こんな歌詞を生み出すきっかけとなった出来事。
価値観を揺るがすような出会い。
溢れんばかりの切なさを今も抱き続けるような、恋。
幸助は深く息を吐いた。
八坂櫂という人間の全てを知りたい衝動が、腹の奥で暴れている。
どんな子供時代だった? どんな友達がいた?
初恋はどんな人で、何歳の時だった?
恋人は何人いた? 一番思い出深い恋は?
失恋は何回? どんな相手?
それから今、君の心の中には誰かいますか?
「ま、そういうわけだから。お前がどんだけALLTERRAっぽい歌詞を書いたって誰にも刺さんねーよ」
まさに佑賢の言う通りだ。
どれほど
彼のような巧みな言葉選びもできず、感情を的確に伝える技術もないのだから、真似なんかしてもしょうがないのだ。
幸助の表情が変わった事に気づいたのか、佑賢は座椅子から立ち上がった。
ベッドに座ったままの幸助を見下ろして、小さく笑う。
「難しいことは考えなくていい。お前の中にある、飾らない言葉で歌えばいいんだ」
それだけを言い残して、佑賢はさっさと出て行った。
玄関まで見送る事もなく、幸助は部屋に残る煙草の匂いを吸い込む。
副流煙のせいか、はたまた佑賢の捨てセリフのせいか、やけに脳がスッキリしていた。
よし、と一言つぶやいてギターを抱える。
幸助は昼ごはんを食べるのも忘れ、夢中になって作詞を続けた。
歌いながらスマホに打ち込み、少し考えてからギターを鳴らし、ともに歌い、また考え、言葉を打ち込んでいく。
雑念はなかった。ただ自分の感情と向き合い続けた。
そうして部屋に西日が差し込む頃、歌詞は完成した。
櫂ほどのイマジネーションを持ち合わせていない自分には、他のキャラクターに自分の思いを代弁してもらうなんて無理だったのだ。
自分の心の声を叫ぶのは、自分。
怪獣のように大きな障壁と向き合うのも、自分。
作詞ができない自分。
作詞ができれば夢が叶うのに、その手間で立ち止まっている自分。
ずっと畏怖の対象だった日本語詞と久しぶりに向き合って、感情を言葉に変換していく。
必ず味方につけてやる、必ずその先へ行く。
幸助の目の前にいる怪獣は、幸助次第で敵にも味方にもなる存在だ。
彼らは言葉を話さない。だったらこちらが言葉を尽くせばいい。
飾らない言葉でいいから、説き伏せる。
そんな覚悟を言葉にしたらやけに舌に馴染んだ。
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Howling
そんな目で見るなよ
久しぶり なんて気安いつよがり
立ち上がる力はあるかい
ないならくれてやるから 喉を開けろ
青い春の向こうに閉じ込めた
お前ともう一度向き合うんだ
わかってる
今度こそ名前を聞いてやる
ありったけの言葉を 差し出すから
あの空に吠えろ
お前の音で
重なれ 響け
Howling now
お前の音で
Breaking wall
・
・
・
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これが、自分の感情を具現化するということか。
クリアに、真っ直ぐに、言葉が音に乗ってくれる。
言葉が、まるで生まれた瞬間からメロディを持っていたかのようだ。
手懐けた怪獣は今、幸助の想いに応えて楽しげに吠えている。
そうして勢い余った幸助は、なんともう一曲作ってしまった。
二日前、《また明日》とタイトルだけつけた曲に、感情そのままの言葉を載せてみたらあっさりまとまってくれたのだ。
が、幸助は出来上がった歌詞を眺めながら頭を抱えていた。
それは手直しの余地がないほどの完成度なのだが、内容が酷かった。
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また明日(仮)
隣を歩く 君の目は
何色の世界を 見ているんだろう
同じ色の 空の下の
同じ形をした 未知のイキモノ
どうやるんだっけ
