「珠〜珠、そんな遠いと顔が見えないよ」
なんでそんな親しげに話しかけてくるんですか?!!!
現在の所在地は、廊下。
清晨は部屋の中で、対面する二人の距離は少々……いや、だいぶ遠い。歩数にして十歩くらい、声が届き顔が見えるギリギリを攻めている。
「ひらにご容赦を〜〜」
珠珠は盆を顔の前に立て、軍師様の後光を遮った。
今は、おやつの時間。
ついでに、署名した契約書を提出したところである。
正式採用の話をしてから三日経ったが、珠珠はいまだに軍師様との距離感が掴めない。
「う〜ん。見えるか見えないかの場所で震えられると、狩猟本能をくすぐられるのだけど」
「?!」
清晨は苦笑し、冷静そうな見た目にそぐわず意外に動物的な事を言う。
珠珠はぎょっとしたが、その気配を察したのか、清晨は真面目な口調に戻って話を続けた。
「怖がらせてしまったかな。では、そのままで話をしよう。君の店に、白氏の遣いを名乗る人物が訪れたって?」
「はい。実は……」
一応、あのことは話した方が良いと思ったのだ。
珠珠は、軍師様にだけは、裏にあった企みを打ち明けることにした。
「なるほど、予想していた通りだね。もし実際に毒が盛られていれば、白氏を問い詰める材料になったのだが」
証拠品の毒は、珠珠が捨ててしまったため、手掛かりが無い。白氏が第一皇子暗殺の陰謀を企てていたことを指摘するには、根拠が必要だ。今回は暗殺事件も起きず証拠も消えたので、白氏の罪を
正義感からやったこととは言え、珠珠は申し訳なく思う。
「ごめんなさい……」
「いや。君の選択は正しい。毒を持っていれば、もっと危うい事態に巻き込まれていただろう。君が無事で良かったよ」
「でも証拠品が」
「大丈夫。また、うちの殿下を狙ってくるよ。尻尾を
どこか遠い目で言う清晨。
政治のことでも考えているのだろうか。権力争いって、大変そう……。
と、思っていたら違った。
「考えてみたら、珠珠は自分のお金を持ったことが無いんだね。まずは何を買いたい?」
「へ?」
突然、話題が変わって、珠珠は驚愕した。
確かに、今まで自分の買い物をしたことがなかった。
「食べ物でしょうか……」
言いながら、なぜ清晨は下女の自分をここまで気にするのだろうと、不思議に思う。
清晨は眉を寄せて反論してきた。
「食事は
「考えたこともなかったです」
ずっと店の従業員の服と、英林の親族のお下がりを着ていた。
「
「あのぅ」
嫌な予感を覚えた珠珠は、お気になさらず、と断ろうとした。
しかし時既に遅し、清晨は良いことを思い付いたと声を上げる。
「そうだ! 私が同行しよう。よく女性が近付いてくるから、一般的な女性の好みは知っているつもりだ」
だから、なんでそうなるんですかぁ?!