1-1:軒先での日常
王都の中心部、冒険者ギルドの建物は、いつも冒険者たちの熱気で満ちている。豪華な内装の大広間には、活気あふれる冒険者たちが集い、依頼を確認し、情報交換を行っていた。冒険者たちの笑い声や喧噪は、ギルドそのものが一つの生き物のように鼓動しているかのようだった。
しかし、そんな喧噪の中で、ギルドの外の軒先にぽつんと座る少女の存在に気づく者は少ない。いや、正確には気づいていても、深く気に留める者はいなかった。
その少女、ティナは小柄で華奢な体つきにぼろぼろの服をまとい、まるで頼りない孤児のように見える。見た目は10歳そこそこだが、実際のところ彼女の正確な年齢を知る者は誰もいない。彼女自身ですら、いつから王都を彷徨い始めたのか覚えていなかった。
「ティナ、今日はどうだ?」
一人の冒険者がギルドから出てきて、軒先に座り込むティナに声をかける。その手には小さなパンが握られていた。
「あ、ありがとうございます!」
ティナは控えめな声でお礼を言い、パンを受け取る。にこりと微笑むその表情は、儚くもどこか心温まるものがあった。冒険者たちの中には彼女に同情し、「この孤児、ギルマスが情けで雇っただけなんだろう」と思っている者も多かった。
ティナの「仕事」は、ギルドの軒先で「見張り」をすること。だが、実際には彼女が特別役に立つわけでもなく、ただ座っているだけのように見える。冒険者たちの目には「形だけの見張り」か、「ギルマスが施しのつもりで役を与えた哀れな少女」にしか映らない。
「ティナ、これで何か飲み物でも買えよ。」
別の冒険者がポケットから小銭を取り出し、ティナの手に押し込む。
「……ありがとうございます。」
ティナはまた控えめにお礼を言うが、内心では苦笑していた。
(ほんと、毎日小銭が増えていくなぁ。でも、こうやって何も気づかれないのが大事だし……。)
冒険者たちの同情を買って小銭や食べ物をもらうのも、ある意味彼女の「任務」の一部だった。表向きは孤児の見張り役。しかし実際には、ギルドの軒先で待機しながら、緊急事態に備えて周囲を監視している「本物の見張り」なのだ。
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「よぉ、ティナ。今日も元気そうだな!」
元気な声とともに現れたのは、ギルドでも顔馴染みの冒険者、グレッグだった。斧を背負い、陽気な性格で、ティナに対しても気さくに接してくれる。
「グレッグさん、こんにちは。」
ティナは笑顔で応じた。
「お前、そろそろ何か役に立つことしないとな。ほら、俺が簡単な素振りでも教えてやろうか?」
グレッグは冗談交じりに斧を振り回す真似をして見せる。ティナは苦笑しつつも首を横に振った。
「いえ、私はここで座っているのが役目ですから……。」
「おいおい、座ってるだけで役目ってのも楽なもんだな!」
グレッグは笑いながらギルドの中へと戻っていった。その背中を見送りながら、ティナはそっと溜息をつく。
(みんな私のことを、ただの孤児だと思ってる。それが一番いいんだけど……。)
彼女が本当に「ただの孤児」でないことを知る者は、ギルドマスターのロウウェンただ一人だった。
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夜が近づくと、ギルドの喧噪は少しずつ静まっていく。軒先に座るティナの前を通り過ぎる冒険者たちは、今日も小銭や食べ物を置いていった。その数はすっかり両手いっぱいになっていた。
「……ギルマス、これどうしましょう。」
ギルドが閉まる頃、ティナは集まった小銭を手にギルマスの部屋を訪れた。ロウウェンはティナの手元を一瞥し、軽く肩をすくめた。
「それはチップだ。ありがたくもらっとけ。」
「チップって……私、何もしてませんよ?」
「いや、お前は十分に役目を果たしてるさ。だから、堂々と受け取れ。」
ロウウェンの声は静かだが、その目には確かな信頼が宿っていた。
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その夜もティナは軒先に戻り、静かに座っていた。夜の街は昼間とは違う顔を見せる。酔っぱらいがふらふらと通り過ぎ、薄暗い路地では不審な気配が漂う。
(この辺り、最近動きが怪しいな……。)
ティナの目が鋭く光る。彼女の耳には、冒険者たちには届かないほどの小さな音――夜の静寂を切り裂く足音がはっきりと聞こえていた。
(何か、起きるかもしれない。準備しておかないと。)
一見ぼんやりしているように見えるティナだが、彼女の頭の中では、ギルドの周辺状況や怪しい人物の動きが正確に分析されていた。
