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第13話

「私の宝物は、これなんです。」

「さ、サファイア……?」

「はい」


 千種の肯定に、ネオは戸惑いしか感じられない。ネックレス自体を付けているのは知っていたが、それが宝物となると少々不躾な予想をしてしまうのは仕方がないだろう。我孫子も初めて見たらしく、少し驚いた様子でそれを見ている。先程、ネオの物を見たからか驚きは少なかったらしいが、それでも踏み込んでいいものなのか迷っているようだった。こくりと息を飲み、ネオは恐る恐る問いかけた。


「えっ。ほ、本物?」

「本物です。……こんなの、学生の私が持っていたら格好の的なので、いつもは偽物だって言っているんですけどね」


 へへ、と笑みを崩す千種。その笑みはどう見ても心からの笑みではなく、何かを無理矢理吹き飛ばそうとしているかのような笑顔で。ネオは再び彼女の手元のソレを見つめた。

 ――サファイア。青く輝く、代表的な宝石。ダイヤモンドほどではないが、やはり高級品には変わりない。……そんな高価なものを学生である彼女が持っているなんて。自分と同じ誰かの形見か、それとも何かしら理由があるのか。どちらにしろ、やはり違和感というものは出てきてしまう。笑みを崩さない彼女にネオは、感じたことをそのまま視線だけで問いかけた。それに気づいた千種が、少し躊躇いがちに目を伏せた。


「……小さかった頃、仲の良かった子が誕生日プレゼントにってくれたんです。でも、実はこれ、その子のおばあちゃんのものだったみたいで」

「えっ!?」

「その子も知らず知らずに持ち出してしまったんだと思います」


 どこか懐かしむような声色で話す千種に、ネオは複雑な心境で話を聞いていた。知らなかったとはいえ、きっと気がついた時には気が気じゃなかっただろう。それくらい、彼女の持っている〝宝物〟はネオの視界に重く歪に映った。


「お母さんから言われて、直ぐにお返ししようと思ったんですが……追いかける前にその子は家族と一緒にすぐに遠くへ引っ越してしまって。連絡先もわからず、今もまだ返せずにいるんです」

「そう、だったんだ」

「なので、いつかお返ししようって、こうやってずっと持ち歩いてるんです。たまに詳しいお客さんには本物だってバレちゃうんですけど……あっ、もちろん、学校とか外ではちゃんと服の中に隠してますよ!」


 胸元で手を振る千種に、話を聞いていたネオは思わず吹き出してしまう。

(もっと悩んでいるものだと思っていたけれど)

 既に決めた道を歩んで千種自身が選んで持っているのなら、ネオが不安に思う事ではない。てっきり彼女が自分の戒めの為に持っているのかと思っていたけれど……。


「ふふっ、そっか。いつか返せるといいね」

「はい!」


 清々しい千種の表情にネオはつい笑みを浮かべた。どうやら自分の考えすぎだったようだ。満面の笑みで頷く千種。その笑顔に安堵をしつつ、戻ってくる喧騒に不意に出入口が音を立てる。ガチャと扉特有の音が鳴り、追いかけるように高いヒールの音が耳をついた。聞き覚えのある足音に振り返れば、そこにはいつものスーツ姿のアイルが来ていた。俯いた視線が、徐に上げられる。店内を見渡すルビーの瞳がこちらに向けられ、視線が合う――直前、千種が声を上げた。


「いらっしゃいませー、あ、アイルさん!」

「こんばんは」


 パタパタと駆け寄っていく千種に、アイルが返事をする。いつもと変わらない凛とした姿が僅かに綻んだように見えたのは、気のせいだろうか。凛として立つアイルが、千種の案内でこちらへと向かってくる。珍しくカウンターではなく、ボックス席に案内されることに首を傾げながらもついてくるアイルは、ネオと視線が合うと納得したように瞬きをした。そんな彼女にネオがにっこりと笑って、小さく手を振る。


