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第2話 :揺れる秘密

2-1:新たな危機



ギルドの朝は、いつもと変わらず賑やかに始まった。冒険者たちは掲示板に張り出された新しい依頼を確認し、仲間と作戦を立てたり、装備を整えたりしている。だが、その活気の中に漂う微妙な緊張感を、軒先に座るティナは敏感に感じ取っていた。


その日はいつもと違っていた。


ギルドの中央に設置された受付カウンターに、重厚な封筒が届けられた瞬間、ギルマスターのロウウェンがそれを開封し、その中身を読み込むやいなや険しい表情を浮かべた。


「みんな、集まれ!」


低く響くロウウェンの声が、ギルドの大広間にいた全員を引き寄せた。冒険者たちはざわざわと集まり、ギルマスターが掲示板に貼り付けた依頼書を覗き込む。そこには、王都近郊の村々を襲撃している巨大な魔物の群れに関する情報が詳細に書かれていた。



---


「……かなり厄介そうだな。」

最前列に立って依頼を読み込んでいたアルドが眉間に皺を寄せる。その背後では他の冒険者たちが、依頼内容の深刻さを理解し、次第に不安げな表情を見せ始めていた。


「高ランクの冒険者はどうした? 奴らなら、こういう大規模な依頼にはもってこいだろう。」

アルドがロウウェンに問いかける。


「彼らはすでに別の任務で出払っている。戻ってくるのは数日後だ。」

ロウウェンの声は冷静だったが、その目には焦燥が垣間見えた。


「じゃあ、残ってる俺たちで対応するしかないってことか?」

「その通りだ。だが、正直言って、この規模の依頼に対応できる冒険者がどれだけいるか……。」


ギルマスターの言葉に、冒険者たちは互いに顔を見合わせる。低ランクの冒険者たちだけでは、この魔物の群れに立ち向かうのは難しい。それどころか、全滅する可能性さえあった。


その場の空気が次第に重くなっていく中、ティナは静かに立ち上がった。



---


「……行かないと。」

小さく呟いた声は誰にも聞こえなかった。


ティナは周囲の目を避けるようにして軒先を離れ、ギルドの裏手に回り込んだ。そして、誰もいない場所で深呼吸をし、自らの力を解放する。


彼女の小さな体は光に包まれ、黒髪をなびかせた凛々しい大人の女性――「ヴァリティア」へと姿を変えた。


「ギルドを守るために……私がやらなきゃ。」


ヴァリティアとしての自分に言い聞かせるように呟き、彼女は迅速に行動を開始した。



---


依頼に記されていた目撃情報をもとに、ヴァリティアは魔物の群れが目撃された近郊の村へと向かった。村に近づくにつれ、周囲には破壊の爪痕が残されていた。倒壊した家々、踏み荒らされた畑、そしてあちこちに散らばる村人たちの悲鳴――。


「……間に合ったみたいね。」


ヴァリティアは剣を引き抜き、魔物の群れが襲いかかる前に一気に飛び込んだ。


最初に立ち塞がったのは巨大な狼型の魔物だった。鋭い牙を剥き出しにしてヴァリティアに飛びかかってくるが、彼女は一瞬のうちにその攻撃をかわし、剣を一閃させた。


「これで終わりよ。」


魔物の体が崩れ落ちるのと同時に、周囲の魔物たちが彼女を警戒するように足を止めた。しかし、ヴァリティアの動きは止まらない。鋭い剣さばきと炎を纏った魔法の一撃で、次々に敵を撃破していく。



---


戦闘が終わった頃、低ランク冒険者たちが村に駆けつけてきた。彼らが目にしたのは、壊滅寸前だった村を守り抜いたヴァリティアの姿だった。


「す、すごい……!」

「本当にいたんだ、ヴァリティアって……!」


冒険者たちは彼女の姿に目を奪われ、憧れの眼差しを向けていた。しかし、ヴァリティアは彼らに背を向け、静かにその場を去った。


「この村はもう安全よ。あとはあなたたちが守りなさい。」


それだけ言い残し、彼女は光に包まれて消えていった。



---


その夜、ギルドに戻ったティナは再び軒先に座り直した。誰にも気づかれることなく、何事もなかったように振る舞っている。だが、彼女の心の中にはわずかな不安が芽生えていた。


(これで、またヴァリティアの噂が広まる……。でも、仕方ないよね。)