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夜が更ける中、ティナは誰にも気づかれないよう、静かに「待機」を続ける。彼女にとって軒先はただの居場所ではなく、ギルドを守るための「最前線」だった。
誰も知らないその真実が、今夜も彼女を軒先に留まらせていた。
1-2 ヴァリティアの噂
ギルドの大広間では、朝から多くの冒険者たちが賑わっていた。依頼を確認する者、仲間と次の冒険の作戦を立てる者、酒を飲んで一息つく者――冒険者たちが思い思いの時間を過ごす中、特定の話題で盛り上がるグループがあった。
「なあ、聞いたか? この前、王都周辺で盗賊団が壊滅したらしいぞ!」
若い冒険者が興奮気味に語る。その言葉に興味を持った他の冒険者たちが耳を傾けた。
「またか? 最近そういう話が多いな。それで、誰がやったんだ?」
「それが……例の“ヴァリティア”らしいんだよ。」
その名を聞いた瞬間、ギルド内の空気が少し変わった。冒険者たちはざわざわと騒ぎ始め、口々にヴァリティアの話をし始める。
「ヴァリティアだと!? 本当にあの人が動いたのか?」
「この間も、ギルドを襲った魔物の群れを一人で退治したって噂だぜ。」
「すげえな……一度でいいからその姿を見てみたいもんだ。」
ティナはいつものように軒先で座りながら、ギルド内の会話に耳を傾けていた。彼らの会話の中心にいる“ヴァリティア”という名前は、もちろんティナ自身のもう一つの顔だった。だが、そのことを知る者はギルドマスターのロウウェン以外にいない。
(またヴァリティアの話か……。)
ティナは小さな溜息をつきながら視線を足元に落とした。冒険者たちが憧れの眼差しで語るヴァリティア像と、自分の素顔との間には大きな隔たりがある。ヴァリティアとして活躍している間は、自分自身もどこか別の存在になったような気がしていた。
「おいおい、ヴァリティアなんて存在するのかよ?」
不意にギルドの入り口付近から聞こえた声に、周囲の冒険者たちが振り返る。そこには、高ランク冒険者チーム「ブラッドファング」のリーダー、アルドが立っていた。
「アルドさん、何言ってるんですか! ヴァリティアは実在しますよ!」
若い冒険者が慌てて反論する。アルドは腕を組みながら笑い、挑発的な態度を崩さなかった。
「まあ、噂で聞く限りはすごそうだが、実際にその目で見た奴がどれだけいるんだ? 英雄扱いされてるが、あまりにも伝説じみてるだろ。」
「でも、王都の盗賊団を壊滅させたのも、あの人が現れてからですよ!」
「噂話は信じない主義でな。俺は実力をこの目で確かめてからでないと信用しない。」
アルドの言葉に周囲の冒険者たちは一瞬黙り込んだが、その後もヴァリティアの話題で盛り上がり続けた。
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ティナは会話を聞きながら、心の中で微妙な気持ちを抱いていた。アルドの言うことは正しい。ヴァリティアは伝説じみた存在になっているが、それはギルドマスターとティナが意図的に作り上げた「架空の英雄像」でもあった。
(本当は、ただの私がやってることなのに……。)
だが、その正体を明かすことはできない。ヴァリティアの存在はギルド全体を守る切り札であり、ティナ自身の役割でもあるからだ。
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その夜、ギルドが閉まった後の静かな軒先で、ティナはギルマスターのロウウェンに報告をしていた。
「ヴァリティアの噂、また広まってますね。」
「いいことだ。」ロウウェンは軽く笑いながら頷いた。「敵にとっては恐怖の象徴であり、味方にとっては希望の象徴だ。お前が存在を隠すことで、ギルド全体が安全になる。」
「でも、アルドさんが疑ってるみたいです。彼、鋭いですから……。」
ティナは心配そうに呟いた。
「アルドのような男には、さらに信じさせる何かが必要だな。いざとなれば、お前が本物のヴァリティアを演じてみせればいい。」
ロウウェンは自信たっぷりに言ったが、ティナは微妙な表情を浮かべた。
「それが簡単じゃないんです……。ヴァリティアとして見られるのはいいんですけど、自分が本当にあんな立派な人間なのか、時々わからなくなるんです。」
ロウウェンは少しだけ表情を引き締め、真剣な声で言った。
「ティナ、お前がどう思おうと、ヴァリティアはお前だ。変身していようがいまいが、誰にもできないことをやっている。それが英雄というものだ。」
その言葉にティナは少しだけ救われた気がした。そして、自分にしかできない役割を再確認する。