「アイルちゃん、お疲れ様」

「連れがいるなんて珍しいわね」

「あ、うん。実はさっき仲良くなって」

「へえ」


 淡々と話すアイルに、ネオはちらりと我孫子を盗み見た。警戒した様にアイルを見上げている姿に苦笑いを零していれば、千種が問答無用でお冷を我孫子の隣に置いた。我孫子が驚いて責めるように彼女を見上げるが、千種はどこ吹く風でニコニコと笑みを浮かべている。……どうやら彼女は、人見知りの我孫子にも手加減はしないらしい。肝が据わっているというか……怒らせたら一番怖いタイプかもしれない。そして幸か不幸か、アイルもアイルでそれに対して何かを言う人間ではない。当然のようにそこに座ると、ネオを見つめた。その視線が隣の人物についての説明を求めているのだという事は、簡単に理解できてしまった。

(修羅場しか予想できないんだけど……)

 でも、この状況で説明できるのは自分くらいしかいないし、千種は既に仕事へと戻ってしまっている。……顔が引き攣るが、致し方ない。


「ええっと、こちらは我孫子ちゃん。昼間にちょっとあって、その時に助けてくれたの」

「そうなの。よろしく」

「……どうも」


 ぺこりと頭を下げる我孫子に、アイルは声をかけると水を口に含んだ。その様子に慌ててメニューを渡そうとすれば、既に頼んだらしく片手で軽く制止されてしまった。メニューを戻して、はたと思い出す。――そういえば、自分はアイルに話があったんだった。我孫子と千種との楽しい時間にすっかり忘れかけていた。それこそ、隣の人物も大いに関係することなのに。


「アイルちゃん、来て早々でごめんなんだけど、ちょっと話したいことがあって……」

「話?」

「うん、実は――」


 首を傾げるアイルに、ネオは昼間の一部始終を話した。昼休憩に知らない女性に話しかけられた事、『エアベースの譲渡』を要求されたこと、拒否したら戦うことになったこと。話せば話すほど、アイルの表情がどんどん険しくなっていく。重くなっていく空気に何となく居心地の悪さを感じながら、隣にいる我孫子のことも含めて包み隠さず、彼女に伝えきった。


「ていうことがあったの」

「……」


 話の途中で来たジンジャエールが半分ほど飲まれ、グラスに幾つもの水滴を流している。グラスを伝い、コースターに吸い込まれていくのをぼんやりと見つめていれば、話を聞き終わったアイルがグラスを手に取った。口をつけ、止まる。不自然な場所で止まったアイルは無言のままネオをじっと見つめ、その視線にネオが僅かに身じろぎをした。


「ええーっと、あ、アイルちゃん?」

「……いえ、何でもないわ」


(あれっ)

 てっきり何か言われるかと思ったのに。何も言われる事なく視線を逸らされ、横に振られる首。彼女らしくない行動に疑問が生じるが、ネオには残念ながらその違和感をどう問いかけたらいいのか、わからなかった。うんうんと唸りながら悩みに悩んでいれば、彼女はこちらを気にすることなく隣の我孫子へと視線を向けた。それに目敏く気付いた我孫子は、彼女に興味津々な視線に距離を取るように体をずらした。かなり隅に寄っていることから、彼女はかなりギリギリの位置で座っているのだろう。……そこまでしなくても。


「それにしてもアンタ、生身で渡り合うなんてすごいわね」

「でしょう!?」

「……なんでアンタが嬉しそうなのよ」

「えへへへ」


 アイルの褒め言葉に、ネオは思わず身を乗り出した。特に意味はない。ただただ、嬉しかったのだ。自慢げなその顔を見たアイルは呆れたようにため息を吐き、続くネオの『我孫子自慢話』に耳を傾けた。受け止められたのが凄い。立ち居振る舞いから全然違う。雰囲気が達人のそれだと。……よくもまあ会ってから数時間の人間をそこまで褒められるな、と感心すらしてしまうほど、ネオの口からはすらすらと我孫子の話が零れ落ちていく。アイルの隣で話を聞いていた我孫子は白い肌を真っ赤に染め、フードを両手で引っ張っている。きゅっと引き締めた唇は恥ずかしそうにプルプルと震えており、可哀そうなくらい羞恥に身も震わせている。……彼女の膝の上に乗せられた携帯の画面には、珍しく『LOSE』の文字が並んでいた。

