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第3話 第3章:暴かれる正体

3-1:ギルドの危機



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ギルドが忙しさを増していたある日、突如として暗雲が立ち込めた。掲示板に張り出された新たな依頼や報告書を整理していたギルマスターのロウウェンが、真剣な表情で冒険者たちを呼び集めた。


「みんな、聞いてくれ!」


その声に反応して、広間にいた冒険者たちは一斉にロウウェンの周りに集まった。普段は陽気に騒ぐ彼らも、ギルマスターの緊迫した様子にただならぬ事態を察している。


「近隣の村々を襲っていた魔物たちが、大規模な群れを形成してこのギルドに向かっているとの報告が入った。これまでにない規模の襲撃だ。」


冒険者たちの間にざわめきが広がる。誰もが目を見開き、互いに不安げな視線を交わした。


「何でこのギルドが狙われるんだ?」

「魔物の群れが直接ここを襲うなんて、前代未聞だぞ。」


ロウウェンは冒険者たちの動揺を抑えるように手を挙げ、静かに続けた。

「理由は分からない。だが、奴らの動きは明らかに計画的だ。そして、全員が準備しなければ、このギルドそのものが壊滅する恐れがある。」



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軒先に座っていたティナもその話を聞き、心臓が強く脈打つのを感じていた。


(ギルドが狙われている……こんな規模の襲撃、聞いたことがない。)


普段であれば、高ランク冒険者たちが対応するはずだった。だが、彼らは現在、遠方で別の任務に出ており、戻ってくるのは数日後になる。


「どうするんだよ、俺たちでこんな大規模な襲撃に対応できるのか?」

「無理だ……低ランクの俺たちじゃ、まともに戦えない。」


広間に集まった冒険者たちからは不安の声が次々に上がる。普段は勇敢な彼らも、今回ばかりは相手の規模に圧倒されているようだった。


その光景を見つめながら、ティナは拳を握りしめた。


(私が行かなきゃ……。)


だが、同時に心の中で不安が湧き上がる。


(これまでの戦いは、一対多数であっても、何とか切り抜けることができた。でも、今回は……。)


彼女は自分の力の限界を理解していた。変身スキルを使っても、持続時間には限りがあり、それが切れる前に敵を全滅させる保証はない。しかも、ギルド全体を守りながら戦うとなれば、一瞬のミスが命取りになるだろう。



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その夜、ティナは軒先に座りながら、星空を見上げていた。


(ギルドを守る。それが私の役目。でも……今回は本当に守り切れるのかな。)


思考が深まるにつれて、不安はさらに大きくなっていく。だが、その不安を振り払うように、彼女は小さく息を吐いた。


「弱気になってる場合じゃない。」


自分に言い聞かせるように呟くと、彼女は静かに立ち上がった。そして、ギルドの裏手に回り込み、変身スキルを発動した。


白い光に包まれ、黒髪をなびかせた大人の女性――ヴァリティアへと変貌する。


「何があっても、絶対にギルドを守る。」


その瞳には、決意の光が宿っていた。



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夜が深まるにつれ、ギルド周辺に不穏な気配が漂い始めた。遠くから聞こえる重低音のような音――それは、地面を踏みしめる巨大な魔物たちの足音だった。


「来たぞ!」

外で見張っていた冒険者の一人が叫ぶ。その声を合図に、ギルド内は一気に緊張感に包まれた。冒険者たちは武器を手に取り、ギルドの扉を固めるように陣形を整えた。


だが、扉の外から見える魔物の数を見た瞬間、彼らの表情が凍りついた。


「こ、こんな数……勝てるのか?」

「無理だ、全滅するぞ……。」


誰もが足を震わせる中、突如としてギルドの入り口に現れたのはヴァリティアだった。


「全員、落ち着いて。」


その冷静な声が響くと、冒険者たちは一斉に振り返った。そして、彼女の姿を見た瞬間、彼らの目には希望の光が灯った。


「ヴァリティア……!」

「伝説の冒険者が……!」


ヴァリティアは冒険者たちを一瞥すると、扉の前に立ちはだかった。その背中は堂々としており、誰もが彼女に頼りたくなるような威厳に満ちていた。


「私が前線に立つ。みんなはギルドの防衛に集中して。」


その言葉に、冒険者たちは無言で頷いた。彼女の指示に従うことで、少しでも状況を好転させられると信じていた。



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ギルドの扉が開かれ、ヴァリティアは外に飛び出した。目の前には、無数の魔物たちが地を埋め尽くしている。


