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23:短期集中講座4日目

櫂は『幸助くんのために作った詞』と言った。それ自体はとても気になるが、問題はそこではない。

何故、自分が歌い渋った曲が『櫂を想って作った詞』だとわかったのだろう。

幸助の渋り方から歌わない理由を察したのだろうか。

だとしたら勘が鋭すぎる。自分でも気付かぬうちにそう察せてしまうような言動があったのだろうか。


一瞬スマホを奪われた時に何かが見えた?

いや、メモアプリを開いたところですぐにあの歌詞が開くようにはなっていないはずだ。


じゃあ何故?


ぐるぐると回る疑問符は、自然と幸助の心拍を加速させた。

落ち着け、と念じても動悸は勢いを増すばかりで、何故か不安感や緊張感まで襲ってくる。


櫂が大きく息を吸うのがわかって、幸助は一層体を硬くした。

すぐにメジャーコードが鳴り、櫂が歌い出す。

明るく真っ直ぐなメロディと、単純なコード進行。慌てて歌詞に集中しようとするも、一度芽生えた違和感が更に加速していく。


Aメロが終わり、Bメロに入った時だった。

幸助は唐突に、このメロディを知っている、と感じた。

コード進行も何故か明確に予想できる。耳障りのいい、わかりやすいメロディ。

サビ前で落として、サビで一気に爆発する。

ALLTERRAオルテラの曲にしては超高音部が少なく、疾走感が強い。

UKロックの影響とエモコアのわかりやすいメロディが前面に出ていると感じるサビは、キャッチーではあるがALLTERRAの世界観が感じられない。


違う、歌詞を聞かなきゃ。

そう思っても、幸助の意識はメロディとコード進行から離れられなくなっていた。

不安感が一層膨らんで、いよいよ形を変えていく。

こんな感情を櫂に対して抱きたくはないのに、それはどうしたって「疑惑」という名前のもので間違いない。


芽生えた「もしかしたら」は、ラスサビで確信に変わってしまった。

手癖でやりがちなエモいコード進行。ラスサビ前は一拍置いて、一音目から高音で爆発させて煽る。

あぁ、そうだ。きっとそうだ。他でもない俺だからわかる。


これは、俺が作った曲だ。


いつ作ったのかはわからない。

Pinkertonピンカートン名義で出した楽曲とは一致しないから、おそらくレーベル所属前に作ったものだろう。

自主制作のCDに入れた曲で、正式リリースしていない曲なんかあっただろうか?

いやもっと前か?

高校時代、ハイになっていくつもいくつも曲を量産していた頃があった。

あの頃の曲でちゃんとバンドアレンジまでしたのは一握りだ。

その可能性は高いが、しかし、櫂がいつどうやってその曲を盗めるというのか?


心臓が軋むような苦しさを覚えて、幸助は思考の海から踠き浮上した。

気づけば櫂が最後のコードを鳴らしていて、幸助は居てもたってもいられず立ち上がってしまった。

「盗む」という単語が、胸に深く刺さったように抜けない。

もし本当に櫂が盗作していたとしたら、俺はどうしたらいいんだ?


いや、「もし」ではない。

確実に盗作だ。これは俺の曲だ。絶対、櫂が作った曲じゃない。


「……幸助くん?」

背後から櫂の声がする。少し震えているような気がしたが、幸助は振り向けなかった。

吸った空気はどこかの穴から逃げてしまって、胸が苦しくて仕方がない。

これ以上この場に居られないが、一つだけ確かめておかなきゃいけないことがある。


「……今の曲のタイトルは?」


取り繕う言葉も浮かばず、幸助はそれだけを聞いた。

櫂は何かを察したのか、掠れた声で『スケイル』とタイトルだけを答える。


「わかった。ありがと。でさ、ちょっと俺、急用思い出したから……帰るわ」


言い切らないうちから一歩が出ていた。

櫂が立ち上がったのがわかったが、幸助の足は止まらない。背中に感じる視線が辛くて、幸助は振り払うようにもう一度声を上げた。


「また明日、連絡する!」


林の中で一瞬だけ振り返り、片手を上げた。

東屋の中にいる櫂の姿は、闇に紛れてシルエットしかわからない。だがそのシルエットですら、幸助の脳裏に焼きついてしまった。


フラッシュバックする今日の櫂の笑顔と、楽しかった時間。笑い声。

それに重なる櫂のギターと歌声はまるで悲しい映画のエンドロールのようで、幸助は振り払うように歩調を早めた。

急く指は文字を打つのも億劫で、耳に当てたスマホは珍しくコール音を鳴らす。


「あ、佑賢ゆたか? お疲れ。あのさ、ALLTERRAオルテラの楽曲でサブスク配信されてない『スケイル』って曲知ってるか?」


幸助は佑賢の怪訝な反応もスルーしてその音源が欲しいと告げ、さっさと通話を終えてしまった。

佑賢は今盛大に訝しんでいるだろうが、深く追及して来ないところはさすがだ。

彼ならとりあえず音源を探し当てる事ぐらいはしてくれる。

その後改めて「どうした」と聞いてくれるはずだから、その時全てを話せばいい。


いつもの帰路が、その日はやけに長く、暗く感じた。

音楽を聴く気にもならず、ずっと心臓と呼吸の音だけを聞いていた。

右足と左足を交互に出す。そのことだけに集中したくても、頭の中は乱闘騒ぎのように喧しく殺伐としていて、幸助は何度も顔を顰めた。


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