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第21話

 スラスラと出てきた熱を持たない言葉が、無機質に響く。その対応に自身の軍のトップ――アーヴィング総司令官は、周囲を見渡すと酷く興奮したように鼻息を荒立てた。


「流石、ナンバー03。この緊急事態をよく防ぎきってくれた」

「……身に余る言葉、光栄に存じます」

「君もだ。ここの責任者として、礼を言おう」

「あ、い、いえ」


 自然とネオに向かう視線に、苦い思いが走る。……どうせ彼の事だ。結構前から見ていたのだろう。

 彼らが出てきたのは、エアベースのエネルギー源室。ここで最も安全かつ、最も重要な最深部だ。もちろん、繋がっているこの部屋の監視カメラも、向こうで見られる仕組みになっている。見て、楽しんで、機を見て悠々と出て来たのだろう。……相変わらず、いけ好かない。しかし、既に冷気が漏れていない事を考えると、彼が既に対応したのだろう。技術班の数名が彼の後ろに見える。


「安心してくれたまえ。既にエアベースの暴走は止めた」


 悠々とそう言ってのける彼に、苦虫を噛み潰したような気分が込み上げる中。ふと、総司令官の視線が自身の後ろに隠れるネオから離れない事に気がついた。――そして同時に、彼の目が値踏みをするかの如く、鋭い視線であるという事も。

(……面倒な事になったわ)

 目をつけられた、と言う言葉に相応しい光景に、頭でも抱えたくなってしまう。……全くもって、心地のいいものでは無い。


「03から聞いている。君も、ヴァルキリー持ちなんだろう? どうだい、この軍に」

「お言葉ですが、アーヴィング総司令官」


 総司令官の勧誘の言葉を遮って、呼びかける。強引に上司の会話を引き裂くなんてやっていいはずも無いが、それでも口を出さずには居られなかった。鋭い視線がこちらに向けられ、不愉快そうに目を細められる。冷や汗が背中を伝う……が、ここで退く訳にはいかない。ネオを庇うようにひとつ前に出て、内心の焦りを悟らせないように、アイルは努めて冷静に言葉を紡いだ。


「恐れながら、彼女はまだしっかりと戦えるほどの安定性を持っておりません。このまま戦線に入れるのは、我が軍にとっても得策ではないかと。それに、彼女は既に社会に貢献している者であり、自身の生活もあります。引き入れるには諸々の手続きをしなくてはなりません。現在、基地の損傷が激しい上、後始末にもそれなりの時間がかかることでしょう。勧誘はまた後日になさっては……」

「……ふむ、それもそうだな。仕方あるまい、話は今度にしよう」

「は、はい」


 自身の顎を摩りながら満足したように頷く彼に、アイルは人知れずホッと息を吐く。……どうやら無事回避出来たらしい。事情を知らないネオは首を傾げているが、わざわざ彼女に説明する必要性はないだろう。


「では、私はこの後の処理に向かう。和倉殿、すまないが手伝ってもらえるかね」

「勿論。尽力させていただきます」


 腕を後ろに組んだ総司令官の言葉に、姿を現した男。その意外な人物の登場に、アイルは思わず目を見開く。――黒い髪に、黒い瞳。そして見慣れた、きっちりと着込んだ白い軍服は、どこからどう見ても日本軍のものだった。

(……和倉空将)

 自分達とは真逆の色合いをする彼らに、なんとも言えない気持ちが込み上げてくる。……この事態に日本軍を巻き込むなんて、総司令官は何を考えているのか。


「……アイル殿。扉の外でお仲間と思われる二人が戦っていますが、どうやら苦戦しているようです」

「えっ」

「助けるのであれば早めに行くことをお勧めします。それでは」


 唐突に掛けられた言葉に声を上げたのは、後ろにいるネオだった。その反応に何故か満足げに頷いた彼は、アーヴィング総司令官に何かを告げると、エアベースのエネルギー源室へと踵を返した。

 プシュー、と軽快な音を立てて閉まっていく扉。機械的なそれはしっかりと閉じ切ると、僅かな音を立てて扉の移動を始めた。床に落ちてしまったカードキーを拾い上げ、胸ポケットへと仕舞う。視線を上げれば、既に移動を始めたであろう入り口があった壁。……もう一度見つけるには、骨が折れるだろう。まあ、エネルギー源が直った今、あの部屋にもう用事はないがのだが。


「千種ちゃん! 我孫子ちゃん!」


 いけ好かない人物の顔を振り切るようにため息を吐けば、不意に背後で走り出した気配がした。振り返れば懇切丁寧に元来た道を戻ろうとするネオがいて、アイルは咄嗟に追いかける。そんな面倒な道を通っていたら、地上に出るのがどれだけ遅くなることか。ネオの首根っこを引っ掴んだアイルは、そのまま地面を蹴り上げた。ぐぇ、と潰れたような声が聞こえるが、そんなのお構い無しだ。


「ぅっ、あいっ、くびっ!」

「わざわざ戻るより、上から行ったほうが早いでしょう」

「わ、わかっ、た、! からっ……!」


 コクコクと必死に頷くネオに「わかればいいのよ」と告げ、パッと手を離せばゴホゴホと盛大に咳き込んだ。行くわよ、と声をかける間もなく加速し、地上階へと向かった。一頻り咳き込んだネオは、不意に先を行くアイルに問いかけることにした。


「ねえ、そう言えば、さっきの人どこかで見たことあると思うんだけど……誰だっけ?」

「……日本の航空自衛官のトップよ。ネットニュースとかテレビだと、たまに見るわね。アンタも見たことあるんじゃない?」

「あ、ああっ!」


 思い出した! と言わんばかりに声を上げるネオに、アイルは呆れに笑みを浮かべてしまう。陸軍である自衛隊はともかく、空軍なんてそう見るようなものじゃない。見るようなものじゃない……けれど、同じ軍の人間としては少々複雑である。とはいえ、人々の興味が薄いのは今に始まったことじゃない。気を取り直して、アイルはネオを一瞥すると加速した。


「そんな事よりも、早く二人の所に行くわよ」

「そうだね」


 アイルの言葉に大きく頷いて、二人は飛行速度を上げた。地上であろう部屋に辿り着けば、既に使えなさそうな機器が並ぶ室内が見える。その出入口を開け――ガコン、と音を立てて扉が止まる。不思議に思い視線を下げれば、見たことのある機体の残骸が部屋の前を転がり、扉を塞いでいた。……自分達が脇目も振らず駆けて来た事を思い出し、頬が引き攣る。……やってしまった。このままでは、通れない。

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