目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

16:短期集中講座2日目

はにかむ笑顔がとても嬉しそうだった事も、頬が少し赤かった事も、上目使いとずれたメガネが息をのむほど可愛かった事も、思い返すと全て「フラグ」だった気がしてならない。


普通、ただの男友達に対してあんな顔であんな事は言わないはずだ。

あの時やっとの事で飲み込んだ動揺がぶり返してきて、思わず片手で顔を覆ってしまう。


「……ゴンちゃんの言う通りだったらどうしよう」


独り言のように呟いてしまったが、通話はまだ続いている。

案の定、ゴンは幸助のつぶやきをしっかり拾い上げ、そしてぶん投げた。


『知らねーよそんなん。俺が気にしてんのは歌詞だよ、作詞! 進んでんのか!?』

「あーっと、帰ったらやる」

『はぁ? 二日連続で講師に会っておきながらふつーに遊んでたのかよバカ』

「いや! 遊びながらも色々教わってた! 今日もいいヒントもらったから一曲出来そうだし」

『何、どんなヒントよ? 言ってみ』


ゴンの言葉にトゲがあることが気になったが、ゴンの詰問に答えているうちに問い返す隙を見失ってしまった。

幸助は仕方なく今日の会話を掻い摘んで話し、ついでに教わった事の復習を始めるのだった。



***



その日二人で見たのは、巨大怪獣同士の大喧嘩とそれに巻き込まれる人間のドラマを描いたハリウッド映画だった。

迫力ある映像ばかりが宣伝されているがその実ストーリーも良く出来ていて、環境破壊や家族愛、郷土愛を訴えるメッセージも汲み取れるなかなかの良作だ。

日本で古くから愛されている怪獣映画のリメイク版で、随所に散りばめられたオマージュも原作ファンである幸助にとって満足の出来だった。


映画終わりになだれこんだ喫茶店で、二人は思いつくまま感想を言い合っていた。

幸助はここぞとばかりに原作との繋がりや変わったところを語り、櫂もそれを面白がって色々な質問を返してくれた。

怪獣映画は他のヒーロー映画と比べたら人気が低く、同性でも興味を持ってくれる人は少ない。だから、かいがただ話を聞いてくれるだけでなくストーリーや原作に切り込んで質問してくれる事は特に嬉しかった。


幸助が熱く語りすぎて折角頼んだアイスコーヒーの氷が溶けかけた頃、不意に櫂が切り出した。


「さっきの映画の主題歌を作るなら、幸助くんはどっち視点で書く?」

「どっちって? ゴジラかコングかってこと?」


幸助の問いに、櫂は弾けるように笑ってから首を振った。


「俺は人間か怪獣かで考えてたけど……そっか、幸助くんにとってはその二人が主役だもんね」


櫂はそう言ってから、改めて「誰視点で書く?」と言い直した。

そんな考え方をしてこなかった幸助は瞬きを繰り返し、うーん、と小さく唸るしか出来ない。


幸助は昔から怪獣が好きだった。

理由は至極単純で、大きくて強くてかっこいいからだ。

矮小な癖に好き勝手して地球を破壊し、金のために環境や生き物を平気で犠牲にする人間たちより、ただ生きるためだけにその力を行使する怪獣たちの方がよっぽどわかりやすかった。人間が巨大化したり変身したりするヒーローよりも、時には人間の敵にもなる巨大怪獣にばかり憧れていた。


大人になってからも、憧れる気持ちは変わらない。

だが子供の時よりも少し踏み込んで、怪獣という存在について考えるようにはなっている。


彼らは勧善懲悪のわかりやすいストーリーの中に収まりきらない。

何故なら彼らは正義でも悪でもないからだ。どちらかを決めているのは人間で、彼ら自身の意思はそこに介在しない。

彼らは言葉を話さず、人間と明確なコミュニケーションを取らない。だから彼らが何を考え何を思って行動しているか、そこにどんな理由があるのかは、ストーリーの文脈から想像するしかない。

怪獣たちは、物語の中で如何様にも変化する。正義にも悪にも、敵にも味方にもなる。

日本の原作で凄まじい破壊力を見せつけた怪獣が、ハリウッドリメイク版では小物として描かれたりもする。

仮面ライダーやスーパーマンと違って、曖昧で不確かな存在。

けれど、人類の手に負えないほどの強大な力を持った、神聖なる存在。

幸助は、怪獣たちの両極端なところに愛おしさを感じてしまうのだ。


そんな話を訥々と語った直後だからか、主題歌を誰視点で作るか問題はいくら考えても答えが出なかった。

怪獣たちの意思思考を勝手に想像して言語化するなんて恐れ多いし、かと言って人間側の思惑なんて歌ってもつまらな過ぎる。

幸助が正直にそう告げると、櫂は何故か嬉しそうに頷いた。


「すっごいわかる! 人間視点なんて映画の中で散々出てるんだから歌う必要ないんだよね!」

でも、とすぐに声を落とした櫂は、力なく肘をついてこう続けた。

「残念ながら、スポンサーはそれを望んでたりするんだなぁ」


タイアップソングというのは、大抵「歌って欲しい事」をスポンサーからリクエストされるのだ。

コンペ形式でも同様で、アップテンポ、バラード、ポップなどのジャンル指定はもちろん、サビに必ずこの単語を入れてほしい、女性主人公の気持ちを歌にしてほしい、などの条件が必ず付随する。


ALLTERRAオルテラはこれまで数曲のタイアップソングを出している。

アニメのOPや映画・ドラマ主題歌など、物語と直結する楽曲の制作は結構しんどい、と櫂は愚痴をこぼした。


「普段はさ、自分が歌いたいものを歌詞にしてるから何言ったっていいんだ。でもタイアップになると、条件を意識しすぎて言葉が全然出てこなくなっちゃう。どんな言葉もしっくりこないような気がして、見つかるはずのない正解を永遠に探しちゃうんだよね」


櫂が何気なく吐き出した言葉が、幸助の胸を強く打った。

「どんな言葉もしっくりこない」は、日本語で作詞をしようとすると幸助が必ずぶち当たる問題の一つだ。


「そういう時、櫂くんはどうやって乗り越えてる?」

思わず身を乗り出して聞くと、櫂は眉を下げて笑った。

「正直、乗り越えられた事はないかな。結局答えが見つからないまま、期日ギリギリまで引っ張ってからその時できたものを出してる感じ。歌い続けていれば思いのほか舌に馴染んでくれるから、時間がたてばたつほどあまり気にならなくなるってのもある」


なるほど、と返しながら、幸助は無意識に身を引いていた。

それが櫂には期待外れの意に見えたらしい。表情から笑みが消え、今度は彼がテーブルに両手をつくほど前のめりになる。


「でも! そもそも何歌ったらいいかも掴めない時によくやる裏技はあるよ! タイアップの時はほぼ必ずこれ使っちゃうんだけど」


そう言って、櫂はALLTERRAの楽曲の一つを歌詞表示にして幸助に見せてきた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?