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第16話

 エアベースへ向かって走り出した三人は、立ちはだかる巨大ドミノのような壁を前にその足を止めた。すぐさま反応したアイルに続いて、二人も近場の壁に身を隠す。エアベースを囲むように並ぶ重圧そうな灰色の壁の前には、見た事のない機械がうじゃうじゃと沸き立っていた。更に上空を見れば、青空を埋めつくさんばかりに上空に広がるソレに、千種が声を上げる。


「な、なんですか、あれ!?」

「恐らく、敵の本部ね。無駄に高性能を振り回してるみたいで、鼻につくわ」

「あはは……」


(アイルちゃん、敵意高いなぁ……)

 怯える千種の声にアイルが鼻を鳴らし、その反応にネオは口角を引き攣らせた。アイルの気持ちが分からない訳では無いけれど。ネオは空を見上げ、そこに浮かぶ大きな一つの鉄の塊を見つめる。恐らく、その下に広がる大群は、アグレッサーの軍隊なのだろう。無機質な機体がエアベースを囲むように群を連ねている。


「ほ、本部って、!」

「シッ。静かに」


 千種の声をアイルが制す。すぐさま両手で口元を抑えた千種が、コクリと頷いた。アイルは鉄の船を見上げ、壁の敵を見遣る。その視線は見たことがないほど鋭く、敵を射抜いていた。警戒を含んだ視線に、ネオは同じように敵であろう彼らに視線を向けてその様子を伺った。……どうやら未だ気づかれてはいないらしい。――よかった。心の準備が出来ていない状況で奇襲なんて受けたら、ひとたまりもない。


 ホッと安堵に胸を撫で下ろすネオの隣で、アイルは眉間にしわを寄せた。静かに敵の動きを観察しながら、アイルはポケットの中の小型通信機をノックする。しかし、耳に入れたままのイヤフォンからは、何も聞こえない。

(相変わらず、本部との連絡は取れない……。既に施設内に入り込まれていると考えた方がよさそうね……)

 そうなると、中の特別チームと配属されているはずの警備隊は全滅していると考えた方がいい。生きていたら儲けもの、くらいの感覚だ。


 ――逆に言えば、こちらの用意していた人員を薙ぎ払えるほどの力を、相手が持っているという事。それは数かもしれないし、単純な実力差かもしれない。……となれば、敵の戦力は未知数なまま、戦闘に挑まなければいけないというわけで。

(これは……思ったよりもきついかもしれないわね)


「あれって私を前に襲ってきてた、ええっと……〝アグレッサー〟? と同じだよね?」

「そうでしょうね」

「ネオさんが襲われた日の?」

「それもそうなんだけど、そっちじゃなくって、ほら。前に凄い変な地震があったときの」


 首を傾げる千種に、ネオが丁寧に説明を返す。その声を横で聞きながら、アイルは作戦を考え始めた。……元々単騎での侵入を予定していた為に、三人ともなれば、元の作戦が遂行できる確率はぐんと下がってしまう。無事彼女たちを生かすためにも、そこそこの作戦は必要不可欠になってくる。

(とはいっても、流石に人数差がこれだけあると難しいでしょうね)

 ネオはともかく、ヒーラーである千種を一人にするのは自殺行為もいいところ。かといって、ネオもまだまだ不安定である。せめてもう一人――戦える人間が欲しい。


「敵、発見。始末シマス」

「!!」

「――避けてッ!」


 不意に背後から聞こえた無機質な音声に、アイルは叫ぶと同時に千種とネオの腕を引っ張った。刹那、三人の体が爆風と共に宙に浮く。その浮遊力を利用して数度地面を蹴り上げると、敵から五十メートルほど距離を取ったアイルは、後方へ足を滑らせながら停止した。コンクリートを抉るヒールがガタガタと悲鳴を上げるのを感じながら、アイルは二人の手を離す。驚愕に顔色を染め上げる彼女たちは、止まりそうだった呼吸を思い切り吐き出した。


「ひ、ぇぇっ……!」

「見つかるとは思わなかったわ。意外と早かったわね」

「そ、そういう問題なのっ?!」


 自分たちが数秒前までいた場所を見つめた千種が悲鳴を上げ、ネオは思わず引き攣った口角をそのままに、苦言を零す。自分たちがいた場所は既に黒墨と化しており、チリチリと雑草が焼け焦げている。黒墨は、よくよく見れば周囲が焼け焦げた痕で、ぼろっと落ちてきた破片とその黒さに、その威力を理解する。未だ立ち上がることのない二人に、やはり連れてくるのは失策だったかと思い始めた頃。――ふと、エアベースの方へと歩く人影が目に入った。周囲の異様さに気づいていないのか、平然として歩く人物――女学生に、アイルは堪らず眉間にしわを寄せる。

