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第6話

「っ、!?」


 背後で輝く光に包まれたネオ。その姿は、今はまでとは見間違うほどの姿をしていた。


 大きな鍔が付いた帽子を被り、紫を基調としたワンピースが彼女の体を包む。

膝下までの裾に、同系色のパンプスが足を彩っていた。手には金色に輝くロッドステッキを持っており、その頂点には彼女がペンダントにして付けていた赤紫のヴァイオレットサファイアが鎮座している。

きらりと光る宝石は力強いエネルギーを発していた。無事変わった姿にホッと息を吐く。


 (やっぱり、あたしの目に狂いはなかったわね)

 まあ、当然といえば当然なのだけれど。


「な、なにこれ!?」

「ぼーっとしてないで、次! 来てるわよ!」

「え、えええっ!?」


 素っ頓狂な声が響き、その間抜けさに思わずクスリと笑みを浮かべてしまう。全く。

(これから一緒の戦場で戦う仲間になるというのに、不甲斐ないわね)

 まあ、最初はみんなそんなものだけれど。アイルは刀を収めると、塵となっている機体に背を向けた。そして混乱にステッキをただ握り締める彼女の手に自身の手を重ね、後ろから体を支える。


「ほら、身を任せて」

「う、うん」


 頷くネオの手を取り、ステッキの先をアグレッサーの残党に向けた。もう数は少ない。これなら初心者でも簡単に殲滅できるだろう。ネオの技の試しにちょうどいい。


「狙いを定めて。深呼吸をして……そして、頭に浮かぶ言葉をそのまま音にするの」

「あ、頭に浮かぶ、言葉?」

「そう。なんでもいいわ」


 不安げな瞳に、肯定するように頷く。少しばかり躊躇った彼女は言われた通りに深呼吸をすると、ステッキの先を定めた。再び嘴を大きく開く鉄の鳥に自身ですら見た事のない攻撃を放つのは、一種の掛けだった。

(万が一、押し負けた時は避けるしかないわね)

 間に合うかどうかは分からないけれど。不安が背景に過ぎるが、既にネオの覚悟も決まったようだ。アイルは敵の攻撃のタイミングを計る事に集中することにした。その隣でネオは息を吸い込み、唇を震わせる。


「──『花吹雪』!」


 言葉が、紡がれる。

 瞬間。ぶわあと舞い上がる花びらに、意識が刈り取られる。自分たちの足元から発生したソレは、勢いよく頭上へと舞い上がり、それが一つ一つの点に変わった。バチ、と音を立てて纏うのは――白い光を放つ、電流。それはどんどんと勢いを増していき、隣り合わせになった花弁同士に結合しては、更に大きく膨らんでいく。気づいた時には空一面に白い電流が流れ、やがて雷のようにアグレッサー達の真上に降り注いだ。

 バチバチバチ! と鋭い音が聞こえ、眩い閃光が広がって降り注ぐ。予想よりも遥かに強大な術に唖然としてしまったのは、仕方がないだろう。


「は、はわあー……」

「……思った以上の威力が出たわね」

「あ、あははは……」


 苦笑いを浮かべるネオに、アイルは添えていた手を解放する。震えていた身体はカクリと力を失い、屋根の上にへたり込んでしまった。彼女の『信じられないものを見た』と言わんばかりの視線は、ピクリとも動かなくなったロボット〝だったもの〟に釘付けになっている。

 アイルは荒く息を繰り返すネオの肩を軽く叩き、周囲を見渡した。あれだけ居た鳥たちは、もう一機たりとも残っていない。これで、任務は完了したようだ。


「……やっと終わったわね」


 百はいたのではないかと思ってしまうほどの数を殲滅し終えた今、アイルは心底安堵に息をついた。壁に背をつけ、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。どっと押し寄せてくる疲れに、頭が重くなってきた。……もう当分、鳥は見たくない。出来れば鉄も見たくないけれど。


「なんなの、あれ。ていうか、この格好……それにさっきのも……」

「後で説明してあげるわ。それより、行くわよ」

「えっ?」


 混乱に首を傾げているネオの背中を軽く叩き、歩き出した。向かうのはここの地域に設定されている避難所。……ここまで大規模な事が起きたのだ。早々に被害者や損害を確認しなくてはいけない。刀を鞘ごと振るうと、元着ていたスーツに早変わりする。ポケットに手を入れ、携帯を取り出した。先程のスイッチと併合されている小さなそれは、本部と繋がっている専用の携帯通話機器である。

 カチリとスイッチを入れれば、電波が宙を駆け抜けた。


「こちら03。敵を殲滅。周囲の確認に向かいます」

『了解』


 くぐもった無機質な声が聞こえ、通信が遮断される。まるでそれ以上は無用だと言わんばかりの対応に、眉を寄せる。……今に始まった事じゃないけれど、やはり彼等とは相容れない部分があるようだ。

