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46:捻れたアンサーソング

デビュー直後、怒涛のプロモーション期間を無事やり切ったPinkertonピンカートンは、実に一ヶ月以上ぶりのまとまった休暇を得た。

が、久しぶりの休みに何をしていいかわからなくなった幸助は、連休2日目にはスタジオに居た。

まともに出来ていなかった作曲と作詞をここぞとばかりに進めていると、連休4日目からはメンバーが合流し始めた。


特に幸助のテンションを上げたのは、活動休止中だったベースの望田もちだが来てくれたことだ。

メジャーデビュー時点での復帰が間に合わなかった望田を、早ければALLTERRAオルテラとのツーマンライブで復帰させたいと佑賢ゆたかは意気込んだ。

レーベル側にも打診を進めている最中で、いざ復帰となった時にばっちり息の合った演奏を見せられるよう、望田が自ら参加を希望したのだ。


Pinkertonがいよいよ完全体になる日が近づいている。

勢い付いているこのタイミングで望田が復帰すれば、ファーストアルバム、そしてそれを引っ提げたメジャー初のワンマンツアーを最高の形で迎えることが出来る。


幸助は俄然気合が入っていた。

かいとのこと、あの夜のキスのこと、櫂のいる場であのラブソングを歌うこと。

思わず立ち止まってしまいそうなことは目の前にたくさんあるが、これは全て自分一人の問題だ。Pinkertonと他の三人には関係ない。

だから幸助は、スタジオにいる間は櫂のことを極力考えないようにしていた。

ツーマンライブのことは度々話題に上がるが、櫂個人ではない、ALLTERRAの話だと無理やり目を逸らした。


そんな日々を2日も続けていると、思考の切り替えに慣れ始めてきた。

櫂のことが気にならなくなってきたし、《Naked Truth》にもフラットな感情で向き合えるようになった。


これならいける。ツーマンライブを絶対成功させてやる。

ALLTERRAを喰う勢いで、Pinkertonの音楽をぶちかましてやる。


しかし、幸助の気合とは裏腹に、真実は背後からやってきて突然肩を叩く。



「どうよもっちー、大分慣れてきた?」


セッションの合間の休憩時間、汗だくの望田に声をかけると、とろけるような丸い笑顔が返ってきた。


「うん、やっと勘が戻ってきたよ。《Howling》のBメロでも指がもつれなくなってきた」

「もつれるどころか、ちゃんと歌ってるよもっちーのベース! 気持ちが乗ってる!」

「ほんと? よかった〜。でも新曲はまだまだだから、早く追いつかなきゃね」


実に半年以上ぶりの連日のセッションだが、望田は既にブランクを感じさせないパフォーマンスを見せている。

離れていた半年間も地道に練習を続けた、望田の努力の賜物だ。


高2の時、半ば無理やり楽器をあてがった時もそうだった。

自分からやりたいと言ったわけではない、本当に押し付けられただけのベースだったが、望田は地道な努力で着実に技術を身につけていった。

Pinkertonとして初めてライブハウスに立った日、幸助はつい、望田に聞いてしまった。


『なぁもっちー。今更な事聞くけどさ、ベース、嫌だった?』


音楽準備室で押し付けるように突き出したベースを、望田はどんな気持ちで受け取ったのだろう。

バンドやろうぜ、と、まるで昼飯に誘うようなテンションで軽く告げた自分のことを、望田はどう思ったのだろう。

家で一人で練習しながら、指先の皮が剥けていくのを見ながら、望田は何を考えていたのだろう。


もっと早くに聞くべきだったのだが、勇気が出なかった。

その頃からもう、幸助の音楽にとって望田のベースがなくてはならないものになっていたからだ。

でも望田は、緊張で震える手を握ったり開いたりしながら、こう言った。


『嫌じゃなかったよ。何だって良かった。ギターでも、バイオリンでも、カスタネットだって嬉しかったと思う』


望田の丸い顔は、笑うともっと丸くなった。

ただでさえつぶらな瞳が一本の線になって、誰でも似顔絵が描けそうな単純な顔になるのが、幸助は好きだった。

望田はいつも笑ってくれた。

でもその柔らかい笑顔の奥に、もしかしたら不平不満が隠れているのかもしれない。

優しすぎるあまり飲み込んでしまっている気持ちがあるのかもしれない、と思っていた幸助は、続く言葉に息をのんだ。


『僕も、こうちゃんの音楽の一部になれるんだ。そう思ったら、人生かけてやろうって覚悟が決まった』


望田の実家の問題は、まだ完全に片付いたわけではない。

父親の容体は落ち着いているものの以前のように店に立つことは難しく、今は望田と一番弟子の二人で主に店を回しているそうだ。

本格復帰となれば、店に出られる時間は極端に減る。

それでも店が回るようにこの半年手を尽くしてきたと望田は言うが、完全に離れることは出来ない。

復帰が叶えば、そこから望田の二重生活が始まる。

彼の負担が少しでも軽くなるように、彼が気持ちよく音楽と向き合えるように、精一杯支えなければいけない。


