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蒼黒の騎士ラハン~聖骸を求めて~
蒼黒の騎士ラハン~聖骸を求めて~
千王石ハクト
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年05月24日
公開日
3.2万字
連載中
 毎週月水金17時更新  ラハン。それは、『蒼黒の騎士』と呼ばれた、魔王討伐を成し遂げた英雄である。しかし、その人生は決して平坦なものではなかった。  彼が若い頃、教会から初任務として与えられた使命は、魔王の封印を強化するため、勇者の遺体──聖骸を集めることだった。だが、その裏には魔王を目覚めさせんと彼を利用する者がいた。  揺らぐ信仰。崩れていく足元。それでも、彼は世界を救う選択をする。  これは、ラハンが英雄と呼ばれるまでの物語である。

第一部 神聖なる骸

旅立ちの日

 かつて、魔王がいた。大陸全土を震え上がらせ、恐怖によって支配を行う、邪悪なる王がいた。


 だが、ある時、七人の若人が立ち上がり、見事その支配を打ち砕いた。そして、魔王は封じられることとなる。神聖なる力に満ちた七人の躯は、死して猶朽ちず、魔除けとして大陸の国々で保管されている。


 千年と幾らかの月日が流れ、魔王の封印も緩み始めた。勇者の志を受け継いだ騎士たちの奔走さえも利用して、邪知暴虐たる魔族の王が、ついに復活を遂げる。


 これは、そんな魔王を焼き尽くした、一人の騎士の物語である。その名は、蒼黒の騎士、ラハン。



 ◆



 春の街。カランカランと、鐘が鳴っていた。神聖教会領の首都、ヴンダの大通りを堅牢な鎧に身を包んだ騎士たちが進んでいた。


「教会騎士様―!」


 沿道には観衆が集まり、新たな騎士、四人の誕生を祝福している。先頭に立つのは濃い紺色の短い髪を靡かせる青年だ。青みを帯びた白銀の鎧を纏い、馬を進めていた。左腰には剣があるが、どこにも盾はなかった。


 向かう先は大聖堂。大陸を超えて影響力を持つヴセール教会の総本山だ。その教えと正義のために力を振るうことを許されたのが、教会騎士である。


 聖堂の門が閉ざされれば、街の騒ぎ声は全く聞こえなくなった。カーンとした静寂が、若き騎士たちの頬を切るようでさえある。


「まずは、おめでとう」


 祭壇に立つ、青いローブを纏う初老の男が言った。


「ありがとうございます、サグア様」


 先頭の騎士が、頭を下げた。それに倣い、他の三人も礼をする。


「前に出よ」


 一人ずつ、サグアと呼ばれた男の前に跪き、肩を剣の腹で叩かれる。


「汝らは、永遠にして普遍たる教会のためにその命を賭し、婦女子供を庇護し、その鎧と盾を以て艱難辛苦に耐え抜く覚悟を有するか」

「神に誓って」


 若輩者たちは一斉にそう口にした。


「よろしい」


 サグアが指を鳴らす。すると、祭壇の横にある扉から、盾を持った男女四人が現れた。一番前の髭面をした重々しい顔つきの男は、紺髪の青年に、表には二羽の黒鷲が、裏には魔法陣が描かれたカイトシールドを手渡した。


