4-1:ティナとアルドの関係
朝日がギルドの窓から差し込み、広間に光が満ちる中、ティナは軒先でいつものように座っていた。戦いが終わり数日が経過していたが、冒険者たちの間では、いまだにヴァリティアの活躍が語り継がれていた。
「なあ、次にヴァリティアが現れるとしたら、どんな場面なんだろうな?」
「そりゃあ、またギルドが襲撃されたときだろ。でも、もうしばらく平和でいてほしいけどな。」
冒険者たちのそんな会話を耳にしながら、ティナは静かに微笑んでいた。自分がその「英雄」であることを誰も知らない――その秘密が少しだけくすぐったいような気もした。
「おい、ティナ。」
聞き慣れた声に顔を上げると、そこにはアルドが立っていた。彼はいつもの冒険装備ではなく、軽装でギルドに立ち寄った様子だ。
「お疲れ様です、アルドさん。」
ティナが軽く頭を下げると、アルドは少し苦笑しながら彼女の隣に腰を下ろした。
「いや、俺は疲れてねえよ。むしろ、お前の方がよっぽど疲れてるんじゃないか?」
ティナは少し肩をすくめて、軽く笑った。
「私は大丈夫です。軒先の見張りが本業ですから。」
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正体を知ったアルドの想い
アルドはその言葉に少し眉をひそめた。彼はヴァリティア――ティナの正体を知って以来、彼女が背負っているものの重さに気づいていた。
「なあ、ティナ。」
アルドの声が少し真剣なものに変わった。それに気づいたティナは、微笑みを浮かべたまま首を傾げる。
「何ですか?」
「お前さ、これからは俺たちと一緒に戦えよ。一人で全部抱え込む必要はないんだから。」
その言葉は、彼の本心そのものだった。ティナが一人で戦う姿を目の当たりにして以来、彼はずっとそれを気にかけていた。
だが、ティナはその提案に対して軽く首を横に振った。
「……それはできません。ヴァリティアとして戦うのは、ギルドの秘密兵器ですから。」
彼女の言葉には冗談めいた響きがあったが、その裏には真剣な思いも隠れていた。
「それに、私はここで見張るのが好きなんです。この軒先は、私にとって特別な場所ですから。」
その言葉を聞いて、アルドは少しだけ黙り込んだ。そして、苦笑しながら肩をすくめた。
「まあ、お前がそう言うなら仕方ないか。でも、もしまたあの規模の襲撃が来たら、絶対に俺たちを頼れよ。」
ティナはその言葉に笑顔で頷いた。
「分かりました。もし本当に困ったら頼ります。でも、まずは軒先で見張りますね!」
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変わる関係
アルドとティナの会話は、これまでの二人の関係とは少し違っていた。以前はギルドの中で「孤児の見張り役」として扱われていたティナが、今ではアルドにとって「信頼できる仲間」として見られていることを感じていた。
「ところで、ティナ。」
アルドがふと声を低くした。その表情には少しの茶目っ気が感じられる。
「お前、ヴァリティアとして戦ってるときは、やけに堂々としてるけど、こうして見ると全然違うな。正体を知らなきゃ絶対に同一人物だなんて思わない。」
ティナはその言葉に驚き、少し頬を赤らめた。
「そ、それは変身スキルのおかげですよ! 私、普段はそんなに堂々となんてしてませんから!」
「いや、分かってるよ。でも、だからこそ思うんだ。」
アルドは真剣な表情に戻り、ティナを見つめた。
「お前はもっと自分に自信を持て。ヴァリティアとしてだけじゃなく、ティナとしても、俺たちにとっては十分すごい奴なんだから。」
その言葉に、ティナは胸が温かくなるのを感じた。
(ティナとしても……信頼されている?)
