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第23話

「珠〜珠、そんな遠いと顔が見えないよ」


 なんでそんな親しげに話しかけてくるんですか?!!!

 珠珠じゅじゅは、書斎には入らずに、扉越しに清晨せいしんと面会している。

 現在の所在地は、廊下。

 清晨は部屋の中で、対面する二人の距離は少々……いや、だいぶ遠い。歩数にして十歩くらい、声が届き顔が見えるギリギリを攻めている。


「ひらにご容赦を〜〜」


 珠珠は盆を顔の前に立て、軍師様の後光を遮った。

 今は、おやつの時間。

 ついでに、署名した契約書を提出したところである。

 正式採用の話をしてから三日経ったが、珠珠はいまだに軍師様との距離感が掴めない。


「う〜ん。見えるか見えないかの場所で震えられると、狩猟本能をくすぐられるのだけど」

「?!」


 清晨は苦笑し、冷静そうな見た目にそぐわず意外に動物的な事を言う。

 珠珠はぎょっとしたが、その気配を察したのか、清晨は真面目な口調に戻って話を続けた。


「怖がらせてしまったかな。では、そのままで話をしよう。君の店に、白氏の遣いを名乗る人物が訪れたって?」

「はい。実は……」


 一応、あのことは話した方が良いと思ったのだ。

 珠珠は、軍師様にだけは、裏にあった企みを打ち明けることにした。


「なるほど、予想していた通りだね。もし実際に毒が盛られていれば、白氏を問い詰める材料になったのだが」


 証拠品の毒は、珠珠が捨ててしまったため、手掛かりが無い。白氏が第一皇子暗殺の陰謀を企てていたことを指摘するには、根拠が必要だ。今回は暗殺事件も起きず証拠も消えたので、白氏の罪をあばけない。

 正義感からやったこととは言え、珠珠は申し訳なく思う。


「ごめんなさい……」

「いや。君の選択は正しい。毒を持っていれば、もっと危うい事態に巻き込まれていただろう。君が無事で良かったよ」

「でも証拠品が」

「大丈夫。また、うちの殿下を狙ってくるよ。尻尾をつかむ機会はある」


 どこか遠い目で言う清晨。

 政治のことでも考えているのだろうか。権力争いって、大変そう……。

 と、思っていたら違った。


「考えてみたら、珠珠は自分のお金を持ったことが無いんだね。まずは何を買いたい?」

「へ?」


 突然、話題が変わって、珠珠は驚愕した。

 確かに、今まで自分の買い物をしたことがなかった。


「食べ物でしょうか……」


 言いながら、なぜ清晨は下女の自分をここまで気にするのだろうと、不思議に思う。

 清晨は眉を寄せて反論してきた。


「食事はまかないがあるだろう。服は? 女の子なんだから、可愛い服が欲しくないかい?」

「考えたこともなかったです」


 ずっと店の従業員の服と、英林の親族のお下がりを着ていた。


凛湘りーしゃんに聞いて……いや、彼女のことだから武器屋に連れていくかもしれない。困ったな。うちの屋敷には、世間一般の標準的な女性がいないぞ」

「あのぅ」


 嫌な予感を覚えた珠珠は、お気になさらず、と断ろうとした。

 しかし時既に遅し、清晨は良いことを思い付いたと声を上げる。


「そうだ! 私が同行しよう。よく女性が近付いてくるから、一般的な女性の好みは知っているつもりだ」


 だから、なんでそうなるんですかぁ?!


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