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カマ王国にて

「じゃーねー!」


 カマ王国の国境にある交易所で、アネが走りゆく馬車に大きく手を振った。風喰いの首領討伐後、ホルルンは無事進みだし、こうしてラハンらに草原を通過させた。


 幾つかの家族が共同で開いた宴会から一夜。サーデルは二日酔い気味だった。当然、揺れる馬車の中でも青い顔をしている。


「罰だな」


 ラハンは冷たく言った。


 タルカ平原から北ルートでカマ王国領に入ったラハンら一行は、馬車と船、そして最新鋭の蒸気機関車を乗り継ぎ、十日ほどで王都ルドランに入った。緩やかな丘陵地帯に広がるその街で、一先ず騎士館を訪れた。


 国境の検問で魔法のスタンプを押された身分証を見せれば、空いている部屋を与えられる。教会から直々に派遣された、ということで最上階にあるスイートを好きに使っていいことになった。


 インサは何より先に窓を開いた。中心に位置するのは、白亜の城、アルクエイナ。隣に尖塔を備えた聖堂がある。そこから放射状に石畳の道が伸び、色とりどりの屋根を持った家が立ち並ぶ。あちらこちらに花壇があり、暖かな活気に満ちた街に彩を添えていた。


「荷物を片付けたら謁見に向かうぞ」


 ラハンが言う。


「はい!」


 ベッドルームが二つある、豪奢な居住空間。本来なら一人の騎士と二人の従者が使うものなのだろうが、今回はそれが逆と言ってもいい状態だ。


 ジヅルでの経験から、ラハンは今回の交渉が長丁場になることを予期していた。カマ王国について多くを知っているわけではないが、教会が言っているから、というだけで従ってくれるほど世界は甘くないのだ。


「インサが入れるか、だな」


 ベッドに腰掛けたサーデルが言う。


「従者として扱えばいい。そう問題にはならないだろう」

「……そうだな」


 二人の間には、八人目の勇者がずっと横たわっていた。


「急ごう。夜までに用事を済ませておきたい」


 インサを連れ、蒼いマントを纏った三人は街に出た。盾と外套を見た敬虔な市民は、恭しく頭を下げて道を開ける。ありがたいという気持ちと、少し申し訳ない気持ちが同時にやってきて、ラハンは自分でも説明のつかない表情を浮かべていた。


 既に時刻は午後三時を回っていた。日が暮れるまで余裕があるようで、気を抜けば一瞬だ。


 速足で道を進む彼らは、二十分ほどかけて宮殿の門に到着した。番兵に対しては身分証を見せるだけで事足りる。だが、問題はそこからだった。


「まず、こちらの書類に記入していただきます」


 王宮に入ってすぐのカウンターで、冷たい顔の若い女から彼らは一枚の紙を渡された。


「こちらに代表者の氏名、その下に同行者三名までの氏名。次に謁見の目的。最後に、司教からの推薦が必要となります」

「それさえ書けば、まみえることができるのか?」

「その後、王室顧問団による評議が行われます」

「それで許可が降りるんだな?」


 嬢が頷く。


「評議はおよそ一週間の時間を要します。その間、観光でもどうぞ」


 無関心、等閑視。その二つを感じ取ったラハンは、一つ溜息を零した。


「……わかった。書類を用意しよう」

「手早くお願いします」


 とりあえず近くの机で一行は名前を書き、庭に出た。


「司教、か。まずは聖堂に行かなければな」


 よく手入れされた芝生や薔薇の中に、黒い石の敷かれた道がある。それを通っていけば、聖堂の正門にやってくる。インサが扉を押そうとすると、パチリと鋭い痛みが指先に走った。


