなくなるなんて聞いていない。彼女が私を裏切るはずがない……。」


彼の頭には、学院での彼女との記憶が次々と浮かび上がった。控えめな態度でいながらも、彼を理解し、支えてくれた彼女。平民であるにもかかわらず、彼女の純粋さと優しさは他の誰よりも輝いて見えた。だからこそ、彼はアルフェラッツとの婚約を破棄してでも、彼女を選んだのだ。


だが、そんな彼女が突然姿を消したことで、彼の中に一抹の疑念が芽生え始めていた。

「もしかして……ジャネットは、私を利用していたのか?」


その考えを振り払うように首を振り、レギオスは自らに言い聞かせた。

「いや、そんなはずはない。ジャネットはそんなことをする子じゃない。きっと何か事情があるんだ……。」


だが、彼の心の中ではその言葉が響くたびに、不安が増幅していった。



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学院内での混乱


一方、学院内では、ジャネットの失踪に関する噂が広がっていた。

「ジャネットさんって、どこに行ったの?」

「殿下が何か怒らせたんじゃない?」

「いや、それより、そもそもジャネットさんって本当に平民だったのかな?」


ジャネットが学院で築いた好感度は高かったが、その背景を知る者は誰もいなかった。彼女が突然いなくなったことで、学院内の生徒たちは混乱し、噂が飛び交うようになった。


さらに、王太子レギオスが学院内でジャネットを探し回る様子は、彼の威厳を損なう結果となった。

「王太子があんなに取り乱しているなんて……。」

「なんだか殿下って頼りないよね。」


そんな声が生徒たちの間で囁かれ始め、王太子への不信感が徐々に広がっていった。



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王宮での叱責


その頃、王宮では、ジャネットの失踪をきっかけに、レギオスがアルフェラッツとの婚約を破棄したことへの批判が再燃していた。特に、国王はその一件に対して激しい怒りを隠せず、レギオスを執務室に呼び出して叱責した。


「レギオス、お前の愚かな判断がどれだけ国を危うくしているか理解しているのか!」

国王の怒声が執務室に響く。


「父上、ジャネットのことならすぐに見つけ出します。そして、彼女が私の婚約者としてふさわしいことを証明してみせます。」

レギオスは必死に弁明するが、国王の顔には失望の色が濃く浮かんでいた。


「証明だと? お前は本当に何も分かっていないようだな。アルフェラッツは、ただの公爵令嬢ではないのだぞ。彼女がアルタミラ王国の第二王女であることを忘れたのか!」


その言葉を聞いた瞬間、レギオスの顔が青ざめた。

「アルタミラの……第二王女?」


「そうだ。お前が何の考えもなしに婚約を破棄した相手は、隣国の王女だ。彼女を公然と辱めたことで、我が国がどれだけ危険な立場に立たされるか、お前には想像もつかないのか!」


国王の言葉に、レギオスは言い返すことができなかった。彼の頭の中で、これまでの行動が次々とフラッシュバックする。アルフェラッツに婚約破棄を宣言し、ジャネットを選んだあの日。自信満々に自分の選択を正しいと信じていたが、それがどれほどの愚行であったかをようやく理解し始めていた。



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アルフェラッツの思惑


その頃、アルタミラ王国では、アルフェラッツが父である国王に報告を行っていた。

「バーラト王国での混乱が加速しているようです。レギオス殿下はジャネットの失踪で取り乱し、さらに私との婚約破棄が外交問題として浮上しています。」


アルタミラ国王は満足げに頷きながら言った。

「見事だ、アルフェラッツ。お前の計画通りだ。だが、まだ気を抜くな。バーラトの内情が崩壊したとしても、こちらが動くタイミングを見誤れば、逆に攻撃の隙を与えることになる。」


「ご心配なく、陛下。私は既に次の一手を考えています。バーラト王国の国民が王室に対して不信を抱くよう仕向け、その力を内側から削ぎ落とします。」


アルフェラッツは冷徹な声でそう語りながら、机に広げられた地図を見つめていた。その瞳には揺るぎない決意が宿っていた。



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レギオスの苦悩


王宮で叱責を受けた後、レギオスは自室に戻り、一人で考え込んでいた。ジャネットが姿を消し、アルフェラッツとの婚約破棄が外交問題として取り上げられている現状。彼の中で、自らの行動に対する疑念がさらに深まっていった。


「アルフェラッツが隣国の王女だったなんて……。そんなこと、一度も聞かされていなかった……。」


彼の心の中には後悔の念が渦巻いていたが、それでも彼はまだ希望を捨てていなかった。ジャネットを探し出し、彼女との関係を修復することで、状況を挽回しようと考えていたのだ。


だが、その思いが現実になることはなかった。彼がまだ知らない真実――ジャネットがアルフェラッツの側使いであり、すべてが計画の一部だったという事実が、彼をさらに深い絶望へと突き落とすことになるのは、もう少し先の話だった。


