話が変わっただけじゃなく、人を馬鹿にしたような言い回しが癇に障った。
怒りの矛先を
『世界でただ一人お前だけは、お前の作る曲の本当の良さをわからないままだ。お前が何気なく作ったメロディも、お前じゃない誰かにとっては心に深く突き刺さって一生記憶から消えなかったりする。アドリブで紡いだメロディが、誰かの人生を変えたり、誰かの感情をひっくり返るほど揺さぶったりする。お前が作る全ての曲が全人類にとってそうなる可能性を秘めているけど、ただ一人お前だけはそうはならないんだもんな』
「……なんの話?」
『お前は自分の作る曲の凄さをわかってねぇって事だよ、天才』
佑賢の言葉に、幸助の怒りはさっぱりと霧散した。
長い説明は全く飲み込めていないが、褒められた事だけはわかったので素直に受け止め、小さく礼を告げておく。
その素直さを小さく笑ってから、佑賢はこう続けた。
『だからな、お前が高校の時に何気なく作った曲にその一瞬で惚れ込んで、記憶の中で何度も繰り返して鼓膜に刻んで、そうやって生きてるやつはまぁまぁ居るって事だ。現に俺も、お前が最初に歌ってくれた曲は今でも完璧に覚えて』
「あ〜っその話はやめろ、恥ずいから」
佑賢はまた、高2の出会いの話を持ち出してきた。放っておくとすぐ語り出すので、今日は食い気味に釘を刺しておいた。
彼がその思い出を大切にしてくれているのは嬉しいが、自分が行った青臭い行動は思い出すだけで穴を掘って埋まりたくなる記憶と化している。
佑賢は話を遮られて不快になる様子もなく、淡々と『まぁでも、』と続けた。
『
「え、何?」
『例えば幸助の言うとおり、お前が作った曲を櫂がどっかで聴いてて、コードとメロディを記憶して自分のバンドでアレンジしたんだとしてさ』
「うん」
『パクったまんまの曲で、ライブまでやると思うか? 普通ミュージシャンの端くれなら、まんまパクるなんてプライドのない事しないだろ。コピーバンドならまだしも、最初からずっとオリジナルで勝負してる
言葉の意味を飲み込むのに少し時間がかかったが、佑賢の言いたいことがわかった気がして幸助は慌てて動画を再生した。
改めて聴くイントロは幸助の予想通りのコードで進む。
リズム隊や他のアレンジがALLTERRA仕様だから弾き語りの時よりもALLTERRAっぽく聴こえるが、メロディやメインのコード進行に幸助の予想と外れる箇所は見当たらない。転調しやすいBメロや、間奏すらも幸助らしさが滲んでいる。
二番に差し掛かったところで、佑賢が再び口を開いた。
『この曲を演りはじめた当時、ワンマンでそこそこの箱埋められるほど固定客がついていた。インディーズレーベル所属してCDも何枚か出してる。ALLTERRAの音楽がどういうものか、ある程度周囲に認識されている状態だ。そんなタイミングで、ALLTERRAらしいメロディ展開を少しも入れないのはおかしい。ここまでALLTERRA要素が入らないのはむしろ、アレンジをしない、という強い意志があるようにも思える』
「……つまり、どういうこと?」
そこまでは幸助もたどり着いていた。でもその先がいまいちピンとこない。
耐えかねて先を急かすと、佑賢はちょうど二番のサビのところでこう告げた。
『この曲は、お前が八坂櫂に作ってあげた曲なんじゃないかな』
***
いつもの天井に記憶を映し出そうとするかのように、一点を見つめて動かない。
佑賢に『心当たりはないか』と聞かれた時、記憶の奥底に仕舞い込んだ何かが反応したような気がした。
佑賢に「少し思い出してみる」とだけ告げ、それからずっとこの姿勢でいる。
青臭い自分が嫌になるから、高校時代を思い起こす事はあまりない。
佑賢の言う通りあの頃はどこに行くにもギターを持ち歩き、所構わず作曲をしたり歌い始めたりする奇行が多かった。
路上で誰も聞いてなくても歌い続ける、なんて事もよくしていたし、そこで知らない人とのコミュニケーションが発生することもしょっちゅうだった。
夜間に路上で弾き語りをしていて、サラリーマンに声をかけられ応援ソングを贈った事を思い出した。
勿論贈ったメロディはもう覚えていないが、即興で歌詞をつけて歌ったら酷く喜んでくれた事も一緒に思い出した。
そういう流れで、たまたま櫂と出逢っていたんだろうか。
自分と同い年くらいの若いやつに話しかけられたことなんて、あっただろうか。
ムズムズと騒ぐ心を宥めながら、幸助は記憶を遡る。
高1の終わりに膝の靭帯を切り、中学から続けていたバスケ部の継続が厳しくなった時、幸助を救ってくれたのは音楽だった。
それまで夢中になっていたものを突然奪われた幸助は、空いた穴を埋めようとするかのように盲目に音楽にのめり込んでいった。
