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第16話 「耳障」

 ――これの所為か。


 千堂は耳飾りに触れ、どう剥がすかを思案する。

 貴重品らしいので恐らく王城に取り外しの為の何かがあると思われるが、少なくともここにはないのでどうにもならない。


 先々の事を考えるならこれは必要な事かと千堂は覚悟を決めた。


 「神野さん。 治癒魔法は使えたよね?」


 尚もどうするかで揉めている奏多に声をかける。


 「治癒魔法は使えたよね?」

 「……えぇ、まぁ。 深谷君程ではありませんけど……」


 唐突な話題に奏多は一瞬黙るが、千堂がもう一度同じ質問をすると頷いて見せた。

 それなら安心だと千堂は頷くと、持っていた短剣を何の躊躇もなく耳に突き刺し、耳飾りが付いている部分を抉り取った。 激痛が襲うが耐えながら耳飾りを近くに投げ捨てる。


 「悪いんだけど治癒をお願いできない」

 「ちょっ!? 千堂サン、何をやってるんすか!?」

 「説明はするから早く。 かなり痛い」

 「わ、分かりました」


 奏多が慌てて治癒魔法をかけて千堂の傷を癒す。

 慌てた様子の奏多と津軽だったが、巌本だけは落ちている耳飾りに厳しい視線を向けていた。


 「……我々に魔族の言葉が理解できない原因はこれだと?」


 巌本が絞り出すような声で千堂にそう尋ねる。


 「少なくとも私はそう思った」


 その返答を聞いて怒りに表情を歪める。


 「……これで千堂君が魔族と会話ができたら霜原君の話の信憑性が増すな」

 「ど、どういう事っすか?」

 「確かにこの耳飾りは鑑定を弾く効果があるのだろう。 だが、人族からすればおまけのようなものだった――いや、我々に本来の用途を気付かせなくする為の偽装といった所か。 恐らくだが、我々が魔族を殺す事に対しての抵抗感を奪う為の措置だろう」


 察しの悪い津軽の質問に巌本は険しい表情のまま答える。


 「て、抵抗感?」

 「あぁ、もしも魔族と意思疎通ができれば我々が平和的解決を提案するかもしれないとでも考えたのかもしれないな」

 「……わざわざこんな物を用意している以上、私達に知られると不味い事を人族は隠している可能性が高い。 もしかしたら魔族に攻められているのは真っ赤な嘘で、人族が一方的に攻めているだけなのかもしれない」

 「マジかよ……。 だとしたら俺達って本当にいいように使われてただけって事っすか?」

 「その辺りは最初から疑っていたが、こんな拉致まがいの方法で連れて来るような者達だ。 召喚されなければ死んでいたとはいえ、親切で救ってくれたと考えるのは難しい」


 それを聞いた奏多が感じたのは怒りだった。

 召喚した者達に、人族の王に、そして人族そのものに対しての怒り。

 魔族を殺せば優矢の所に帰れるといった話だったのに裏切るなんて許せない。


 彼女にとって他のどんな事柄よりも優矢が自分に対してあんな態度を取るように仕向けた事が許せなかった。 操っている魔族も優矢を殺そうした人族も彼女にとっては今では等しく敵でしかない。

 だから奏多は何の躊躇もなく自らの剣で耳飾りを抉り取って捨てた。


 痛かったが、忌々しい耳飾りを付けている事に耐えられなかったのだ。

 それを見た巌本は頷くと奏多に続く形で自らの耳飾りを切除した。

 奏多は何も言わずに巌本の傷を癒す。 津軽は自分以外の全員が外した事で外した方がいいといった気持ちにはなったが、耳の一部を引き千切る度胸がなかったので縋るように周りを見る事しかできなかった。


 「……外してあげようか?」

 「いや、でも――」


 千堂にそう言われて津軽は言い淀む。


 「今なら神野さんが治してくれる。 やるなら今しかないよ?」

 「…………お願いします」

 「分かった」


 千堂は同意を得たと同時に弓を構えて矢を放つ。

 矢は津軽の耳飾りを正確に射貫いて抉り取った。 


 「ぐぉぉ、痛って、痛ってぇぇ! 奏多ちゃん、頼む! 頼む!」


 痛みに泣き喚く津軽を奏多が治療し、これで全員の耳飾りが外れた。

 巌本は念の為にと耳飾りに鑑定をかけるが、どういう仕組みが働いているのか弾かれる。


 「……取りあえずこれで魔族と会話ができるなら人族は信用できない事がはっきりするな」

 「いや、それはいいんすけど仲間を散々殺した俺達の話を聞いてくれるんですかね。 それ以上にあいつを操っている可能性もあるなら嗾けられる可能性も……」

 「それを込みで話を聞きに行くんだ。 個人的な見解だが、彼等が霜原君を操っている可能性はあまり高くないと思っている。 使うならもっと効果的に使えるタイミングがあったはずだ。 ――にもかかわらず国内に攻め込まれるまで投入しなかった事を考えるとアレは彼等にとっても想定していなかった事態かもしれない」


 巌本は奏多に「だから短気を起こすんじゃないぞ」と釘を刺した。

 奏多は渋々だが頷く。 


 「……取りあえず近くの街に行こう。 魔族の軍も展開しているはずだからそこそこ高い地位の者がいるはず」


 方針が決まれば後は動くだけだ。

 巌本を先頭に奏多達は魔族軍と接触する為に動き出した。



 魔族軍と接触する事は簡単だった。

 彼等も人族の攻勢で大きな損害を出しており、立て直しの真っ最中だったからだ。

 特に隠れるような真似をせずに奏多達は真っ直ぐに彼等の下へと向かう。


 途中、気付かれて遠巻きに囲まれた。

 突破は難しくないが、包囲されている状況に不安を感じているのか津軽はやや怯えている。

 巌本が覚悟を決めて前に出て声を張り上げた。


 「我々に交戦の意思はない! 出来ればそちらの責任者と話がしたい!」


 魔族達は顔を見合わせると一体の魔族が応じるように前に出た。

 そして――


 「人族の勇者。 貴様らは我々の言葉を理解できるのか?」


 ――耳障りなノイズではなく、奏多達にはっきりと認識できる言葉でそう言い放った。


 「……マジかよ。 ちゃんと聞こえるぞ」


 思わず津軽はそう呟いた。 思った以上にはっきりと理解できた彼等の言葉を聞いて耳飾りに細工がされていた事に確信が持てた。

 巌本はやはりこうなったかと半ば察していたがはっきりした事に内心で肩を落としながらも、魔族に言葉が分かると返す。 すると魔族に「待っていろ」と言われその場で待機。


 しばらくすると何らかの相談が行われたのか、包囲が解けるとそのまま奥へ来るようにと誘導され、そのまま魔族軍の本陣へと案内される。

 あまりにもあっさりと進む事に巌本はやや訝しんだが、こうなった以上は行くしかない。

 そうして案内された先には――

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