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第四章 ヴァルキリアヒーロー

第20話

 低く、低く聞こえた声にネオはびくりと肩を震わせ、隣を見る。すぅ、と細められた視線に何とも言えない恐ろしさを感じ、ネオは持っていた苛立ちをひっそりと隠した。

(あ、あれっ。アイルちゃん、なんか怒ってる……?)


 冷たい冷気が、気温とは別にアイルから漂ってくる。しかし、問いかける勇気はネオにはなかった。それどころか、自分の苛立ちすらも吸収されてどこかへと飛んで行ってしまう。それくらい、今のアイルは機嫌が悪いらしい。その事にサーガも気づいたのか、愉快そうに肩を揺らすと笑みを隠さないまま、声を紡いだ。


「そのまんまの意味よぉ。ふふっ、流石地球人だわ。地味でお固い洋服がとってもお似合いねぇ」

「アンタこそ。その鉄臭い服、凄く似合ってるわよ。塩水でもぶっ掛けてあげましょうか?」

「上品に物も話せないのねぇ。これだから野蛮な地球人は嫌なのよぉ。まぁいいわ、――殺してあげる」

「ハッ。出来るもんならやってみなさいよ」


 バチバチと飛び交う視線の火花に、ネオは本能的に半歩下がった。その瞬間、飛び出すアイル。蹴り上げられた床はベコッと凹み、その威力に「ひっ!」と喉が引き攣った。


「あ、アイルちゃん!」

「サポート頼んだわよ!」

「えええっ!?」


(そんなっ!)

 咄嗟に伸ばした手はアイルの服を掠める事すらなく、ネオの手は宙を切った。

(さ、サポートって、一体どうしたら……!)

 突然始まった戦闘にどうしたらいいのかわからないまま、ネオはとにかくサーガから距離を取ろうと宙へと浮かび上がる。……そもそも、元々の目的であるエアベースのエネルギー源の確認はどうしたのか。攻撃がバシバシと激しく音を立てて室内に響き渡るのを聞きながら、ネオは顔を引き攣らせた。


「そんな短い脚で、私に届くのかしらぁ?」

「そっちこそ、この狭い室内で一体どこまで戦えるのかしら。とっても見物だわ」

「生意気な女はモテないわよぉ。それに、案外自由に動けるもの。心配には及ばないわぁ」

「へぇ、そう」


 淡々と聞こえる話し声とは真逆に、鋭い攻撃が交わされる。金属と金属がぶつかり合い、エアベース内に響いていく。アイルの攻撃をすべていなしていくサーガに、ネオは自分が戦った時の彼女が全力ではなかったのだと察してしまった。……それどころか、余裕綽々と言わんばかりに皮肉すら飛び交うのだから、もう悔しさしかない。……しかし、「サポートよろしく」と言われたのだから、このまま突っ立っているわけにもいかない。

 ネオは恐る恐る二人へとステッキの先を向けた。


「――『トライアングル ファイアーボム』!」

「効かないわよぉ、そんなもの」

「くっ、! 無駄に頑丈ね……!」


(は、早すぎて狙いが定まらない……ッ!)

 ――だが、効果はなかった。高速で行き交う攻撃の数々に、ネオは冷や汗が流れ落ちていく。サポートするにも、これではどうしようもない。一か八かで攻撃したとして、万一アイルに当たってしまったら最悪だ。

 緊張感が高まっていくのを感じる。正確な判断が出来ないまま時間が立ち、焦りだけが込み上げてくる。……そうこうしているうちに戦闘は苛烈を極め、最終的にドンッと激しい音が響いた。あまりにも重たい衝撃音に、はっとする。鮮明になった視界の先には既に何もなく、咄嗟に真反対へと視線を投げ、目を見開いた。――アイルの体がアグレッサーの手によって、壁に叩きつけられている。


 ぐっと締め上げられて苦しそうな顔をする彼女に、ネオはステッキの先を再び向け、ぎゅっと握り締めた。作戦なんてない。けれど、幸い大きな的は優越感に浸り、動く気配はない。――止まった的ほど、打ち抜きやすい物はないだろう。ネオは大きく息を吸い上げた。







 カハッと零れる息が、喉を突く。全身に痛みが走るのを感じながら、アイルは霞む視界で見える敵の姿にほくそ笑んだ。


「っ、危ないわね。殺す気?」

「あらぁ。そんな物騒なこと、可憐な私がする訳ないでしょう?」

「よく言うわ、――ッ!」


 ぐっとアイルの身体を、アグレッサーの手が締め付けていく。身体全体が絞られていくような感覚に息を詰めるが、アイルは浮かべた笑みを絶やさなかった。

 ギリリと音が鳴り、だんだんと酸素がなくなっていく。その様子を楽しんでいるのか、サーガはくすくすと笑みを浮かべ、こちらをいたぶる様に力を込めたり抜いたりを繰り返した。──だが、それはアイルにとって好都合だった。……それもそうだ。意識がこちらに向いている今、〝もう一人〟の存在は敵の意識からは無くなっているはずなのだから。