何故音楽だったのかは、今でもよくわからない。
他にも娯楽はいくらでもあったのに、幸助は見えない手に導かれるように音楽を選んだ。
何かに取り憑かれたように周りの人のオススメを片っ端から聴いて、四六時中ヘッドフォンをして、カラオケに入り浸り歌い続けた。
いつしか自分の中で勝手に見知らぬメロディが流れ出して、幸助は迷わずギターを手にした。
そこからはもう、自分の意思とは関係ないようなスピードで音楽に没頭していった。
高校2年の夏のことだ。実家でギターを鳴らすと怒られるからと、夏休みでも学校に行ってギターを弾き続けていた。
佑賢と出会ったのはその時だ。家と進路のことで悩んでいた佑賢に、音楽ならお前を救ってくれるかもよ、なんて調子のいい事を言った。
あっけらかんと、何も考えずに歌ってやった即興ソングは、結局佑賢の人生を変えた。
休み明けに再会した佑賢は、一言目に「バンドやろう」と言った。
その手に握られたドラムスティックを見て、人目も気にせず大騒ぎしたのを思い出した。
それからはもう、とんとん拍子だ。未経験の
青春再放送を終えて、幸助は小さく息を吐いた。
今の記憶の中に、櫂と出会える瞬間なんてあっただろうか。
Pinkertonを結成してからはバンドとしての活動に重きを置いていたから、路上に出る機会もめっきり減ったはずだ。
つまり、櫂と出会っているとしたら高2の夏から冬にかけてだろう。
夏から冬、夏から冬、と呪文のように唱えながら、幸助は眉を顰めた。
文化祭や校内ライブなどの節目の行事はすぐに思い出せるが、日常となるとかなり曖昧だ。
実家に戻って卒業アルバムでも見てみようか、なんて考えながら、何気なくスマホを手にし佑賢から送られてきた動画を再生する。
ライブの大トリ曲だからか、フロアの盛り上がりは相当だった。
全員が同じところで手をあげたり拍手をしたり、定番曲として浸透していることが窺える。
引きの固定カメラなので歌う櫂の顔は見えないが、はしゃぐ声は随分楽しそうだ。サビで櫂がぴょんぴょんと飛ぶと、フロアも合わせて波打ち始める。
映像への意識が薄れ、幸助は音楽を流したままファンブログに戻ってみた。
映像では聞き取りづらい歌詞が、改めて言葉として幸助の目に飛び込んでくる。
この詞が櫂による作詞であることは、言葉選びからも強く感じられる。
ただ、いつものALLTERRAよりもファンタジー要素が少し少ないように思えた。
更に、誰かに語りかけるような、誰かの疑問や不安に応えるような言い回しも気になった。
蘇るのは、櫂の言葉。
『俺が、幸助くんのために作った詞を歌ったら、幸助くんもちゃんと歌ってくれるよね?』
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《スケイル》
あの頃 僕の世界は真っ暗で
目をこらしても 何も見えていなかった
あの頃 僕は出会ったのさ
違う世界の ギターの音と
静寂を割った きみのうたごえ
大丈夫 僕は
何度だって きみに会いに行く
この迷いを 叫び
固い砂を蹴って 会いに行く
ざらつく皮膚の奥 きみのやわらかいところ
この歌で埋めて 飛んで行かないで
すべてを飲み込む力
僕を照らしてみて
そうだよ 間違ってない
あの頃 水面のフィルムに映る
二つの影は同じ時の流れにいなかった
あの頃 世界はハチを描いていて
溢れた想いを ガラスの底に
重ねて せめて 鼓動を
止められない 僕らは
何度だって 笑い合う
聞かせて 鱗の重なる音を
繰り返し 会いに行く
ぎらつく牙の奥 きみの神聖なところ
放つ音は全て 僕に聞かせていて
すべてを飲み込む光
笑っちゃうくらい
そう 僕らは間違ってない
さよならのはじまりに
きみが差し出した 怪獣の鱗
僕もきみが好きだよ
途切れた糸を 幾度も繋いで
繰り返せ また明日
ざらつく皮膚の奥 そこが僕の居場所
全部うまくいくよ 少し時間をくれよ
だってきみは光
全部照らしてみて
だってきみは僕の
そうだよ 僕らは間違ってない
===========
この詞は、俺のために作られた。
つまり詞の中の【きみ】がさすものは、俺。
【きみが差し出した 怪獣の鱗】
まるでスポットライトのように、そのフレーズだけが幸助の意識の中心にあった。
「……怪獣の鱗」
繰り返したその響きに、記憶が反応する。
『いいだろ。なんか、怪獣の鱗みたいでさ』
自分の声。
隣で笑う人。
街灯の明かりに照らされた横顔。
ギターと、ロックと、刹那の出会い。
櫂が何故この曲を歌って聴かせてくれたのかを、幸助はやっと理解した。
櫂は思い出して欲しかったんだ。
二人の本当の出会いと、あの日の約束を。