秋の陽射しが山間に沈みかける頃、私は荷物を積んだ軽トラックの助手席で、これから住むことになる村を初めて目にした。
運転手は無愛想な中年男性で、道中ほとんど口を利かなかったが、村が見えてくると急に饒舌になった。
「あんた、本当にここに住むつもりかい」
男の声には、憐れみにも似た響きがあった。
私は曖昧に頷いた。
都市部での生活に疲れ果て、田舎暮らしに憧れを抱いていた私にとって、この山奥の村は理想的な避難場所に思えた。
しかし、実際に目の前に広がる光景は、想像していたものとはあまりにもかけ離れていた。
村は深い谷間に押し込められるように存在していた。
家々は古く、その多くが茅葺き屋根を頂いている。
道は舗装されておらず、夕闇の中で黒い土が不気味に光っていた。
そして何より奇妙だったのは、人の気配がまったく感じられないことだった。
「ここの人たちは、よそ者を歓迎しない」
運転手は私の借りた家の前で荷物を降ろしながら呟いた。
「特に、この村の掟を理解しない人間を」
掟という言葉が妙に引っかかったが、このときの私は、あまり深く考えなかった。
翌朝、私は隣家の住人に挨拶をしようと戸を叩いた。
しかし、戸の向こうから聞こえてきたのは、低い呻き声のような読経であった。
私が声をかけても、読経は止まらない。
諦めて立ち去ろうとした時、突然戸が開いた。
「新しい人ね」
老婆の顔は深い皺に刻まれ、その目は異様に鋭かった。
私が自己紹介を始めると、老婆は手を振って制した。
「名前なんて
掟……昨日の運転手も言っていたことを思い出した。
老婆は私の顔をじっと見つめ、やがて小さくため息をついた。
「今日は新月の日。日が暮れたら、決して家から出てはいけない。窓も開けてはいかん。そして、何
それを聞き、笑いそうになった。まるで昔話のような警告ではないか。
しかし、老婆の表情はあまりにも真剣であり、私は頷くしかなかった。
その夜、私は老婆の言葉を思い出していた。
窓の外は完全な闇に包まれ、虫の声さえ聞こえてこない。
やがて、どこからともなく太鼓の音が響いてきた。
単調で重いリズムが、夜の静寂を破って続いていた。
好奇心に駆られた私は、そっと窓のカーテンを持ち上げた。
目に入ったのは、ゾッとする光景であった。
外では、白い衣装を身に纏った人影が列をなして歩いていたのだ。
その顔は、皆一様に能面のように無表情であった。
翌朝、老婆が私の家を訪れた。彼女は私の顔を一目見るなり、深くため息をついた。
「見たとね?」
私は言い訳をしようとしたが、老婆は首を振った。
「もう遅か。
私は村を去ることを考えた。
しかし、都市部に戻る当てもなく、この山奥から出る手段もなかった。
結局のところ、私は老婆の言うところの、「仲間」になる道を選んだ。
それから私の本当の試練が始まった。
村には数え切れないほどの掟があった。
満月の夜には必ず白い服を着なければならない。
井戸の水を汲む時は、必ず三回礼をしなければならない。
村の北端にある大きな岩には、決して触れてはならない。
そして、村でもっとも神聖な場所にある祠を敬わなければならない。
これらの決まりには、何ら合理的説明はなかった。
私が理由を尋ねると、村人たちは決まって同じ答えを返した。
「昔から
私はこれらの因習に反発していた。馬鹿馬鹿しいと思っていた。
しかし、因習を破る度に、村人たちの視線は冷たくなっていった。
食料を分けてもらえなくなり、家屋の修繕を頼んでも断られるようになった。
おそらく、我が家が火事になったとしても、消防団は誰一人として来てはくれないだろう。
孤立の恐怖が私の心を蝕んでいった。
やがて私は、生きていくためには従うしかないと決意した。
因習のもつ意味を考えることをやめ、ただ機械的に従うようになった。
不思議なことに、私が因習に従うようになると、村での生活は平穏になっていった。
