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第14話

「ネオさん。ごめんね、騒がせてしまって」

「い、いえ」

「ゆっくりしていって」


 突然声を掛けられ、ネオは驚きに肩を跳ね上げた。さっきまでの空気なんてなかったかのように笑みを浮かべるマスターに、ネオは無意識のまま頷いた。メロンソーダに入っていた氷が、カランと音を立てる。ネオの胸に残った焦燥は消えないままわだかまりとなって、胸の中に留まった。

 また戻ってくる和やかな空気に、店は時間をかけて活気を取り戻していく。気が付けばお店はいつもの雰囲気に戻っており、時間が経てば経つほどいつの間にかネオの頭からはさっきの喧騒の記憶は『過去』へとなり、どうしようもない嫌な予感も頭の片隅へと寄せられていった。――――それが蘇ったのは、太陽の照り付ける真夏を押し返すような寒さが街を凍えさせてからだった。





 ――足元も見えないくらい、暗い地下。高い天井がドーム状に広がり、中心を回るように数々の椅子が設置されている。そんな円形の部屋には通常、生きているだけでは見る事さえ出来ないほどの精密機械がここぞとばかりに並び、ブルーライトを存分に照らしている。白なのか、それとも緑なのか。それとも青なのか。そんな疑惑を無機質な壁や床に広げてしまうほど、ブルーライトが部屋の中を満たしている。ぽつりぽつりと別の色の光が見えるが、それすらも飲み込んでしまいそうである。


 そんな有害に塗れた光の数々を遮るように、男は部屋を闊歩する。カツン、カツンと男の歩く足音だけが部屋に響き、その音がひと際大きな機械の前で止まると、男は何の躊躇もなく手にしたカードをシステムリーダーに差し込んだ。赤いランプが付き、読み取りが開始される。その瞬間――――響いたのは、警鐘音だった。


 ビー。ビー。

『外部からの不正アクセスが確認されました。直ちにセキュリティを強化いたします。繰り返します。外部からの不正アクセスが――』


 けたたましい音を立てて警鐘を鳴らす機材に、赤い頭の持ち主は舌を打った。乱雑にカードを抜き取り、それを指先の力のみで破壊する。粉々になったそれがパラパラと机の上に落ちていく。


「……どうやら我が思うより、頑丈に出来ているようだな」


 青一色だった画面は『CAUTION』と書かれた文字と共に画面を赤黒く染め上げ、文字と一緒に流れる黄色が、幾つも重なって縦横無尽に流れている。未だに鳴り響く忌々しい音が、自分達が事前に抜き取ったハッキングデータに不備があった事を知らせてくる。後でコレを持ってきた部下には、それ相応の対応をするとしよう。未だにビー、ビー、とけたたましく鳴り響く警報音に、男は顔を顰める。

(嗚呼、煩わしい事この上ないな)


『侵入者発見。侵入者発見。隊員は直ちに排除に向かいなさい。繰り返します。侵入者発見。侵入者――』

「これでは、隠れていた意味がないではないか」


 無駄に頭のいいシステムは、どうやら男の存在をしっかりと認知したらしい。しかも間違いようのない〝外部からの侵入者〟という形で。――まあ、正確に言えば侵略者なのだが。とはいえ、このままここにいたら単なる餌と変わらない。

(……仕方あるまい)

 いつまで経っても鳴り止まない警報に、引き寄せられるのようにバタバタと人間の足音が聞こえてくる。部屋の周囲に人間が集まってくるのを感じながら、男――侵略者は、メインコンピュータを自身の手でひと殴りした。バチッと音が響き、強制的に機能が停止される。


『ビ、しん、ビビビ……たいい、ビー……セキュリ……しま……』


 最期の遺言のような言葉を残したコンピュータは、暫くすると下へ落ちるような音を立てて、その起動を止めた。ブルーライトがゆっくり光を収めていき、室内は真っ暗になっていく。――まるで酷く深い、深淵に飲まれていくようで、見ているこちらが不安に駆られてしまう。しかし、そんな静かな場所にも無粋な者はやって来るもので。

 バンッと響いたのと同時に、深淵に光が差し込む。歪な人口の光は足元を這い、男を照らし出した。息苦しそうな詰襟をしっかりと留めた男は、黒いロングコートを羽織っており、襟元と合わせ部分に流れる紫のラインは金色の装飾に彩られている。黒いスキニーの裾が、コートに似たデザインで出来たハーフブーツの中にしまい込まれ、男のスタイルの良さを際立たせていた。


 独り言のように話される古臭い口調とは反対に歳若い格好をしている男は、自身が照らされているのにも関わらず凛として立っている。その姿を認識した軍の者たちは、銃を構え――――首から上を、一瞬にして失った。バシャ、バチャ、と生々しい音を立てて、その場にいた人間が次々と倒れていく。その様子に反応することも無く、男は淡々と手を宙で振るった。血痕が細い線を描いて、床に散らばる。