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その翌日、ティナは軒先でいつものように座っていた。ギルドの中では、またヴァリティアの話題で持ち切りだったが、彼女はそれを静かに聞き流していた。
(私があの姿の時だけじゃなく、普段からもっと頑張れたらいいのに。)
そんなことを考えながらも、ティナはいつもの日常を続ける。自分が守るべきギルドを見守りながら――。
1-3:小さな異変
夕方のギルド。昼間の喧騒が一段落し、冒険者たちが酒を楽しみながら、依頼の打ち合わせや報告を済ませていた。軒先に座るティナは、いつものようにぼんやりと通りを眺めている。
だが、その目はただの「孤児の少女」のものではなかった。周囲の音や空気の変化を注意深く察知し、細かい違和感を見逃さないよう神経を張り巡らせている。
「……少し、変だな。」
ティナは誰にも聞こえないように呟いた。
数日前から、ギルド周辺で怪しい動きが見られるようになっていた。普段は見かけない男たちが何度も同じ通りを行き来し、時折ギルドの建物を見上げている。彼らの歩き方や服装から、明らかに冒険者ではないと感じられた。
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その夜、ティナは軒先で座りながらさらに警戒を強めていた。通りを行き交う人々の中に、不審な動きをする者がいないか目を凝らす。そして、ついにその時が訪れた。
軒先の少し先、薄暗い路地から数人の男たちが姿を現した。黒いフードを被り、顔を隠している。彼らはギルドに近づくと、周囲を見回しながら話し始めた。
「ここが例の場所か?」
「ああ、間違いない。内部の情報を手に入れれば、奴らの動きが丸わかりになる。」
「目立たないように進めるぞ。」
ティナはその会話を聞き取りながら、冷静に状況を把握した。彼らがギルドを狙っていることは明らかだったが、まだ具体的な目的が見えない。しかし、このまま放置すれば危険が及ぶ可能性が高い。
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ティナは立ち上がり、ゆっくりとギルドの裏手へ向かった。誰にも気づかれないよう慎重に足を運びながら、ギルドの陰で深呼吸をする。
「仕方ない、出番だね。」
ティナの小さな手が光を放ち始めた。その光は徐々に彼女の全身を包み込み、やがて10歳の少女の姿は消え去り、黒髪をなびかせた大人の女性――ヴァリティアへと変身した。
冷静な目つき、鋭い動き。変身後のティナは、先ほどまでの孤児の少女とは別人のようだった。
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「ギルドを狙うなら、それ相応の覚悟をしてもらうわよ。」
ヴァリティアの声は静かで冷徹だった。
彼女は不審者たちの前に現れると、一歩ずつ近づいていく。その気配に気づいた男たちは、彼女の姿を見るなり動きを止めた。
「な、なんだ……誰だあんたは!」
「私? ただの通りすがりの冒険者よ。」
ヴァリティアは冷たく笑いながら剣を引き抜いた。男たちは一瞬怯んだが、すぐに仲間同士で目配せし、取り囲むように動き出した。
「こいつ、一人だ! 数で押せば――」
男の言葉が終わる前に、ヴァリティアが一閃する。剣の軌跡は鋭く、目にも止まらない速さで男たちの間を駆け抜けた。次の瞬間、二人の男が膝をついて倒れ込む。
「そんな……動きが速すぎる……!」
残った男たちが焦りながら後退しようとするが、ヴァリティアは追撃を許さない。炎の魔法を剣に纏わせ、一気に突き進む。その場に残った者は全員倒され、命の危機を感じた最後の一人が叫んだ。
「くそっ! こんな化け物がいるなんて聞いてない!」
男は背を向けて逃げ出そうとするが、その背中にヴァリティアの声が飛ぶ。
「これ以上ギルドを汚すつもりなら――次は容赦しない。」
その言葉に男は凍りつき、震える手で頭を抱えながらその場を去っていった。
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ヴァリティアが変身を解いて軒先に戻る頃には、街は再び静けさを取り戻していた。誰も彼女が戦いを終えたことに気づく者はいない。
ティナはいつものように座り込み、通りを眺める。その瞳には、先ほどの戦闘を終えたばかりの冷静さが微かに残っていた。
「とりあえず、これで大丈夫……だよね。」
小さく呟いた声は、誰にも届くことなく夜の闇に溶けていった。
1-4:ギルマスターとの会話
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翌朝、ギルドの活気が戻る頃には、ティナはすでにいつもの軒先に座り、冒険者たちの行き交いを眺めていた。昨夜の戦闘が嘘のように、街は平穏を取り戻している。ティナ自身も普段通りの「孤児の少女」として振る舞っていたが、その内心はどこか落ち着かない。
