東京・丸の内。その超高層ビルの一室で身長180cmに届かんとしているアラサーの男が忙しく仕事をしていた。
彼の名は
彼のいる部屋には大きな仕事机がひとつ。そこの椅子に座りながら、虚空に映し出されたいくつものスクリーンに注目している。
「神奈川県在住のJC:A子には入学祝の品を送れ。群馬県在住の最近、胸が大きくなって困っているJK:B子には新しい体操服を。もちろん紺のブルマだ。ふむ……千葉県のJCには……そうだな、夢の国への1年パスをプレゼントだ、もちろんシーの方もな?」
伊達はインカムを通じて、部下たちに手早く指示を出す。彼の表の顔はスパダリ御曹司。裏の顔は足長おじさんである。
恵まれない少女たちへ日夜を問わず援助を行っている。その仕事も夕方頃にはひと段落する。
息抜きだとばかりに部屋から退出し、エレベーターに乗り込む。エレベーターが1階に到着し、ドアが開く。
そこから出ると、どこからともなく黒服姿のセキュリティ・ポリス(通称:SP)たちが彼へと近づく。
「きみたちは……俺がこれから何をしにいくかわかってるよな?」
「はい。今から街の視察に行かれるのは存じております。臣兎様おひとりでも大丈夫だと思いますが……」
「うむ。心遣いには感謝する。いかついきみたちではか弱いJC・JKたちが飛んで逃げてしまうからなっ!」
「あはは……いつものように遠巻きで警護させてもらいますよ」
SPたちが困り顔になっている。軽く「ふんっ」と機嫌良く鼻を鳴らし、エントランス・ホールを通って超高層ビルの外へと出る。
黒塗りのベンツがスッ……と現れる。ドアが自動で開く。運転手もまた黒服のSPだった。臣兎は後部座席に黒服のSPたちと乗り込む。
臣兎の「出してくれ」との言葉を聞いて、運転席の黒服のSPがこくりと頷き、ベンツが前進し始める。
臣兎の向かう先は新宿駅周辺だ。この夕方という時間帯はJCやJKもまだまだ多い。彼女たちが事件に巻き込まれていないかをこの目で確かめなければならない。
10分もしないうちに新宿駅周辺に到着した。臣兎はベンツから降りると開口一番「やれやれ……」とため息交じりの声を出すしかなかった。
(まったく……凄い数のJC・JKたちだ。自分もあの中にまざり……いや、いかん。俺は善意の足長おじさんだ。決して、彼女たちからパンツを買うような愚かな人間じゃない)
人混みの中を歩く。SPたちは自分から10メートルほど離れた位置にいる。そうだというのに人々は臣兎に道を開けるように横へと移動しながら歩いていく。
それほどに存在感がある男だった、臣兎は。モデルのような鼻筋が整った端正な顔。上半身は筋肉によってコーティングされており、ぴちぴちのシャツにはその筋肉の形が浮き出ている。
そのプロレスラーもびっくりの体型をゆったりとした上着を羽織ることで、威圧感を和らげている。だが、臣兎の姿を見る女性たちの顔が蕩けていく。
(俺を育ててくれた両親には感謝しないとなっ)
鼻が高くなりそうなのをどうにか抑えて、臣兎は新宿駅周辺を視察する。そして、待ってましたとばかりに可憐なJCが30歳手前の男たちに絡まれている。
奴らは所謂、半グレたちといった
「可愛いお嬢ちゃん~♪ 俺たちとイイコトしようよー!」
「おれっち、イイ薬もってんだ~♪」
「や、やめてください!」
「嫌がってるのも今のうちだぜ? 嫌でも自分から股を開くように……ぶべぇ!」
「な、なんだ!? おい、てめえ! 俺様の可愛い舎弟に何しやがってんだ!」」
「聞いて驚け! 我が名はマスク・ド・タイガー!」
臣兎は顔を虎を象るマスクで隠していた。さらには上着を脱ぎ捨てており、上は筋肉が浮き出ているぴちぴちのシャツ一枚だ。
半グレたちが一斉に臣兎を囲んできた。しかし「ふっ……」と意味ありげに息を吐く。それと同時に半グレたちが激昂した。
手に持つナイフを一斉にこちらへと向けてきた。へっぴり腰でがたがたと震えてやがる。彼らの腕先部分を次々と上から下へと蹴り下ろす。
ボキッ、ベキッという骨が折れる音とともに、カララーンという乾いた音が周囲にこだました。
臣兎は地面に落ちたナイフを革靴で踏んづけ、さらに足を動かす。ナイフはまたたく間に雑踏に消えていく。
「ちくしょう、何て強さだ! この変態マスク野郎!」
「失礼な奴だ! 俺は変態ではない! 可愛いJCやJKを助けているだけだっ!」
「それ、どう見ても変態だろうが!?」
「なにぃ!? JCやJKは日本の宝だっ! そんな彼女たちを守って何が悪いのだっ!」