「随分と厳重な結界だな……インサ、君はここで待つんだ。サーデルは見守っておいてくれ」

「あいよ」


 二人は近くのベンチに腰掛けた。


 ラハンは、甘い香が焚かれた空間に足を踏み入れた。正面奥の祭壇には卵の形をした巨大な銀のオブジェが置かれている。創世龍ヴセールが産んだ、世界の卵を模したものだ。


 彼は静かにそれに向かい、跪いて祈りを捧げた。


「……若き騎士よ。何用かね」


 そんな姿を見た老人が、背後から声をかけた。ラハンは金鍍金の眼鏡をかけたその人物に振り返って、これまた頭を下げた。


「司教様、ですね?」


 青いローブを纏った老人は、銀色の短い髪を生やしていた。


「左様。ヴァリモンだ」

「ヴァリモン司教様、謁見に当たって推薦をいただきたく思います」


 ヴァリモンは顎を撫でながら、この忠実な若者を眺めていた。


「何故、陛下に会わんとする」

「魔王復活の兆しが見られます。封印を強化するべく、聖骸が必要なのです」

「ああ、サグア首席聖導官が書簡を送ったのは、これのことか。構わんよ。だが、わかるだろう?」


 試すような視線を送られて、ラハンは膝を地面につけた。


「推薦を、賜りたく」

「渡すものがあるだろう? のう?」


 言いたいことを、彼は悟った。だからこそ、頭を上げるわけにはいかなかった。


「若き騎士よ、何故貴君なのだ」

「わかりかねます。私は、聖導官の決定に従ったまでです」


 じっと、ヴァリモンはラハンを見下ろしていた。


「異端を連れているな」

「……!」

「魔族の子だ。教会騎士がそのようなものを連れているのなら……」

「彼女は、教会の教えを否定するものではありません。むしろ、ともに魔と戦う、信頼できる仲間です」


 老人は腰を落とし、彼の頭を持ち上げた。


「わかるだろう?」

「いかほど、お望みですか」


 ニヤリ、口の端を吊り上げてヴァリモンは囁いた。


「……畏まりました」


 ラハンは腰のポーチから革財布を取り出し、紙幣を数枚渡した。


「よろしい。ほれ、紙を渡しなさい」


 祭壇に先ほどの用紙を広げ、手近なペンで名前を書いていく。不遜だな、とラハンは思ったが、ここでそんなことを言えばこの屈辱的な心情を抱いたことが、無に帰してしまう。


 サインを記した用紙が返却され、ラハンは


「心から感謝申し上げます」


 とだけ言った。


「聖骸は、そう簡単に手に入るものではない。必ずや、試練が君を待ち受けているだろう」

「覚悟の上です」


 嗤うような顔で、司教は新人騎士を見送った。


 外に出れば、サーデルが小さな子供に登られていた。まるで大樹に小鳥が止まっているようだ。


「どう……したんだ、それは」

「わかんねえよ」


 インサはインサで若い母親と談笑している。


「あー、すまない。俺たちには用事があるんだ。ここまでにしてくれないか?」


 ラハンが言っても、子供は離れない。むしろ不機嫌さを顔に見せて、彼を一瞥したのち視線を背けるのだ。


「な、兄ちゃん仕事あるからさ、どいてくれよ」

「なんのお仕事?」

「こう見えても教会騎士なんだぜ。王様とお話しなきゃなんねえ」

「連れってって!」


 若人二人は顔を見合わせて苦笑を露にする。


「王様はお前みたいなガキとは会わねえよ」

「ええー?」


 段々疲れてきたサーデルから、ラハンが無理やり子供を引き剥がす。泣きそうな表情を浮かべる。


「神様のご機嫌が良けりゃまた会えるさ。じゃあな」


 三人は城の受付へと、再び向かう。そこから一週間、彼らは街を見て回った。





 それと時を同じくして、ニバイ帝国。南カラザムから北に突き出した土地に位置している、その帝都に置かれた地下研究所で、一つの研究が結実しようとしていた。


「つまり、魔物の数は用意できるのだな?」


 まだ若い将軍が、白衣の研究者に問う。


「ええ。心臓からの培養も、安定した結果を出せるようになりました。移植に適合さえすれば、正確に人の言葉に従う魔物を作り出せます」

「素晴らしい。上にはしっかり報告しておこう」


 彼らの前には、人の心臓を緑の溶液に浮かばせた硝子の水槽がある。


「王国に感付かれる前に、終わらせろ。一か月で攻め落とすのだ」

「ええ、ええ。よくわかっております……」


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