それは彼女にとって新しい感覚だった。
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新たな日常の始まり
日が傾き始めた頃、アルドは立ち上がった。
「そろそろ俺は出発するよ。依頼が入ってるんでな。」
「行ってらっしゃい。お気をつけて!」
ティナが笑顔で送り出すと、アルドは軽く手を振ってギルドを後にした。その背中を見送りながら、ティナは心の中で静かに誓った。
(これからも、私は私のやり方でギルドを守る。ヴァリティアとしても、ティナとしても。)
そして彼女は再び軒先に座り、いつものように通りを眺め始めた。その姿は一見何も変わらないように見えるが、その心には確かな自信と温かさが宿っていた。
4-2:ギルマスターの助言
ギルドの静かな一角、書類が山積みされたギルマスターの執務室。ティナはその部屋の一番奥、窓際の椅子に座っていた。彼女の前にはギルマスターのロウウェンが腕を組んで座っている。
「ティナ、今日は少し話をしたいと思ってな。」
ロウウェンの言葉に、ティナは少し緊張した表情で頷いた。ギルドを襲った大規模な戦いから数日が経ち、ようやく平穏を取り戻したところだが、ロウウェンの顔はどこか真剣だった。
「ヴァリティアとしての君の働き、心から感謝しているよ。あの襲撃がなければ、ギルドがここまで無事でいられたかどうか分からない。」
「いえ、私はただ……自分にできることをしただけです。」
ティナは少し俯きながら答えた。自分の正体を隠しながら戦うことには慣れていたが、それでも「孤児の少女」としての姿を知るロウウェンに感謝の言葉を向けられると、どこか照れくさい気持ちになった。
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ロウウェンの悩み
ロウウェンは少し間を置いてから、静かに続けた。
「君のように正体を隠しながら生きるのは、並大抵のことではないだろう。」
その言葉にティナは顔を上げた。
「正体を知られるとどうなるか、分かっているんだろう?」
「……はい。」
ティナの声は小さかった。それでも、その言葉には確かな覚悟が込められていた。
「もし私の正体が知られたら、ギルド全体が危険に晒されるかもしれません。私一人が責任を負うつもりですが、それでも……。」
「それでも君は戦うつもりなんだな。」
ロウウェンの問いかけに、ティナは力強く頷いた。その目には迷いがなかった。
「はい。このギルドを守るために、私は何でもします。」
その答えに、ロウウェンは静かに息を吐いた。そして、ティナの目を真っ直ぐに見つめながら言った。
「だが、ティナ。君にはそれだけじゃない価値があるんだ。」
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ロウウェンの助言
「君の力は確かにギルドの秘密兵器として重要だが、それ以上に君自身がこのギルドにとって欠かせない存在だ。」
その言葉に、ティナは驚きの表情を浮かべた。
「私が……欠かせない?」
「そうだ。君はヴァリティアとして戦うだけじゃない。このギルドの一員として、普段の姿のままでも十分に価値がある。」
ロウウェンの言葉には迷いがなかった。それを聞いて、ティナは少しずつ自分の心が温かくなるのを感じた。
「……でも、私はまだ何もできていない気がします。普段はただ軒先に座って見張りをしているだけで……。」
「その見張りがどれだけ大切なことか分かっているか?」
ロウウェンは微笑みながら言った。
「君がいるだけで、このギルドは安心感を得ているんだ。君が見張りをしているとき、このギルドがどれだけ安全に守られているか、冒険者たちも分かっている。」
ティナはその言葉に少し涙ぐんだ。自分がただの孤児だと思われている中で、そこに存在価値があると言われたことが、これほど嬉しいとは思わなかった。
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ティナの決意
ロウウェンは続けた。
「正体を隠しながら生きるのは確かに大変だ。だが、それは君にしかできないことだ。そして、それを選んだ君を、私は誇りに思う。」
その言葉にティナは頷き、改めて決意を新たにした。
「ありがとうございます。私は、この生活を続けたいと思います。軒先で見張るのも、ヴァリティアとして戦うのも、全部ギルドを守るための仕事ですから。」
ロウウェンは満足そうに微笑み、彼女の肩に手を置いた。
「それでいい。これからも頼りにしているぞ。」
「はい!」
ティナは力強く答えた。その目には、これまで以上に強い光が宿っていた。
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部屋を出た後
ティナはロウウェンの執務室を後にし、ギルドの広間へ戻った。冒険者たちの笑い声が響くその場所で、ティナは静かに息を吐いた。
(私は、このギルドの一員なんだ。)
自分の役割がここにあると再確認した彼女は、軒先に戻っていつもの見張りを始めた。
その姿を見た冒険者の一人が、軽く手を振りながら声をかけてきた。
「おい、ティナ! 今日も見張りか? いつもご苦労さん!」
「ええ、私の仕事ですから。」
ティナは微笑みながら答えた。その笑顔には、これまでとは違う自信が漂っていた。
4-3:新たな脅威の兆し
ギルドが平穏を取り戻して数日が経ったある朝。いつものようにティナは軒先に座り、行き交う人々を見つめていた。青空が広がり、ギルドの周囲は冒険者たちの賑やかな声で溢れている。
しかし、その日の空気にはどこか不穏な気配が混じっていた。
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不審な影
午前中、ギルドの広間では冒険者たちが依頼の準備を進めていた。ティナも軒先からその様子を見守っている中で、ふと視線の端に違和感を覚えた。
(あれは……?)
