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第24話



「よくない」


 ぽつり、と僕の口から愚痴が漏れます。

 よくないです。本当に。


「何が、マクガフィン? 大きな政変はないわよ?」


 ご休憩中のイリース姫が、不思議そうに尋ねられます。

 僕にとっては、まったく面白くない事態なんですよね。


「これは道化の戯れ言なのですが」


「うん」


 ぼんやりした僕のつぶやきに、イリース姫の相づち。

 油断した僕の口から、その憂いが漏れ出しました。


「……自分に振り向かないから魅力的に見えていた相手が、自分に振り向いたら、魅力が消えて見えたりはしませんか?」


「ふぇっ!? ま、マクガフィン!?」


 やけに驚かれた、イリース姫の声。

 不思議に思い振り向くと、そこには固まった姫のお姿がありました。


 なぜだか、茹でられたように真っ赤な顔で、こちらを凝視されるイリース姫。


「そ、そんなことは無いと思うわよ!? わたしは大歓迎で、魅力が消えたりなんて、しないけど!?」


「……そう、なのですか?」


 うん? なにか、姫の言い回しがおかしい気がします?


 でも、そうか。姫というか、普通の人は、そんな風に思わないのか?


「わたしは、相手の方から迫ってきたり、くっついてきたりするのを、抱き留めるのも良いかもしれないと思うし! 憧れたりもするかな!?」


 なるほど。イリース姫様の、乙女心としては、そうなんですね。


 でも、僕は乙女じゃないからなぁ。

 ガルド様はともかく、この先、ティアマト様に言い寄られても、がっかりしちゃいそうなんですよね。

 少し、いや、かなり歪んでるかもしれませんけど。


「ま、マクガフィンも、思い切って相手の流儀に合わせてみるのも良いんじゃないかしら!? えと、マクガフィンがそれを好まない気はするけど、わたしは良いと思うわよ!?」


 熱弁される姫様。

 なるほど。相手に合わせる、ですか。

 確かに、混沌の女神オルトナイ様の流儀に合わせること、それ自体に抵抗はないんですけど。


 ……けど。


 なぜだろう。目をギンギンに輝かせるイリース姫様と、今ひとつ会話がかみ合っていないような不安を、うっすらと感じます。


 姫様、何をそんなに興奮されておられるので?


 うーん、でも。

 これは流儀、というよりは、自分の性分とかの問題のような気がする。


「……申し訳ありません、姫様。やはり、僕はそういうのは、少し不得手なようです」


 ぶちっ、と何かの限界を突き抜けたような幻聴を感じました。


 次の瞬間、僕の身体は、腰掛けていたベッドに押し倒されていました。


「……お前がそう言うのなら、『余』の我慢が利かなくなるぞ、マクガフィン」


「い、イリース姫……?」


 イリース姫は、オルベリス王の表情で、僕の唇を奪われます。

 そのお顔は昂ぶりきっていて、まるで獣のよう。

 まさに、麗しき獣でございますね。


 また、この時間が来るのですね。

 構いません。良いですよ、麗しき獣の王たる方よ。


「ご随意に」


「わたしより細い身体を、わたしの前にさらけ出して、投げ出して。それで『不得手』と言うのは少し無理があるわ、マクガフィン」


 その手が、僕の下に回され背をなぞり。首筋にイリース姫のてらりと艶めかしい舌が、かすかな糸を引きながら這うのです。


 いけませんよ、お姫様。


 僕は『存在しない』から構いませんが、このようなお姿を、周りの誰かに見せてしまっては。


 僕がそう思いながら表情を緩めると、イリース姫は僕の耳元でささやかれました。

 僕の心の内を、見透かしたかのように。


「貴方は『ここにいる』のよ、マクガフィン。だからこそ、わたしは貴方を抱きしめているの。それをわかっていて? わたしの愛おしい、わたし『だけ』の道化師」


 ぞくり。

 僕の脳裏に、かつての、女神オルトナイ様のお言葉が、蘇ります。


 これからきみを、抱きしめる者、抱きしめようとする者を、邪険にするものではないよ。


「あ……」


「どうしたの、マクガフィン? 顔が紅いわ?」


 僕は自分の腕で、顔を覆い隠しました。


「どうか……見ないでください……」


 僕の背に回された、イリース姫の腕に、力が込められます。


 姫様の姿をした、麗しき獣の王は、おっしゃいました。


「――ワタシ、オマエ、ダク。ゼッタイニガサナイ、ガマン、ナニソレ」


 姫様、口調と目つきがおかしいです。

 ガンギマリすぎでございますね?



*******



 大変な目に遭いました。

 もうお嫁に行けません、お互いに。

 なぜかお互い、お婿にしかいけない身の上だから、元から当たり前ではあるんですけど。


「ふぅ……もっと早くに、こうするべきだったわ!」


 イリース姫様が、いきいきとおっしゃいました。

 あ、はい。


 オルベリス王の代役、というより、大変に雄々しい裸身でございます。

 兄が兄なら、妹も妹だった。さすが王族。


「泣くな、道化師。誰にでも初めてはあるものだ」


 こんな場で、しかも女性側が言う台詞なんですかね、それ?

 堂々たる態度にもほどがある。


「ひ、姫様がご無事なら、それで……」


「いや、わたしも初めてだけどね。王族や貴族なら、夜の閨房の所作は教えられてるもんだから、普通は」


 どう考えても逆の立場で教わってるはずなんですが。

 まぁ、何を言っても今さらなので、大人しくシーツを掴んでしわを作っております。


「元気な子を産むために、早くフェルリアと結婚しなくちゃね!」


 気が早すぎる上に、何もかもが最低な台詞を吐かれます。

 姫様じゃなくて、男側がそんな台詞吐こうもんなら、前世じゃ袋だたきですよ。


 救いがあるとするなら、イリース姫様の婚約者であるフェルリア嬢が、すべてご承知の上、ということくらいでしょうか。


「となれば、フェルリア様との縁談を、早急に進めるわけですね」


「そうねー……とりあえず、段取りは任せるとして、一度フェルリアと直接会って話をしないと、色々とまずいわよね」


 頬杖を突いて考え込むイリース姫様。


 そうですね。

 普通、貴族の婚姻となると、挙式当日に初顔合わせ、なんてケースも珍しくはないんですけど。


 今回は事情も事情だし、お互いに昔からの青見知りでもあるから、一度ちゃんと対面して、話を擦り合わせる必要はあるでしょう。


 はてさて、どうなることやら。



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