 全金属製で十数センチの厚みがある、かなりの重量がある盾だ。それを受け取った青年は、師である男に一礼した。


「ラハン」


 男が青年の名を呼ぶ。


「これから、お前の力を必要にする人間が何人も現れるだろう。努々、研鑽を怠るな」

「はい、先生」


 ラハンという青年がそれだけ返すと、先生は祭壇を挟んで反対側の扉に入っていった。ほかの三人も銘々盾を受け取り、彼らはサグアの前に跪いた。


「ここに、聖導官せいどうかんサグアの名の下に汝らを正式に教会騎士として叙任する。その盾に、覚悟を誓うか」

「誓います」

「よろしい……汝らに、最初の任務を与える。今、大陸では魔王復活の兆しがみられる。汝らには、各地にある勇者様の聖骸せいがいを集めてもらいたい」


 騎士らは顔を見合わせる。


「何故、聖骸を?」


 ラハンが問う。


「聖骸を触媒として封印術を強化するのだ。やってくれるな?」

「御意に」


 それに満足したのか、サグアはローブを翻して、若者らに背中を向けた。


「明日、正式に任務を言い渡す。それまでゆっくりと休め」


 その後、四人は騎士を目指す者たちの宿舎へ帰ることになった。鎧は着ていない。どこに置いたわけでもない。


「いやー、緊張した!」


 銀髪の男子が、二人部屋の椅子に座るなり大声で言った。


「どうだ、ラハン、お前先頭だったしチビったんじゃねえの?」

「サーデル、そういうことを言うのは良くないぞ」


 ラハンは向かいにいる同期をそう窘めた。


「俺たちは騎士になったんだ。礼節は──」

「何より重い。わかってるって。でも、二人なら別になんだっていいだろ」

「全く……」


 二人の持つ剣は、至って質素なものだった。髪と同じ色の鞘に、横に伸びた鍔、片手で持つことを想定した握り、小さなポンメル。宝石や金銀の装飾は施されていなかった。


 だが、二段ベッドに立て掛けられた盾には魔力で焼き付けられた紋章がある。サーデルの紋章は、双頭の蛇だ。


「聖骸探すついでに美味い飯食いに行こうぜ。カマ王国のピザが最高らしいぞ」

「遊びに行くんじゃないんだぞ。これは魔王を封じるための聖なる旅だ」


 そう言いながら、ラハンは窓際で頬杖をついた。


「……大陸の反対側だが、サナ連邦のシチューはとびっきりの美味しさらしい」

「やっぱお前も食いたいものあるじゃねえか」


 二人は見合って、笑い出した。


「だが、俺たち二人で行くとは限らないぞ」

「いや、一緒だね。運命ってのを俺は感じてる」


 サーデルが運命と言う時、ラハンは無条件にそれを信じることにしている。彼の勘はまず外れないのだ。


「よし、片付けるか! すぐ出ていかなきゃなんねえし」


 正式に叙任された以上、騎士を目指す少年少女たる従騎士の宿舎にはいられない。屋敷を買えるほど偉くなるまでは、騎士館と呼ばれる建物で寝泊まりすることになる。


 もとより大した荷物はない。多めに用意していた服が嵩張る程度で、後は訓練用の刃のない剣や軽い盾を返還して退去は終わりだ。


 最後にベッドを綺麗に整えて、すっかり寂しくなった部屋へ、ラハンは振り返った。もう二度と、ここに戻ることはないのだと。


 明くる日。聖堂にやってきた四人は、二人ずつ分けられて指示を受けていた。ラハンとサーデルは、同じ部屋だった。


「二人には、都市国家ジヅルとカマ王国、そしてニバイ帝国にあるとされる聖骸を回収してもらいたい」


 青いローブのサグアは、地図を広げながら言う。北に凹を上下ひっくり返したような形、南に凸の陸地がある、カラザムと総称される二つの大陸を描いたものだ。


 先ほど挙げられた三つの国は、凸──南カラザムの方にある。南西にジヅル、北部にニバイ、南東にカマだ。三人がいる神聖教会領は、ジヅルから西方に進んだ諸島に位置している。


「経路については一任する。必要とあらば金も送る」


 顎を撫でながら、ラハンは卓上の地図を見ていた。


「極東の島はいいのですか?」

「そこに聖骸はない、と言われている。極東の二か国を除き、ここを含めた大陸七か国に、それぞれ一つずつの聖骸があるのだよ」

「でもよお、聖骸って魔除けに使われてるんすよね? そんなの簡単に譲ってくれますかねえ」

「そこは騎士としての実力の見せ所だ。上手く交渉してほしい」


 サーデルが俯いて後頭部を掻く。


「そのために、金を使うこともある。そうですね?」


 ラハンの言葉に、サグアは頷いた。腰のポーチが軽くなる予感が、彼の体を走った。


「買収するもよし、更なる騎士や魔法使いの派遣の約束を結んでもよし。とにかく、合法的な範囲で聖骸を集めてもらう」

「ま、やってやりますよ。ラハンが」


 親友に丸投げする態度を見て、聖導官は笑い出した。ヴセール教会のトップであっても、笑う時は笑うのだ。


「いいだろう。期待しているぞ、ラハン」


 名を呼ばれた青年は背筋を伸ばして応じた。


「出立は三日後。既に船を用意している。三年以内には、聖骸を集め終わってほしい」

「承知しました。良い知らせを持って帰られるよう、努力いたします」

「連絡にはこれを使うといい」


 サグアは、二枚の青い円盤を、背後の棚から取り出して渡す。直径は十五センチほどだ。厚さは五センチ程度だろうか。重量はそれほどなく、本一冊程度のものだ。


青燐盤せいりんばん。どんなに離れていても会話ができるようになる。連絡はこれを使ってくれ。馬では間に合わんだろう」

「はっ。畏まりました」


 そこから、使い方の説明があった。要は魔力を流して相手を呼び出せ、ということだった。


「それでは、託したぞ」


 こうして旅は始まった。まだ何も知らなかったラハンの一生を変える、長い、長い旅が……。



 ◆



 大聖堂の地下。教会の長たる聖導官にしか入れない、封印の神殿が存在する。青いローブに身を包み、そこに入る人影が一つ。


「ええ、ええ。まだ感づかれてはおりません」


 初老の男が呟く。


「あなたの復活はそう遠いことではありません。魔王様」

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