 ――結局。盛り上がる話の延長でアイルにまで飛び火したネオの褒め殺しは、入ってきた千種が我孫子が小中学生で空手、柔道で黒帯を獲得しており、高校に入ってから新体操とボクシングを習い始めたのだと口軽く話した時には、ネオもアイルも唖然としてしまった。

(黒帯だなんて……)

 都市伝説だと思っていたのに。そんなネオの呟きはアイルの賞賛と、我孫子の千種への迎撃でかき消された。騒がしい店内は更に騒がしさを極め、各々の退屈な日常は非日常と化した。





 ――ネオが襲撃を受けた日から、既に数日が経過した今日。夜の八時を回り、アニソンバーHEROは開店の為の灯りを付けた。元々開店時間が遅い事もあり、お客が来るまでにはそこそこの時間がかかる。つまり、開店直後に混むなんてことは無いのだが――この日はどうやら様子が違ったようだ。


「マスター! マスターいるカ?!」


 ガンガンと扉を叩き、何やら呼びかける叫び声が聞こえる。仕事終わりに偶然店へと来ていたネオは、突然の襲撃に肩をはね上げ、目を見開いた。

(な、なにっ……!?)

 まるで奇襲のようなそれに、慌ててネオは落としそうになったグラスを両手で抑えた。何かあったのかと千種が扉を開けば、雪崩れ込むように外国人であろう二人が店の中へと入ってきた。刈り上げた黒髪にサングラスをかけた褐色の男はガタイがよく、南米付近の出身である事がわかる。その後ろからは、彼を追うように少し細身のアジア系の男が出てきた。染髪なのか、少しくすんだ金髪を後ろに流しており、見えている耳には複数のピアスが付いている。いかにもな風貌をしている二人は、どこか焦った様子で『マスター』を連呼している。

(何かあったのかな……?)

 尋常じゃない様子に、ネオは不安が込み上げてくる。もし何かトラブルが起きたのだとしたら。そう思えば思うほど、嫌な予感が這い上がってくる。すると、厨房の奥からマスターが呆れたような顔をしながら出てきた。『目的がやっと姿を現した!』と言わんばかりにうるさくなる二人に、マスターは顔を顰めると吸っていた煙草を携帯灰皿に押し付けた。


「悪いんだが、店内ではあんまり騒がないでくれないか。他のお客さんが驚くだろ」

「マダ開イテナカッタジャネェカ!」

「開店時間はとっくに迎えてんの」

「コンナ早い時間ニ、客ナンテイネーダロ!」

「うるさいぞ、カルロス。それ以上言うなら二度と酒出さないからな。……それで? ワン。そんな騒ぎ立ててどうしたんだ」

「ウソダロッ!? アニキ、同ジ、イヤダ!」

「……話が進まん」


 反射的に答えたマスターに、カルロスと呼ばれた褐色の男が喚く。彼のよく通る声がネオの元まで飛んできて、内容まですべてが筒抜けだ。そんな彼にマスターは呆れたように言葉を返すと、ワンと呼ばれた白色の男に視線を向けた。カルロスよりも大人しめな彼は、視線を宙に投げている。どうやら言葉を探しているようだ。


「どっちでもいいから、ゆっくり。わかるように要件を言ってくれ」


 マスターは新しい煙草を口にしながら、二人に向かってゆっくりと落ち着かせるように問いかけた。カチッと聞こえるライターの音が、静かになる店内に響いた。それを見ていた千種が微妙な顔をしているが、現状が現状なので止められないのだろう。マスターの様子に自分達の話を聞いてもらえると理解した二人は、顔を見合わせた。二、三言話すと頷き合い、カルロスが前に出て口を開いた。


