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第5話

 店の中が停電したと同時に感じたのは、“この星の住人じゃない者達”の気配。異物感のようなそれは、普段の生活でも時折感じることはあるものの、ここまでの大群は感じた事がなかった。……どうやら好意的ではないその気配に、アイルは早急に動かざるを得なかった。


「……“ヴァルキリー、発動”」


 聞こえるか聞こえないかわからない程の小さな声で、アイルが呟く。髪を縛っている細身のリボンに手を伸ばし、その一端を慣れた手つきで解いた。するりと解けた紐に口付けを一つ落とせば、たちまち色が変化していく。同時に、自分の身を纏う服が黒いスーツから白を基調とした服へと変わっていった。

 白と黒のベストに、膝上のタイトスカートが膝下まで伸びていく。入ったスリットから入る風がひんやりとしていた。頑丈なブーツへと変わった靴は高さを持って自身を支え、再びリボンを結び直せば腰に感じる愛刀の存在。暗闇でひっそりと行われた芸当に、この場にいる人間は誰一人気づいていなかった。その状況をこれ幸いとして出入口へと駆け出す。


「アイルちゃん!?」

「アンタたちはここにいなさい」


 音を立てて、扉を開け放つ。隣にいたネオがこちらの行動に気づき、声を上げた。それを一言で制して、月明かりだけが照らす暗い街へと飛び出す。薄暗い街に蔓延るのは──子供よりも小さい、鳥の形をした機械の群れだった。鳥によく似た形状をしているそれは自由奔放に地を駆け抜けたり、屋根や電柱によじ登ってクルクルと飛び回っている。

(すごい量だわ)

 まるで餌に集る鳩の群れのよう。これを全て駆除するのかと思うと、頭が痛くなってくる。これが総司令官の言っていた、マリネシア王国からの使者――“アグレッサー”の仕業なのか。情報としては事前に知っていたものの、やはり少々厄介そうな存在だ。


「……思ったより早かったわね」


 ため息を吐いて本部から聞いていた情報よりも早い展開に、ポケットに入っていた緊急信号を発信させた。青い光が赤に変わり、正常に動作したのを見てアイルは戦闘態勢に入った。腰に下げた愛刀に手をかければ、カチャリと音が鳴る。――瞬間、目の前に飛び掛ってきた鉄の鳥を薙ぎ払った。メシャァッと低い破壊音が聞こえ、真っ二つになった鳥は見事に力を失う。それを皮切りに、鳥が一斉に飛び掛ってきた。


「はぁッ、!」

「ヴィギャッ」


 刀を振り、鉄の身体を次々と破壊していく。気味の悪い声を聞きながらも手近な屋根に飛び移り、飛び掛ってくるものを薙ぎ落とした。続く大きな地震の中でも、こちらが動いていれば気になるものでは無い。刀を振るい、宙を舞う。着地前に二体蹴散らし、低い体制のまま刀を振るった。一撃で沈黙するそれらはさほど強くないらしい。

(これならそう時間はかからなさそうね)

 ガシャンッ、と足を振り下ろして飛んできた機体を蹴り壊す。二、三体まとめて無機質なゴミと化したそれを踏み付け、足を地面に付けると共に身体を横に旋回させて刀を振り切った。刀身に向け、真っ直ぐに力を込める。スッパリと綺麗に切れた機体が、どこかのアパートの屋上に叩きつけられるのを傍目に見送る。


 屋根を一件、二件と飛び移り、近場の一際高いビルの壁を駆け上がった。屋上にたどり着く寸前に壁を蹴り上げて、身体を宙に投げる。逆さまの世界が視界に映る中、刀で空を三度切れば三角形を象った斬撃にぼうっと火が点った。


「──〝トライアングル ファイアーレインボム〟!」


 中心へと手を翳し、合言葉ともなっている言葉を口にする。火を灯した小さな三角形がいくつも飛び出すと、鉄の塊へと一直線に向かって行った。ちょこんと機体が触れれば、瞬く間に爆発を起こして木っ端微塵になっていく。ゆっくりと落下していく自身の身体を屋根にふわりと着地させれば、半分以上の大群が空で塵となっていた。

(花火にすらならないわね)

 カチンと金属音を立て、刀を収める。爆発で僅かに照らされる街中を見下げる。どうやらいつの間にか地震も収まってきているらしい。しかし、電気はまだ復旧していないようで、地上を未だ走り回るアグレッサーの軍勢に、今度は外へと避難してきた人々が混乱に陥れられているのが見える。襲っている訳では無いらしいが、足元をぐるぐる回られるのは確かにびっくりするだろう。結構引き付けてきたつもりだけど……敵もどうやら、馬鹿じゃないらしい。

