迎えた週末。いつものように仕事を終え、アニソンバーへと来たネオ。そこには既にアイルが座っており、流れるように隣へと腰を下ろした。嫌な顔をされなかった辺り、大丈夫なのだろう。千種も混じえて話を弾ませていれば──フッ、と周囲が闇に包まれた。
「きゃあっ!?」
「うわっ、!」
「て、停電……!?」
唐突に訪れた暗闇に、店内のそこかしこから悲鳴にも似た声が上がる。どうやら店内の全ての電気が落ちているらしい。所々から携帯のライトが照らされて店内が僅かに明るくなるが、それでも暗い。窓から外を見れば、どうやら街全体が停電に襲われているらしい。パニックになる客を、マスターが宥める為に声をかけていく。周りに習うようにしてライトを付ければ、アイルは扉の方をじっと見つめていた。……一体どうしたのだろう?
声をかけようとして、近くに一緒にいた千種の姿はない事に気がついた。慌てて当たりを見回すが、数々のライトで明るく照らされる店内に彼女の姿はない。
(どこ行っちゃったんだろう……!?)
こんな暗闇の中で動いては、怪我をしてしまう。そう焦りが浮かんできた頃、ふと厨房の中からパタパタと焦ったような足音が聞こえてきた。軽い足音の持ち主は、どうやらこちらが探していた人物のようだ。焦った様子のまま、千種はマスターの元へと突撃する。
「ま、マスター、ダメです! ブレーカー付かないですぅ~!」
「まあまあ、千種ちゃん。落ち着いて」
「で、でも、!」
「──原因不明の停電」
「え?」
焦る千種を遮るようにして届いた声に、ネオは振り返った。そこには無表情のままこちらに画面を見せている、一人の少女。手元の画面に視線を向ければ、表示されているのはとあるSNSの速報ニュース。その見出しには『にしたま市全域に渡り、停電発生。原因究明中。冷静な行動を。』と書かれている。
「にしたま市全域で……」
「てことは、外も全部真っ暗なんですかね」
「たぶん、そうじゃないかな」
恐る恐るといった様子の千種にこくりと頷く。怖いのが苦手なのか、彼女は小さく悲鳴を上げると少女の腕を掴んで後ろへと隠れた。それを見た少女は特に何を言う訳でもなく、SNSに目を走らせている。……二人はもしかして、知り合いなのだろうか? ――そう思った矢先だった。地面の下から恐ろしい大きな音が這い寄ってくる。ゴゴゴ……と何かが迫り上がる感覚に、アイルが咄嗟に地面にしゃがみ込んだ。
「伏せて!」
その声とほぼ同時にグラリと大きく揺れ出す地面。横に無理矢理引っ張られるような感覚に、視界が激しく揺らぐ。立っている事すらままならず、ネオ達は咄嗟にその場にしゃがみ込んだ。とはいえ、ほとんど尻餅をつくような状態だったけれど。
地面の表面を揺るがすような──大きな地震。キィンと耳を劈くような高音が聞こえたのも、地震の影響なのだろうか。長く続くそれに、店内にいた客が全員息を飲んだ。……如何に此処が地震大国と言われていようと、終わりの見えない長い地震に恐怖すら感じ始めたのだ。触発されるかのように込み上げる恐怖感を覚えながら、不意にガタッと大きな物音が何処からか聞こえた。地震では無い、明らかに人為的な音の発生源に視線を向ければ、閉まっていたはずの入口が開いていた。そこから差し込む僅かな光は唯一の自然光源である、月のものだろう。今日は満月だと言っていたから余計に明るい。ネオは扉を開けた人物を見て、叫んだ。
「アイルちゃん!?」
「アンタたちはここにいなさい」
「あ、危ないよっ、うわっ!?」
「ね、ネオさんっ!」
思わず立ち上がりかけ、グラリと身体が揺れる。投げ出された身体が近くにあった椅子に激突しそうになって、目を閉じた。しかし身体は打ち付けられること無く、誰かに受け止められた。見上げれば、そこに居たのはつい先程ニュース画面を見せてくれた少女で。
「あ、ありがとう」
「動かないで」
「う、うん」
さっぱりとした声でそう声をかけられる。大きいとは言えないものの、凛とした声にネオの背中がピシリと伸びた気がする。徐々に収まってくる振動。ゆっくりと揺れの余韻を残す中、ネオは込み上げる焦燥感に未だ開いたままの出入り口を見つめる。
(行かなきゃっ)
何の根拠もないけれど、掻き立てられるような焦燥がしきりに背中を引っ掻いている。嫌な予感がお腹の底で渦巻いているような気がしてならない。歩けるほどに安定した地面に、支えてくれていた少女へもう一度礼を言って、ネオは駆け出した。
「ね、ネオさん!?」
「さっきアイルちゃんが外に出てっちゃったのっ! 危ないし、とりあえず探してくる!」
千種へと向かって叫んだネオは、アイルの背中を思い出しながら勢いよく通りへと飛び出した。