デビュー曲の反響は上々。

セカンドのドラマタイアップで弾みをつけて一気にチャートを駆け上がったら、今度はトップチャート常連であり続けるための努力が始まる。

いつまでも戦いは終わらない。

幸助の肩には今、Pinkertonと自分の音楽と三人のメンバーを守るという使命がずっしりと乗っかっている。


けれど、しんどさは感じない。

何かを変えなきゃいけないのはしんどいが、今変わるべき事は何もない。

Pinkertonはずっと四人だ。自分の中で鳴る音楽も変わらない。

今まで通りでいいのなら、馬鹿みたいにそれを続けるだけだ。


……これでいいんだよね、と聞いてみたい人の顔が頭をよぎる。

気を抜くとすぐに櫂のことを考えそうになる。

連絡をとってみようか、何もなかったように会話を始めてみようかなんて一日に何度も考える。

会いたい気持ちはもう、幸助の体の一部のようにいつもそこにある。

それでも今は考えないようにと踏ん張ってきたのだが、予想だにしない方向から櫂の話になってしまった。


「そういえば幸ちゃん、ALLTERRAと一緒に何歌うの?」


休憩時間、強めに効かせた冷房でやっと汗が引いた四人は、思い思いに過ごしていた。

幸助が暇つぶしにスマホを見ていると、横から声をかけてきたのは望田だった。


「今 《スケイル》と《比翼連理》で決まりそう。Pinkertonの曲は櫂くんの強めのリクエストで《ボイジャー》になった」


昨夜ALLTERRAスタッフから送られてきたメールを思い出しながら答えると、望田がぱちりと瞬きをした。

隣の丸椅子に腰掛け、スマホをいじりながら首を傾げる。


「《スケイル》って新曲? 聞いた事ないな」

「そっか、もっちー知らないか。ALLTERRAのライブ限定の曲なんだ。音源は一切ないし映像にも残らない、まじでライブでしか聴けない曲」

「へぇ! ほんとだ、検索してもファンブログの歌詞しか出てこないね」


望田が開いたページは、いつか佑賢から送られてきたURLと同じだった。

東家での事を思い出して動揺しそうになりながら、慌てて思考を手元に引き戻す。


「ピン助、今歌ってやれよ。歌詞覚えられたかどうかのテストも兼ねてさ」


ここで会話が終わってくれれば良かったのだが、残念ながら幸助の心情など知らないゴンが容赦なく切り込んできた。

ぎょっとする幸助の隣で、望田がはしゃいだ声を上げた。

歌ってとせがむ満面の笑みに圧されて、仕方なくアコギを抱える。


櫂と一緒にスタジオで歌って以来だ。

あの日は緊張で歌詞がとんでしまったが、今度のライブでは許されない。

ツーマンのスタジオリハまであと二週間を切った。

ここで一度確認をしておくのは確かに悪くないかと、呼吸を整えながら邪念を追い払う。


歌いながら瞼の裏に浮かぶのは、ツアー初日の櫂の笑顔と、一緒になって声を張り上げ歌うフロアのファンたち。

幸せな空間だった。

今度はあの場に自分の歌声を乗せることになる。

ファンの人たちは一緒に歌ってくれるだろうか。

受け入れてくれるだろうか。

不安が頭をもたげたら、幸助はストロークに力を込めた。

違う。歌わせるんだ。フロアを飲み込むんだ。櫂のように。


最後の一音の余韻が消えると、望田はふくふくに丸い両手を打ち鳴らした。

佑賢とゴンまで拍手をはじめたが、照れ臭いので「やめろやめろ」と声を張り上げ邪魔をする。


「なんか気持ち入ってたなぁ」


ゴンが意地の悪い笑みを向けてくるので、幸助は逃げるように背を向けてしまった。二人のいつも通りのやりとりを笑ってから、望田が感嘆の声を漏らす。


「いい曲だね〜。ALLTERRAっぽくないっていうか、まるで幸ちゃんの曲みたいだった」

「実際そうなんだよ」

望田の鋭い指摘に反応したのは佑賢だった。

「《スケイル》は、ギターを握ったばかりの八坂櫂やさかかいに幸助が贈った曲なんだ。ほら、高2ぐらいの頃のこいつ、ところかまわず即興ソング歌ってただろ」

「え、そうなの?」


目を見張ったゴンが、カラーサングラスの奥からどこか責めるような視線を向けてきた。

慌てて視線をそらした先で、望田がほがらかに笑っている。


「あぁ〜、あったねぇ。そうか、ALLTERRAのボーカルも幸ちゃんに魅せられた一人だったんだね」

「この曲のおかげで今度のツーマンが決まったのかもしれないな。曲を使ってしまってることへの、櫂くんなりの詫びの気持ちとか」

「なるほどねぇ」


望田は歌うようにそう言って、スマホに視線を落とした。


「この歌詞も、幸ちゃんが書いてプレゼントしたの?」

「いや、俺は曲だけ。歌詞は櫂くんがつけた」


望田は何故か意外そうな顔を見せた。

そうなんだ、と相槌をうちながら、何を思ったか譜面台へと足を向ける。


再び練習に戻るのかと思ったが、望田はベースではなく譜面台のタブレットを取り上げ、こう言った。


「なんか、アンサーソングみたいだね、この二曲」


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