昨夜現れた不審者たちは一時的に追い払うことができたが、彼らの目的や背後関係は不明のままだ。ティナは、この件をギルマスターに報告する必要があると感じていた。
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日が傾き、ギルドの喧騒が少し落ち着き始めた頃、ティナはこっそりとギルマスターの部屋を訪ねた。ギルドの最上階にある部屋は、ギルマスターであるロウウェンの執務室兼居住スペースだ。木製の扉を軽く叩くと、低い声が返ってきた。
「入れ。」
ティナが扉を開けると、ロウウェンは書類の束に目を通していた。彼の顔には疲労の色が浮かんでいるが、その鋭い眼光は失われていない。
「どうした、ティナ。何かあったのか?」
ロウウェンは手元の書類を脇に置き、椅子に深く座り直した。
「昨夜、ギルド周辺で不審な動きがありました。不審者が何人か現れて、ギルドに何か仕掛けようとしていたみたいです。」
ティナは真剣な表情で報告した。その目は、ただの「孤児」ではなく、ギルドの守護者としての覚悟を映していた。
「ほう……それで?」
ロウウェンは特に驚いた様子もなく、顎に手を当てて聞き返す。
「変身して追い払いました。でも、彼らは何かを探しているような感じでした。まだ完全に諦めたとは思えません。」
ティナの声にはわずかな不安が滲んでいた。
ロウウェンはしばらく沈黙し、目を閉じて考え込む。そして、ゆっくりと口を開いた。
「よくやった、ティナ。お前がいなければ、昨夜の事態はもっと面倒になっていたはずだ。」
「でも、彼らの背後に何があるのか分かりません。それに、また来るかもしれません。」
「その可能性は高いな。」ロウウェンは頷き、椅子から立ち上がった。「ここ最近、ギルドに対する不穏な動きが増えている。奴らが何を狙っているのか……私も調査を進める必要があるだろう。」
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ロウウェンは部屋の窓を開け、外の街並みを見下ろした。その背中に向かってティナが問いかける。
「ギルマスター……どうして私は、ヴァリティアであることを隠さなければならないんですか?」
突然の問いにロウウェンは振り返り、彼女の瞳をじっと見つめた。
「お前は、このギルドの“切り札”だからだ。」
「切り札……?」
「そうだ。切り札というのは、敵に知られては意味がない。お前が普段、ただの孤児として軒先に座っていることで、敵はお前の存在に気づかない。それがどれほどの利点か、分かるか?」
ティナは黙ってロウウェンの言葉を受け止めた。
「ヴァリティアは、ギルド全体を守るための象徴だ。お前がその存在を隠し通すことで、敵に揺さぶりをかけることができる。だが正体が知られれば、真っ先に狙われるのはお前だ。」
その言葉にティナはうつむいた。ロウウェンの言うことは分かっている。それでも、時折感じる孤独感や、自分自身に対する疑念は消えない。
「でも、私は……普段の自分じゃ何もできない気がして……。」
ロウウェンは彼女の言葉を聞き終えると、静かに笑った。
「お前はもう十分にやっている。普段の姿でいる時も、周囲を警戒し、ギルドの安全を守っている。それだけで十分だ。」
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その後、ロウウェンはティナに一枚の地図を見せた。そこには、最近ギルド周辺で不審な動きがあった地点が記されている。
「ここ数日間、奴らが現れた場所だ。次に動きがあるとしたら、この辺りだろう。」
「分かりました。注意して見張ります。」
ティナは力強く頷いた。その目には、ヴァリティアとしてだけでなく、普段の自分としてもギルドを守るという決意が宿っていた。
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ギルマスターの部屋を後にしたティナは、再び軒先に戻った。いつものように座りながら、通りを行き交う人々を見つめる。その小さな体からは想像もつかないほどの責任を背負っている彼女だが、表情はどこか穏やかだった。
「切り札……か。」
自分がギルドの切り札であるというロウウェンの言葉を思い返しながら、ティナは心の中で呟いた。そして、小さな笑みを浮かべると、そっと拳を握りしめた。
(次に何か起きても、絶対に守ってみせる。ギルドも、みんなも。)
彼女の決意は、軒先で座り込む小さな体からは想像もつかないほど強いものだった。