ギルドの周囲をうろつく不審な男の影が目に入った。彼はフードを深く被り、目元を隠している。まるで誰かに気づかれることを恐れているかのようだった。
ティナは内心で警戒しつつ、目立たないようにその男を観察した。
(何をしているのかしら……? ギルドに関係ないただの通りすがりならいいけど。)
だが、男は一度ギルドの建物を見上げた後、路地裏へと消えていった。その動きには明らかに意図が感じられた。
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ロウウェンへの報告
昼過ぎ、ティナは不審者の存在をギルマスターのロウウェンに報告するため、執務室を訪れた。
「ロウウェンさん、少しお時間をいただけますか?」
ロウウェンはティナの真剣な表情を見て、すぐに察したようだった。
「どうした、ティナ?」
「今朝、ギルドの周囲をうろついている不審な人物を見かけました。フードを深く被り、目元を隠していて……何かを企んでいるような気がして。」
ロウウェンは眉をひそめ、椅子に深く座り直した。
「なるほど……最近の襲撃のこともあるし、警戒はしておくべきだな。だが、その人物が何者か分からない以上、動くのは難しい。」
「私がもう少し調べてみます。」
ティナは即座に提案した。その言葉にロウウェンは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに納得したように頷いた。
「君が軒先で見張りを続けながら、何か気づいたことがあればすぐに知らせてくれ。それが一番だろう。」
「分かりました。」
ティナは深く頭を下げ、執務室を後にした。
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次の兆候
その夜、ティナは軒先に座りながら周囲を警戒していた。昼間に見かけた不審者が再び現れる可能性を考え、いつも以上に神経を研ぎ澄ませている。
すると、再びあの不審な気配が彼女の感覚を捉えた。今度は一人ではなく、複数の影がギルドの周囲を歩いている。
(……やっぱり、ただの通りすがりじゃない。)
ティナは変身スキルを使おうか迷ったが、ここで正体を露わにするわけにはいかなかった。彼女はその場に留まり、相手の動きを静かに観察することを選んだ。
影たちはギルドの裏手で立ち止まり、小声で何かを話している様子だった。
「このギルドには、噂の英雄がいるらしいな。」
「ヴァリティア……だったか? だが、正体を暴ければ利用価値が高い。」
その言葉を聞いた瞬間、ティナの心に冷たいものが走った。
(私のことを探っている……?)
彼女は焦りを抑えつつ、冷静に状況を見守った。不審者たちはしばらくの間話し込んだ後、何かを確かめたように頷き合い、去っていった。
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アルドとの相談
翌朝、ティナはギルドの広間でアルドに声をかけた。
「アルドさん、少し相談したいことがあるんです。」
アルドは彼女の表情がいつもより真剣なことに気づき、静かな場所へ移動するよう提案した。二人はギルドの裏手に向かい、人目を避けて話し始めた。
「実は、最近ギルドの周囲に不審者が現れているんです。昨夜も、彼らがヴァリティアのことを話しているのを聞きました。」
その言葉にアルドは驚き、険しい表情を浮かべた。
「ヴァリティアの正体を探ってる……だと?」
「はい。何かを企んでいるようでした。ロウウェンさんには報告しましたが、これ以上は私一人では動けないかもしれません。」
ティナの言葉に、アルドはしばらく考え込んだ後、力強く頷いた。
「分かった。俺も協力する。お前一人にさせるわけにはいかないからな。」
その言葉に、ティナは少し安心した表情を見せた。
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新たな危機への備え
不審者たちの動きが具体化する中、ティナは軒先での見張りを強化しつつ、アルドやロウウェンとの連携を密にすることを決めた。
(このギルドを守るためなら、私はどんな困難にも立ち向かう。)
彼女の瞳には、以前よりも強い決意が宿っていた。新たな脅威の兆しに気づいたティナは、再びヴァリティアとしての役割を果たす準備を整え始める。
4-4:ヴァリティアの噂
ギルドの広間は朝から賑やかだった。冒険者たちは掲示板に群がり、新しい依頼について仲間と話し合ったり、前日の仕事を報告したりしている。その中で、特に目立つ話題がひとつあった――ヴァリティアの噂だ。