村人たちも私を受け入れ始め、時には親切にしてくれることもあった。
私は自分が村に馴染んでいくのを感じた。
村に来てから一年が過ぎた頃、私は話には聞いていた村の奥にある祠について、関心をもった。
そこは村で最も神聖な場所とされ、月に一度、村人全員でお参りをする習慣があった。
聖地の中心には古い祠があり、その周りには注連縄が張り巡らされている。
「あの祠には、村ば守る神様が祀られとるけんね」
村長は私に説明した。
「絶対に近づいてはならんと。触れることなど言語道断だけん、よう、覚えておきなっせ」
私は素直に頷いた。
もはや村の決まりに疑問を抱くことはなかった。
しかし、運命とは皮肉なものである。
ある嵐の夜、私は迷子になった子猫を探して聖地に迷い込んでしまった。
暗闇の中で足を滑らせた私は、転倒した弾みで祠の一部に肩をぶつけてしまった。
朽ちた木材は私の体重に耐えられず、祠の壁が崩れ落ちた。
私は慌てて立ち上がったが、既に遅かった。
祠の中から、何か黒い影のようなものが立ち上ってくるのが見えた。
その瞬間、空気が急激に冷たくなった。
風もないのに木々がざわめき始め、どこからともなく低い唸り声が聞こえてきた。
私は恐怖に駆られ、その場から逃げ出した。
翌朝、村は異様な静寂に包まれていた。
いつもなら早起きの村人たちの声が聞こえるはずなのに、今日は何の音もしない。
不安になった私は、隣の老婆の家を訪れた。
老婆は私の顔を見るなり、青ざめた。
「
私は昨夜の出来事を正直に話した。
老婆の顔はみるみる土色に変わっていった。
「なんばしよっとね……」
老婆は震え声で呟いた。
「あの祠は封印だったとばい。この村の恥、罪、呪いを封じ込めとったとばい」
私には老婆の言葉の意味がわからなかった。
しかし、その日の夕方から、村に異変が起き始めた。
井戸の水が血のように赤く染まった。
家畜が原因不明の病気で次々と死んでいった。
そして、夜になると、村のあちこちから奇妙な笑い声が聞こえるようになった。
村人たちは私を避けるようになった。
道で出会っても、まるで私がその場にいないかのように振る舞った。
私は完全に孤立した。
三日目の夜、私の家の戸を叩く音がした。
外に出てみると、見知らぬ老人が立っていた。
その顔は青白く、目は虚ろだった。
「
老人の声は、まるで地の底から響いてくるようだった。
私は言葉を失った。老人は続けた。
「この村には隠された歴史がある。百年前、ここで起きた惨劇の記憶を、あの祠に封じとったんじゃ」
老人の話によると、この村はかつて外部の者を生贄として神に捧げる儀式を行っていたという。
旅人や行商人を騙して村に誘い込み、秘密の祭壇で殺していた。
その犠牲者の数は数百人に及ぶとのこと。
「やがて、犠牲者たちの怨念が村を襲うようになった。作物は育たず、疫病が蔓延し、多くの村人が死んだ。なんとかしようと、生き残った者たちは、怨念を祠に封じ込めたんじゃ」
震えが止まらなかった。
老人の顔をよく見ると、その輪郭が徐々に薄れていくのがわかった。
「お前が封印を破ったことで、怨念が再び解放された。そして今度は、お前がその代価を払わなければならない」
老人の姿は消えていた。まるで、誰もそこにいなかったかのように。
村人に会って事情を説明したが、反応は予想以上に冷たかった。
村長の顔は青ざめ、他の村人たちからは、恐怖と嫌悪が入り混じった視線を向けられた。
「あの祠は三百年前から村を守ってきた」
と誰かが呟いた。
「今度は何が起こるか分からん」
私に対する嫌がらせが再開された。
玄関先に小石が投げ込まれ、郵便受けに意味不明の落書きが残された。
嫌がらせはエスカレートしていった。
家の周りに動物の死骸が置かれるようになった。カラス、ネズミ、時には猫まで。それらは皆、不自然に血を抜かれたような白い死体であった。
窓ガラスが石で割られることも度々あった。