地に足がついてない
どうすればいいかな
今すぐ 君に会いたいんだ
奪われた心の跡に 空いた大きな隙間
君の歌を詰め込んで 浮き上がる
晴れ間に射す 光にはしゃぐ
君をもっと知りたい
これはきっと 紛れもなく
同じ映画 同じ歌
同じ時間の 流れにいるのに
早いんだ 何もかもが
心臓の音とか 欲が溢れて
どうしようもない
だから今 歌ってる
どうしても伝えたい
今すぐ 君に会いたいんだ
盗み見た横顔の 薄い唇に八重歯
バカみたいなこと言うよ 狂おしい
あえて二文字で表すなら
笑わないで聞いて
この想いは 紛れもなく
恋の歌なんか 歌うもんかと
思ってたけど
君が好きだ 多分ずっと好きだ
弦が切れても 届いて欲しい
また明日 会いに行くから
奪われた心の跡に 笑う君を閉じ込めて
全部うまくいけばいい そう願う
晴れ間に射す 光にはしゃぐ
君をずっと見てた
これはきっと 紛れもなく
紛れもなく そうなんだろうな
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まさか自分からこんな歌詞が出てくるとは、と引く程のラブソング。
誰のことを歌っているのか、わかる人にはすぐわかってしまう直球な言葉選び。
一番エモく盛り上がるラスサビ前に繰り返すのは、【君が好きだ】。
こんなストレートすぎる告白を歌ってどうするんだと自分でツッコむも、これ以外のフレーズではしっくりこない。
詞の構成として一番響かせたいラスサビ前のCメロに【君が好きだ】なんて、もう誤魔化しようがない。
幸助は声にならない唸り声をあげてベッドに倒れ込んだ。
空腹も相まって頭がぼうっとしている。
なんでこんなもの書いたんだ、と思うと同時に、言語化され突きつけられた明確な答えを直視できない。
櫂を想って作った曲が、ラブソングになった。
これはつまり、そういう事なのだろうか。
サビの最後の【紛れもなく そうなんだろうな】がまさに答えなのだが、それでも幸助は確定を先延ばしにしようとする。
だって俺は女が好きじゃん! 櫂は男じゃん!
いくらそこら辺のアイドルよりかわいい顔してても、胸はないしついてるモノはついてるし結婚もできないし!
絶対違う、これはきっと、出会ってすぐのハイな感じとか恩を勘違いしているとか、そういうやつだよ!
そんな言い訳が無意味だという事を、幸助の理性は穏やかに告げる。
現に俺はもう何度も、櫂を可愛いと思ったし、櫂と一緒に居るのが楽しいと思ったじゃないか。
もっと一緒に居たいとか、会いたいとか、柄にもなく本気で思ったじゃないか。
性別なんて関係なく、人間として八坂櫂の事が好きなのは間違い無い。
友情とか恋愛とかそういう枠を超えて、好きなものは好きなんだよ。
そう、友情とか恋愛とか、そういう枠には拘らなくていいんだ。
幸助はふと、正しい解釈を思いついた気がして、口の中で繰り返した。
別に今は、櫂とどうにかなりたいわけでもない。
出会って三日、友達歴もたった三日だ。
櫂のことはまだ1%も知らないし、これから色々な櫂を知っていけばこの感情も変わるだろう。
何も焦る事はないし、変に意識する必要もない。
好きなものは好きだ。それが友情であれ恋愛であれ、この感情は嘘じゃないし、イヤな感じでもない。
しばらく抱えて、時々取り出してみて、櫂の事をもう少し知ってから考えてみればいい。
自分に言い聞かせていたら幾分か気持ちが落ち着いたので、幸助は身を起こした。
いよいよ空腹に耐えかねて、事務所へ出向くついでに飯でも食おうと立ち上がる。
昨日履いたおろしたてのスニーカーがまだ玄関に出ていて、少し考えてからそれに足を突っ込んだ。
櫂に「可愛いね」と褒められた事を思い出してギュッとなった胸を、踵を強く押し込む一歩で誤魔化す。
とはいえ、二曲目はお蔵入りにしよう。
櫂への気持ちはどうあれ、こんな
そう一人で納得しながら、幸助は夕日に染まる事務所への道を足早に歩いた。