「こんなにいるなんて……。」


一瞬だけ心が揺らいだが、彼女はすぐに剣を構え直した。


「数なんて関係ない。ギルドを守るために、私は負けるわけにはいかない。」


ヴァリティアの剣が輝きを放ち、次の瞬間、彼女は魔物の群れの中に飛び込んでいった。



3-2:ヴァリティアの最後の戦い



ヴァリティアが剣を握りしめながら魔物の群れに突進する。無数の魔物たちが唸り声を上げ、牙や爪をむき出しにして襲いかかるが、彼女の鋭い剣さばきと圧倒的な力の前には歯が立たない。


「これ以上、このギルドに一歩でも近づけさせない!」


彼女の声が響き渡り、その一撃一撃は確実に魔物たちの命を奪っていった。剣が振られるたびに光が舞い、炎や氷を伴う魔法が彼女の動きに力強さを加える。その姿はまさに神話に登場する戦士そのものであり、後方で戦況を見守る冒険者たちに希望を与えていた。



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圧倒的な力


「すげえ……! 一人であんな数を相手にしてるなんて!」

「これがヴァリティアの本当の力か……!」


ギルドの防壁内から彼女の戦いを目撃している冒険者たちは口々に感嘆の声を漏らしていた。普段は冷静なギルマスターのロウウェンでさえ、その力に驚きを隠せない。


「彼女がいなければ、このギルドは既に終わっているだろう……。」


しかし、ロウウェンの眉間には深い皺が刻まれていた。彼だけはヴァリティア――ティナの体力の限界を知っている。彼女の変身スキルには制限があり、その力が永遠に続くわけではないのだ。


(頼む……もう少しだけ耐えてくれ。)


彼は心の中で祈るように呟いた。



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激戦の中での孤独


ヴァリティアは剣を振り続けながら、次々に魔物を倒していった。だが、その数は圧倒的に多い。どれだけ切り倒しても後から後から湧き出てくる魔物たちに、彼女の体力は徐々に削られていく。


「……はあっ……!」


深呼吸をしながら、ヴァリティアは一瞬だけ周囲を見回した。無数の魔物たちが自分を取り囲む中で、後方のギルドの建物が遠くに見える。


(まだ、みんな無事だ……。)


その光景を見て、わずかに安堵の表情を浮かべるが、すぐに意識を集中させる。


「ここで私が倒れるわけにはいかない……!」


そう自分に言い聞かせ、再び剣を構える。


だが、彼女の体に違和感が走った。変身スキルの時間制限が近づいている兆候だ。手の感覚が薄れ始め、視界が少しずつ暗くなる。


「まずい……あと少ししか……。」


変身が解けるまでに魔物の群れを完全に撃退することは、ほぼ不可能だった。それでも、ギルドを守るためには戦い続けるしかない。



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戦いの転機


魔物の群れの中に特異な存在が現れた。それは通常の魔物とは明らかに異なる、巨大な獣のような姿をしたボス級の魔物だった。


「ここまでの力を持つとは思わなかったが、これで終わりだ。」


低く唸るような声を発しながら、その魔物はヴァリティアに向かって突進してきた。


「……来い!」


ヴァリティアは全力で剣を構え、迎え撃つ。二者がぶつかり合った瞬間、轟音が辺り一帯に響き渡り、地面が揺れた。


その衝撃にギルド内の冒険者たちは一瞬怯んだが、すぐにヴァリティアが立ち上がり、再び戦いを続けている姿を目撃して声を上げた。


「まだ戦ってる! 俺たちもやれることをやろう!」


彼女の勇姿が、冒険者たちを奮い立たせた。



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限界の近づき


ヴァリティアとボス級の魔物との激しい戦闘が続く中で、彼女の体力は確実に削られていった。彼女の剣の振りは少しずつ鈍くなり、魔法の力も弱まっている。


(これ以上……持たない……。)


