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赤ずきんは黒狼を檻の中で愛す ~復讐に堕ちた聖女と鎖に繋がれた獣の、歪な共依存異世界譚~
赤ずきんは黒狼を檻の中で愛す ~復讐に堕ちた聖女と鎖に繋がれた獣の、歪な共依存異世界譚~
ユンティア
異世界恋愛ロマファン
2025年05月24日
公開日
2.2万字
完結済
「壊してしまいたいほど、あなたが欲しい。」 “呪い”と“厄災”の名を背負わされた少女・ルージュ。 唯一の味方だった祖母を奪われ、復讐に燃えた彼女は、 神の気まぐれで異世界へと堕ちた。 そこで彼女が見つけたのは、 かつて“狼”と呼ばれた獣の青年――ノワール。 鎖に繋がれ、声も意思も捨てた彼を、彼女は「自分のもの」として買い上げる。 憎しみから始まった共生は、 やがて歪な愛へと姿を変えていく。 「愛してる。壊してしまいたいくらいに」 「……それは、愛なのか?」 神に翻弄され、世界に拒まれながらも、 ただ“ふたり”で生きるために。 少女は力を手にし、世界を壊す決意をする。 ――これは、狂気と祈りの境界で、 ひとりの少女が“愛”を証明しようとした物語。

第1話 呪われた赤ずきん


 私の世界は、赤かった。

 血の色だった。


 生まれたときから、私は“赤ずきん”と呼ばれていた。


 赤い髪。赤い目。

 誰も、私を名前で呼ばなかった。


 村では、もともと赤は祝福の色だった。

 結婚式も、祭りも、花嫁は赤ずきんを被った。

 けれど私のそれは、血を吸った呪いの布だと、皆は笑った。


 私が生まれた年、村に病が流行り、作物は実らなかった。

 ただそれだけで、私の赤い髪と瞳は“厄災の証”にされた。

 都合よく言い伝えに当てはめて。

 「赤の子が生まれれば、村に災いが降る」と。


 村人たちは私に石を投げた。

 目を合わせたら不幸がうつると唾を吐き、

 母は、私を汚い雑巾のように扱った。

 私は、それが当たり前なんだと、飲み込むしかなかった。


 ――ただ一人。お婆さんだけが、私を「ルージュ」と呼んでくれた。


 村の外れ、森のそばの小屋に住まわされていた、変わり者扱いの老女。

「気味が悪い」「昔からおかしかった」――そんな理由で、追いやられた人だった。

 本当はもっと会いたかった。

 けれど、母にバレれば怒鳴られる。

 村人の目を避けるには、夜明け前や宵闇を選ぶしかなかった。

 それでも、私は森の小道を抜けて、こっそり訪ねていた。

 あの人の声だけが、優しかった。

 あの人の手だけが、私を撫でてくれた。


 なのに、お婆さんは、狼に食われた――と、村人たちは言った。


 (どうして、私のたった一人のお婆さんまで、奪われるんだ)


 私は、森へ行った。

 お婆さんを殺したという狼を、殺すために。

 恐れる理由なんて、もうどこにもなかった。

 私にとって、失うものは何一つ残っていなかったのだから。


 「ねぇ、いるんでしょ?」


 お婆さんの家の近くで、私は呼びかけた。

 狼は耳がいい、と聞いたことがあった。


 ──ガサリ。

 少し離れた茂みが揺れ、大きな人影が現れる。


 黒い毛並み。

 長く垂れた尻尾。

 黄金の瞳。

 人よりも大きな背丈で、二本足で悠然と立っていた。


 ──こいつが、狼。

 ただ黙って、こちらをじっと見ていた。


 私は、怒りに任せて一歩踏み出し、拳を握りしめた。

 その距離はまだ遠いのに、叫ばずにはいられなかった。


 「なぜ、お婆さんを殺した……ッ!」


 その瞬間。

 空が、裂けた。


 赤い光が、世界を呑み込んだ。


 私も。狼も。


 すべてが、赤く染まっていった。


 そして、声が聞こえた。


 『いいね、その顔』

 誰かが、私に話しかけてきた。


 姿は見えない。けれど、声は笑っていた。


 『そんな目をする子、大好きだ』


 (ふざけるな……私は狼を殺すんだ。邪魔をするな!)