夜中に「ガシャン」という音で目を覚ますと、寝室の窓に蜘蛛の巣状のひびが入っていた。
最も恐ろしいのは、やはり夜だ。
夜中に家の周りを何かが歩き回る足音が聞こえる。
それは人間の足音ではなかった。
重く、引きずるような音で、時々止まっては再び歩き始める。
壁を引っ掻くような音も続いた。
爪で木材を削るような、聞いているだけで背筋が凍るような音だ。
眠れない夜が続き、私は次第に神経をすり減らしていった。
昼間も安息はなかった。
村人たちは私を完全に無視していた。
食料を買おうと商店に入っても、店主は私を見ても何も言わず、まるで誰もいないかのように他の客の対応を続けた。
「すみません」
と声をかけても、意味はなかった。
助けを求めても誰も応じてくれなかった。
警察に相談しようと駐在所を訪れたが、巡査すら私の存在を認識しないかのようだった。
食料が底をつき始めた。冷蔵庫の中身は日に日に減っていき、補充する手段がなかった。
近隣の村まで買い物に行こうと思ったが、バスの運転手も私を見て見ぬふりをし、乗車を拒否した。
私は徐々に衰弱していった。
体重は明らかに減り、体力も日々落ちていくのを感じた。
手の震えが止まらなくなり、階段を上るだけで息切れするようになった。
一週間が過ぎた頃、洗面所で歯を磨こうとして鏡を見ると、そこに映った自分の姿に息を呑んだ。
顔色が青白くなり、血の気が失せていた。
目の下には深いクマができており、頬はこけて骨ばって見えた。
髪も艶を失い、パサパサになっていた。
しかし、何より恐ろしいことは、私の影が薄くなっていたことだった。
よく晴れた日に外に出て、足元を見てみると、確かに影はあるのだが、他の影と比べると私の影はぼんやりと薄く、輪郭がはっきりしていなかった。
それは、私の存在そのものが希薄になっている証のようであった。
部屋に戻り、鏡の中の自分をじっと見つめていると、ふと背後に何かの気配を感じて振り返った。
しかし、そこには誰もいなかった。
鏡の中には確かに私以外の影のようなものが映っていた気がした。
心臓が激しく打ち、冷や汗が背中を流れた。
その日の午後、老婆が私の家の前を通りかかった。
私は最後の希望を込めて、必死に声をかけた。
窓から身を乗り出し、かすれた声で叫んだ。
「お願いします、助けてください! 私は何も悪いことはしていません。祠を壊したのは偶然だったんです!」
老婆は足を止め、ゆっくりと振り返った。
しかし、その表情は氷のように冷たかった。
彼女の目は私を見ているようで見ていないような、まるで私が幽霊のような見方であった。
「ああたは、もうこの世にはおれんとよ」
老婆の声は低く、諦めたような響きがあった。
「祠を壊した時に、あんたの魂も一緒に砕けたと」
私は反論しようと口を動かしたが、声は出なかった。
老婆はかぶりを振ると、再び歩き始めた。
「村の掟を破った者の末路は、いつも同じとよ。体は残っとっても、魂は徐々に消えていくと。やがてああたは、誰の記憶からも消え去るとよ」
老婆の姿が角の向こうに消える。
私は膝から崩れ落ちた。
自分の手を見ると、確かに透けて見えるような気がした。
この現実を受け入れることはできなかったが、体の異変は日々酷くなっていく一方であった。
夜が更けると、またあの足音が始まった。
しかし今夜は違っていた。
足音は家の中にまで侵入してきたのだ。
階段を上がってくる重い足音。
私の部屋のドアの前で止まる気配。
そして、ドアノブがゆっくりと回る音。
私は布団の中で震えながら、自分に起こっている出来事の意味を理解し始めていた。
祠を壊したことで、私は村の守護から切り離されただけでなく、存在そのものを否定されたのだ。
そして今、私は現実と非現実の境界で、ゆっくりと消されていく運命にあるのかもしれない。
ドアが開く音がした。
私は最後の祈りを込めて目を閉じた。
もしかすると、これが私の最期になるかもしれない。