そう思った瞬間、ボス級の魔物が巨大な爪を振りかざし、ヴァリティアを吹き飛ばした。地面に叩きつけられた彼女は、苦しそうに息を整える。


「まだ……終わらせない……。」


彼女は立ち上がり、再び剣を握りしめるが、その体は限界を迎えつつあった。


その時、後方から声が響いた。


「ヴァリティア! 無茶するな!」


声の主はアルドだった。彼は冒険者たちと共に戦線を維持しながら、ヴァリティアに駆け寄ろうとしていた。


「君一人で背負う必要はない。俺たちも戦える!」


その言葉にヴァリティア――ティナは驚き、ほんの少しだけ気が緩んだ。その瞬間、変身スキルの光が弱まり、体の一部が元の姿に戻り始める。



3-3:アルドとの対峙



激しい戦闘の余波で巻き上がる砂煙の中、ヴァリティアは剣を握りしめ、目の前のボス級魔物を睨みつけていた。彼女の体には無数の傷が刻まれ、動きは鈍りつつある。それでも、目の奥には諦めない強い意志が宿っていた。


「ここで倒れるわけにはいかない……!」


しかし、変身スキルの時間切れが迫る中、体が思うように動かない。ふと腕に走る光のような輝き――変身が解け始めている兆候だ。


(まずい、このままでは……!)


その瞬間、背後から聞き覚えのある声が響いた。


「ヴァリティア! 無理をするな!」


振り返ると、そこにはアルドが立っていた。彼は武器を構えながら、彼女の元へと駆け寄る。


「アルドさん……!」


ヴァリティアとしてではなく、自分自身として名前を呼ばれたような感覚に、一瞬だけ動揺が走る。


「君だけに任せるつもりはない! 俺たちもギルドの一員だ!」


その言葉に胸が熱くなるのを感じたが、同時に焦りが押し寄せた。アルドの視線が鋭く自分を見つめている。



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正体の露見


次の瞬間、ボス級魔物が咆哮を上げ、ヴァリティアとアルドに向かって攻撃を仕掛けてきた。ヴァリティアは反射的にアルドをかばい、その攻撃を剣で受け止める。だが、その衝撃で変身スキルの光が大きく揺らぎ、彼女の姿が一瞬だけティナのものに戻った。


「……!」


アルドは目を見開き、息を呑んだ。


「ティナ……なのか?」


彼の呟きに、ヴァリティアは凍りついたように動けなくなった。


「君が……ヴァリティアだったのか……!」


アルドの言葉は驚きと困惑に満ちていた。その声を聞きながら、ティナは覚悟を決めたように深く息を吸い込んだ。



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語られる理由


「……そうよ。」


ティナは変身スキルを解除し、元の姿に戻る。そこに立っていたのは、軒先で日々を過ごしていた孤児の少女そのものだった。


「私がヴァリティアよ。」


その言葉に、アルドは混乱した表情を浮かべながらも、真剣に彼女の言葉を聞こうとする。


「どうして隠していたんだ?」


ティナは少しの間、黙ったまま目を伏せていたが、やがて小さな声で語り始めた。


「……ギルドのためよ。ヴァリティアという存在が英雄として語り継がれることで、ギルドの抑止力になる。もし正体が知られたら、私だけじゃなく、ギルド全体が狙われることになる。」


