もう随分長くこの感情を持て余している。
自覚したのは高三の頃だ。
軽音楽部の後輩から恋愛相談を受けるうちに、不愉快な独占欲に気が付いてしまった。
これは強めの友情だ、なんて言葉で片付けるには心の大部分を持っていかれすぎていて、
それからずっと、
けれどこの恋を実らせる気はほとんどなかった。
感情よりも理性が強く働く脳のせいで、恋心に気付いた瞬間から勝率を計算し合理的な未来を選んでいたからだ。
佑賢の知っている幸助は、ロリ顔巨乳が好きで、ポニーテールが好きで、スカートよりホットパンツが好きで、妹属性が好きな男だ。
幸助に想いを寄せていた後輩にもその現実は包み隠さず伝えた。
幸助が男と付き合うことはないと思うよと自分で言いながら自分で傷ついて、それでも後輩の玉砕までをすぐ隣で見届けた。
幸助は佑賢の予想通り、馬鹿正直に「俺は女が好きだからごめん」と深く頭を下げ、気持ちは嬉しかったよと後輩の頭を撫でた。
後輩の隣で、佑賢の恋も芽吹くことなく息を引き取った。
その後輩とは、今も良き友人として連絡を取り合う仲だ。
幸助が後輩の気持ちを蔑ろにせず、告白の後も対応を一切変えずに接したからだろう。
それをすぐそばで見つめながら、自分がこの感情を打ち明けても幸助は離れて行かないだろうと思うこともあった。
けれど結局、六年の時を経てもこの感情は棺の中で眠っている。
幸助に幾度彼女が出来ても、佑賢の中の棺は消えない。
火葬も土葬もままならぬそれの中で、感情はミイラになっていつまでもそこにある。
風化も劣化もせず、くっきりと形を残したままで。
「……ほんっとにお前は……馬鹿だな」
「どうも」
ゴンはさまざまな言葉を飲み込んでくれたようだ。
吐き捨てるようなその言葉に雑な礼を告げて、佑賢はコーヒーを口に含む。
ゴンにこの感情を指摘された時、佑賢は驚いてしばらく口が聞けなかった。
数年間誰にも気付かれなかったのにどうして、と今でも思っているが、実際聞いてみた事はない。
聞くのが怖いのだ。
自分の言動のどこに本心が滲んでいるのか、わかってしまったら今まで通り幸助と接することが出来なくなりそうだから。
幸助の音楽を聴いた瞬間からずっと、その気持ちがブレた事はない。これからもブレる事はないだろう。
幸助が彼の中の音楽を鳴らし続けてくれるのなら、佑賢は何だってする覚悟でいる。自分の感情を殺すくらいは造作もない。
佑賢を応援すると言ってくれたゴンにも、それを正直に伝えた。自分の恋よりもPinkertonの成功と継続の方がずっと大事なのだと、言葉を尽くして語った。
ゴンはわかってくれたようだが、今でもこうして時々お節介を焼いてくる。
まるで「お前の中の棺はまだあるか? 息を吹き返していないか?」と確認してくれているようで、佑賢はその度に棺の重さを実感するのだ。
「なぁ、お前が作詞したら手っ取り早くバズるんじゃねーの。令和の失恋ソング、泣けるぅ~っつって」
ゴンはそう言いながらノートパソコンに向き直った。演技がかった声にはもう、佑賢を心配する色も呆れも滲んでいない。
「絶対嫌だわ」
乾いた笑いと共に短く返すと、ゴンは「だよなぁ」と一緒に笑ってくれた。キーボードのタイプ音で会話は途切れ、佑賢もため息と共にタブレット端末を立ち上げる。
幸助はどうしているだろう。
櫂と出会ってすぐの幸助の様子を思い出す。
落ち着きがなく、浮ついた心を持て余し、平常心を失っている事に動揺している様が手にとるようにわかった。
あの様子じゃ、結構早い段階で二人の関係は友情を超えるような気がしてならない。
櫂は櫂で、幸助とPinkertonのファンという事以上の感情を押し隠しているように見えた。
彼には、幸助と知り合うだけじゃない、もっと別の目的があるのかもしれない。
それがPinkertonと幸助に害をなすものであれば即座に排除せねばならないが、今のところは様子見だ。
ただの恋愛感情ならよいが、なんて思ってから、軋む心を宥めるように冷めたコーヒーを飲み干す。
あの時、本当はもう少し長くファミレスにいるつもりだった。
二人がある程度コミュニケーションを取って、空気がよくなってから退席するはずだったのに、幸助の動揺を感じて逃げるように飛び出してきてしまった。
子供じみた自分の癇癪に嫌気がさす。
もう死んだはずの心がまだ傷ついているように感じるのは、手足を失った者が感じる幻肢痛みたいなものだろうか。
鬱陶しいなと、佑賢は顔を顰めた。
朝から空を覆っていた分厚い雲は風と共に通り過ぎ、いつの間にか晴れ間が覗いている事も知らぬまま、佑賢の思考は情報の海へと逃げ込んでいった。