1-5:アルドの疑念
ギルドの朝はいつも通りに始まった。冒険者たちの活気ある声が響き渡り、次々に掲示板の依頼を確認し、準備を整えていく。軒先に座るティナも、いつも通り通り過ぎる人々を眺めていた。
しかし、その日はどこか違っていた。
「おい、ティナ。」
ティナが顔を上げると、ギルドの高ランク冒険者チーム「ブラッドファング」のリーダー、アルドが立っていた。28歳の彼は、鋭い目つきと整った顔立ちを持つ男で、ギルドの中でも特に注目を集める存在だ。
「アルドさん、おはようございます。」
ティナは柔らかく微笑みながら挨拶を返した。
「昨日の夜、お前、どこにいた?」
その言葉にティナの心臓が跳ねた。
「え、昨日ですか?」
「そうだ。夜遅くにギルド周辺で騒ぎがあったらしいが、その時間、お前の姿が見えなかった。」
アルドの鋭い視線がティナを貫く。普段は陽気で穏やかなアルドだが、真剣な時はこうして鋭い洞察力を発揮する。
「えっと……お腹が空いたので、向こうの食堂で余り物をもらいに行ってました。」
ティナは内心焦りながらも、いつもの「言い訳」を口にした。
「ふーん。そうか。」
アルドはそれ以上追及せず、少し肩をすくめるような仕草を見せたが、その目には疑念の色が残っていた。
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アルドがギルドの中に戻ると、ティナは小さく溜息をついた。
(危なかった……けど、なんだか最近、アルドさんの目が怖い。)
彼女がそう感じるのも無理はない。最近のギルド周辺の異変や、ヴァリティアとしての活動が増えたことで、ティナの行動に不自然な点が出てきてしまっていた。
その日もギルド内ではヴァリティアの話題が尽きなかった。冒険者たちは彼女の伝説的な活躍を語り合い、憧れの眼差しを向けている。
「なあ、アルドさん。あんたもヴァリティアを見たことあるのか?」
若い冒険者が話しかけると、アルドは少し考え込むような表情をした。
「いや、直接はない。だが、あの活躍を見る限り、ただの噂じゃないのは確かだろう。」
「だよな! 俺も一度でいいからヴァリティアさんに会ってみたいよ。」
「まあ、会えたとしても、スカウトするのは難しいだろうな。あんな規格外の冒険者が簡単に動くとは思えない。」
その会話を、ティナは軒先から静かに聞いていた。
(アルドさん、本当にスカウトしようとしてるんだ……。)
ティナは心の中で複雑な感情を抱いた。彼が自分をスカウトしようとしているのは、ある意味嬉しいことだった。しかし、それは「ヴァリティア」という姿に対してであり、本当の自分ではない。それを考えると、彼女の胸にはわずかな寂しさが広がった。
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夕方になると、アルドが再び軒先のティナに近づいてきた。
「ティナ、少し散歩しよう。」
「え?」
ティナは一瞬戸惑ったが、断る理由も見つからず、彼の後についていくことにした。
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街の外れにある小さな公園。人通りも少なく、静かな場所だった。アルドはベンチに腰掛けると、近くの木を眺めながら口を開いた。
「ティナ、お前……最近何か隠してないか?」
突然の言葉にティナは息を呑んだ。
「隠してるって……何のことですか?」
「俺には分かる。お前、何かを隠してるだろう。普通の見張り役にしては、行動が妙に計算されている。」
ティナは慌てて言葉を探し、いつものように「孤児としての弱々しさ」を装った。
「そんなことありません! 私はただ、ギルマスターに言われた通りに軒先で見張ってるだけです!」
アルドは少し目を細め、彼女の表情をじっと見つめた。しかし、それ以上の追及はせず、静かに笑った。
「そうか。なら、俺の勘違いかもしれないな。」
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その帰り道、ティナの心には焦りと安堵が混じっていた。
(アルドさん、本当に鋭い……。いつかバレるかもしれない。でも、バレたらどうなるんだろう?)
夜になり、ティナは再び軒先に戻った。冒険者たちは次々にギルドを後にし、通りには静けさが訪れる。
彼女は誰もいない道を見つめながら、小さな声で呟いた。
「ヴァリティアじゃなくて、本当の私を見てくれたらいいのに……。」
だが、その声は誰にも届かない。ただ静かな夜風が、彼女の頬を優しく撫でるだけだった。
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