 視界の隅でネオがこちらにステッキを向けている。――その姿に、笑みが深くなる。

(……さっきまであんなに怯えていたのに、まるで別人ね)

 幸い、相手は背後の彼女の存在に全く気づいていないようだし、これはとてつもなく大きな好機だ。アイルは内心満足げに頷くと、サーガの気を引くために嘲笑うように笑みを深めた。瞬間、ぎり、と強くなる拘束。


「ふふっ、いい気味ねぇ」

「ッ、――!」


 嘲笑うような声に、喉が更に締め付けられた瞬間──聞きなれた声が、鼓膜を揺らした。



「――『花吹雪』っ、!」


 アグレッサーの死角から向かってくる電流の玉に、ニヤリと笑みが浮かぶ。――刹那、バチバチと激しい音が聞こえ、雷の玉がアグレッサーの身体に打ち付けられた。雷がアグレッサーの機体を包み込んでいく。

 緩んだ手から逃れるのは、そう難しいことではない。中に入っているであろうサーガの悲鳴が聞こえる中、アイルは巻き込まれないように早々に距離を取った。振動で崩れ落ちる瓦礫を幾つか足場にし、ネオの傍に着地する。アイルが上を見上げれば、電流を纏った機体が苦しそうに踠いていた。

(本当、いい気味ね)


「余所見は厳禁って、教わらなかったのかしら?」


 フンッと鼻を鳴らし、刀を引き抜く。宙を斬り、浮かんだ四角形がくるりと回転してひし形になった。


「――『ラムバス キャノン』」


 中央を突き刺せば灯った斬撃は一つへと纏まり、火の道が繰り出された。その威力といえば、巨体を持つアグレッサーが一、二歩退くほど。意外と脆いそれに、口角が引き上がる。

 思いの外、ダメージを与える事が出来たらしい。これならば、案外早く片付くかもしれない。――しかし、そんな思いも一瞬で砕け散った。ゴウッと勢いよく出てきた腕が、火の道をかき消したのだ。咄嗟に飛びのくが、あまりの速さに受け身を取る間もなく、腕が横っ腹に叩きつけられた。


「ッ――!」

「アイルちゃんッ!」

「残念ながら、利かないわよぉ」


(油断したわっ……!)

 ブンッと勢いよく体が空を切る。叩き飛ばされたのだと理解した瞬間、背中が壁に打ち付けられた。背中から肺にかけて衝撃が突き抜け、乾いた息が口から零れ落ちる。


「ぅ……っ、!」


 全身から痛みが走り、思わずうめき声が上がる。バタン、と体が力なく床に落ちた。堪らず顔を歪ませれば、心配そうなネオが走ってくるのが見える。その顔は先程までの表情ではなく、いつもの情けない顔で。


「ア、アイルちゃん、大丈、」

「問題ないわ。危ないから下がってなさい」

「で、でも……!」

「大丈夫だって言っているでしょ。それよりも、先にエネルギー源の確認に向かってくれるかしら」


 軋む体に鞭を打ち、ゆらりと立ち上がる。ネオが狼狽える気配を感じながら、敵を見据え、一つ深呼吸をした。……幸い、ネオの電流がまだ効いているのか、アグレッサーの動きは鈍い。胸ポケットからカードを取り出し、ネオに投げつける。慌ててキャッチしたのを横目で確認し、空いた右手で後ろを指さした。

 そこは、何の変哲もない壁。差し出したカードが使える場所なんて見当たらない。――そう、通常ならば。


「壁伝いに行けば、入口が見つかるはずよ。挿し口が見つかったらそのカードを差して、中を確認して頂戴」

「か、壁っ?」

「入口、毎度変わるのよ。……毎回面倒くさいのよねぇ」

「えぇっ!?」


 驚きに声を上げるネオに、思わず本心が零れ落ちてしまう。しかし、ネオにはあまりよく聞こえなかったようで、アイルはこれ幸いにと誤魔化した。

 横目に動き出したアグレッサーを見て、刀を持つ手に力を込める。……これ以上の説明をしている余裕はなさそうだ。

 電流を処理し終えたのか、アグレッサーが優雅に動き始める。先程までのぎこちなさはどこへやら。滑らかな動きに、先程までの攻撃がもう既に意味を成していない事を感じ取る。

(……そろそろ本気を出さなきゃ、まずいかもしれないわね)