第2章 第5節: 崩壊の始まり


ジャネットの失踪と王太子レギオスの奇行が引き金となり、バーラト王国の内部は目に見える形で崩壊し始めていた。学院内の混乱、貴族間の不信感、そして国民の間で広がる王室への疑念。これらの要因が絡み合い、王国はかつてない危機に直面していた。



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学院での動揺


セレスティア学院では、ジャネットがいなくなってから生徒たちの間での派閥争いがさらに激化していた。特に、アルフェラッツ派だった貴族令嬢たちは、王太子を支持する派閥と激しく対立していた。


「ジャネットさんがいなくなった今、王太子を支持する理由なんてないわ。」

「でも、彼は未来の国王よ。それに逆らうなんて……。」


こうした意見の衝突が日常的に起こり、学院の秩序は完全に崩壊していた。かつてはアルフェラッツが巧みに調整していたこの環境は、もはや誰も収拾をつけることができない状態に陥っていた。


一方、レギオスは学院内で孤立し続けていた。彼の振る舞いに疑念を抱く生徒たちは、彼を避けるようになり、彼と話す者はほとんどいなかった。


「殿下がジャネットさんに固執する理由がわからないわ。」

「もう殿下を信じることはできない。」


こうした声が広がり、学院内でのレギオスの立場は失墜していった。



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宮廷での議論


学院内の混乱だけでなく、宮廷でも事態は深刻化していた。アルタミラ王国との関係悪化に伴い、貴族たちの間で国王と王太子への不信感が高まりつつあった。


「アルタミラとの同盟が破棄されれば、我々の国防はどうなるのだ!」

「王太子が婚約を破棄した責任をどう取るつもりだ!」


宮廷内では激しい議論が繰り広げられていたが、具体的な解決策を見つけることはできなかった。さらに、アルタミラからの沈黙が重くのしかかり、国王自身も次第に焦りを見せるようになっていた。


「このままではまずい……アルタミラに何らかの譲歩を示す必要がある。」

国王はそう呟いたが、具体的にどう動くべきかを決めかねていた。



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アルフェラッツの冷静な計画


その頃、アルタミラ王国では、アルフェラッツが冷静に次の計画を進めていた。父である国王と執務室で向き合いながら、彼女は詳細な報告を行っていた。


「バーラト王国での混乱は想定以上に進んでおります。殿下がジャネットの失踪に取り乱し、学院内でも孤立しています。さらに、宮廷内ではアルタミラへの恐れが広がり、国全体が不安定になっています。」


アルタミラ国王は満足げに頷きながら答えた。

「よくやった、アルフェラッツ。だが、バーラトを完全に崩壊させるためには、もう一押しが必要だ。」


「ええ、次はバーラト王国の民衆を巻き込み、王室への不信感をさらに煽るつもりです。」

アルフェラッツの言葉には、冷徹な決意が感じられた。彼女の計画は順調に進んでおり、次なる段階に進む準備が整っていた。


「父上、バーラトはもはや自ら崩壊への道を歩んでいます。私たちはその流れを利用するだけです。」


国王はその言葉に頷きながら、アルフェラッツの手腕に全幅の信頼を寄せている様子だった。



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民衆の動き


アルフェラッツの計画通り、バーラト王国では民衆の間で王室への不満が広がり始めていた。アルタミラとの同盟関係が危機に瀕しているという噂が広がり、戦争への不安が高まっていたのだ。


「王太子が隣国の王女を追放したせいで、戦争になるかもしれないって本当?」

「こんな王室に私たちの未来を任せていいのか?」


民衆の間で不満の声が高まり、各地で小規模な抗議活動が起こり始めていた。その中には、王太子レギオスに対する直接的な批判も含まれており、王室への信頼は日ごとに失われていった。



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レギオスの絶望


宮廷でも学院でも孤立し、国全体から批判されるようになったレギオスは、ついに心の限界を迎えつつあった。自室に閉じこもり、誰とも会わず、ただ一人で悩み続ける日々が続いていた。


「僕は……間違ったのだろうか……?」


彼の心に浮かぶのは、アルフェラッツの冷静な微笑みとジャネットの優しい声だった。彼女たちの姿が交互に現れ、彼をさらに苦しめていた。


だが、彼がまだ知らない真実――ジャネットがアルフェラッツの計画の一部だったという事実――が、彼をさらなる絶望に追い込む日は、もうすぐそこまで迫っていた。



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アルフェラッツの勝利への確信


アルフェラッツは、アルタミラ王国の城のバルコニーで静かに夜空を見上げていた。星明かりが彼女の顔を照らし、その瞳には確かな勝利の光が宿っていた。


「レギオス殿下、これであなたの選択の代償をお支払いいただく時が来ました。バーラト王国の崩壊を、どうぞその目で見届けてくださいませ。」


彼女の言葉には冷徹な決意と、自分の計画が完璧に進行しているという確信が込められていた。そしてその計画が、バーラト王国を取り返しのつかない破滅へと導くことは、もはや誰にも止めることができなかった。










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