空を見上げるくらいの角度で顔を上に向けねばならぬほどにウドの大木は成長しまくっていた。
もうこれはモンスターといっても過言ではなかった。ウドの大木改め、エルダー・トレントである。
「オデ、新しい世界樹にナル!」
「ダメです! 世界樹になることは諦めてください!」
「ナンデ? オデ、世界のためになると思っテル」
「世界樹は2本もいらないんですぅ!」
「じゃあ、邪魔な古い世界樹を破壊してヤル! 先ずはオデに口答えしたお前たちを排除してヤル!」
エルダー・トレントと化したウドの大木が動きを見せた。山鳴りがした。パンツマン・オミトは身の危険を感じた。
アリスを左腕で抱えて、その場から飛び上がる。アリスが元居た場所にエルダー・トレントが黄色いねっとりとした樹液を吐き出していた。
ゾゾ……と怖気が背中に走る。本気でこちらを亡き者にしようとしているのが伝わってくる。
「ナンデ躱したンダーーー!」
「そりゃ躱すだろ!?」
「……そうか。攻撃したんだもンナ」
「こいつ、知能がめちゃ低い!?」
「オデをバカにするナァ! 樹力300あるダーーー!」
「知力じゃなくて、樹力かよ!? 賢いかどうかよくわからねえよ!」
ツッコミが追い付かないとはこのことだった。憤怒の表情(?)になっているエルダー・トレントが次々と樹液の塊をこちらへと飛ばしてきた。
「ぐわぁぁぁ! ねっとりベトベトするぅ! パンツマン殿! この樹液は危険です!」
「さすが聖騎士のルナだぜ!? ところで……鎧が溶けそうな感じはするのか?」
「残念ながら、消化液ではないようです!」
「じゃあ、やられ損だな!?」
「……あっ! 悔しくて、ビクンビクンしちゃうのぉ!」
どちらにしてもビクンビクンするのかよと思うが、消化液じゃないことには安心感を覚えてしまう。
こちらの動きを封じるのが目的のようだ、この攻撃は。ならば躱すことを徹底するだけでいい。あちらの狙い通りに動くつもりはなかった。
「きゃ~~~。やられちゃった~」
「うぉーーーい! ルナはともかくとして、なんでベッキーも樹液を喰らってるんだ!?」
「パンツちゃんじゃないんだから、躱し続けるなんて無理~」
「……言われてみれば、そうだな?」
自分は悲しきモンスター・パンツマンだ。紳士性を犠牲にして、変態的な身体能力を獲得している。そんな自分の基準で物事を推し量ること自体が間違いだった。
ルナに続いて、ベッキーが行動不能になった。ルナは聖騎士だ。ひとりでなんとかしてくれる可能性があったが、ベッキーが樹液に捕らわれたのなら話は別だ。
一時的に距離を取る予定だったのを止める。まっすぐにエルダー・トレントと対峙することに決めた。
攻撃手段は多いほうがいい。抱えていたアリスを地面へと降ろす。何か言う前にアリスがこちらへとコクリと頷いてきた。
頼もしいの一言だった。だが、その思いは次の瞬間、粉々に打ち砕かれる。
「うひゃぁ! すっごいネバネバなんですぅ!」
「アリスさん!? 見せ場も何もなしで即、樹液に捕らわれましたね!?」
「油断なんてしてませんでしたからね!? 私の予想の3倍の速度で樹液が飛んできただけです!」
「なる……ほど?」
女性陣が全員、黄色い樹液に捕らわれた。これはさすがに計算外だった。エルダー・トレントは低知能の割には効果的な攻撃手段を用いている。
シンプル・イズ・ベスト。樹液を飛ばす攻撃はまさにエルダー・トレント化したウドの大木にとって、ベストな攻撃方法だったのだろう。
単純だからこそ、効果が高い。からめ手など必要なかったのだ。ならば、こちらもシンプル・イズ・ベストの攻撃で迎え撃つことにした。
シンプルにパワーで対抗してやろうと思えた。虚空から替えのパンツを素早く取り出す。それを右手で握り込む。
右手にあらん限りのパンツ・パワーを込める。だが、予備動作が多すぎた。エルダー・トレントがこちらにブッ! と勢いよく樹液を飛ばしてきた……。
「うわぁ! ネバネバァ!」
「パンツマン殿、これでお似合いですね、拙者たち!」
ルナの目がキラキラと輝いていやがった……。
「パンツちゃん~。超必殺技は溜め動作が長すぎるのよ~」
さすがは賢者ベッキーだ。こちらへと的確なダメだしをしてきた……。
「そうですよ! もっとちゃんと考えてくださいよ!」
アリスの言うことにはカチンときた……。一応、考えたつもりだった。
「一応じゃダメです!」
「なんだとぉ!? いくら推定16歳JKでも、おじさん、怒っちゃうよ!?」
「……(じー)」
「睨まないで!? うひぃ! ごめんなさい! 感じてしまいます!」
「パンツマン殿、……(じー)」
「あっ、ルナさんには興奮しないんで、やめてくださいます?」
「クッコロ―――!」
ルナは根本的に間違っている。自分はJCやJK専門で興奮する悲しきモンスター・パンツマンだ。間違っても21歳JDの睨みつけには興奮しない!