「仲良くお話しているなんて、随分余裕じゃなぁい?」

「余裕といえば余裕ね。アンタが舐め腐ってくれてるから、攻撃が当たること当たること」

「相当な評価よぉ? でも、すこぉし、痛い目を見てもらいたくなっちゃったわねぇ」

「それはお互い様じゃないかしら」


 挑発するような声と言葉の数々を吹き飛ばすように、ふんっと鼻先を鳴らす。一触即発の空気が流れ、神経が研ぎ澄まされていく。呼吸音すらうるさく感じる空間で、じゃり、と音が鳴ったのは、一体どこからだったか。ボウッと空を切る四肢に、アイルは走り出した。


「早く行きなさいっ!」

「う、うんっ、!」


 わかった!と声を上げて走り出すネオを横目で見送り、アイルは跳躍した。向かってくる蹴りを寸前で避け、バランスを崩させるようにその足を蹴り飛ばした。しかし、鉄の巨体にとっては特に効果はなかったようで、更なる追撃が襲い掛かる。それを紙一重で避け、宙を舞う。

(せめてあの子が見つけられるまで……!)


「くッ、!」

「手応えがないわねぇッ!」


 ガッと音を立てて突進してくる拳を刀で受け流す。続いて耳障りなほどの甲高い音が聞こえ、競り合う。火花が散るのを前にアイルは刀を弾くと、空を三角形に切り裂いた。


「『トライアングル・ファイアーボム』!」


 小さい三角形の斬撃が、炎に包まれながらアグレッサーに向かって突き進んでいく。小型爆弾とも言えるそれが、くるくると回転しながら数を増やし、威力を増していく。


「利かないって言っているでしょう!」


 しかし、炎の爆弾は容易くアグレッサーの腕に振り払われてしまった。爆発した煙から逃れるように上空へと上がれば、簡単に女は追いかけてきた。上階を抜け、まだ残っていた階が彼女の攻撃によって打ち抜かれていく。三階、四階……途中、一面赤黒い部屋が見えたが、気にしている余裕はなかった。五階の防御システム室に届くといったところで、アイルは大きく旋回する。アイルは一度刀を鞘に納め、単身アグレッサーへと向かって行った。


「なぁに、諦めたのかしらぁ!?」

「申し訳ないけど、寝言は寝て言ってくれる?」

「もういいわぁ。――さっさと死んでちょうだぁい!」


「――『クレセント・イングレェイヴ』!」


 サーガが攻撃態勢になる寸前。一瞬にして鞘から引き抜かれた刀がズザァッと派手な音を立てて、空を斬る。文字通り、切り裂くような三日月型の斬撃は赤く光り、その勢いのままアグレッサーの元へと飛んでいった。一見、単なる一太刀にしか見えなかった女は、その口元に優雅に笑みを浮かべ、先程と同様に頑丈な腕を振り切った。――瞬間。木っ端微塵に切り裂かれた破片が、宙を舞う。


「――なっ?!」

「敵の前で油断するなんて、呆れたものね」

「嘘ッ、! 嘘よッ!」


 キンッと高い音が響き、アイルの刀が鞘に納められる。高温で光り輝く紅い三日月はアグレッサーの腕をどんどん食い散らかし、一瞬にして肩までもを切り刻んだ。そして一度上空へと上がった三日月は、女の頭の上で弾け――アグレッサーに降り注いだ。それはまるで一種の流星群のようで、落ちた斬撃は鉄の機体をズタズタに切り裂いていく。


「アアアアア――――!!」


 機械的な声が、耳障りなノイズと共に、遠退いていく。ゴミくずとなった鉄と導線が瓦礫と一緒に降りかかる中、ふと見えた球体が上空に上がっていくのを目にした。瞬時にそれがアグレッサーの〝核〟であることを悟ったアイルは、咄嗟に追いかけようとしたものの、その速さは尋常じゃなく、何処かへと飛び去ってしまった。

 瓦礫を避けつつ追いかけるのは、流石に分が悪い。アイルは重力に沿って一番最下層まで降りると、最初よりも更に高さを広げた上部を見上げ……その全てをサーガとかいう女のせいにしようと決めた。


「あ、あったよ! アイルちゃんッ!」


 ネオの叫び声に振り返れば、彼女の手元にはカードキーが差し込まれた壁があり、その周辺を扉の形に青い光がラインを灯している。

(でかしたわね)

 ネオの方へと駆け寄りつつ、労いの声を掛けようとして……アイルは止まる。そんな彼女の反応にネオは首を傾げるが、隣に感じた気配に驚いていた。黒の軍服にアッシュゴールドの髪をした男が、満足げに微笑みながら立っている。アイルは伸ばした手を引っ込め、背筋を伸ばして彼の前へと立った。その様子に、ネオが恐る恐るアイルの元へと寄り、彼女の背中に身を潜める。人見知りは、いついかなる時でも発揮されるものだ。


「何か御用ですか? ――アーヴィング総司令官」

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