「……やはりまだ人間の体には合わぬらしい。つい、殺してしまった」


 まだまだ改良が必要だと男は不満そうに呟くと、靴を汚していく血に目をくれる事もなく、綺麗になった得物を袖に仕舞った。キラリと光に反射したそれは、どこからどう見ても単なる薄い鉄板のような物だった。見方によっては、『刃物』とも言い換えることが出来るかもしれない。けれど、どちらにしろまとめて人間を一刀両断出来るほどの頑丈さは目には見えなかった。

 次いで聞こえてくる援軍の足音に、男は口元を歪ませる。それはもう――心底、愉しそうに。


「止まれ!!」


 高らかに叫ばれた声が、男の鼓膜を叩く。その声に男が顔を上げれば、どうやら援軍の指揮を執っているらしき男と目が合った。恐らく、階級としては少尉に当たるのだろう。周囲には完全に武装した部隊が室内を警戒し、弾丸を弾く為の盾まで用意している始末。

(よくもまあ、ここまでの武装をこの短時間に用意できたものだ。……それが通用するかは、別問題だが)


 小さな賞賛を敵に送りつつ、男は凛として佇む。すると彼は自身の胸ポケットから一枚のカードを取り出し、手の内で愉しげに弄ぶ。先ほど破壊した物とは違う、黒いカードに赤の線が入ったものだった。男がカードを手の平に乗せると、僅かに響く高い音と共にカードが円形に膨れ、地球儀のような形になった。不規則に入る赤い線がその球体を彩っており、僅かに発光しているのは見ている者の気のせいではないだろう。初めて見る手品のようなそれに、援軍に来た者たちは総じて目が奪われた。――それが命取りであることに気づかずに。


「どうも、地球の諸君。突然だが、このエアベースは我々が頂くこととする。我々――――マリネシア王国の糧となってもらうとしよう」


 カチッと音を立てて、球体が光り輝く。男の手から離れたそれが一気に膨らみ、ガシャンガシャンと機械特有の音を立てて、球体は一気に姿形を変えた。――数秒後、現れたのは天井を突き破るほどの、巨大なロボットだった。

 ガゴゴゴと酷い音を立て、天井を突き破る機体。足元には、大きなヒビが入っていく。ボロボロと落ちる瓦礫に、騒然とした。突然の事に驚いていれば、入れ替わるように男の姿はその機体の中へと吸い込まれていった。


 まるでファンタジーのような光景に、軍隊はどよめく。夢を見ているのではないかと思う者が数名、自分の目の錯覚だと思う者が数名。そんな隊員を、少尉は一言で制した。


「騒ぐな馬鹿共!! 情報部隊は、『いるま基地』への援護要請を! 残りの者は体制を整え次第、臨戦態勢を取れッ!」


 少尉の声に統率を失いかけた隊員。その目に、光が戻るのを横目で確認した少尉は、目の前の男を睨み上げた。好戦的な視線に、男の口が歪に動く。


「……なるほど。マリネシア王国からの手先だったとはな」

『ほう。貴様、我らを知っているのか』

「ああ。滅亡寸前の、小国だと聞いている」

『――面白い』


 少尉の言葉に、男は笑みを零した。そんな心底愉快だと言わんばかりの反応は、どうやら軍の者達の攻撃精神に火をつけたらしい。ジャキ、と音を立てて構えられた銃口は無数に渡り向けられており、男を串刺しにする勢いだ。だがそんな数の銃器にも怯むことなく、男は肩を愉快げに揺らす。


『よいのか? 私の背にある〝ガラクタ〟は、大切なものなんだろう?』

「問題ない。データは既に移行済みだ。それに、もうどう見ても動くようには見えん。お前の言う通り、ただの〝ガラクタ〟だからな」

『ククッ』


(下っ端のくせに、威勢の良い事だ)

 クツクツと喉の奥で笑みを零し、男は操縦機を手に取った。男の手に完璧にフィットする操縦機器に、男は不敵な笑みを浮かべた。


『そんな鉛玉が利くとでも?』

「お前も、所詮鉄だろう」

『我が国の性質と、貴様らの軟弱な代物を一緒にするな』


 少尉の言葉に、男は淡々と言葉を返す。その声からはまるで感情が見えず、底が無いくらいに冷たく響いてくる。そんな男に少尉は冷や汗を浮かべながらも、軍の名誉をかけて息を吸い上げた。

 数秒後――――放った言葉は、どちらともなく高らかに響いた。


「――撃てェッ!!」

『性能の違いを見せてやろうぞッ!』


 ――部屋を満たす発砲音と、侵略者の冷ややかな空気がぶつかり合った。

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