思わず声をあげてしまった。
額面のまま受け止めて、同棲!? なんて見当違いなことを考えていたら、
「
「佑賢くんの内見の帰りにそこの道でたまたまばったり会ってさ。それでわかったことなんだ」
「あそこで会えてなかったら、知らずに暮らしてたかもだよね」
「ほぉ〜ん。じゃあこのマンションに住んだら、
佑賢と櫂の会話にわざとらしい声色で切り込んだのは、ゴンだ。
わざわざ幸助の肩に腕を回し、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。
「いいなぁそれ、楽しそうだなぁ! なぁ幸助」
悪意のある余計なお世話だ。
ゴンが面白がっていることにムカつきながら、とりあえず肘鉄で応戦して退ける。
「このマンション、女性ボーカリストは二人ぐらいいるけどバンドマンは俺らだけだったからさ。佑賢くんが来てくれてすごい嬉しいんだ」
櫂はそう言って、真っ直ぐに幸助を見た。
跳ねた心臓が口から出そうな幸助をよそに、無邪気に続ける。
「幸助くんも引っ越してきちゃいなよ。みんなで夜中までゲームしたり飲んだりしようよ!」
それは意識がトびかねないほどの甘い誘惑だった。
このマンションに引っ越せば、深夜にふらりと会いに行ったりできる。
多忙な櫂に無理をさせずに、顔を見て直接言葉を交わせる。
おはようやおやすみの他愛のない挨拶で一日を始めたり終えたり出来る。
なんなら一緒に曲作りとか、作詞とか、ゲームしたり映画見たり他愛もない一日を一緒に過ごしたりとかもできるかもしれない。
作りすぎたからお裾分け、なんて言って櫂が手作り料理とか持ってきてくれたらどうしよう。
正直テレビ局で好きな女子アナとすれ違うより羨ましい。同じ階に可愛いアイドルが住んでるより羨ましい!
今すぐ引っ越したい衝動をなんとか飲み込んで、幸助は短く「ちょっと考える」とだけ答えた。
考えるまでもなく行動を起こす気は満々なのだが、今すぐ引っ越します! なんて威勢よく宣言出来るほど正気を失ってはいないのだ。
もう少し飲んでおけばよかったな、なんて後悔は、今からでもビールで流し込んでしまおう。
***
佑賢の音頭で、一同はローテーブルを囲み飲み物を手にした。
ALLTERRAからの差し入れで卓上は賑やかになり、23時すぎのリビングは活気付く。
「それでは!
「カンパーイッ!」
一瞬の無言のあと、全員揃って気持ちよく息を吐く。
ビールにチューハイに梅ソーダにコーラに炭酸水というバラバラなラインナップでも、見合わせた顔は一様に笑顔だ。
今日のサプライズは、櫂が言い出したものだった。
Pinkertonのメジャーデビューをお祝いしたいがまとまった時間が取れないと佑賢に相談し、深夜の宅飲みパーティーという形にしたそうだ。
翌日の仕事のため酒を飲めない櫂は、炭酸水でも楽しそうに声を弾ませていた。
改めまして、と姿勢を正し、ぴょこりと頭を下げて言う。
「Pinkerton、メジャーおめでとうございます!」
大地があとに続き、佑賢とゴンはばらばらと礼を返した。
幸助も慌てて姿勢を正し、頭を下げつつ声を張る。
「こちらこそ、櫂くんにはまじでお世話になりました!」
「そっか、幸助があんないい歌詞書けたのは櫂くんのおかげだもんなぁ」
「語彙力ゼロ野郎を人間にしてくれてありがとね、櫂くん」
二人のトゲのある言い方を「うるせぇ」と一蹴して、体ごと櫂に向き直る。
櫂も真っ直ぐに幸助を見てくれるから、整った顔を久しぶりにまじまじと見つめることが出来た。
少し髪を切った。少し痩せたかな。相変わらず顔小っせーな。
やかましい心の内から目をそらして、用意していた言葉をゆっくりと告げる。
「メジャーデビュー決まったの、マジで櫂くんのおかげだと思ってる。ありがとう」
櫂の大きな目が小さく震えて、くしゃりと細くなった。
前髪を掴む仕草と共に、空いた片手をひらひらと振る。
「いやいや、幸助くんの実力だよ。俺は手伝っただけ」
もしかしてこれは照れているのかな。
そう気付いてしまって、気持ちがさらに10センチ舞い上がる。
「いやでも、櫂くんに作詞の方法教えてもらわなかったら絶対無理だったからさ。あ、今もちゃんと続けてるよ、メモるやつ」
「ほんと! うわ、見た〜い!」
「櫂くんのも見せてくれたら見せてもいいかな〜」
「何その魅力的な取引。前向きに検討する!」
「検討しちゃうんだ! 勘弁して」
他愛のない軽口に夢中になっていたら、リビングの空気がおかしいことに気付けなかった。
視線を感じて目を向けると、向かいに座るゴンと佑賢が思い思いの表情でこちらを見つめている。
特に意地の悪い笑みを浮かべるゴンにイラついたが、ここで構うとからかわれるだけだ。スルーしよう、と思って視線をそらした矢先、ゴンの毒牙が襲う。
「そういえばさっき、Pinkertonで誰が一番モテるかって話してたんだけどさぁ。櫂くんは誰だと思う? ってか、櫂くんだったら誰と付き合いたい?」
なんつー話題を振るんだ、と睨みつけても、ゴンの派手なカラーサングラスはもうこちらを向いていない。
矢継ぎ早に二つも疑問符を投げられて、櫂はうーん、と小さく唸っている。
はぐらかせるような関係性でもないから、櫂はそのまま受け止めてちゃんと答えてしまうだろう。
だが、最初の質問はともかく二つ目の質問は正直まともに聞きたくない。
だから幸助は慌てて、助け船という名のずるい誘導弾を出した。
「そりゃあ佑賢でしょ! この顔の良さで頭も良くて、おまけにこんなとこ住んでるんだぜ? 俺が女だったらぜってー佑賢と付き合いたいわ」
ここで櫂が、俺も、と同意してくれれば全て丸く収まるはずだった。
しかし、次に口を開いたのは佑賢だった。
「じゃあ付き合うか、幸助」