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止まらない衝動。


 海里が開けた入口のドアへ留まっていた湯気が逃げていく中。徐々に視界が、クリアになっていく。

 シルエットだけだった兄の姿が鮮明になっていく。薄っすらとした肌色が去っていく湯気と共に本来の姿へと露わになる。

 普段の嵐だったら、この場合……

「あぁ、悪い、悪い。待ちくたびれて先に入っちまった!へへへ……」

と、軽く言葉にしつつ逃げるように退室していくだろう。

 だが……熱を持ってしまった足の間が落ち着かないと、それはできない状況だ。羞恥と混乱が混じり言葉さえも出てこない。

 そんな視点を己のトラブルへと変え、格闘している間…………

 室内に留まっていた、残りの湯気が去ってしまった。




「━━━━おい、俺から先に入浴してからって皆で決めただろう!嵐」



 痺れを切らした海里が、目と鼻の先に居ることも気がつかずにだ。


「……え?か、海里。いつから、ここに……」


 視点を湯舟の中で暴君化してしまった滾りに集中していた嵐。さらに近くになった声に、静めようと奮闘していた手が止まる。




「さっきから居たけど?それより━━……」




 完全にクリアになった世界。視界に広がっていく。


ーーーードクリッ……


 心臓が、大きく跳ね上がった。

 激っている血液が暴発したような感覚がーー


 視界に映し出されている、兄の裸体。

 きめ細やかな色白の肌に、ツンと上向きな桃色の胸の飾り。カモシカのようなしなやかな細腰。

 そして足の間にある、未成熟で小ぶりなーー……



 普段だったら、何も思わない出来事。ーーなのに、頭の中に映像化で流れてきた、BL雑誌の情事シーン。しかも、




「あ、ぁっーーーー……、あらし。そんなトコロ、舐めちゃ、やぁ……!」


 無意識だった。目の前にいる海里をこの場で押し倒してしまった。

 足の間へと移動し顔を埋める。そして、兄の起立しかけているモノを口に含み。飴を転がすように夢中で先端の窪みを舐めていると、じゅわりと愛液が生まれる。

 口の中に広がっていく、透明な蜜。

 味は分からない。それでも……、嵐の中では蜂蜜のような甘さを感じてしまう。

 そして湧き上がってきた、もどかしいこの感情の名前は、今でも分からない。


 チラリと視点を上へ変えると、涙目の海里。

 普段冷たい目をしている兄は、そこにいなかった。

「あ、らし…、あらし、ぃ……」

 とろり、とした蜂蜜のような熱を帯びた瞳で、こちらを見ている。頰を真っ紅にしてだ。 

 快楽に溺れてどうしたら良いのか分からない、と言った訴えが籠っている潤んだ瞳。

 喘ぎ声と一緒に、一筋の涙が頰を伝い溢れていく。


「ーーかいり、ひもいい?(かいり、気持ちいい?)」


「や、まっ……ーー、しゃべる、な……ぁッ」


 雑誌で見た見様見真似の愛撫に、海里は快楽の海へ沈んでいくまま。

 互いの息が浅くなり、熱が籠る。

 窪みからしとどなく湧き出てくる蜜。時折、堪える様子に満足している自分がいる。


(可愛い……、海里)


 そして、そんな兄に興奮している内なる獣がいる事に気づく嵐。

 これ以上の境界線は、踏み込んではいけないって分かっているのに……止まらない。そして、ーー






「ーーーーおいッ、大丈夫かッ!?」



 ここまで妄想の世界へひたってしまった嵐。相手の張り詰めた声で、一気に現実へと浮上する。

 何故か、慌てた様子で心配している海里の顔がドアップ付きにだ。

 先程の行為は夢を見ていたかのような。まるで、狐に化かされた感覚だ。



「………へ?ナニが?」

(まさか、バレてしまったのか!?)



 急遽、予想外の事になった一時。今度は、別の意味で心臓が飛び跳ねてしまう。

 お湯に浸かっているのに、背筋が凍りつく。それは手足へと広がり、頭のつま先まで秒速へとだ。

 冷や汗が吹き出し、お湯の温度が分からないほど、体温が急降下していくのを感じた。


「嵐……。なにってーー」


 母親譲りの鋭い目つきで、見下ろしている海里。

 だが……、先程違う様子。

 それは緊急事態で焦りが混じった表情をしていた。そんな相手に疑問の湧水が込み上がる嵐。

 その答えは、すぐに分かった。



「お前、鼻血が出ているぞ!」



 この言葉に、やっと気がついた緊急事態。

「え……?お、俺、鼻血……出てんの?」

 すると、自身の鼻の周辺に鉄の臭いがする。指で鼻の下を軽く触ると、ぬるりとした独特な滑らかさを感じた。

 指の腹で掬ったモノを確認すると、鮮やかな紅色。

 嵐の鼻から落ちていく生温かい血。ポタリ、ポタリ、と湯の中へ広がっていく。

 すると、頭の中がぐらりと揺れる。ーー警告音をする間も与えずにだ。


 悪化していく弟の様子に、マズイと思った海里。風呂から上がらせようようと、咄嗟に嵐の手首を掴んで引っ張り始めた。

 だが最悪な事態は、それだけじゃなかった。


(あれ?目の前が、霞んで……いる??)


 徐々に霞が濃くなっていく視界。

 ここで嵐の意識が途切れてしまった。




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