「なあ、ヴァリティアってどこから来たんだろうな?」
「本当だよ。あんなに強い冒険者がいるなんて信じられないよな。」
「また現れるかな? あの姿をもう一度見たいよ。」
広間の至るところで、ヴァリティアの活躍が語られていた。先日の襲撃を防いだ英雄として、彼女の名前は冒険者たちの憧れの的となっていた。
軒先に座るティナは、そんな会話を遠くから聞いていた。いつも通りの落ち着いた表情を保ちながらも、その胸の内には複雑な思いが渦巻いていた。
(私がヴァリティアだって、誰も知らない。でも……それでいいんだよね。)
ティナは静かに息を吐き、通りを見つめる。その瞳には、どこか迷いの色が浮かんでいた。
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冒険者たちの期待
その日の午後、広間では冒険者たちが集まり、次々とヴァリティアについての話題を交わしていた。
「このギルドには本当にすごい人がいるよな。」
「ああ。ヴァリティアが現れたって話を聞いただけで、周囲の連中も襲撃を諦めるんじゃないか?」
「でも、正体が誰なのか全然分からないんだよな。ギルマスターも何も教えてくれないし。」
「正体なんてどうでもいいだろ。」
その声に全員が振り返ると、そこにはアルドが腕を組んで立っていた。彼は真剣な表情で続けた。
「大事なのは、ヴァリティアがこのギルドを守ってくれるってことだ。それ以上のことを知る必要はない。」
その言葉に冒険者たちは頷き合い、議論は次第に別の話題へと移っていった。しかし、アルドの目はしっかりと軒先のティナに向けられていた。
(あいつが気にしてるのは分かってる。でも、プレッシャーをかけるわけにはいかない。)
アルドは心の中でそう呟き、視線を戻した。
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ティナの葛藤
一方、軒先に座るティナは、アルドの言葉を聞きながら自分の胸に手を当てていた。
(私のことをみんながこんなに話題にしてる……。でも、ヴァリティアの正体を知られたら、どう思われるんだろう。)
孤児としての自分と、英雄ヴァリティアとしての自分。その二つの間にあるギャップを考えるたびに、ティナの心は揺れていた。
「ティナ、大丈夫か?」
その声に驚いて顔を上げると、そこにはアルドが立っていた。彼は心配そうに彼女を見下ろしている。
「え? あ、はい、大丈夫です。」
ティナは慌てて笑顔を作ったが、アルドの目は鋭く彼女の内面を見抜いているようだった。
「無理するなよ。お前が何を考えてるのか、少しは分かるつもりだ。」
「アルドさん……。」
ティナは視線を落としながら、小さな声で言った。
「ヴァリティアとして認められるのは嬉しいけど、私自身のことを誰も知らないのが、少し……寂しいです。」
その言葉に、アルドは黙って彼女の隣に座った。そして、静かに答えた。
「お前はお前だ。ヴァリティアだろうが、ティナだろうが、俺たちにとって大事なのは変わらない。」
その言葉に、ティナは少しだけ目を潤ませた。そして、小さな笑みを浮かべながら頷いた。
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「自分」としての成長
その夜、ティナは軒先で一人、星空を見上げていた。ヴァリティアとしての活躍を期待する声と、自分自身としての存在価値。その二つの間で揺れながらも、彼女の中には少しずつ変化が芽生えていた。
(ヴァリティアとしてだけじゃなく、ティナとしても頑張りたい。自分のままでみんなの役に立ちたい。)
その思いは、彼女の中で新たな目標として形を取り始めていた。
(でも、今はまだ……軒先で見張るのが私の仕事。)
彼女は静かに微笑みながら、周囲の静寂に耳を傾けた。
4-5:笑顔での再スタート
ギルドに活気が戻り、冒険者たちがいつも通りの賑やかな日常を取り戻した頃。軒先に座るティナは、街の様子を眺めながら静かに息を吐いた。
「ふう……今日も平和。」
彼女の言葉には安堵が滲んでいたが、その心の中にはまだ微かな迷いが残っていた。ヴァリティアとしての自分を称える冒険者たちの声が、いつも遠くから聞こえてくる。彼らの期待に応えたい気持ちと、自分自身としての存在価値に対する不安。その狭間で揺れる日々だった。
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アルドとの軽口
ティナがそんな思いに耽っていると、聞き慣れた声が彼女を現実に引き戻した。
