ここはどこだろう。見覚えがある気がするが、ない気もする。何かが私に向かってきている。あれは...。トカゲだ!!たくさんのトカゲがこっちに向かってきてる!逃げなければ。私は爬虫類が無理なんだ。まずい。追いつかれる。うわぁぁぁぁぁぁ.....。
ガタンッ...
「栃華さん、授業中は寝ないでください。皆さんも、まだ慣れない環境とい...ウンタラカンタラ...」
どうやら、私は寝ていたようだ。ほっぺたによだれがついている。今は確か、6時間目の数学Aだったか?5時間目が体育だったせいで、体がだるい。最近寝不足気味なのもある。今日は早く帰ってゆっくり寝ようかな。
やっと学校が終わった。授業中はいつまでも続いていくように感じるが、終わってみると一瞬の出来事のように感じる。不思議だな。7月に入ってそろそろ慣れてきた気もする。このまま帰ってもいいが、顔くらいは出しておこうかな。
私の名前は梶木栃華(かじきとちか)。読書と睡眠をこよなく愛するごく普通の一般JKだ。探偵部に所属している。入部してはや2ヶ月。特にこれといった事件もなく平穏に惰眠を謳歌している。
ここ私立上夜下高校(しりつかみやしたこうこう)は、L字型の棟が2つあり、普通教室がある普通棟と、特別教室がある特別棟に分かれている。2つの棟は線対称になっており、左側にある棟が普通棟だ。2つは通路で繋がっており、通路はL字の角の部分にある。右側、つまり特別教室のある特別棟の1番奥。Lだと書き始めにあたる特別棟西階段の下に位置する場所に物置きがある。イメージだと、ハリーポッターの階段下の物置きのような場所だ(流石にそこよりは広いが)。そんな辺境の地に探偵部は社を構えている。3年生の部長が1人、1年生が2人の総勢3人という、狭い物置きにしては大所帯だ。もちろん正式な部活動に物置きなんて部室を渡す学校はない。探偵部は学校非公認の部活動なのだ。数年前に探偵部の先輩達が勝手に見つけて、勝手に片付けて、勝手に部室として使い始めたそうだ。そんな匠達の突貫工事のお陰で、エアコンが無く、薄暗くてジメジメしている部室となっている。
そんな狭い部室の窓際でハンモックに揺られながら寛いでいるあいつは、私と同じ1年生の高橋愁(たかはししゅう)だ。髪は茶髪寄りで、体型は小柄。いや、小柄というよりチビだ。170センチある私の肩ぐらいしか身長がない。おしゃべりで人脈が広く、雑学も豊富だ。面白そうだからという理由で探偵部に入部したらしい。なぜか入部当日にハンモックを持参した。
「やぁ梶木さん。今日は早いじゃないか。」
愁がハンモックから降りた。手には本がある。読書中だったらしい。
「今日は図書委員の仕事ないからね。部長は?まだ来てないの?」
「あぁ、朝に先生が言ってた件で張り込みしてるよ。」
「ん?朝の件ってなに?」
何か言ってたのだろうか。寝坊して遅刻したから知らないな。
「やれやれ、寝る子は育つというが、寝すぎというのもいかがなものかね。」
全くその通りです。できれば教えていただけないでしょうか。
「しょうがないね、そんな惰眠を謳歌するきみに教えてしんぜよう。」
こいつはエスパーか。余計な一言が多い。
「昨日に私立上夜下高校の生徒数人の自転車がパンクしたらしいんだ。」
昨日は日曜日だったか。ちょうど良い昼寝日和だったな。
「へー。そんなことがあったんだねぇ。」
「あ!!面白くない話だと思ったろ。ここからが興味深いんだよ。うちのほとんどの部活は日曜日が休みだろ。だけど僕が調べたところ、今週大会があるから野球部だけは午後に練習があったらしいんだ。」
「そして、自転車がパンクした被害者は全員野球部なんだよ。」
多くの学校がそうであるように、うちにも私立上夜下高校野球部がある。もっとも、一回戦で負けるような弱小なのだが。
「てことは、単に自転車がパンクした人がたくさんいたんじゃなく、誰かにパンクさせられたってこと?」