そんな予感が、私の心を支配していた。
目を開けると、部屋は静寂に包まれていた。
ドアは閉まったままであり、侵入者の気配はなかった。
しかし、部屋の空気が明らかに変わっていた。
重く、湿った感触があり、まるで古い墓地の中にいるような感覚であった。
朝の光が差し込んできたが、その光すら私の体を素通りしているように感じられた。
鏡を見ると、昨夜よりもさらに薄くなった自分の姿があった。
輪郭がぼやけ、まるで古い写真のように色褪せている。
指先を見ると、血管が透けて見えるどころか、向こう側の壁紙の模様まで見えそうであった。
キッチンに降りると、冷蔵庫の音も、時計の音も、すべてが遠くから聞こえてくるように思えた。
まるで私が別の次元にいるかのように。
コップを取ろうと手を伸ばすも、指がコップをすり抜けてしまう。
何度も試したが、物を掴むことができない。
恐怖が背筋を駆け上がった。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
久しぶりに聞く人間の訪問を告げる音である。
急いで玄関に向かうと、ドア越しに若い女性の声が聞こえた。
「すみません、誰かいますか? この家は現在空き家と聞いていたのですが、どなたか住んでいらっしゃるのですか?」
私は必死にドアを開けようとしたが、ドアノブに手が触れない。
声を張り上げて叫んでみた。
「ここにいます! 私はここにいます!」
しかし、女性は何の反応も示さなかった。
窓から覗いてみると、彼女は不動産業者らしき男性と一緒に、家の外観を眺めながら話をしている。
「三週間前から誰も住んでいないそうです」
と男性が言った。
「前の住人は夜逃げでもしたんでしょうかね。家財道具はそのままですが」
三週間前? 私は混乱した。
祠を壊してからまだ十日ほどしか経っていないはずだ。しかし、彼らの話を聞くと、私はすでに三週間も「いない」ことになっているらしい。
女性と不動産業者は家の中に入ってきた。
私は彼らの前に立ちはだかったが、まるで私が存在しないかのように、二人は私の体を通り抜けて歩いた。
その瞬間、氷のような冷気が私の体を貫いた。
「家具はそのままで良いですか?」
女性が尋ねた。
「ええ、前の住人とは連絡が取れませんし、家賃も滞納していますから。現状での引き渡しになります」
私は自分の耳を疑った。家賃を滞納した覚えはない。
つい先週も払ったばかりだった。
しかし、二人の会話を聞いていると、私という人間の記録そのものが書き換えられているようだった。
つまり、私は「いなかった」ことにされているようだ。
女性がリビングを見回している時、私は最後の手段として彼女の肩に触れようとした。
しかし、私の手は彼女の体を素通りし、その瞬間、彼女が振り返った。
「何か寒気がするんですけど……」
彼女は首をすくめた。
「この家、何か変な感じがしませんか?」
不動産業者は苦笑いを浮かべた。
「古い家ですからね。でも、家賃は相場よりかなり安いですよ」
二人が去った後、私は絶望的な現実と向き合わなければならなかった。
私は既に社会から消去されている。
記録上も、人々の記憶からも。
明くる日の深夜、私は村の古い記録を調べるために、村の公民館に向かった。
幸い、古い建物は簡単に侵入できた。
というより、もはや私には物理的な障壁は存在しないようだった。
古い文書の山の中から、私は村の歴史に関する記録を見つけた。
そこには、三百年前に建てられた祠についての記述があった。
しかし、その内容は私が村人たちから聞いていたものとは全く違っていた。
──祠は村を守るために建てられたのではない。祠は、村を脅かす存在を封印するために建てられた。封印された存在は、現実と非現実の境界を曖昧にする力を持つ。この存在が解放されれば、触れた者は徐々に現実から切り離され、最終的には完全に消失する。
私の血は凍りついた。
