フェルリア嬢との婚姻の準備は、つつがなく行われました。
イリース姫こと、オルベリス王の政権を確固とするために世継ぎの確保は最重要案件であるため、そこに結びつく婚姻は最重要事項として進められます。
宰相始め重鎮の皆様も、婚姻相手のフェルリア嬢もご承知の、女性同士のご結婚。
いわば茶番とはなってしまいますが、それでも政務上は最優先すべき案件です。
その事前相談として、とうとうイリース姫と、フェルリア嬢の、ご面談がありました。
式の日取りが決定した上で、もう避けられない事態となってからの。
女性同士の密室での、未来のご夫婦の意思確認でございます。
「知ってるとは思うけど、フェルリア。わたしは、お兄様ではないわ」
「ええ、とうに存じております、イリース姫。……その上で、この縁談をお受けしておりますので」
緊迫しているような、醒めているような。
そんな冷たい空気が、二人の間に流れます。
フェルリア嬢が、尋ねられました。
「イリース姫。本物のオルベリス王は、ご存命なのでしょうか?」
「だと聞いてるわ。病状が重いらしく、わたしも所在は知らされてはいないけれど。……宰相たちが、替え玉を立てている現状で、お兄様の生死をごまかす必要も無いから。本当に生きてるとは、思っているわ」
イリース姫が答えられます。
まぁ、そうですね。
代役のイリース姫がすでにいる以上、亡くなっているなら亡くなっているで、そう言っても現状は何も変わりませんから。
そう言っていないのなら、本当に生きている、というだけの話です。
「なので、フェルリア。お兄様がご快復され次第、わたしたち二人の婚姻関係は、貴女とお兄様の婚姻関係に引き継がれる形になるんだけど……貴女としては、その方が良いんだったわよね?」
「ええ。望むべくもありません」
ちらり、とフェルリア嬢の視線が、イリース姫の隣に座る、僕に向きます。
彼女のオルベリス王への思慕は、たぶん、僕にだけしか漏らしてなかったんでしょうね。
イリース姫に伝えても問題無い内容なので、責める視線ではありませんでしたが。
「お世継ぎはどうなりますか、イリース姫?」
「当面はわたしの実子が第一候補ね。王家直系になるわけだから。――将来的に、お兄様と貴女の実子ができるような状況になったら、継承権は譲っても良いと思ってるわ」
その相手が誰か、とはイリース姫は明言されませんでした。
ですが、姫様がご自身のお腹をさすってらしたことで、フェルリア嬢は事情を察せられたようです。
元々、フェルリア嬢の予測の範疇でしたしね。
「道化は、オルベリス王の所在を存じているの?」
おっと。こちらにも飛び火してきました。
ですが、答えは決まっています。
「存じません。仮に、知っていても僕は言えない立場です。――王が実際にご重体の御身でしたらば、僕や誰かが漏らせば、王のお命に関わります」
「まぁ、それはそうね。無意味なことを聞いたわ。ごめんなさいね」
実際には所在を知ってもいるし、別に全然重体でも何でもないんですけど。
女性になって、僕の子を作ろうとしている、と聞いたらフェルリア嬢がひっくり返りそうです。
「じゃあ、このまま進めていくわね、フェルリア。どのみち引き返せはしないけど、了承が取れて良かったわ」
「はい。イリース姫。……いえ、オルベリス王。式の日取りは、七日後から三日間、でよろしいですか?」
フェルリア嬢の確認に、イリース姫は、ええ、とうなずきます。
そして、イリース姫は、大きなため息を吐かれました。
そして、天井を見上げて、何とも言えない表情で、自分の顔を仰ぎます。
「はぁ。……これでいよいよ、わたしも妻帯者か」
「お互い様でしょ、イリース。ことここに至って、お互いに最良の道筋なんて、他にないでしょうに」
フェルリア嬢も、肩の力を抜かれます。
王女殿下と公爵令嬢。
かつてからの親交は無い、なんてあるわけがない間柄のお二人です。
お互いに見知った二人が、事情を確認し合って、頭を抱え合います。
まぁ、わかってはいても、そらそうなります。
「イリース。婚儀はどなたが取り仕切るの? 司祭長が失踪中、と聞いているのだけど」
「そうよ。司祭長が不在だから、高位司祭の補佐の上で、マチス宰相とバレオス魔術士団長が合同名義で祝祷を上げることになるわね」
なるほど、とフェルリア嬢がうなずかれます。
「宮廷催事は、司祭団や国教の教会関係者が務めるのが一応の慣例だけど。バレオスも、一応は魔術士団長という立場上、オルテナ教の司祭資格は持っているから。その名義を使うらしいわ」
つまりは、イリース姫の替え玉を知っている人たちで固められた婚儀になります。
特に問題は起こり得ないでしょう。
「マクガフィン。司祭長は、どこで何をしてると思う?」
質問が僕に飛んできました。
司祭長の失踪、というのは当然ながらこの国の過去史に当たる、僕の前世のゲーム知識にはありません。
なので、完全な推測になってしまいます。
「皆目見当もつきません。ですが、愛悪の可能性があるとすれば……聖女アゼル様に対する、レイオン家がらみの何かしらでしょうかね。お二人の婚儀には、特に関与はないと思われます」
「まぁ、そうよね」
オルベリス王の異変自体も問題なのですが。
元々の問題は、騎士団長と聖女様の失踪に端を欲しているので、そこが問題の基点になります。
そこから発展した、いわば二次被害に当たるオルベリス王の問題には関与はない。
とは、思いたいのですが。
「その件に関しては、僕の予想できる範囲の外のことです。当日の警備を幻獣にしていただく、くらいしか進言できる対策はありません」
一応、他にも懸念はあることにはあるので。
次期団長と副団長のお二人が、何を隠しているのか?
とかですね。
探れる手がかりがあれば、とうに探っているのですが。
この席では、深く考えても仕方ありません。
また改めて、考えるべきときに考えましょう。
婚儀の予定自体は、もう止まりようが無いのですから。