(どこかで操作してる人がいるのかしら)

 それにしては規則性が見えてきそうだけれど。ともあれ、早く助けに行かなくては。屋根を蹴り上げようとして、――聞こえた声にカクリと力が逃げた。


「な、なにこれ!? え、と、鳥っ?!」


 不意に聞こえてきた聞き覚えのある声に、飛び出しかけた身体にブレーキがかかる。通りやすい、綺麗な声は少しばかり裏返っており、今の状況に困惑しているのがわかる。振り返れば、そこには予想通りの人物が旗を壁にして縮こまっていた。

(……店内にいなさいって言ったのに)

 なんで出てきてしまったのか。震えながら周囲を見渡している彼女に、呆れ混じりにため息を零す。……仕方無い。向かう方向を変え、足に力を込めた。――彼女は原石なのだ。こんな所にいられて、もしもの事があったらこちらが困ってしまう。

 周囲の人間が急いでエアベースの方へと逃げていく中、震えて動かない彼女に向かって屋根を蹴りあげる。それと同時に地上にいた複数の鉄の鳥が彼女を見定め、大きく羽を広げたのが見えた。刀に手をかけ、息を潜める。──先に彼女の前に降りたのは、敵の方だった。


「きゃあっ!?」


 ──バキョッ。

 悲鳴よりも早く振り切った刀。視覚に捕えることすら難しい速さで抜刀した刀は、鈍い音を立てて直ぐに鞘へと収められる。カチン、と金属音が響いた後ヒールの爪先が地面に触れ、アイルはゆっくりと体を下ろした。足元には、動くことの無くなった鳥が無惨にも転がっている。


「待ってなさいって言ったでしょ」

「えっ……?」


 驚愕に目を丸くした彼女──ネオを見下げる。蜂蜜色の大きな瞳が自分を映し、バターブロンドのツインテールは少し乱れていた。綺麗な砥粉色のスーツの裾には、少しだけ土汚れが付いている。

(まったく)

 何をしているのやら。何とも言えない呆れが浮かんだ瞬間――背中に感じた、気配。


「あ、アイル、ちゃ」

「下がって!」

「ッ!?」


 恐る恐る口を動かすネオの頭を旗の後ろへと押し込めて、刀を横一文字に振り切る。二体分の機体が、まとめて宙を舞った。――しかし、逃げ惑う人々が減ったからか、アグレッサーの手先達はこちらに集まってきてしまっているようで。

 すぐさま第二弾と言わんばかりに襲いかかって来るアグレッサーに、刀の軌道を無理矢理返すと柄の部分で力任せに殴り飛ばした。メキョ、と音を立てるアグレッサーが外壁に叩きつけられる。アイルは再びアグレッサーの軍団に対峙すると、ネオに向かって叫んだ。


「早く逃げなさいっ!」

「で、でも、」

「そこに居られても邪魔なのよッ!」


 次々と飛び掛ってくる鳥達から彼女を背に庇い、向き合う。彼らの狙いは、どうやら残った自分達に絞られているらしい。ずらっと並んだ無機質な鳥に、頬が引き攣る。

(あちこち飛び回られるよりはマシだけど、こうも纏まられるのも嫌なものね)

 流石に人一人を庇いながらこの数と戦うのは、いくら鍛錬した人間といえども難しいだろう。しかも、素質はあるものの基本的には戦えない、一般人である。……流石にきつい。刀を振り抜き、機体を次々と叩き切る。狭い所での大立ち回りは正直、力が乗り切らなくて刀の本領が発揮できないので苦手なのだが、彼女が逃られるまではここで粘るしかない。


「はァッ!」


 ベキッ、と音が響き、目の前の機体の首がへし折れる。しかし、敵の猛攻は止まる様子はない。捨て身で次々に雪崩れ込んでくるアグレッサーの手先たちを文字通り、千切っては投げ。千切っては投げ。一機たりとも逃さないように刀を振い、足を振り上げた。終わりの見えない戦いに、段々と息が上がっていく。


「ッ、もうっ! キリがないわっ!」


 止め処ない攻撃の嵐に、体力と気力だけが消費されていく。――最初に限界を迎えたのは、残念ながら腕力の方だったらしい。振りかぶった刀に力が綺麗に乗らず、思いっきり機体に減り込んだ。


「ッ、!?」


(刀が……!)