ギルド内では、村を救った「ヴァリティア」の活躍が大きな話題となっていた。冒険者たちはその伝説的な活躍に興奮し、口々に彼女を称賛している。


しかし、その中でただ一人、アルドだけが黙り込んでいた。


「おかしいな……ヴァリティアが現れるタイミングと、ティナがいなくなる時間が重なる気がする。」


彼の瞳には鋭い光が宿り、ティナをじっと見つめていた。



2-2:襲撃者との戦い



ヴァリティアとして魔物の群れを撃退したその夜、ティナはギルドの軒先に戻り、いつものように座っていた。だが、その背後では確実に新たな危機が迫っていた。


ギルドの中では、魔物の襲撃を受けた村を救った英雄ヴァリティアの話題が持ちきりだった。低ランク冒険者たちは彼女の活躍を目撃しており、その圧倒的な強さに興奮を隠せない様子だった。


「本当にすごかったんだ! 俺たちが到着する前に、ほとんどの魔物を倒してたんだぜ!」

「やっぱりヴァリティアはただの噂じゃないんだな……本物の英雄だよ!」


冒険者たちが盛り上がる中、アルドだけは黙り込んでいた。彼は掲示板の近くで腕を組み、深く考え込んでいる。


「……奇妙だな。」

小さく呟いた彼の声は、誰にも届かなかった。



---


その夜遅く、ギルドは閉まり、街は静寂に包まれていた。ティナは軒先でじっとしていたが、その耳は周囲の音を敏感に拾っていた。風の音に混じって、かすかな足音が聞こえる。


(また……来た。)


ティナは息を潜め、そっと立ち上がった。不審者たちは、昨夜の襲撃者たちと同じグループだろう。彼らはギルドの周辺を伺いながら、何かを探している様子だった。


「ここだな。ギルド内部の情報を手に入れるチャンスは今しかない。」

低い声で囁く男たちの姿を、ティナは物陰からじっと見つめた。


彼女は静かにギルドの裏手に回り込み、変身スキルを発動する。白い光に包まれ、少女だった体は瞬く間に黒髪をなびかせた大人の女性「ヴァリティア」へと変わった。


「ギルドを狙うなんて……許せない。」


その瞳には強い決意が宿っていた。



---


不審者たちの一人がギルドの扉に触れようとした瞬間、背後から冷たい声が響いた。


「これ以上、足を踏み入れるつもりなら――覚悟してもらうわよ。」


彼らが振り返ると、そこにはヴァリティアが立っていた。彼女の持つ鋭い剣と、放たれる圧倒的な威圧感に、不審者たちは一瞬で怯んだ。


「な、なんだ!? 誰だお前は!」

「私? ただの通りすがりの冒険者よ。」


ヴァリティアは剣を軽く振り、挑発的な微笑みを浮かべた。


「ギルドを襲おうとするなんて、いい度胸ね。でも……それ相応の代償を払ってもらうわ。」


不審者たちは慌てて武器を構えるが、その動きはヴァリティアにとって遅すぎた。彼女の剣が一閃すると、最前列にいた二人の男があっという間に地面に倒れ込む。


「速い……! こいつ、ただの冒険者じゃない!」


残った男たちは混乱しながらも、仲間同士で目配せをして動きを合わせようとした。しかし、ヴァリティアは彼らの出方を見極める間もなく次々に動き、鋭い剣さばきで圧倒していく。



---


戦闘はわずか数分で終わった。男たちは全員無力化され、地面に横たわっている。


ヴァリティアは剣を収め、彼らを冷たく見下ろした。

「次にまたギルドを狙うなら――今度は容赦しないわ。」


彼女の声には怒りが込められていたが、その中に僅かに優しさも混じっていた。不審者たちは震える手で地面を這いながら逃げ出していった。



---


戦闘が終わり、ティナは再び軒先に戻った。変身スキルを解いていつもの少女の姿に戻ると、何事もなかったかのように座り込む。


しかし、その一部始終を見ていた人物がいた。


物陰から現れたのはアルドだった。彼はヴァリティアの戦闘を遠目で観察し、その強さを目の当たりにしていた。


「なるほどな……やっぱり、あいつがヴァリティアか。」


アルドはティナの姿を見つめながら、確信に近い疑念を抱いていた。彼の表情には、驚きと複雑な感情が入り混じっていた。



---


その翌朝、ギルド内ではヴァリティアの活躍が再び話題に上がった。冒険者たちは彼女を称賛し、興奮した様子で語り合っている。


「やっぱりヴァリティアはすごいな! 俺たちじゃどうしようもない不審者たちを一人で追い払ったんだ!」

「一体どこから来た人なんだろう……?」


そんな中、アルドは静かにティナを見つめていた。彼の中で、ヴァリティアの正体に対する疑念が強まりつつあった。



2-3:孤児としての過去



ギルドの大広間では、冒険者たちが次々に依頼を片付けていく中、いつも通りティナは軒先に座っていた。だが、その目はぼんやりと通りを眺めているようでいて、どこか遠くを見ているようだった。