(帰ったら文句の一つでも言ってやろうかしら)

 結局、緊急信号を出したのに、一切増援は来なかったし。


「アイルちゃん、今のって」

「気にしなくていいわ。それより、さっさとその変身解かないと、恥ずかしいわよ」

「あ、えっと……」

「何よ」


「……解き方、わからない」

「……そういえば、教えてなかったわね」



 ──アイルに教わりながらやっとの思いで変身を解くことに成功したネオは、彼女に急かされるまま避難所へと向かっていた。その道中でパッと街灯が灯り、少し先に見慣れた人達が歩いているのを見つけた。目を凝らせば、先に逃げたはずのマスターと千種ちゃんの姿。


「千種ちゃん、マスター!」

「ね、ネオさんっ! よかった、無事だったんですね……!」


 涙目になりながら、駆け寄ってくる千種。その表情が安堵に染まる様子に思わず頭を撫でれば、ポロポロと落ちてくる涙。優しい彼女に、ふわりと笑みが零れてしまう。

(やっぱり優しいなぁ、千種ちゃんは)

 嬉しくなって、つい同意を求めるようにアイルへと視線を向ければ、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向かれてしまった。相変わらずの反応に、さっきまでの怒涛の出来事が嘘のように感じてくる。泣き続ける千種を宥めていれば、不意に彼女がアイルに目を向けた。ハッとしたように目を見開くと、慌てたように両手をバタつかせる。どうしたのだろう。


「あっ、アイルさん、怪我を……! き、気づかなくてごめんなさいっ、! わ、私、救急箱持ってきます!」

「はっ?」

「す、すぐ戻って来るので、ここで待っててくださいねっ!」

「ちょ、ちょっと!」


 突然動き出した千種に、その場にいた全員が唖然とする。いち早く正気に戻って慌てて彼女を追ったのは、手に鍵を持ったマスターだった。銀色のそれは、恐らくお店のものだろう。……鍵すらも忘れるなんて、千種はかなり焦っていたらしい。走り去っていく彼女の後ろ姿を見送ったネオとアイルは、ゆっくりと顔を見合わせた。その目は困惑に揺れている。

 ……待っていてと言われても、ここは道中のど真ん中だ。目印なんてほとんどないし、腰かけられる場所もない。……お店に戻るなら一緒に戻ればいいのでは。


「……行っちゃったね」

「……」


 無言で真っ直ぐ千種がいなくなった方を見つめるアイル。僅かに伸ばした手がゆっくりと戻るのを見て、彼女がこの一瞬で色々と諦めた事を悟った。苦々しい顔をしているのは、アイル自身があまり人に心配されることに慣れていないからかもしれない。

(私が助けに入った時も、凄い驚いた顔してたし)

 先程の出来事を思い出し、ネオはふと思い至る。──……もしかして、アイルは今までああやって戦って来ていたのだろうか。確かに誰かに携帯で連絡を取っていたけれど、それは戦いが終わってからだったし、援軍っぽい人も終ぞ見なかった気がする。……突然の事にびっくりして、それどころじゃなかったけれど。

 でも鳥たちとの戦いに迷っている様子は見えなかったし、そもそも訳の分からない力だって彼女に教えて貰って出来たものだ。

(そういえば、さっきの力って何だったんだろう?)


「ねぇ、アイルちゃん。さっきのって、」

「〝ヴァルキリー〟よ」

「えっ?」


(ば、ばる、……なんて?)

 聞き慣れない言葉に首を傾げる。まるで当然の事のように言われたような気がするけれど、逆に余計混乱してしまうだけだった。視線を周囲に向けていた彼女は、ゆっくりと歩き出した。慌てて彼女の後を追う。

(千種ちゃんが待っててって言っていたけど……)

 移動しても大丈夫なのだろうか。


「あ、アイルちゃ、」

「〝ヴァルキリー〟。特定の人物だけが持つことが出来る特殊能力の事。――つまり、超能力みたいなものよ」

「ちょ、超能力……っ!?」


 アイルの言葉に浮かんだ疑問は、一瞬にして霧散していく。それよりも、鼓膜を揺らした言葉の異質さの方が、ネオにとっては大切なものだった。

(そんなものがあるの!?)

