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第26話



 七日の準備を終え、婚儀の当日。

 花婿と花嫁が、高位司祭と魔術士団長からの祝祷を受けます。


 国家事業の一つだけあって、荘厳な結婚式が開催されております。


 その中に、僕はいませんが。

 さすがに、めでたき日にまで『いない者』としておそばにはべるほど、僕も野暮ではありません。


 なので、豪華で賑やかな祝宴の外側で、僕はふらりと立ち尽くすのです。


 舞う花吹雪。

 前世でも乾坤式にたまにいた、フラワーガールや、この世界ならではの花をまく侍従。


 僕は足下の花びらの山を掴み、そして宙に巻き上げました。


 道化師なのですから、おどけて場を盛り上げるのも良いでしょう。

 ですが、そういうのは本当は、「曲芸師」の領分なのですよね。


 実際には少々違いますし、そういう役割の方々は、別個にこの場に招かれてもいます。


 実に豪華。実に賑やかしい。

 なんて壮麗な、偽物の祝い事。


 この宴は、三日間続きます。

 挙式を最初に済ませて、残りは貴族や関係者の祝辞を受けながらの顔見せと顔合わせが主な内容となるのですけれど。


 僕の出番はそこら辺で進言するくらいなので、この挙式中はヒマです。

 そう、ヒマなんです。ぶっちゃけた話。


 ティアマト侍女長でもいらっしゃれば、話の相手もいたのでしょうけどね。

 イリース姫の侍女長に、婚儀中のお仕事が、ないわけもなく。


「手持ち無沙汰か、道化師?」


 声をかけられ、僕は振り向きます。


 警備担当の、新騎士団長候補。

 アルキメデス副団長ですね。


「ええ、アルキメデス様。僕の仕事は、今はあまり無いものでして」


「なるほどね。進言など何も必要無いものな、今は。お前の出番は、もっと後か」


 そうなります。

 なので僕は、ふらふらと会場を歩いているだけ。


「なら、付き合え、道化師。――お前の身柄を、預かる」


「はい?」


 身柄を預かる? にしては、付き合え?

 どういう意味かと問うヒマも無く、アルキメデス副団長は僕の腕を掴みました。


 そうして引っ張られ、連れ去られた先は、結婚式場から離れた、廊下の片隅。

 人気の無い場所で、僕らは二人きりになりました。


 アルキメデス副団長は、問われます。


「道化師。騎士団の寮に、入り込めるか?」


「なぜです? ……無理とは言いませんが、危険があります」


 アルキメデス副団長の質問に、僕は答えます。


 すると、彼は少し考えて、おっしゃいました。


「確かにな。お前一人じゃ危ないか。なら、俺も行こう。調べたいものがある」


「いやいや。警備はどうされるんですか、アルキメデス様? 警備責任者が、会場に不在など、聞いたこともありません」


 とんでもないことをおっしゃられます、この副団長。

 王の結婚式場の警備など、王国騎士団の晴れ舞台です。


 だというのに、新団長候補が席を外すなど、何をされるおつもりか。


「警備責任者はもう一人の副団長、クレイがいる。問題は無い。……そのクレイこそが、問題だ」


 アルキメデス様の表情に、僕は目を細めます。


 この方の知力は侮れません。

 その方がこうおっしゃるなら、そこに全ての回答があるのでしょう。


 それに、僕としても、保険は必要です。


「あと数時間で陽が落ちます。陽が落ちての、舞踏会に入ってからでもよろしいですか?」


「今すぐに向かうつもりだったが」


 でしょうね。


「何か支障がありますか?」


「舞踏会では、お前の進言が、陛下に必要になるんじゃないのか?」


 ええ。

 ですが、それより優先すべきことがあります。


「い、そちらに行きます」


「なら、問題は無いな。――ならば、それまで俺がクレイの代わりに責任者を引き受けておく。陽が落ちたら、休憩と称してクレイに引き継いでお前と合流する。それでいいな?」


 僕はうなずきます。


 それで問題は無いでしょう。

 たぶん、そこにあの方がいらっしゃるはずです。



********



 祝福され、臣下に手を振るオルベリス王とフェルリア公爵令嬢。


 これでお二人は、晴れてご夫婦となります。

 そして、それはフェルリア嬢が、王妃となられた瞬間に他なりません。


 おめでとうございます、フェルリア嬢。

 じきに、本物のオルベリス王が、貴女のお隣に寄り添うことでしょう。


 僕はその前に算段を整えます。


 催事の雑務を取り仕切る侍女長へと、僕はひっそり近づきます。


「ティアマト様。この後の舞踏会で、僕は抜けます」


「職務放棄か、道化?」


 いいえ。たぶん、そうはなりません。


「ガルド様をお借りしたいです。探って参りますので」


「わかった。――ガルドはアゼルとともに、イリースの寝室にいる。念のために、時間まではお前もそちらで待機し続けろ。気取られては何にもならん。後は……良きに計らえ」


 任せる、と我が王は小声でおっしゃられました。


 かしこまりました、我が王。

 僕はこっそりと一礼し、その場を後にします。


 武器は要らないでしょう。

 ガルド様の獣人の姿は、充分な単独戦闘能力をお持ちです。


 もしかすれば、懐剣などではなく、ガルド様愛用の武器を調達できるかも知れませんが。

 メイド姿の方が、寮内警備の騎士団員の警戒は招かないでしょう。


「襲われるなよ」 騎士団の


 ティアマト様が僕に忠告を向けられます。

 誰に? 騎士団の件は、まだ報告していませんが。


 ニィ、とこちらを向けて口の端を持ち上げるティアマト様。

 目が笑っていませんね。


 ガルド様にも襲われないように、気をつけましょう。



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