(私がここにいる理由……。)


風が頬を撫でる中、ティナは静かに瞳を閉じた。頭の中には、過去の記憶が鮮やかに蘇ってくる。



---


それは、まだティナが王都の片隅で孤児として過ごしていた頃のことだった。


当時のティナは、今よりさらに小さく、細い体でぼろぼろの服を纏っていた。親の顔も知らず、名前すら自分で決めたものだった。誰にも頼れず、道端で石ころのように扱われる毎日。


「おい、あっち行けよ! そんな汚い格好で近寄るな!」

市場の通りでパンを物乞いしたとき、大人たちから浴びせられた冷たい声と言葉が、幼いティナの胸を締め付けた。


それでも空腹には勝てず、ゴミ箱を漁り、雨宿りする場所を探して日々を過ごした。そんな彼女に、ある日転機が訪れる。



---


雨が降りしきるある夜。ティナは寒さと空腹に震えながら、ギルドの建物の軒先で雨宿りをしていた。


「ここでしばらく休んでても……いいよね……。」


小さく呟いた彼女の声は、激しい雨音に掻き消されてしまった。しかし、その声を拾った人物がいた。


「おい、こんなところで何をしている?」


低く響く声に驚いて顔を上げると、そこにはロウウェンが立っていた。当時からギルドのマスターだった彼は、堂々とした体格と鋭い眼差しでティナを見下ろしている。


ティナは思わず身を縮めた。彼もきっと、自分を追い払うつもりなのだろう――そう思った。


「……ごめんなさい。すぐに出て行きます。」


震える声で謝るティナに、ロウウェンはしばらく無言で立っていたが、やがて彼女に向かって手を差し出した。


「出て行けなんて言ってない。とりあえず、中に入れ。」


その言葉にティナは耳を疑った。彼女のような存在に、手を差し伸べてくれる人間がいるなんて想像もしていなかったからだ。



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ギルドの中に招き入れられたティナは、温かいスープとパンを与えられた。その温もりに涙が溢れ出し、言葉も出なかった。


「これからどうするつもりだ?」

ロウウェンの問いに、ティナはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。


「分からない……でも、誰かの役に立てる人になりたい……。」


その言葉を聞いたロウウェンは、静かに頷いた。


「分かった。それなら、ここで学ぶといい。」



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それからの数年、ティナはギルドで過ごしながら、ロウウェンの指導の下でさまざまな訓練を受けた。剣術、魔法、そして隠密行動の技術。ロウウェンは彼女に普通の冒険者以上の能力を身につけさせた。


「お前の力はギルドにとって重要だ。ただの冒険者ではなく、切り札としての存在になるんだ。」


その言葉にティナは頷き、自分に与えられた使命を受け入れた。



---


訓練の一環でロウウェンから与えられたのが、変身スキルだった。このスキルを使えば、自分の姿を誰も知らない大人の女性「ヴァリティア」に変えることができる。


「変身することで、お前の正体は完全に隠せる。そしてヴァリティアとしての活躍が、ギルドを守る抑止力になる。」


その言葉通り、ヴァリティアはギルドの英雄として冒険者たちの間で語り継がれる存在となった。



---


ティナは今でも時々思う。


(私がただの孤児のままだったら、どうなっていたんだろう……。)


ロウウェンに拾われなければ、今頃自分はどこかの道端で冷たくなっていたかもしれない。そう考えると、ギルドで生きる今の生活に感謝せずにはいられなかった。


だが、同時に彼女の胸には一抹の不安があった。


「ヴァリティアとしての私だけが認められているんじゃないか……。」


軒先で座り続ける日々、誰も本当の自分に目を向けてくれない孤独。それでも、ギルドを守るためにその役割を受け入れるしかない。



---


目を開けると、ティナは再び現実の世界に戻ってきた。ギルドの中では冒険者たちの喧騒が続いている。彼らの楽しそうな声に耳を傾けながら、ティナは静かに思った。


(私はギルドの一部でありたい。それがヴァリティアであろうと、ただのティナであろうと。)