(死にたいのかしら)

 それがアイルの率直な感想だった。桃色の髪を揺らし、姿勢正しく歩く少女。鞄の中から僅かに覗く灰色に、首を傾げた。どこかで見たような気もするけど……はて、どこだったか。そう疑問に思った瞬間、両隣の人間が同時に飛び出した。


「待ってください! 我孫子さんっ!」

「なんでこんなところにっ、! ま、待って、そっちは危な、!」


「――〝ヴァルキリー、発動〟」

「「「!?」」」


 飛び出した二人を制止しようとして伸ばした手が二人の首根っこを掴むと同時に、凛とした声が周囲に響いた。馴染みの強いその言葉を、聞き馴染みのない声が奏でた事にアイルは驚愕を隠せなかった。二人だけではなくアイルまでもが目を見開いて、当事者である少女を見つめる。鞄から上空へと放り投げられた仮面が高速で宙を回転し、その回転で円を象る。円は徐々に大きくなり、少女を包み込むほどにもなると、彼女の容姿を変えていった。


 ――暗い紺色に流れる緑の鮮やかな線が、彼女の体のラインをなぞる。ライダースーツのようなそれが彼女の全身を包むと、両手に黒いグローブが姿を現した。健康的な白い肌が、甲から、指先から、覗く。足元まで下がった円は地面スレスレを掠ると、今度は上昇し、足首、手首、胸元に銀色の光を携え、回転していた仮面は動きを緩めていく。最後に、回転をやめた仮面は彼女の顔を顎から隠すように動き、本来の位置へと戻った。……そんな彼女を包み込むオーラに、アイルは思い出す。

(……そうだわ。確かあの子――)

 ネオが絶賛していた救世主兼、有段者。しかも、その資格を複数持っていると聞いた気がする。……つい最近のことだったのに、何故忘れていたのか。それとも、思い出せないくらいに自分はこの状況に混乱していたのだろうか。――この際、そんなのはどちらでもいい。それよりも大切なのは、貴重な戦力が自らやってきた事。これを逃す手はない。鴨が葱を背負って来たようなものだ。


「ハァッ!」


 少女の気合の入った声が聞こえ、ドゴンッと激しい音がそれを追う。その破壊力に、アイルは自分自身の思考から引き戻された。目の前には先程こちらを襲ったアグレッサーが、味方を巻き込んで投げ飛ばされている。三人が気づいた時には、アグレッサーの体が少し離れた電柱へとぶち当たり、何事かを呟くとその生命を停止した。よくよく見れば、巻き込まれたのは実に三台――つまり、計四台の機体が吹っ飛ぶほどの威力が、あの少女から放たれたという訳で。


「……」

「え、えぇぇ……」


(……想像していた以上だわ)

 確かにヴァルキリーの力を開放すれば、自身の身体能力が飛躍的に向上する。だが、あの威力を考えるとそれだけでは無いのだろう。自分でも、精々投げ飛ばせて三台くらいだ。……もしかしたら、自分が思っている以上に掘り出し物なのかもしれない。――けれど、これでやっと理解できた。


「……あの子だったのね」

「えっ?」


 随分前から自分たちの職場で噂になっていた人物――ヴァルキリーを持っているのにも関わらず、軍に捕まることもなく平穏に過ごしている人間がいるという話。それは〝ヴァルキリー〟の勧誘を命にされていたアイルも、耳にしたことがあった。

 だが、対象者は何の変哲もないただの一般人であり、当時の彼女は幼い年齢であったがために、流石の軍の人間も易々と手を出せずにいた。会議に会議を重ねた結果、密かに監視対象になっていたと聞く。だが、時折こちらの監視を逃れる彼女に、軍は危機感と共に将来への有望性を注視していた。……まさかもう既に自分でヴァルキリーを制御できるようになっているなんて、思ってもいなかったけれど。


 しかし、ここで会えたのも何かの縁。これは好機として捉えて、何ら問題はないだろう。


「二人はここにいなさい。ちょっと交渉してくるわ。――〝ヴァルキリー、発動〟」

「うん。……て、えっ!?」


 驚愕に溢れる声を聞きながらも、アイルの足は止まることはない。手早く変身を終えると、刀片手に走り出した。向かってくる雑魚を切り倒し蹴り飛ばし、時には踏み台にして、アイルは少女――我孫子の元へと駆け抜けていく。短いチェリーピンクの髪を揺らしながらも戦う彼女はアイルが近づている事に気づいたのか、ちらりと視線を向けるだけで背を向けられてしまった。とても素っ気ない態度だが――しかし、戦いの場に慣れているアイルからすれば、その背後に空いた〝空間〟の意味を正しく理解できていた。