 『僕は神様だからね。面白そうだし、君に力をあげるよ。そして別の世界に招待してあげる。もっと面白くしてね』


 『君だけじゃない。君が憎んでるヤツも、一緒に連れていってあげるそこで君の望むままに、壊していいよ』


 (……あの狼も、私と同じ場所に?)


 (なら、どこでもいい。狼を、どこまでも追って、殺す)


 『いいねえ、どっちが先に壊れるか。楽しみだ』


 赤い光が私を包んだ。

 気づけば、私は知らない世界にいた。



***



 知らない空。知らない人間たち。

 神の仕業なのか、言葉はなぜか通じた。


 異世界だろうが、どうでもよかった。

 私は、狼を探した。

 お婆さんを奪った憎い狼を。それ以外、私には意味がなかった。


 最初に出会ったのは、この世界で“魔物”と呼ばれる獣だった。

 村では「呪い」だと決めつけられていた私には、そんな力はないと信じていた。


 でも──私は、その魔物を斬っていた。


 知らない力が、私の中から湧き出し、私の手を、刃を、魔物の血に染めさせた。


 (……これが、私の力?)


 違う。 あの神だと名乗った声が、確かに言っていた。

 『好きにしていい』と。

 この力は、あいつが押しつけたもの。

 自分が楽しむために。


 なら、使ってやる。

 この憎しみのままに。


 私が魔物を倒すと、人々は地に伏して頭を垂れた。


 「赤の乙女だ……!」

 「伝説の、救世主様……!」


 私は、何も変わっていないのに。

 血を吸った私の力は、この世界では「神聖な祝福」と呼ばれた。

 赤い髪も、赤いずきんも、「赤の乙女」だと跪かれた。


 最初は、ただの噂だった。

 やがて王と神殿が目をつけ、私に新たな称号を与えた。


 ──「赤の聖女」


 それは祈りの象徴。神の意志を伝える器。

 名も、意志も、差し出すことを求められた。

 まるで、私自身が“物”になったようだった。


 王も、聖職者も、私を「赤の聖女」と呼び、宝物のように飾り立てた。

 誰も、私の名前すら知ろうとしなかった。


 (私は、こんなもの求めてない)


 (私が欲しいのは、お婆さんのように、私をちゃんと見てくれる人──名前を呼んでくれる人)


 だけど私は、従った。

 利用できるものは、利用する。

 この世界で、狼を見つけるためなら、何でもする。


 神殿で情報を集めた。

 商人の話。奴隷商の噂。討伐報告。

 そして──見つけた。


 黒い獣人。黄金の瞳。

 今、帝都の奴隷市で競売にかけられているらしい。


 狼の獣人は、既に滅びたとされていた。

 だからこそ、私は確信した。


 ──こいつだ、と。


 私は、正面から奴隷市に乗り込んだ。

 聖女の特権を使えば、誰も逆らえなかった。


 「本日の目玉はこちら!北方の魔獣地帯で捕獲された、絶滅されたと噂される希少種の獣人──黒狼!」


 会場がどよめき、歓声が上がる。

 その中央、台の上に繋がれた鎖の先に、いた。


 黒い毛並み。

 黄金の瞳。

 傷だらけの体。


 ──間違いない。


 (ふふ……こうもあっさり会えるとはね)


 牙も剥かず、黙ってこちらを見ていた。

 その目は、冷たく、虚ろで、諦めたような光を湛えていた。


 (何よ……なんで、そんな目で見るのよ)


 (あんたは、お婆さんを殺したくせに……私を、無視していいわけない!)


 私は、スッと手を挙げた。


 「この奴隷、私が買うわ。──金貨五百枚」


 場がざわめいた。けれど誰も反論しなかった。

 私は“赤の聖女”だったから。


 狼は、何も言わず、何も抵抗しなかった。

 だからこそ、苛立った。


 (いいわ。あんたが壊れるまで、私が飼ってやる)


 (逃がさない。絶対に)


 金貨袋を奴隷商に叩きつけると、狼は鎖を引かれ、私のもとへと引き渡された。

 思っていたよりも、ずっと痩せていた。

 でも、私は憐れまなかった。


 (あんたは、これから私が飼い殺してやるんだから)


 私は、生まれたときから、自由なんて与えられたことがなかった。

 そして狼もまた、同じだった。

 ……このときの私は、それをまだ、知らなかった。







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