その願いは誰にも届かない小さな声だったが、彼女の中では確かな決意として宿っていた。



2-4:アルドの追跡



夜の王都は静かだった。ギルドの喧騒も収まり、通りには人影がほとんど見当たらない。その静寂を破るように、ギルドの裏手で足音が響いた。


暗闇の中、一人の男が建物の陰に身を潜めながら動いている。高ランク冒険者チーム「ブラッドファング」のリーダー、アルドだった。


「……やはり怪しい。」


彼は小さく呟いた。昨夜の戦闘を目撃して以来、彼の中でヴァリティアとティナに関する疑念がますます膨らんでいた。


ヴァリティアの出現時間とティナが姿を消すタイミングが、どう考えても一致する。加えて、ヴァリティアが現れる前後のティナの行動が、どうも普通の見張り役とは思えない。


「ティナ、いったいお前は何者なんだ……。」


アルドはギルドの周囲を歩きながら、ティナが何か行動を起こすのではないかと目を光らせていた。



---


一方、その夜もティナは軒先でじっとしていた。だが、彼女もまた、内心で緊張していた。


(アルドさんが最近私を疑ってる……。)


アルドの視線が自分に向けられるたび、胸がざわつく。その鋭い洞察力に気づかれたら、すべてが終わる――ギルドの切り札であるヴァリティアの正体が知られることは、ギルド全体の安全を脅かすことになる。


「……こんなこと、考えてる暇はない。」


ティナは小さく呟き、周囲を見渡した。不穏な気配があるとすればすぐに動けるよう、神経を研ぎ澄ませる。だがその時、彼女は遠くに微かな足音を聞き取った。


(また、不審者……? いや、これは……。)


ティナの目に映ったのは、物陰から自分をじっと見つめるアルドの姿だった。



---


アルドは物陰から、ティナが立ち上がるのを見ていた。


「やはり何かを隠してるな……。」


彼は静かにティナを追い始めた。周囲の気配を殺しながら、ギルドの裏手へ向かうティナを見失わないように慎重に足を進める。


そして、彼女が光に包まれる瞬間を目撃する。


「……何だ、あれは?」


アルドは目を見開いた。少女の姿だったティナが、大人の女性へと変貌する瞬間を目の当たりにし、言葉を失った。


変身が終わると、そこに立っていたのはヴァリティアだった。


「やはり……お前がヴァリティアか。」


アルドは思わず呟いたが、その声が届かないよう慎重に距離を取る。



---


ヴァリティア――ティナは、気配を探りながら不審者のいる方向へ向かっていった。アルドもまた、彼女を追い続ける。


街の外れ、薄暗い路地で複数の男たちが集まっているのが見えた。彼らはギルドの内部情報を得るために、何かを企んでいるようだった。


「ここまで来れば安全だろう。」

「この情報を手に入れれば、あのギルドを潰せる。」


男たちがそう話しているところに、ヴァリティアが姿を現した。


「残念だけど、それ以上は許さない。」


その冷たい声に、男たちは驚いて振り返る。


「誰だ!? お前……!」

「ヴァリティア……!」


男たちはその名を口にすると同時に恐れを露わにしたが、すぐに武器を構えて構えを取った。


「来い! 一人ならやれる!」


男たちが動き出すよりも早く、ヴァリティアの剣が光を放つ。鋭い斬撃が空を切り裂き、最前列にいた二人が一瞬で倒れ込む。


「なんて速さだ……!」


残った男たちは必死に反撃しようとするが、ヴァリティアの動きは彼らの想像を超えていた。剣だけでなく魔法を駆使し、圧倒的な力で男たちを次々と無力化していく。



---


その戦闘を影から見守っていたアルドは、目の前の光景に息を飲んでいた。


(これがヴァリティアの力……ティナの本当の姿か……。)


彼の胸の中には、驚きと同時に、別の感情が湧き上がっていた。それは、彼女がなぜその力を隠しているのかという疑問だった。


「なぜ、隠している……?」


その問いに対する答えを得るために、彼はさらにティナを追う決意を固めた。



---


戦闘を終えたヴァリティアは、不審者たちを撃退し、静かにその場を去った。再びギルドの裏手で変身を解くと、軒先に戻り、いつもの少女の姿に戻った。



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その翌朝、ギルドの中では再びヴァリティアの活躍が話題になっていた。冒険者たちは興奮しながら彼女の伝説を語り合っている。


しかし、アルドは静かにティナを見つめていた。


(お前がヴァリティアであることは確信した。だが……どうして隠しているんだ? 何を守ろうとしている?)


