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44:まぎれもなく

八月末。

いよいよデビューシングルの発売日を一週間後に控えたPinkertonピンカートンは、絶賛スタジオ缶詰期間だ。

デビューに向けたプロモーションが落ち着くと、待ってましたとばかりにやってくる制作期間。

しかも今回は、急遽舞い込んだコンペに向けた作品作り。

デモ音源の提出期日間際に駆け込みで話が来たため、Pinkertonの三人は時間に追われていた。


『とりあえず時間がないから、ストックからいい感じの曲ピックアップしてこい』


佑賢ゆたかにそう言われたのが、わずか三日前。

慌ててコンペの条件を確認すると、そこには衝撃の内容が書かれていた。


『え? 恋愛ドラマの主題歌? テーマは気弱で恋愛経験の少ない男のピュアな片想い? ちょっと待てこれ、俺たちに来る話じゃなくね!?』

『それがさ、もともとやる予定で曲まで作ってたアーティストがちょっとやらかしたらしいんだ』

『やらかした? なに、犯罪系?』

『だろうなぁ。10月クールのドラマだから、こんな土壇場でおろすなんて相当だよ』

『え、でもなんで俺たちに声かかるんだ? コンペってことは有名どころにも声かけてんじゃねーの?』

『非常識なカツカツスケジュールだから、逆に有名どころになんか声かけられねーだろ。で、若手バンドとか歌い手系とかに片っ端から声かけていく中でうちのディレクターが俺たちを推した、と』

『えぇ……』

『更に言うとドラマのプロデューサーとうちのディレクターが仲良しで、Pinkertonならキャッチーなラブソングも全然いけまーすって言っちゃったらしいんで、結構期待されてるってよ』

『いけまーす、じゃねぇよ! 俺たち正統派ロックバンドで売ってくんじゃねぇの!?』

『いやでもお前、このドラマって今視聴率一番取れる枠だぞ。金曜22時で、しかもキャストも豪華。そこに俺たちの曲使ってもらえたら、お茶の間の認知度右肩上がりだろ。いい話だぞこれ』


佑賢の言う通り、セカンドシングルからドラマタイアップが取れるなんてヒット街道まっしぐらだ。

そんな魅力的な未来は他にないと、ゴンもマネージャーもレーベルスタッフ全員が口を揃えて「やるべきだ」と言った。


そして2日前、頭を抱えるかギターを抱えるかしか出来ない幸助に追い討ちをかけるように、佑賢からメッセージが届いた。


『幸助、最高の条件が付随したぞ。ディレクターが何らかの強い力を使ったので、始まる前からコンペ勝ち抜き確定だ。よほどズレた曲出さない限り採用してもらえるってよ』


ひどい曲を出して意図的にコンペ落選、のルートも考えていた幸助にとって、この情報は胃が痛いものだった。


出せば採用されてしまう。

恋愛ドラマの主題歌としてリリースされてしまう。

クライマックスのシーンでしゃらんらとイントロが流れてしまう。

視聴者の胸キュンを促進するようなタイミングで、よりによって自分たちの曲が流れてしまう。


幸助はいよいよ頭を抱えることしかできなくなってしまった。

曲のストックはある。だが歌詞のストックがない。

なにせ最近の幸助の歌詞は全て、正統派ロックバンドらしく勇ましさと男らしさと前向きな衝動ばかりを歌っている。

今すぐラブソングを書くしかないと流行のJ-popを聴いてみても、自分に歌える気がしなくて途方に暮れるばかり。

ついに書き溜めていた言葉メモにまで救いを求めてしまったが、遡ってやっと見つけたラブソングになりそうな単語は全て、かいにまつわるものだ。


結局幸助は、スタジオ入りの前夜まで何もできなかった。

新たな作詞はうまくいかず、似た要素のある恋愛ドラマを漁ってみても大した言葉にならず。

長い抵抗の末の深夜1時に幸助が出した結論は、これだった。



===========


 《 Naked Truth 》


隣を歩く 君の目は

何色の世界を 見ているんだろう

同じ色の 空の下の

同じ形をした 未知のイキモノ


どうやるんだっけ

地に足がついてない

どうすればいいかな

今すぐ 君に会いたいんだ


奪われた心の跡に 空いた大きな隙間

君の歌を詰め込んで 浮き上がる

晴れ間に射す 光にはしゃぐ

君をもっと知りたい

これはきっと まぎれもなく


同じ映画 同じ歌

同じ時間の 流れにいるのに

早いんだ 何もかもが

心臓の音とか 欲が溢れて


どうしようもない

だから今 歌ってる

どうしても伝えたい

今すぐ 君に会いたいんだ


盗み見た横顔の 薄い唇とえくぼ

バカみたいなこと言うよ 狂おしい

あえて二文字で表すなら

笑わないで聞いて

この想いは まぎれもなく


恋の歌なんか 歌うもんかと

思ってたけど

君が好きだ 多分ずっと好きだ

弦が切れても 届いて欲しい

また明日 会いに行くから


奪われた心の跡に 笑う君を閉じ込めて

全部うまくいけばいい そう願う

晴れ間に射す 光にはしゃぐ

君をずっと見てた

これはきっと まぎれもなく


まぎれもなく そうなんだろうな


===========



「本当にお前が書いた? 全部一人で?」


歌詞のメモから顔を上げたゴンは、ひどく困惑した表情でそう告げた。


「へぇ。すげーいいじゃん。普通にコンペで勝てるよこれ」


佑賢は既に勝ち誇ったような顔でそう言ってくれたが、幸助はどや顔どころか苦笑いもままならない。


バンドアレンジのために集まった佑賢とゴンに聴かせたのは、いつかのお蔵入りソング《また明日(仮)》だった。

できることなら避けたい道だった。だが、どれほど足掻いてもこの曲を出す以外の道が見つけられなかったのだ。

だから幸助は昨夜、《また明日(仮)》を紙に書き写し、少しだけ手を加えた。

櫂のことだと丸わかりの【八重歯】という歌詞を、ドラマに登場するヒロインの特徴である【えくぼ】に書き換え、さらにタイトルも変えた。

せめてタイトルだけはロックらしさを出そうと色々ググりながら行き着いたのがこれなのだが、いまだに正解かどうかわからないままだ。


自信のない幸助をよそに、この曲が出来た背景など知りもしない二人はやけに感心していた。


「《Naked Truth》……なるほど、サビのラストの【紛れもなく】を使ったのか」

「いいじゃん、キャッチーじゃん! このドラマも、中盤あたりでヒロインの設定がガラッと変わるんだろ? 紛れもない真実、ってタイトルが効いてくるんじゃねぇの〜?」


興奮気味な佑賢とゴンは、この曲が紛れもなく幸助自身の恋愛を歌っているだなんて気付いていないようだ。

そこにはホッと胸を撫で下ろしつつ、しかし気恥ずかしさはなかなか消えてくれない。


あの日東屋で、櫂には絶対知られちゃいけないと抵抗した時間と労力が、泡のように消えてしまった。

いや、歌詞を書き換えたから櫂も気付かないだろう。

誰にも何も言わなければバレやしないのだが、よりによって誰にも見せられないと思っていた曲が全国のお茶の間に流れてしまうなんて皮肉すぎやしないか。


バンドアレンジ中も幾度となく後悔や羞恥心が襲ったが、既に抵抗の手段も時間も失っている。

自分の内側の柔らかいところをそのまま切り出して全世界に晒すような気持ちのまま、幸助は仮音源の録音を終えた。


建前だけのコンペ選考の後、正式に採用の通知が来たのはそれから数日後、Pinkertonメジャーデビュー当日のことだった。


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