 アイルが高く飛躍し、勢いを殺しながら着地すると同時に、トンと我孫子と背中を合わせて振り返った。刀に手をかけると、躊躇なく円状に一閃を薙ぎ払った。飛んでいく斬撃で、襲い掛かる群を一気に切り伏せる。背を合わせたはずの我孫子は刀の軌道を読んだかのように高く飛び上がり、上空から飛び掛かってきた敵を蹴り飛ばした。初めての連携にしては息の合ったそれに、アイルは内心感心してしまう。


(さすがね)

 三人の中、恐らく一番アイルに実力が近いのだろう。動きはまだまだ荒い部分はあるが、それを上回る強さを彼女は持っている。

 アクロバットな動きは味方が予想できなければ、双方の命を落としかねない諸刃の剣だ。けれど、彼女はそれを躊躇うことなくやって見せた。つまり、アイルの力を見極めた上での判断だったのだろう。――それが出来るのは、〝慣れている者〟だけ。


 ト、と軽い音を立てて着地した彼女にアイルは再び背を付けると、見晴らしがよくなった周囲を見回し、口を切った。


「アンタもヴァルキリー保持者だったのね。秘密にしてるなんてズルいじゃない」

「……秘密にしてたわけじゃない。聞かれなかったから、言わなかっただけ」

「まあいいわ。ここに来たのなら、アタシの作戦に手伝ってもらうわよ」

「作戦?」

「ええ」


 アイルの言葉に我孫子が首を傾げる。その様子を見ながら、アイルは淡々と自身の持つ作戦を口にした。その間も二人は、襲い掛かる敵を切っては投げ、殴っては蹴り飛ばしている。一糸乱れないそのコンボは、最早鮮やかとしか言いようがなかった。顔を合わせるのは二度目とはいえ、一緒に戦うのは初めてのはず。……だが、やはり戦場を経験してきた彼女たちには、何か通ずるものがあるのだろうか。


「アタシ達の手にあるのは、アタシとアンタ、それとあと二つのカード。広範囲攻撃でも火力が微妙な魔法使いと、時々加減を間違えて敵まで回復してしまうヒーラーよ」

「……使えるの、それ」

「まあ、使い方次第ね」


 若干引き気味な表情を浮かべる彼女に、アイルは小さく笑みを浮かべる。彼女の気持ちもわからなくはない。だが今の現状、彼女達の評価は先ほど告げたもので間違いではないし、危ういからこそ見える伸びしろに期待も込めている。


「アタシはエアベースの人間だから、中に入らないと意味がないわ。広範囲魔法使いはアタシが連れていくから、アンタはヒーラーと一緒に退路を確保してくれるかしら」

「退路?」

「念のためよ」


 そう告げるアイルに我孫子は僅かに悩んだ後、「……わかった」と返事を返した。その言葉にアイルは満足げに笑うと、我孫子に一度さっきまで居た位置へと撤退することを提案する。頷く我孫子と顔を合わせて、一気に方向転換をした。走り出した向こうには、唖然としたままのネオと千種がいて――二人が自分達の背後を見た瞬間、時を止めた。


「「――え。」」

「何してるのよ、逃げないと死ぬわよ」

「えええええッ!?」


 ドドドドと激しい音を立てて追いかけてくる敵部隊を率いながら走って来るアイルと我孫子に、ネオと千種がたっぷり二秒沈黙し、文字通り華麗なスタートダッシュを切った。


「ヴァ、〝ヴァルキリー、発動〟!」

「〝ヴァルキリー発動〟!」


 もちろん、率いている二人は後ろから追いかけてくる敵の軍隊があることは知っている。知っている上で、二人に向かって走っていたのだ。

 ネオと千種は自身のネックレス、ペンダントを握ってここ最近で馴染み始めた言葉を叫ぶ。その瞬間、二人の体を光が包み込む。ふわりと揺れる紫のワンピースがネオの体を包む横で、千種の胸元のサファイアがネックレスから外れ千種の目の前まで浮き上がった。次いで青と白の液体が溢れ出し、流れ落ちる水流が千種の足元から渦を巻いて彼女の体を包み込んでいく。

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