「伍代のアニキがケガしたンダッテよォ!! キノウ!! ナンカ知らねェカァ!!?」

「ボリューム……」


 落ち着いたはずが思った以上のボリュームで返される返事に、マスターは慣れたように片方の耳を塞いだ。……どうやら彼は元々声量が素晴らしく大きいらしい。キーンと耳鳴りがしそうなほどの声量に、ネオですら驚いたのだ。近くで聞いていたマスターはそれ以上の衝撃だろう。コホンと一つ喉を鳴らしたマスターが、カルロスの言葉を反芻して彼の言いたい事を汲み取っていく。


「ええっと……伍代、ってのは、確かジュエルんとこのか?」

「ソウダよ!」

「……悪いけど、もう少し詳しく話してくれないか?」

「ダカラよォ! アニキが怪我したんダッテ! 何か知ってんだろ!?」

「いや、だからわからないって。というかもう少し声を、」

「あ゛ぁん!?」

「待て待て」


 矢継ぎ早に返される会話に、マスターは困ったように眉間にしわを寄せる。その反応が気に入らなかったのか、カルロスは不機嫌を露わにし、更に大声で捲し立て始めた。それに触発されたワンが何か言いたそうに身を乗り出した。しかし、直ぐさまそんな彼を止めた人物がいた。

 ワンの腕を引っ張って制止した人物は、カルロスの肩を軽く叩く。まるで宥める様な声と手つきで割り込んできた男は、二人よりも少し細身で白い肌にドレッドヘアを頭の高い位置で縛っている。先の二人よりも落ち着いているその顔には、サングラスがかかっており、目元はよく見えない。


「ア゛ァ!? ナンダよ、モハンドッ!」

「カルロス。お前そんな喧嘩越しじゃ、伝わるもんも伝わんねぇだろーが」

「オォ!? おぉ、ソウか。そう……ソウカァ?」

「いいから、脳筋は少し黙ってろ。俺が説明すっから」

「ノ、ノウキン……」


 ドレッドヘアの男――モハンドと呼ばれた男の、容赦のない言葉にカルロスは大きく肩を落とした。……どうやら『脳筋』という言葉に、想像以上にショックを受けたらしい。どうしてそんな言葉を知っているのかは気になるところだが、きっと日本語が達者なモハンドにでも教わったのだろう。しょんぽりと体を丸めるカルロスは、隣で同じように怒られたらしいワンに宥められている。そんな二人を目の端で見たモハンドは面倒くさそうに彼らを押し退けると、マスターに向き合った。


「ワリィな、連れが」

「別に構わないが、お前が一番最初に話せばよかったんじゃないのか? 一番スラスラ喋れるの、お前だろう」

「まあ、そんな事はどうでもよくてな。アンタ、伍代のアニキは知っているよな?」

「話を逸らすな。……まあ一応知ってるよ。美沙さんからよく聞くしな」


 あからさまに話を逸らすモハンドにマスターが苦言を呈するが、彼の耳にはどこ吹く風のようだ。マスターは大きくため息を吐くと、一緒に紫煙を吐き出した。モハンドはそれに嫌そうな顔をすることもなく、話を続ける。


「そのアニキなんだが、この前凄い状態でジュエルに来たらしくてな」

「〝すごい状態〟?」

「ああ。その前に『ぼんぼん』で見たって店主が言ってたんだけどよ、そん時は普通だったらしいんだわ」

「そこで暴れたわけじゃないのか?」

「特にトラブルもなく出てったらしい。でも店を出てったのが九時くらいで、『ジュエル』に来たのは日付が変わってからだったんだよ。おかしいだろ?」

「……確かに。『ぼんぼん』から『ジュエル』まではそんなに距離はないしなぁ」


 彼の言葉にマスターが訝しげに目を細める。……どう聞いても穏やかな話じゃない。『ぼんぼん』と言えば、上司もお気に入りの『居酒屋ぼんぼん』さんだ。いつもお客さんで賑わっており、ステーキが美味しいと評判のお店。冷えたビールはサラリーマンにとっては至福の物だとか。ちなみに上司は常連客で、顔を覚えられているくらいである。