私が壊したのは聖なる祠ではなく、封印の祠。
そして今、その封印された存在が私に取り憑いているのかもしれない。
文書の最後には、こう記されていた。
──封印を破った者が消失を免れる方法は一つしかない。新たな封印となることである。自らの存在を代償として、再び封印を完成させなければならない。
私は震える手でページをめくった。
そこには儀式の詳細が記されていた。
満月の夜、祠があった場所で、自らの血を流しながら特定の言葉を唱える。そうすることで、消失しつつある自分の存在を封印の力に変換し、再び邪悪な存在を封じ込めることができる。
しかし、その代償は完全な消失だった。
私は物理的にも、記憶からも、歴史からも完全に消え去ることになる。
まるで最初から存在しなかったかのように。
翌日は満月だった。
私には選択の余地がなかった。
このまま徐々に消失していくか、それとも自らの意志で消失して村を救うか。
すでに、私は物理的にも社会的にも消えそうなっている。
ならば、ダメでもともと、やってみるしかない。
夕暮れ時、私は祠があった場所に向かった。
そこには既に、私を待つ存在がいた。
それは影のような形をしているが、時々人間のような輪郭を見せる不定形の存在だった。
その存在から発せられる悪意は、空気を重くし、周囲の植物を枯らしていた。
「ようやく来たな」
存在は私の心に直接語りかけてきた。
「我は三百年もの間、あの小さな石の檻に閉じ込められていた。お前のおかげで自由になれた」
私は震え声で答えた。
「私は封印を元に戻しに来ました」
存在は笑った。
それは人間の笑い声ではなく、風が墓石の間を吹き抜けるような音だった。
「愚か者め。お前は既に我の一部になっているというにに。お前が消えれば、我の力はさらに強くなる。この村だけでなく、やがて世界中の人間を現実から切り離すこととなる」
私は文書に記された言葉を唱え始めた。
古い言語で書かれた呪文は、口にするたびに私の体から力を奪っていった。
しかし、言葉を続けるにつれて、私の周りに光の輪が現れ始めた。
存在は苦しげな声を上げる。
「やめろ! 我を再び封印する気か!」
私は自分の手首を石の破片で切り、血を地面に滴らせた。
血が地面に触れるたびに、光の輪は強くなっていく。
私の体はさらに透明になっていくが、同時に温かい光に包まれていくのも感じた。
私は呪文を最後まで唱えた。
光は爆発し、私の意識は闇に飲まれた。
翌朝、村人たちは山中に新しい石の祠が建っているのを発見した。
しかし、その祠が一夜でできたことを、誰も不思議に思わなかった。
まるで最初からそこにあったかのような扱いであった。
村の古老たちは、この祠を見て安堵の息をついた。
すべてが正しい場所に戻ったかのような、安心感を覚えたようだった。
私の家は新しい住人を迎えていた。
私の存在を示すものは何一つ残っていなかった。
写真も、記録も、記憶も、すべてが綺麗に消去されていた。
しかし、時折、祠の前を通る人は、風もないのに石の表面を撫でる音を聞くことがある。
それは感謝の言葉のように聞こえるが、誰もその意味を理解することはない。
私は今、石の中に封印されている。
邪悪な存在と共に、永遠に。
しかし、私は安らかだった。
これが、村の聖なる祠を壊してしまった私の物語である。
誰も覚えていない、誰も知らない物語。
しかし、私は因習まみれの村であり、私を排除しようとした村を、自らを犠牲にして守ったのである。
なぜ、私はこんなことをしたのだろう。
もっとも、後悔はない。
ただ、自分がなぜ、村を守ろうと思ったのか、その心理は自分でもよく理解できないままだった。
それから十年の月日が流れた。
村は平和を保ち、人々は穏やかな日々を送っている。
新しい祠は(それは私のことだが)、村の守り神として大切にされ、毎年祭りが開かれるようになった。
しかし、祠の本当の由来を知る者はいない。