「おい、ティナ。何をぼんやりしてるんだ?」
顔を上げると、そこにはアルドが立っていた。彼は片手にパンを持ちながら、ティナの隣に腰を下ろした。
「……アルドさん、何か用ですか?」
ティナは少し微笑みながら尋ねたが、その表情には少し困惑の色が見える。アルドはパンをかじりながら肩をすくめた。
「いや、特に用はない。ただ、お前がまた考え事でもしてるんじゃないかと思ってな。」
「そ、そんなことないですよ!」
ティナは慌てて否定したが、アルドは微笑を浮かべたまま彼女を見つめていた。
「そうか? まあいいけどさ。」
アルドは少し黙り込んだ後、唐突にこんなことを言い出した。
「お前さ、いつまで軒先で見張りだけしてるつもりなんだ?」
ティナは驚いて目を見開いた。
「……それが私の仕事ですから。」
少し拗ねたように答えるティナに、アルドは笑いながら頭を軽く小突いた。
「いや、もちろんそれも大事な仕事だ。でもな、お前はもっとすごい奴だって、みんなに教えてやりたい気もするんだよ。」
その言葉にティナは戸惑い、視線を落とした。
「私には、そんなことできませんよ。私はただ……。」
言いかけた言葉を飲み込み、ティナは小さく首を振った。しかし、アルドはその様子を見て静かに笑った。
「まあ、お前がそう思うなら無理に言うつもりはないさ。ただ、もしもいつか自分の力を信じられるようになったら、俺たちともっと一緒に戦えよ。」
その言葉には、彼なりの優しさが込められていた。ティナは少しだけ微笑みを浮かべ、軽く頷いた。
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ギルマスターとの再会話
その日の午後、ティナは再びロウウェンの執務室を訪れていた。先日の不審者の件での追加報告をするためだったが、話の内容は自然とティナ自身の話題へと移っていった。
「ティナ、君が軒先で見張りを続ける理由は分かるが、それだけでいいのか?」
ロウウェンの問いに、ティナは少し困った表情を浮かべた。
「私は、この生活が好きです。軒先で見張っていると、みんなの安心した顔が見えるから。」
ロウウェンはその答えに微笑みつつも、少し真剣な口調で言葉を続けた。
「だが、それだけじゃないだろう。君はヴァリティアとしての力を持ちながら、それを隠している。その理由は理解しているが、君自身が本当にどうしたいのかを考えるべきだ。」
ティナはその言葉に驚きながらも、少しだけ視線を伏せた。
「私……。」
何かを言いかけた彼女だったが、すぐに口を閉ざした。その姿を見て、ロウウェンは少し微笑みながら肩をすくめた。
「まあ、答えを急ぐ必要はない。だが、一つだけ覚えておいてほしい。君はこのギルドにとって欠かせない存在だ。軒先にいようが、ヴァリティアとして戦おうが、それは変わらない。」
その言葉に、ティナは小さく頷いた。
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軒先での決意
夕暮れ時、ティナはいつものように軒先に座り、通りを見つめていた。
(私は、このギルドを守りたい。それが私の居場所だから。)
ヴァリティアとしての自分も、ティナとしての自分も。どちらも彼女にとって大切な一部であり、そのどちらも否定する必要はないのだと、少しずつ感じ始めていた。
そこへ、冒険者の一人が近づいてきて、ティナに小銭を手渡した。
「ティナ、いつもありがとうな。お前が見張りしてるおかげで安心して仕事ができるよ。」
その言葉に、ティナは驚きながらも笑顔で答えた。
「ありがとうございます。でも、本当に私はただ見張っているだけですから。」
「それでも十分だよ。」
その冒険者の言葉は、ティナの心をさらに温かくした。
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笑顔の再スタート
その夜、アルドがギルドに戻ると、軒先にティナが座っているのを見つけた。彼女は微笑みながら言った。
「おかえりなさい、アルドさん。」
「ただいま、ティナ。」
アルドは軽く手を振りながら彼女の隣に腰を下ろした。そして、いつものように軽口を叩いた。
「なあ、ティナ。お腹が空いたら、自分の力を信じて戦おうって気にならないか?」
ティナは笑いながら答えた。
「そうですね……お腹が空いたら考えます!」
二人の笑い声が軒先に響き、ギルドの静かな夜に温かい空気を運んでいった。ティナの日常は、迷いを抱えながらも少しずつ前へと進んでいた。
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