 聞き耳を立てながらお店の風景を思い出していたネオは、次いで頭の中に絵にかいたような凄惨さを思い描いてしまい、思わずブルリと震え上がった。単なる想像なのは百も承知だが、やっぱり恐ろしいものは恐ろしい。

(どんな状況だったんだろう……)

 まるでお化け屋敷に入った時のようなじんわりとした、ほの暗い恐怖感が込み上げてくる。咄嗟に足首を組んで、ぎゅっと左右の足を引き寄せた。そんなネオの反応も余所に、話はどんどん広がっていく。


「泥酔状態なんていつものことじゃないのか?」

「まあ、それはそうなんだが、輩に絡まれたにしては反撃した様子もなかったようでな」

「……なるほど」


(えっ)

 神妙な顔つきで話す二人の会話に、ネオは二度、三度と瞬きを繰り返した。襲われたのに反撃すらしていなかったことも驚きだが、そんな泥酔状態や輩に絡まれる事が日常だと思われている〝伍代〟という男の存在の方が、気になって仕方がない。そんな非日常が日常的にあるなんて、少なくとも自分には経験がないし、遭遇したことも……いや、この前のってカウントに入るのだろうか。話を聞く限り、絡んできたあの男が〝伍代〟であると思うのだけれど。

(あれっ。もしかして私、被害者じゃない……?)


「まあ、アニキはそんな喧嘩強くねぇし、ボコられるのもよくある事だけどよ」

「オイ、モハンド! オメェ、アニキ馬鹿だって言ッタナ! ユルサネェ!」

「そういう話じゃねぇって。落ち着け、カルロス」


 再び騒がしくなる三人組に、ネオの耳はもう釘付けだ。ゆっくりとメロンソーダーを一口飲んで、聞き耳を立てている事への僅かな罪悪感を飲み込む。……誰だって好奇心には抗えないというものだ。つまり、これは仕方がないことで。誰にするわけでもない言い訳を小さく吐いた息に紛れ込ませて、再び聞き耳を立てる。喉の奥で炭酸が小さく弾けた。


「まあ、それで、俺たちはアニキの仇を取るべく情報を集めてるんだよ」

「はあ……そういう事な」

「アニキのカタキ! 取ル!」

「アニキがジョウブツできるように、俺たちが頑張るンダ!」

「まだ死んでないだろ」


 やるぞやるぞと叫ぶ二人にモハンドは頭を抱え、マスターが言葉を返した。そんな声も聞かず意気込む二人は、拳を合わせたり変な掛け声をしたりと、とてつもなく自由だ。

(っていうか、仇って……)

 話を聞く限り、彼は未だ死んでないと思うのだけれど。もしかして自分の感覚がおかしいのだろうか、と思い始めて、マスターの言葉を思い出して頭を振った。大丈夫。自分は間違っていないはず。

 そんなネオを余所に、騒ぐ二人に言うだけ無駄だと悟ったらしい彼らは、顔を合わせると声を潜めた。


「あんまり店内で物騒な言葉使わないで欲しいんだが」

「悪いな」

「思ってないだろう」


 まるで合唱のような声が溢れる中聞こえた、呆れる声。一見苦労人にも見える彼だが、どうやら若干確信犯のようなところがあるらしい。マスターに図星を突かれたのか、視線を逸らすモハンド。結局、話は理解したものの、提示できる情報がないという事で追い返された三人は、また後で来る事をマスターに約束して店を後にした。パタンと黒い扉が閉まり、店内には静寂が蘇る。そこに響いたのは、ずっとネオの近くで様子を見守っていた千種だった。


「だ、大丈夫なんですか? マスター」

「ああ。まあ、大丈夫だろう。心配しなくていいよ」


 千種の不安げな顔に、マスターは軽く笑みを浮かべると、丁度良く入ってきた新しいお客さんを出迎えに行った。彼のいつも通りの様子にほっとしたように息を吐いた千種は、お通しの仕込みの為に厨房へと戻ったようだ。その様子を見ながら、ネオはついさっき繰り広げられた会話を思い出す。……何となく嫌な気配がするのは、きっと気のせいだろう。――そう、思いたい。

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