「ねぇ、このあと遊びに行っていい?『ド○クエ』やってるとこ見たいな」
「また?……いいけど、よく飽きないよな」
学校の帰り道。
彼女の歩幅に合わせるようにゆっくりと歩く。
「だって、幸ちゃん。ゲームやってるときって、いつも必死なんだもん。すごくおもしろい」
「それ褒めてんの?」
「さぁねー」
「たまには二人プレイできるもんでも――」
「やだ。それだと幸ちゃんの顔が見れないじゃん」
「いや、ゲーム画面見ろよ」
「…………鈍感。アホ」
些細なやり取りだが、俺にとっては何よりも楽しくて大切なひと時だった。
この先も、ずっとこんな時間が続くんだと思っていた。
彼女――
あの時の笑顔のまま、ずっと俺の隣にいてくれた。
それから10年後のことである――。
『俺』こと『
ヤツにとって視界に入るものは全て、ゲームでいうところの
今思えば、こいつに手を出す俺は、よっぽど命知らずだったのだろう。
度重なる偶然と、捨て身の覚悟が功を奏し、俺は雨の降りしきる路地裏で、Aと一騎打ちになった。
そこからは、映画のようなアクションシーンが待っているかと思いきや、数分後、俺は地面に横たわり、目の前には繋がっていたはずの手足が散らばっていた。
喉元からせり上がってくるような気持ちの悪さと、体温が失われていくひんやりとした心地のよい冷たさを同時に感じる。
体の接合部から噴き出る大量の血液と雨水が混ざり合い、自身の生ぬるい血溜まりの中で、命が終わっていくことを悟った。
こんなしょうもない人生でも、失くすとなると非常に惜しいものだ。薄れゆく意識の中、俺は心の底で祈ることにした。
……もう疲れた。復讐とかどうでもいいから、来世ではもうちょっとマシな人生を送れますように。
そうだな。誰にも邪魔されない、のどかな田舎でアイツと一緒に。
…………
………………
あれ?
復讐?
だれのだっけ?
……
…………
脳裏に一瞬、なにかが浮かんだ。
それは、夢かもしれないし、脳が勝手に作りだした幻なのかもしれない。
いつの頃だろうか――。
そこには、柄にもなく小綺麗な格好をした俺が、一人の女性と待ち合わせをしている光景だった。
どうやら今は冬らしく、クリスマスの飾り付けが施された街並を歩いているようだ。
イルミネーションを見ながら、「寒いね」と笑い合っている。
肩をくっつかせ、自然と指が絡み合うと、お互い照れつつも幸せを噛み締めているような様子だ。
二人とも幸せそうだが、特に俺だ。心の底から笑っているのがわかる。
……年甲斐もなくイチャイチャしやがって。
しかし、不思議とその様子を見て嫌な気持ちにはならなかった。むしろ、愛おしさすら感じた。
……ああ、そうだ。思い出した。
『俺は
復讐なんてどうでもいい?
何を馬鹿な。
拷問にレイプ、挙げ句の果てに「飽きたから」と彼女を
許せるわけがない。恨みも辛みも憎しみも、すべてかき集めて、地獄の底でヤツを血祭りにあげてやる。
今死んでも来世で、来世どころか、来来来来世来来々世来来来次世来万世、お前を輪廻の果てまで追い続け、必ず報いを受けてもらう。
必ずだ。
必ず!!
「おい……変態イカれ野郎……っ……!」
霞がかる意識の中で、最後の力を振り絞って言葉を紡ぐ。
「この世に生まれたこと……後悔させてやる……」
Aは俺の顔を踏みつけると、「あっそ」と唾を吐きつけた。
「後悔か。したことないからわかんないな」
Aは俺の心臓目がけてナイフを突き刺す。
それが意識を失うまでの時間、俺が最後に聞いた言葉だった。
……神様。
お願いします。
もう一度、また彼女に巡り合わせてください。
好きなあの子と付き合えなくてもいいです。
一緒に歳を取れたら、それだけで十分です。
たとえ俺の名前が変わろうとも。
たとえ彼女の記憶から、俺が消えてしまおうとも。
大好きなあの人が、笑いかけてくれるなら……。
人じゃなくなってもいいから。何でもするから。
お願いです……彼女と同じ世界に。
一緒にいさせてください……。
暗闇の中、俺は心の中で強くそう願った。
…………………………
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「その『願い』、聞き届けました」