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第15話 「認識」

 「か、神野君、友人を救いたい気持ちは分かるが、我々はたったの四人しかいない。 これまでのように突っ込むだけではどうにもならない。 そもそも霜原君が操られているのかの確証もなく、操られていたとしても誰が操っているのかも分からない状況で闇雲に動くのは危険だ」

 「さっきの優矢を見たでしょう。 どちらにせよ放置はできません。 正気に戻ればきっと味方になってくれます。 その為に操っている魔族を殺すべきです!」


 魔族を殺す気満々の奏多の様子が尋常ではなかったので、巌本が釘を刺すが彼女は魔族を殺しましょうと強硬に主張する。 優矢が操られている可能性が浮上した瞬間から奏多の様子がおかしくなった。

 本人に自覚はないが、その目は爛々と異様な輝きを帯びており明らかに普通でない。


 流石の津軽もおかしいと思ったのか奏多から距離を取って巌本の方へと移動する。

 千堂は特に表情を変えていないが、やや訝し気な視線を奏多に向けていた。

 巌本は悩む。 どう宥めた物かと。


 現状、この面子で総合力が高いのは奏多だ。

 彼女は剣術に加え魔法への適性も高く、総合的な戦闘能力はこの面子の中で最も高い。

 そんな奏多に抜けられると――いや、抜けられるだけならまだ良い。


 暴走されてしまうと残された巌本達は非常に不味い事になる。

 確かに召喚勇者は高いステータスに最上位の装備と揃っているだけあって非常に強力だ。

 だが、あくまでも人間なのだ。 疲労もするし、空腹も覚える。


 今までは人族のバックアップがあるからこそ危なげなく勝ち進んで来れた。

 それが望めない現状、無謀な行動を取る事は自殺行為であり、深谷と古藤が死亡した可能性が高い以上はこの世界で信用できる数少ない仲間だ。 状況的にも心情的にも巌本は奏多の好きにさせる訳にはいかないと思っていた。


 ――だが、これはどうすればいいのだ?


 奏多にとって優矢がかなり重要な位置を占める存在である事は考えるまでもない。

 名前を教えたのは今になって思えば痛恨のミスだった。

 まさか優矢が奏多の知り合いで、以前に聞いていた幼馴染の少年だと結び付けられなかったのだ。


 こんな事なら「幼馴染の少年」の名前を聞いておくべきだったかと悔やむが、知っていたとしても彼女の反応を想定できない時点で意味のない後悔でもあった。

 悩む巌本の後ろで津軽は焦りと恐怖に襲われており、こちらも平静とは言えない状態だ。


 異世界に召喚され、勇者として訓練という名のレベリング作業を行いステータスを強化する。

 そう強化なのだ。 彼はステータスという現実に反映できる数字の羅列を自身の万能性を担保してくれる絶対の存在と認識していた。


 そしてそれは概ね間違っていない。 この世界ではステータスという数字が支配する世界だ。

 腕力の値が上回っていれば赤子でも大の大人を殴り殺せる。

 そのルールに照らし合わせれば勇者としての高ステータスを与えられた津軽は最初からこの世界で上位に位置する存在と言えるだろう。 


 しかし彼は一つだけ大きな勘違いをしていた。

 ステータスは絶対ではあるが万能ではない。 この認識の違いは非常に分かり易く彼の現状を表していた。 ステータスが高い者が絶対で万能の存在だとするなら、それ以上の存在が現れた瞬間にその万能性は失われる事を彼は失念していたのだ。


 免罪武装という訳の分からない武器のお陰で強化されたであろう優矢。

 そしてそれが齎した圧倒的な破壊。 この二つを目の当たりにして津軽は心が折れかかっていた。

 今までは命のやり取りだ真剣にやっているだのとそれらしき言葉を並べていたが、ステータスによって優位が保障された上での発言であってそれを剥ぎ取られた今の彼は死に怯える無力な存在でしかなかった。


 今の津軽は優矢が恐ろしくてたまらなく、前に立つなんて間違ってもやりたくない。

 だから奏多の案には内心で賛成していたが、優矢の事で目の色を変え出した彼女を見て流石に手放しで賛成するのは不味いのではと思っており、普段の軽口がでなくなっていたのだ。


 気が付けば話の流れを黙って見守るだけの存在となっていた。

 千堂はいつも通り会話に参加せず、流れを見守る。 方針が決まればそれに従うだけだからだ。

 その為、考える事は優矢についてだ。 放った一撃は確かに額を捉えたがまるで効果がなかった。 

 仮に再度戦う事になった場合、どうすれば仕留められるか?


 奏多の手前、積極的に危害を加えるような事は言わないが、彼女の感覚的にはアレは操られているというよりも完全に正気を失った人間に見えた。

 つまりは殺すしかないと思っているのだ。 だからこそ彼女はこの話し合いに興味を抱かない。


 何故なら、どうせ最終的には優矢を殺す方向で動かざるを得なくなるからと思っているからだ。

 その場合、間違いなく奏多が敵に回る。 殺す目途が立たない優矢と違って奏多なら殺せない事はないので、やりたくはないがどれだけスマートに処分できるかを考えるだけでいい。 


 ただ、魔族を殺す殺さないは別にしてこの魔族国を調べる事には賛成だった。

 現状、優矢に関しての情報が足りないのでどうにかして、あの免罪武装の秘密を探る必要がある。

 問題は魔族とのコミュニケーションが取れない事なのだが、それに関しては大きな疑問があった。


 千堂はそっと耳についている装飾品に手を伸ばす。

 これは鑑定を弾く効果がある装備品で敵にステータスを見られる危険を減らせると言っていたが、これまでの戦闘で敵がこちらのステータスを参照するような素振りを見せなかった事が引っかかっていた。


 少なくとも今日までこの耳飾りが役に立ったと実感した事はない。

 おまけに外せない事も不自然だ。 引っ張ってみるが耳に食い込んで剥がれない。

 物理的にくっ付いているのではなく、ステータス的な作用が働いて外せなくなっている。


 彼女がこの耳飾りに不信感を抱いたのは巌本と津軽が優矢から聞いた話をした時からだ。

 人族の王や説明に来た騎士は言った。 魔族は意思疎通が不可能な種族で、それ故に殺し合っていると。

 だが、また聞きの話では優矢は魔族と会話できていると聞く。


 自分達には耳障りなノイズにしか聞こえず、彼には言語として認識できるのは何故か?

 そもそも転生特典で言語共通化のスキルが付与されているのに会話できないのは不自然だった。

 なら何故、魔族の言葉が分からないのか? 優矢と自分達との違いを考えれば自ずと答えは見えて来る。

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