 減り込んでしまった機体から、刀が離れない。このままでは使えない自身の得物に、冷や汗が背を伝った。……マズイ。そう感じた瞬間、首に強い衝撃を受け、グッと身体が前に傾いた。寸でのところで踏ん張るが、鳥たちが勢いよく肩に乗ってきたらしい。目の前を占領する灰色に全身を捻って振り払おうとするが、無駄に頑丈な鉄の鳥たちが次々に手足に巻き付いてきた。

 腕に。足に。胴に。止め処なく纏わりつかれる。全く離れそうにない敵の重みで身体は徐々に重くなっていき、動かせなくなっていく。


「はな、れッ――!」


 肩が重くなり、身体が傾く。ぐらりと視界が歪んだ瞬間、急に目の前の機体が大きく口を開けた。鳥の嘴の奥から見える筒はどこからどう見ても、弾丸を発射する銃砲身で。

(嘘でしょう!?)

 あまりの現実味のなさに内心でそう呟いたと同時に、銃砲身へと光が集まりだした。キュワーッと聞いたことの無い甲高い音が聞こえ、ゾクリと背中が粟立つ。死の気配が足元からせり上がってくる。もうだめだと、そう思った――矢先だった。


「危ないっ!」

「ッ――!」


 ドンッと強い衝撃を受け、身体が傾く。予期していなかったそれに身体が横に傾く。背中が壁に叩きつけられ――刹那、頭上を駆ける鋭い光線。空へと勢いよく放たれたその熱量に、思わず喉が引き攣った。――もし当たってしまっていたら……。そんな予想が脳裏を過ぎる。恐ろしいと言ったらありゃしない。巻き込まれたであろう鳥たちが、灰になって崩れ落ちていくのを視界の端で捉えた。

(あ、危なかったわ……)

 回避した危機に「はっ」と細く息を吐き、呼吸を整える。助けてくれた人物を振り返れば、そこには驚きに身を震わせているネオが震える腕で自分に抱きついていた。


「な、なんでここに、」

「だ、だってアイルちゃんが……っていうか、今のっ、!」

「キシャァッ!」

「きゃああっ!?」


 甲高い音が耳を劈き、鉄の鳥は翼をはためかせて、威嚇してきた。慌てて体制を立て直して、ネオとの間に手を割り入れた。


「早く逃げなさい!」

「あ、アイルちゃん、後ろ!」

「っ~! ああもうっ!」


 ネオの声に痺れを切らせたアイルは、彼女を抱えると一気にその場から跳躍した。後ろで聞こえた爆発音に冷や汗が流れ落ちる。どうやら自分達は、かなりギリギリで避けられたようだ。

 背中に感じる爆風に押されながら、地面を転がるように着地した。屋根の上へと飛び乗り、奴等から距離を取る。そっとネオを下ろし、アイルは喉に詰まっていた苦情を口にした。


「アンタ、怪我したいの!?」

「だ、だってアイルちゃんが危ないって思ったらつい、」

「ついじゃないわよ! 馬鹿!」


 ネオの言葉にアイルは声を荒らげ、頭を抱える。ヘラリと笑みを浮かべる彼女に、怒りを通り越して呆れすら浮かんでくる。それもそろそろ、『諦め』に染められそうだけれど。

(まさかこの子がこんなにお人好しだったなんて……)

 しかも、彼女は自分の力にすら気づいていない。気づいていない上での行動なのだ。……もう何も言う事が出来ない。


「……もういいわ。どうせ、その力の事も分かってないんでしょう。ついでに教えてあげるわ」

「ちから?」


 首を傾げるネオに、『やっぱり』と呆れてしまう。……このままでは、ただの宝の持ち腐れになってしまうだろう。それは同じ力を持つ者として看過できない事だ。フッとネオの背後を過ぎる影に、声を張り上げた。


「避けて!」

「わわわっ、!?」


 咄嗟にネオの肩を掴んで、位置をスイッチする。攻撃を受け留めて弾いた後、刀を縦に二回、横に二回振るった。斬撃が四角を形取る。ぼうっと灯り、くるりと九十度回転したそれは形を変えてひし形となった。


「――〝ラムバス キャノン〟!」


 ひし形の中心を一突きする。その瞬間灯った火は一つの光の筋となり、アグレッサーの手先の大群へと真っ直ぐ放たれた。広範囲に向けられる火の道。それは不思議と民家に燃え移ることなく、着々と彼らだけを黒く染めあげていく。その様子から視線を外さないまま、振り返る。


「とりあえず、そのペンダントを手に持って!」

「えっ、えっ!?」

「いいから早く!」


 驚愕に戦くネオを言葉で急かす。慌てた彼女がペンダントを手のひらで包んだ瞬間、あたしは思わず笑みを浮かべた。

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