彼女の言葉にアルドは唇を引き結び、拳を握りしめた。


「それで、自分だけで全部抱え込むつもりだったのか?」


「そうするしかなかったの!」


ティナの声は震えていた。彼女は目を見開きながらアルドを見つめ、言葉を続けた。


「私はただの孤児で、ギルマスターに拾われてここで生きる意味を見つけた。でも、私の正体が知られたら、その生活すら壊れてしまう……。」


その瞳には、深い孤独と恐れが浮かんでいた。


「でも、私はこのギルドを守りたかった。だから……誰にも知られないように戦ってきたの。」



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アルドの覚悟


ティナの話を聞いたアルドは、しばらく黙っていた。そして、彼女の肩にそっと手を置き、真剣な表情で言った。


「お前……一人でよくここまでやってきたな。」


その言葉に、ティナは驚いて顔を上げた。


「アルドさん……?」


「お前の気持ちは分かった。だが、これからは一人で抱え込むな。俺たちもギルドの一員として、お前と一緒に戦う。」


アルドの言葉には、迷いも疑いもなかった。それを聞いたティナの瞳には、涙が浮かんでいた。


「……ありがとう。」



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最後の一撃


その短いやり取りの間に、ボス級魔物が再び動きを見せた。アルドは即座に剣を構え、ティナに向かって叫んだ。


「行くぞ、ティナ! 俺たちで奴を倒す!」


ティナも再び変身スキルを発動し、ヴァリティアの姿へと戻る。そして、アルドと共に連携して魔物に立ち向かった。


互いの動きが噛み合い、彼らは息を合わせて最後の一撃を放つ。ヴァリティアの剣が魔物の胸を貫き、アルドの攻撃がその命を絶った。


魔物が倒れると同時に、周囲に漂っていた緊張感が一気に消え去った。



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新たな始まり


戦いを終えたティナとアルドは、お互いに軽く頷き合った。


「これでギルドは守られた……。」


ティナの声には安堵が滲んでいたが、その表情にはどこか新たな決意が感じられた。


「これからも一緒に戦おう、ティナ。」


アルドの言葉に、ティナは微笑みながら頷いた。



3-4:仲間としての信頼



戦いが終わった夜、ギルドの広間は不思議な静けさに包まれていた。普段は冒険者たちの笑い声や武器の音で溢れているこの場所が、戦闘の余韻を感じさせる空間になっていた。


ギルマスターのロウウェンが冒険者たちを集め、襲撃を防いだ報告を行ったものの、誰もが疲労と安堵の中で言葉少なげだった。広間の片隅で、ティナはアルドと向き合っていた。



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「……君がヴァリティアだったとはな。」


アルドは疲れた表情で呟いた。その声には驚きと戸惑いが混じっていたが、責めるような調子は微塵もなかった。


「……隠していて、ごめんなさい。」


ティナは俯きながら答えた。変身スキルを解いて元の姿に戻った彼女は、まるで重い鎧を脱いだかのように小さく見えた。


「本当は、誰にも知られたくなかったの。でも……もう隠せないよね。」


ティナの声は震えていた。彼女の目には、戦いの疲労だけでなく、長い間正体を隠してきた重圧から解放された安堵が滲んでいた。


「隠す理由は分かったよ。」


アルドは静かに言った。その言葉にティナが顔を上げると、彼の表情は真剣そのものだった。


「ギルドを守るためだったんだろう? お前一人でその重荷を背負ってきたんだな。」


ティナは小さく頷いた。


「でも……もう一人で背負う必要はない。これからは俺たちもいる。」



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動揺から信頼へ


「でも……。」


ティナは言葉を詰まらせた。


「ヴァリティアが私だと知ったら、みんな失望するかもしれない。英雄だと思っていた存在が、ただの孤児だなんて……。」


その言葉にアルドは少し笑みを浮かべた。


「失望なんてするわけがないだろう。俺たちは君の力を目の当たりにした。孤児だろうが何だろうが関係ない。」


その言葉には、嘘偽りのない信頼が込められていた。それを聞いたティナの胸に、じんわりと暖かいものが広がった。



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新たな信頼関係


「それにさ。」


アルドは肩をすくめながら言葉を続けた。


「これまで君一人で戦ってきたことがすごいと思う。でも、これからは俺たちも君を支える。ヴァリティアとしてじゃなく、ティナとしてな。」


ティナはその言葉に驚き、目を見開いた。


「……ティナとして?」


「そうだ。ヴァリティアがいなくても、ティナという人間は俺たちにとって必要な仲間だ。それを忘れるな。」


アルドの力強い言葉に、ティナは思わず涙を浮かべた。


「……ありがとう。」


小さく呟いたその声は、これまでの彼女の孤独を吹き飛ばすようなものだった。



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ギルドに戻る日常


翌朝、ギルドでは冒険者たちが通常の依頼に戻っていた。襲撃から一夜明けたとは思えないほど、活気が戻りつつある。


冒険者たちはヴァリティアの活躍を語り合いながら、それぞれの仕事に戻っていった。彼女の正体については誰も知らず、彼らにとってヴァリティアは依然として神話のような存在であり続けている。


その中で、ティナはいつも通り軒先に座り、通りを眺めていた。だが、彼女の心にはこれまでとは違う安心感があった。



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アルドとの再会


昼過ぎ、アルドがギルドから出てきてティナの隣に腰を下ろした。


「なあ、ティナ。」


「はい?」


「これからも、君が何かあれば俺たちに言えよ。一人で抱え込むな。」


アルドの声には優しさと力強さがあった。それを聞いたティナは少し笑みを浮かべ、頷いた。


「分かりました。でも、あまり期待しすぎないでくださいね。」


「期待しないわけがないだろう? 君は俺たちの仲間なんだから。」


その言葉に、ティナは心の中で新たな決意を抱いた。



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新たな一歩


ティナはギルドを守るための戦いを続けることを決めた。だが、今度は一人ではない。アルドをはじめとする仲間たちとともに、より強いギルドを築いていく。


彼女が軒先に座るその姿は、一見これまでと何も変わらないように見える。だが、その瞳に宿る光は確かに変わっていた。


(これからは、みんなと一緒に……。)