彼の心の中で、ティナに対する興味と疑念がさらに強まっていく。そして、必ず真実を明らかにするという決意を固めた。


ティナはその視線に気づきながらも、気づかないふりをしながら軒先で静かに座り続けていた。



2-5:すれ違いの中で



翌朝、ギルドはいつも通りの賑やかな雰囲気に包まれていた。冒険者たちは掲示板に群がり、仲間と依頼の準備を進めたり、昨夜のヴァリティアの噂話で盛り上がっている。


「やっぱりヴァリティアはすごいよな!」

「一人であんな数の不審者を撃退したんだって? 信じられないよ。」

「一度でいいから話してみたいよな。どこから来た人なんだろう?」


そんな声が飛び交う中、ティナは軒先でじっと座っていた。周囲の喧騒に耳を傾けながらも、心の中は波立っていた。


(またヴァリティアの話ばっかり……。私がやったことなのに、誰も私だとは思わない。)


それが望んでいたことのはずだった。それでも、心の奥底で湧き上がる孤独感を抑えられなかった。


「おい、ティナ。」


その声に顔を上げると、目の前にはアルドが立っていた。鋭い眼差しが彼女を捉えている。


「アルドさん……。」


彼の視線が妙に真剣で、ティナは胸がざわついた。


「少し話がある。いいか?」


その言葉にティナは一瞬戸惑ったが、断ることもできず、静かに頷いた。



---


ギルドの外れ、人通りの少ない路地にアルドはティナを連れて行った。二人きりになると、彼はしばらく黙ってティナを見つめていたが、やがて口を開いた。


「ティナ、お前……本当にただの見張り役なのか?」


唐突な問いに、ティナは息を呑んだ。


「え、どういう意味ですか?」

「お前の行動、最近妙に気になるんだ。ヴァリティアが現れるたびに、お前の姿が見えなくなる。偶然にしては出来すぎている。」


ティナの心臓が激しく脈打つ。

(やっぱり……アルドさん、気づいてる?)


「そ、それはたまたまです! 私はただの孤児です。ギルマスターに雇われて、ここで見張りをしているだけです!」


ティナは必死に誤魔化そうとするが、アルドの視線はさらに鋭くなる。


「たまたま、か。本当にそうか?」


彼は一歩踏み出し、さらにティナに迫る。その圧倒的な気迫に、ティナは小さく後ずさった。


「なあ、正直に話せ。お前、何か隠してるだろう?」


ティナの胸に焦りと不安が押し寄せる。だが、その感情を必死に押し殺し、笑顔を作って言葉を返した。


「隠してなんていません! 本当に何もないんです!」


アルドはしばらくの間黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。そして、一歩後ろに下がると、冷静な声で言った。


「分かった。今はそれ以上言わない。」


彼の言葉に、ティナはほっと息をついた。だが、その表情を見たアルドは、疑念を捨てたわけではなかった。



---


その夜、ティナは軒先に戻り、いつものように通りを見つめていた。ギルドの建物の影が夜の静けさとともに広がる中、彼女の胸には複雑な感情が渦巻いていた。


(なんで……なんで自分に嫉妬しなきゃいけないの?)


ヴァリティアとして認められる一方で、本当の自分は誰からも気づかれない。それどころか、アルドには疑念を抱かれ、追及される。彼女の中でその矛盾が重くのしかかっていた。



---


ギルド内では冒険者たちが飲み交わしながら笑い合っている。その光景を見つめるティナの瞳には、ほんの少しだけ羨望の色が浮かんでいた。


(私も、普通の冒険者だったら良かったのかな……。)


しかし、その思いを振り払うように首を振り、ティナは再び自分を奮い立たせた。


(違う。私はギルドを守るためにここにいるんだ。ヴァリティアとしての役割を果たさないといけない。)



---


翌朝、アルドはティナを再び探していた。彼の中で、彼女への疑念が完全に拭い去られることはなかった。


「……ティナ、お前がヴァリティアだという確証を掴むまで、俺は諦めない。」


彼はギルドの軒先で座るティナを遠くから見つめ、その決意を新たにした。


一方で、ティナもアルドの視線に気づいていた。


(アルドさんがこれ以上深く探る前に、どうにかしないと……。)


二人の間に漂う緊張感は、これから訪れるさらなる波乱を予感させていた。











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