 ――〝特殊能力〟、〝超能力〟。そんなものはファンタジーの世界だけだと思っていたのに、まさか実在するなんて。しかも自分自身が持つことが出来ていると。『現実は小説より奇なり』とは、こういう事だろうか。……ちょっと違う気もするけれど。


「えっ、まっ、……えぇっ?!」

「煩いわよ。ちょっと落ち着きなさい」

「お、落ち着けないよ! ちょ、超能力って……っ!」


 ファンタジー要素満載の言葉を聞いて落ち着いていられるほど、残念ながらネオは不思議な現象に慣れていない。それどころか、それらには幼い頃から憧れ、よく真似しては母親に慈愛の笑みを浮かべられていた。大人になってもその気質は変わらず、今でもその憧れは色褪せることが無いほど〝未知なもの〟に関しての関心はかなり高いのだ。

 高揚する心を宥めつつも、宥めきれない感情がぶわりと広がっていく。

(もし、本当に私が超能力を使えるなら……)

 それは世紀の大発見と言っても、過言では無いのではないだろうか。


「……元々は誰しもが持ってるものよ」

「え?」

「産まれてからみんな、素質は持っているの。けれど、それが覚醒するのは珍しい事なのよ」


 素質、と言葉を繰り返し、俯くアイルの顔を覗き込む。一瞬、何かを憂うような、悲しそうな表情をした彼女は、それ以上の言葉を紡ぐこと無くその色を消し去ってしまった。勘違いかとも疑ってしまうほどの、一瞬の出来事。しかし、それが逆にネオの中に強く印象づけた。

(どうしてそんな顔……)

 まるで素質がある事を悲しんでいるかのような表情に、高揚していた気持ちが僅かになりを潜めた。

(素質……素質かぁ……)

 そんなもの、産まれてこの方感じたことは一度もなかったけれど……。それが自分にはあるというのか。


「その力の正体は未だに分かってないわ。力の形も種類も、まだ全然把握出来ていないの」

「そ、そうなの?」

「ええ。でも、アンタは覚醒した。そういう事よ」


 淡々と言うアイルちゃんに込み上げてくるのは、不安と困惑。人間、本当に未知なものに出会したときは心底混乱するものらしい。思考回路が止まり、理解するのが半テンポどころかワンテンポ以上遅れてしまう。

(……詳しいことはよく分からないけれど)

 たぶん、危険な力じゃない……のだろう。たぶん。


「ええっと……能力ってあの火とか出せるやつのこと?」

「そうよ」

「へ、へぇ〜」


(やばい。やっぱりよく分からなくなってきた)

 アイルの言葉に、くらりと目眩がしてしまう。やっぱりちょっと思考が追いつかない。


「とは言っても、さっきみたいに上手く扱えるのはそうないわ。基本的に覚醒しても暴発してしまうか、自滅してしまうことが多いのよ」

「えっ。じ、自滅っ、!?」

「修行しないと無理なのよ、普通」

「そ、そうなのっ……!?」


 アイルの言葉に、ネオは死刑宣告でもされたかのような気分が込み上げてくる。

 ――自滅だなんて。自分の発動した〝超能力〟を思い出し、ごくりと生唾を呑み込む。……自滅だけは嫌だ。絶対痛いもの。あの白い雷に打たれるなんて、絶対したくない。


「じゃ、じゃあさっきのはっ、」

「あたしと呼吸を合わせたからよ」

「そ、それだけでいいの?」

「初めてなら、それだけで上出来。でも、今後は自力でやってもらわなくちゃ困るわ。あたしがずっと一緒にいる訳にはいかないし」

「た、確かに……」


 アイルの言葉に、成程と納得する。

(また知らないところで、アイルちゃんに助けられていたんだ)

 嬉しいような、不甲斐ないような気分に苦笑いが零れる。自分が知らなかったとはいえ、助けに行ったはずの自分が助けられていたなんて、何だか申し訳ない。肩を落として、息を吐く。隣を歩くアイルが何処か大きく見えたのは、気のせいでは無いだろう。


(この力をちゃんと使えないと、アイルちゃんを助けられないんだ……)

 でも、どうやって――。


「てことで、アンタには修行してもらうから」

「――えっ」

「自分の力で焼死したいのなら、あたしは別に構わないけれど?」


 立ち止まり、悪戯っ子のように微笑んで振り返るアイルに、ネオは面食らったように目を見開いた。初めて見る、アイルの挑戦的な表情。そんな彼女の言葉に、ネオは背中を這う悪寒に身を震わせた。


「そ、それは嫌! だ、けど……」

「けど?」

「しゅ、終電には間に合うようにお願いします……」

「気にする所そこなの?」


 呆れた、と笑うアイルに、ネオも釣られて笑ってしまう。

 武者震いというには嫌に現実味のある感覚を体中に感じながら、ネオは徐ろに手を出した。その意図が伝わったのだろう。アイルは少し驚いた末、その手を重ねる。交わされた小さな握手は、彼女達の世界を変えるのに相応しい合図だった。


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