ティナの心には、かつてないほどの安心感と希望が広がっていた。



3-5:ギルドの平穏



ギルドが襲撃された翌日。冒険者たちが慌ただしく動いていた広間も、戦いが終わり一晩明けてからはいつもの喧騒を取り戻していた。依頼を受ける者、戦いを振り返り仲間と語り合う者、それぞれが日常に戻りつつあった。


だが、その日常の背景には、英雄ヴァリティアの名が繰り返し語られていた。


「本当にすごかったよな、ヴァリティア。あの数の魔物を一人で片付けるなんて!」

「俺、あんな戦い方初めて見たよ。まるで神話に出てくる戦士みたいだった。」

「それにしても、一体どこから来た人なんだろうな? ギルドの誰かが連れてきたのか?」


広間の至るところでヴァリティアの名が飛び交い、その活躍を称賛する声が溢れていた。だが、彼女の正体について知る者は誰もいない。ただ一人、ティナを除いて。



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ティナは軒先にいつものように座り、通りを見つめていた。だが、その瞳にはこれまでとは少し違う輝きが宿っていた。


(ギルドが無事で良かった……。)


昨夜、アルドに正体を知られたことへの不安はまだ完全に消えていなかった。それでも、彼が自分を受け入れ、信じてくれたことが何よりの救いだった。



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アルドとの会話


「おい、ティナ。」


聞き慣れた声に顔を上げると、そこにはアルドが立っていた。彼は手に持った大きな布袋をティナの前に置いた。


「これ、差し入れだ。朝食は食べたか?」


「……え?」


ティナが驚いた顔をすると、アルドはにやりと笑った。


「昨日あんなに頑張ったんだ。たまにはギルドのみんなからの感謝を受け取れよ。」


布袋を開けると、中には焼きたてのパンや果物、そして暖かいスープの瓶が入っていた。ティナは思わず目を見開いた。


「これ、全部私に……?」

「そうだ。ギルドのみんなにはヴァリティアの正体は言わない約束だが、俺が感謝の気持ちくらいは伝えておくべきだと思った。」


ティナは小さく微笑みながら頷いた。


「……ありがとう。でも、本当にみんなには何も言っていないんですか?」

「ああ、約束したからな。ただ、俺個人としてお前を労うくらいはいいだろ?」


その言葉に、ティナの胸がじんわりと暖かくなった。



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ギルドの日常へ


その日の午後、ギルドは再びいつもの平和な雰囲気を取り戻していた。


冒険者たちはヴァリティアの活躍を話題にしながらも、それぞれの依頼をこなすために動いていた。彼らの表情には、戦いを乗り越えた後の自信と安堵が見て取れる。


一方、ギルドの片隅で、ロウウェンがアルドと話をしていた。


「アルド、昨日の件で気づいていると思うが……ティナの正体、奴はヴァリティアだろう?」


ロウウェンの静かな声に、アルドは眉をひそめた。


「やはり分かっていたのか。」

「当然だ。私があの子を育てたんだ。だが、ティナが正体を隠していた理由も理解している。それを踏まえた上で、今後も彼女を支えるつもりか?」


アルドは少し考えてから頷いた。


「ああ、支えるつもりだ。あいつはこれまで一人で戦ってきた。でも、これからは俺たちがいる。仲間として力を合わせるべきだろう。」


その言葉を聞いたロウウェンは、少し微笑みながら言った。


「……そうか。なら安心だ。」



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ティナの平穏な日常


ティナは再び軒先に戻り、座り込んで通りを眺めていた。時折、冒険者たちが彼女に声をかけ、小銭を手渡していく。


「今日も頑張れよ、ティナ。」

「ほら、これで何か美味しいものでも食べてきな。」


彼女は微笑みながら小銭を受け取り、そっと胸元で握りしめた。


(本当に、私はここが好きだ。ヴァリティアとしてじゃなく、ただのティナとして……。)


通りを見つめる彼女の目には、新たな決意と安心感が浮かんでいた。



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最後の振り返り


その夜、ギルドの屋上に立つティナは、星空を見上げていた。ヴァリティアとしてではなく、自分自身としてギルドを守るために何ができるのかを考えていた。


(これからもギルドの平穏を守り続ける。それが私の使命。)


彼女の心には、かつてないほどの充実感と仲間への感謝が満ちていた。







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