目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

24:短期集中講座4日目

八坂櫂やさかかいのことが、よくわからない。


出会ってからまだたった五日の人間だ。

知らないこと、わからないことだらけなのはわかっているが、それでも、彼の本質みたいなものは感じ取れていると思っていた。


優しくて、明るくて、一途で、可愛い。

甘え上手で、表情豊かで、少し強引で、……でも今は、八坂櫂の全てが曖昧になってしまっている。


彼の全てが疑わしい。

作詞の先生を買って出たのも、もしかしたらリリース前の楽曲をいち早く聴くためかもしれない。

今日の「歌ってくれ」という姿勢も随分強引だった。

彼がPinkertonピンカートンと自分のファンだという発言も怪しく思えてきた。

例えばこうして盗作が発覚した時「ファンだから」という言い訳を免罪符にしようとしているのかもしれない。

「ファンだから」楽曲が似てしまったんだ、なんて言い訳もできる。


考えれば考えるほど、思考は悪い方へ転がっていく。

帰宅しても不安は一層募るばかりで、幸助は短く雄叫びを上げた。

胸の苦しさは変わらないが、少し呼吸ができた気がして何度も咆哮をあげる。

楽曲制作のため防音にしておいてよかった、なんて思えるほどまで落ち着いた頃、やっと佑賢ゆたかから着信がきた。


『この曲、ALLTERRAオルテラのライブのアンコール定番曲なんだと。インディーズ時代から歌ってるらしいけど音源化はされてなくて、ライブでしか聴けない曲としてファンの間ではプレミアついてる人気曲らしい』


そう言いながら、佑賢は動画とURLを送ってきた。表示されているサムネイルはどうやらライブ映像のようだ。

URLをタップすると、ファンシーなブログにたどり着いた。ALLTERRAのファンブログらしく、ブロガーが耳コピで聞き取ったらしい『スケイル』の歌詞が表示される。


画面を見つめながら、幸助は浅い呼吸を繰り返した。

文字は頭に入ってこず、動画の再生ボタンを押す指が迷っている。


「……佑賢は聴いたのか? この曲」

『あぁ、再生テストのために一通り』

「どう思った?」


食い気味で問うと、佑賢は静かに息を吐いた。うん、という穏やかな相槌のあと、耳障りの良い低い声が告げる。


『お前が動揺するのも無理はない。これはお前の作る曲に似過ぎてる』


その言葉は、幸助が今一番欲しいものだった。

一気に体の力が抜けて、思わずベッドへ倒れ込む。やっぱり、と小さく漏らした声が泣き声のようになってしまったが、佑賢はトーンを変えずに続けた。


『パクられた、って認識でいいのか? 元の曲は?』

「わかんねぇ……今のところこれっていう記憶はない、けど、これはどう考えても俺の曲だろ? 俺自身がはっきりそう思うんだ。俺がよくやるコード進行だし、俺が好きな展開だし、俺がどっかで作った曲がパクられたとしか思えねぇんだよ」


情けなくも、最後は癇癪を起こして吐き捨ててしまった。

言葉にするといよいよ胸が苦しくなる。ずっと不安と恐怖と緊張で見えなくなっていた感情が、佑賢に解されたことで姿を表してしまった。


これは、悲しい、だ。

櫂に裏切られて悲しい。これからもっと仲良くなれると思ったのに悲しい。

久しぶりに、心から好きになれる人と出会えたのに、悲しい。


自覚した感情はみるみる喉の奥からこみ上げてきて、幸助は奥歯を噛み締め飲み込んだ。

目頭に力を入れて見慣れた天井を睨む。そうでもしないと泣いてしまいそうだ。

今声を出したら震えてしまいそうで、幸助は息を殺して沈黙を守った。

早く何か言ってくれ、という願いが通じたのか、佑賢は少しの間の後至極穏やかにこう言った。


『落ち着け。まだパクられたって決まったわけじゃない』


佑賢の言葉に、幸助は瞬き一つで起き上がった。

気付けば通話口に音が増えている。微かなメロディを追って気がついた。

さっき櫂が歌ってくれた曲だ。

ライブ音源だからか音質は悪く、ドラムやベースのアレンジも入っているが間違いない。

佑賢は改めて曲を聴きなおし、盗作ではない可能性を見出したということか。

「どういうこと?」と早口に問い返すと、佑賢の声に少し色がついた。


『お前高校のとき、ところ構わず曲作って歌ってただろ。その頃の楽曲を八坂櫂がどこかで聴いたんだったら、お前が作ったっていう記録や証明がないから盗作で立件はできない』


佑賢は高校時代を語る時、いつも優しい声になる。笑える状況ではないのに佑賢が微笑む様が目に浮かんで、幸助は眉を顰めて噛み付いた。


「立件とか、裁判起こしたいわけじゃねぇ。作った俺がパクられたと思ったんだったら盗作だし、どんな理由であれ胸糞悪ぃよ」


吐き捨てるように言うと、佑賢は優しい声のままで『まぁ、そうだな』と相槌を打った。

肯定に気を良くした幸助は、悲しみを紛らわそうと自身の感情を怒りに変えていく。


「大体、高校二年とかの頃に作った曲ってほとんどアドリブだし、作ったその場で歌ったっきり二度と歌ってないやつとかいっぱいあるし、俺すら覚えてない曲ばっかだぞ。そんなんたまたま側に居て一回聴いただけで覚えられんのか? コード進行もメロディも完璧なんてありえねぇだろ。絶対録音とかしてると思う!」


いよいよ語気に力が入ってくると、佑賢は笑ったような声で相槌を打った。

今の何に笑える要素があるんだ、とさらに怒りを増幅させた幸助は、見えないのに身振り手振りをつけて言い放った。


「そうだ! 櫂がその録音データ持ってたらさ、俺の曲って証明もできんじゃん! そしたら盗作って言えるよな?」

『そうだけど、俺には八坂櫂がそんなデータ持ってるとは思えない』

「なんで?」


幸助がいくら前のめりになっても、佑賢のペースは変わらない。

彼が掴んだ可能性を早く知りたいのに、焦る幸助をよそに佑賢は穏やかに話を切り替える。


『幸助さぁ、お前可哀想だよな』

「は?」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?