「ブヘヘ。おめーら、たいしたことないんダー。丸飲みにしてやるダヨー」
知性を感じさせない台詞を吐きながら、エルダー・トレントが太い腕のような枝をこちらへと差し出してきた。
まずはルナを枝で挟み、あんぐりと開けた口の中へと飲み込んだ。ゴクリ……と息を飲むしかない。
「げぷぅ……この味は21歳の生娘なんだナァ。お次は年増のお姉さんを飲み込むダァ」
エルダー・トレントは続けてベッキーを丸飲みした。その途端、エルダー・トレントの顔が渋いものに変わった。
「ウォエ。やっぱり20代後半の年増はきついんダナァ」
(あっ。ベッキーてやっぱアラサーだったのか)
永遠の17歳と名乗るものはだいたいアラサーかアラフォーだと相場が決まっている。アラフォーじゃなかっただけマシだった。
エルダー・トレントがウキウキと表情を綻ばせている。狙いはエルフのアリスだ。推定16歳JKを前にすれば、エルダー・トレントも喜びを隠せないのであろう。
「さて、メインディッシュのエルフの小娘を食べるんだナァ!」
「うひゃぁ! オミトさん、助けてください! 丸飲みついでに鑑定されちゃいます! 恥です、これは! 一生消えない恥です!」
「アリス、落ち着けって! 鑑定されるのは一時の恥。鑑定される価値もないと思われるのは一生の恥だと思えばいいだろ!?」
「……私は16歳。私は花も恥じらう16歳! よしっ! 覚悟は決まりました!」
何をそんなに気合を入れているのだろうと訝しむしかなかった。そんなに実年齢がバレるのが嫌なのかと思えてくる。
サバを読んでいることは確かなのだろう。アリスはエルフだ。見た目年齢こそが肝心な種族である。
こちらも覚悟はしている。例え、プラス10歳前後だとしても、アリスを推定16歳の美少女だと思い込む自信があった。
エルダー・トレントがアリスを丸飲みした。ゴックンと喉を鳴らす。いよいよ、エルダー・トレントの鑑定結果が発表されることになる。こちらは「ゴクリ……」と息を飲む。
「最高級のビンテージワインのような味わい。やっぱりエルフは最高なんだナァ!」
「えっと……いまいち例えがわからないのだが? 実年齢は何歳だったんだ!?」
「生まれてから100年とちょっとってくらいカナァ?」
「チョマテヨ! プラス10歳どころか、プラス100歳かよ!? 俺の中の常識がおかしくなる!」
驚愕の事実を知ってしまった……。これからアリスのことをどう扱っていいのか困ることになる。
実年齢100歳越え。それでも見た目は推定16歳JK。パンツマン・オミトは悶え苦しむことになった。
「ぐあああ! 俺は何故、真実を求めてしまったんだ! 真実はヒトを幸せにするわけじゃないって知っているはずなのにーーー!」
パンツマン・オミトはスパダリ御曹司・
嫌な思い出がトラウマとなって呼び起こされた。正直言って、気が狂いそうだった。金輪際、エルフには実年齢を聞かないようにしようと心に誓うしかなかった!
「この際、きっぱり忘れよう! アリス! 俺が今すぐ助けてやる! お前は守るべきJKだーーー(血涙)」
「なんかひとりで盛り上がってるダヨ?」
「うるせぇ! 俺も早く丸飲みにしやがれってんだー(血涙)」
「わかったダヨ……それじゃいただきマンモスー」
失意に囚われながら、パンツマン・オミトはエルダー・トレントの体内に送り込まれることになった……。