「そう。しかも学校に来た時にはタイヤに空気があったみたいで、帰る時に気づいたらしいんだ。うちの学校の表門と裏門どちらにも監視カメラがあったから、もし学校関係者ではない人が犯人だったら、カメラの映像を見た先生方がすぐに通報するはずだ。」
つまり、犯人は野球部の誰かということになる。
「ってことを教えたら、部長が目を輝かせて出ていったんだよ。」
だから張り込みってわけだ。昨日の今日でまた事が起こるとは思えないけど、本人が楽しそうならいいか。
顔を出すだけだと思ったが、思ったより長居してしまった。そろそろ帰るか。
「じゃあ、私は帰るよ。」
「ん。そうか、じゃあ帰りに部長の様子見といでよ。流石にそろそろ飽きただろうよ。」
様子を見るといっても、極悪非道な悪事を行なった犯人を捕まえようとしているのなら、そうそう見つかる場所にはいないはずだ。軽く見て居なかったらすぐに帰ろう。
いた。建物の影でサングラスを掛けて、コートを着て、左手にはあんぱん、右手には牛乳を持っている。わかりやすい。わかりやすすぎるぞ。今どきこんなに昭和チックな張り込みに出会えるとは感動した。
彼女の名前は小日向深春(おひなたみはる)。3年生で部長を務めている。私よりは小さいが、愁よりは背が高い。ロングヘアーがよく似合っている美人さんだ。ただ、見ての通り形から入る人で、少し抜けているところがある。それでも、責任感があり優しい先輩だ。
「部長、どんな感じですか?」
ビクッッ...
声をかけたと同時に部長が少し飛び跳ねた。辺りを見回して、ようやく後ろにいる私に気がついた。
「栃華さんでしたか。もしかして、栃華さんも愁さんからお話を聞いて張り込みに?まだ犯人は見つかってないですよ。」
「いえ、ただの様子見に。それにしても、どっからそのコートを持ってきたんですか?いつもは着てないですよね。」
「ああ、これは街に溶け込むファッションで張り込みすべしと本に書いてあったので、急いで家から持って来たんです。これなら、完璧に張り込みができます。」
部長よ、ここは夕陽が照らす街中などではなく、日陰で陰る学校の中だというのを忘れずに。これじゃあ、せっかくのファッションも学校内では浮いてしまっている。
「そうですか。ちなみに犯人に目星はついているんですか?」
「そうですね、愁さんのお話ししていた事が本当なら野球部のどなたかということになるんですが、まだどなたかが怪しいとは分かりません。」
そう言葉を区切って部長は自信満々に言葉を続けた。
「ですが、犯人は必ず犯行現場に帰ってくると本に書いてありました。つまり、犯行現場であるこの駐輪場に来た方が必然的に怪しいということになります。」
純粋だ。純粋すぎる。純粋すぎて直視ができない。部長よ、上夜下高校のほとんどの生徒は自転車で学校まで来ている。当然、野球部も例外ではないだろう。このままだと、野球部の全員が怪しいということになる。もう。こういうことになると前だけしか見られないんだから。
まぁ、本人が楽しそうならそれでいいか。
「じゃあ、私はそろそろ帰ります。」
「そうですか。では、明日私が誰が犯人だったか教えますね。」
野球部の部活が終わるのは、自主練も含めて20時頃だと愁は言っていたが、あと3時間部長は犯人を待ち続けるのだろうか。
そろそろ電車の時間だ。急がなければ。
我が家に伝わる伝説の姉のお下がり自転車に鍵を差して封印をとく。サドルに跨り、ペダルに力を入れる。
?
何かがおかしい。なんだか、後ろに違和感が。まさか。
自転車から降りて、恐る恐る後輪のタイヤを押してみる。
感触が...。まさか。そんな事が。ここは部長の位置からもよく見えるはずだ。万一犯人が来ていたとしても部長なら気づく。朝は確実にあったはずなんだ。
あぁ、なんという事だ。極悪非道な犯人はか弱き女子高生にまで魔の手を伸ばしたというのか。
「私の自転車の空気が、盗まれた。」