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第2話 霧はいずれ晴れる

 多くの探偵達がそうであるように、どうやら私にも謎と戦う運命の下にいるらしい。

 正義感あふれる私は、極悪非道な空気泥棒と戦う覚悟を固め、闘志を燃やすのであった。その想いはただ一つ。

「絶対弁償させてやる。」


 ひとまず、自転車を駐輪場に戻し、部長を連れて、部室に戻ることにした。

 部長は本当に張り込みをし続けるつもりだったみたいで、部室に来ることを拒んだが、野球部の練習時間を教えると目を丸くして、それは盲点だったと言った。


「へぇ、君も被害にあったんだねぇ。」

 私は2人にさっき起こったことを話し、犯人確保に燃えていることを伝えた。

「まず、小日向部長から張り込みの結果を聞こうじゃないか。」

 張り込みって言ったって、容疑者達は部活に勤しんでいるのに結果も何もないだろう。

「残念ですが、張り込みの結果は特に何も得られませんでした。ですが、私、野球部の練習が始まる前に少し聞き込みにいったんです。聞き込みは探偵の基本だと本に書いてありましたから。」

 これは意外だ。多少は抜けているが、仕事はきっちりこなすタイプだったか。

「キャプテンさんに聞いたのですが、野球部は総勢17人。3年生が3人で、2年生が8人。そして、1年生が6人いるそうです。」

 愁が疑問を口にする。

「3年生が3人だけだっていうのは、少し珍しいな。野球部って、どんなに弱小のとこでも人気のあるスポーツだと思うんだけど。」

「はい、もともと入部した頃には10人ほどいたそうです。ですが、ついていけなくなり、多くの部員は挫折してしまったらしいです。」

 少し変だな。強豪校ならいざ知らず。うちの野球部は、どこに出しても恥ずかしいぐらいの弱小部だ。高校生にもなった人たちが、ここの練習でついていけなくなる事があるのだろうか?

「あと、自転車の空気はタイヤにたくさんの穴が空いて出たみたいです。大きさは小さいですが、たくさん空いていた分早く抜けたのでしょうね。」

「え?私のタイヤには、1円玉サイズの穴が一つできていただけでしたよ。」

「じゃあ、昨日と今日で犯人の凶器が変わったってことかな。」

 なんでわざわざそんなことをしたのだろう。

「そして、被害に遭ったのは3年生の2人と2年生が5人です。」

と小日向部長。そういうことか。


見えた


「てことは、犯人の目的がなんとなく分かったね。」

「梶木さんは分かったのかい。僕にはさっぱりだけど。」

 そう言って、愁は部長を見る。部長は首を横に振る。説明を促される。

「えーと、私は最初、これはただのイタズラだと思ったの。でも、犯行時間と被害者で違うって分かった。」

「どういうことだい?」

「まず犯行時間。もし私が犯人だったら、野球部しかいない休日の学校で犯行はしない。今日みたいに不特定多数がいるところでやるだろう。つまり犯人は、自分が野球部だとバレてもよかった。そして、自転車のパンクの修理はお金がかかる。イタズラにしてはやりすぎ。」

「栃華さんの言う通りかもしれません。」

「うん。近くの店だとパンクを直すのには3,000円だったかな。被害者は8人だから、被害額は24,000円。確かに少しやりすぎな気がすれね。」

 2人とも賛成の意をを表明した。

「そんな犯行、バレてもいいわけがない。なのにバレやすい日に実行した。ということは、元からバレバレの犯行ということ。でも、私たちにも先生達にも犯人が誰かバレていない。矛盾しているんだ。」

 話しながら自分の考えを整理していく。

「では、どういうことなんですか?」

「誰に対してバレバレなのか。生徒でも先生でもないとしたら、野球部の人にバレバレということになる。野球部の人にバレバレでこれはイタズラじゃない。明確に敵意があってやったことになる。同じ部活の人に対して敵意を持って犯行を犯す。その動機は何があるかな。」

 段々気分が高揚してくる。心臓がドキドキする。

 愁が首を傾げて言う。

「考えられるのは、日頃の仕返しとかかな?」

「ということはどうなるんですか?」

「つまり、野球部の中で対立が起きていたということかもしれない。」

「なるほど、だから被害者ね。被害者は2年生と3年生。もし、今回の事件が部内の対立が原因だったとしたら、入って来たばかりの一年生は関係ない。」

「そう、そこで気になるのが辞めていった3年生。事件の状況から見るに、辞めたのはおそらく去年の春から今までの間。なぜなら、被害者の中に2年生がいるから。そして、辞めていった3年生には、3年生と2年生の被害者達が関係している。そいつらは辞めていった3年生に対して、いじめかそれ相応の何かをしていた可能性がある。多分2年生が入ってくる前から、もともと3年生は二つに分かれて対立していた。そこに2年生が入って来て、いじめに便乗し、過激になっていった。それに耐えられなくなって三年生達が辞めていった。」

 少し舌が疲れてきた。

「そうなると、いじめの主導はおそらく3年生の方。そして、それに対立する勢力の主導は、被害に合わなかった3年生。いや、勢力とは言えないかもしれない。被害に遭わなかったのは1人だけだからね。その3年生は、いじめをする野球部部員に何かをできるのは自分しかいないと考えた。だからこそ、自転車をパンクさせた。それが、自分にできる最大限の仕返しだったから。」

「でも、それじゃあバレバレになるのはダメなんじゃないでしょうか。」

 愁が口を挟む。

「いや、そうとも限らない。小日向部長が聞き込みしたキャプテンは練習についていけなくなって辞めたと言っていたんだろ。表向きにそうなってるなら、いじめは部外に知られたくない事実なんだと思うよ。だから、部員にはバレバレの犯行を犯した。いじめをした側も隠したかったんじゃないかな。」

「そうですか。私が聞き込みしたキャプテンさんは自転車がパンクしなかったそうです。」

 つまり犯人は、

「キャプテンか」


 自転車の空気泥棒は、部活内のいじめに対して反旗を翻すためにパンクさせたのだ。

 この事件によって野球部のいじめはどうなるのか分からない。もしかしたら、矛先がキャプテンに向くのかもしれない。キャプテンはもういじめを止めるのは無理だと考えていたのかもしれない。だからこそ、一矢報いようとしたのかもしれない。何も分からないんだ。

 気づいたら、外が暗い。部室に電気はあるが、そんなに明るくないせいで部室は薄暗い。時刻はもう20時になる。20時だと!?もうそんなに経ったのか。野球部の練習が終わるじゃないか。

「よし。キャプテンのとこに行ってくる。」

「何をするんだい栃華?野球部に告発でもするのかい?」

「それはそれ、これはこれだよ。犯人は分かったんだ、私の自転車のタイヤを弁償させなきゃ。じゃあ、さようなら。また明日。」

 部室から出ようと扉に手をかける。その時、

「ちょっと待ってください。」

 不意に部長に呼び止められる。振り返ると、さっきまで座っていた部長が、立ってこっちをまっすぐ見ている。

「なんですか?」

「お二人のお話はよくわかりました。私もキャプテンさんが犯人だと思います。ですが、分からない事が一つだけあるんです。」

「分からない?なんですか。」

「キャプテンは仕返しの為に犯行をしたのに、なぜ栃華さんにまで被害が及んだのでしょうか。」

 それは、考えていなかった。

「私、思うんです。もしかしたら、栃華さんの自転車をパンクさせた犯人はキャプテンさんでは無いんじゃないかって。」

 もうすぐ夏だが夜は寒い。でも、今の私には高揚して心地よい寒さだ。

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