臣兎は半グレたちを3分もしないうちに、たった一人で制圧してしまう。怪我を負って、動けなくなった半グレたちが呻き声をあげている。
そいつらをSPたちが確保してくれた。脱ぎ捨てた上着をSPのひとりが手渡してくる。状況をよく呑み込めていない可憐なJCが「あわわ……」と慌てふためいている。
そんなJCに対して、片膝をつき、彼女の手を取る。そして、その甲に軽くキスする。
「お嬢さん。怪我はなかったかい?」
「は、はい! でも、なんで虎のマスクを?」
「ふっ……正体がバレては困る身分なのでな?」
「あーーー。JC相手に興奮する変態おじさん……だからです?」
「ちがーーーう! 確かに興奮してるけど、決してやましい気持ちを持って、JCやJKに接してるわけではなーーーい!」
失礼なことを言ってくれるJCだ。だが、自分の善行は時として勘違いされることが多い。自分はパパ活おじさんではない。
あくまでも足長おじさんだ。そのことをしっかりと目の前のJCに言って見せる。
「よかったー。助けてやった恩をパンツで返せって、言われるのかと……」
「ちがうからね!? 俺は正義のヒーローだから!」
「すみません! でも、ありがとうございました!」
可憐なJCがペコリと丁寧にお辞儀してきた。臣兎は「ふっ……」と意味ありげに息を吐き、彼女に背中を向ける。
(決して、俺に惚れるんじゃねえぞ? 俺はあくまでも足長おじさんだからなっ!)
正義のヒーローは颯爽とその場から去ろうとした。今日もひとりの可憐なJCを救うことができた。その満足感が仇となる。
キキキーーー! というブレーキ音が耳をつんざく。臣兎は目を見開いた。その目にとんでもなく大きいトラックの前面が見えた。
時すでに遅し。臣兎が赤信号を渡っていることに気づいたのはその0.03秒後だった。横殴りに10トントラックの衝撃を受けた。
「本当は……JCやJKのパンツが欲しかったんだ……俺は」
自分は確実に死ぬとわかっていたからこその心からの吐露であった。宙を舞う中、意識が混濁していく。
光りに包まれていく感触。生まれ変わるならJCやJKのパンツになりたい。彼女たちの下腹部をシルクのように包み込み、温めてあげたい。そんなヒーローになりたい。
"ヒーローになりたいあなたのその願い、叶えてあげる!"
薄れゆく意識の中、確かにそう聞こえた。そんなばかな……と思いながらも、女性の声が耳から離れない。
その時、まばゆい光が臣兎を包み込む……。永遠に近い時間が秒で過ぎ去っていくような感覚を覚えた。
こそばゆいような感覚が身体を刺激する。トラックに刎ね飛ばされた痛みとはまったく別ものだった。
ゆっくりと目を開ける。そこは不思議な空間だった。真っ黒な闇の中を星々が瞬いている。そして、足元には青い地球が見えた。
「!?」
「驚かないで。今、あなたは特殊な空間にいるの」
優しい言葉が投げかけられた。聞いているだけで安心感を覚える声だった。その声がするほうに目を向ける。
そこには光り輝く女神がいた。金髪縦ロール。オスカー賞を受賞するレベルの女優たちですら、ハンカチを咥えて悔しがるほどの美貌と顔。さらにはそれを白いドレスで包んでいる。
地球上に存在する人物だとは到底思えなかった。だからこそ、臣兎はこの女性を女神だと感じた。
「災難だったわね。でも、安心して。あなたは数多くの善行を積んだわ。お姉さんがチート付与したうえで異世界転生させてあげる」
「……? 言っている意味がわからないんだが?」
「あなたはヒーローになるのっ。新しい世界で! 剣と魔法の世界。ドラゴンが空を舞い、クラーケンが船を沈めるような異世界ファンタジーの世界でねっ!」
「は、はぁ……」
「ノリが悪いわねっ!」
臣兎は女神の言っていることがいまいちわからなかった。
「新しい異世界ファンタジーを舞台にして、そこでヒーローをやってもらうわ!」
女神のこの言葉を聞いた瞬間、不覚にも胸が熱くなってしまった。自分はヒーローになりそこねた男だ。
そうだというのに女神は自分にもう一度チャンスを与えてくれると言ってくれている。
「俺は新しいその世界でヒーローになれるのか?」
「そうよ! デザインはアンパンマンよ!」
「おいっ! アンパンマンはダメだろ!」
「え? じゃあ……食パンマン?」
「どっちもだめじゃろがーーーい!」
「んもう。地球のヒーローと言えば、このふたりでしょ!?」
「いや……スーパーマンとかバットマンとかスパイダーマンとか他にも色々いるじゃん!」
空飛ぶヒーローにはあこがれている。だが、アンパンマンは色々とまずい。できるなら別のヒーローでお願いしたい……。