「……アンサーソング?」
予想外の言葉を思わず繰り返すと、
タブレットと自分のスマホを手元に並べて見せると、ゆっくりスクロールする。
「ある曲に対する答えの曲のこと。歌詞の内容が対になってる曲を言うんだよ。例えばよくあるのは、Aの曲が彼氏視点、Bの曲が彼女視点のラブソング、とかね」
気配を感じて顔をあげると、
望田はそれに気付くとどこか嬉しそうにタブレットを掲げ、意気揚々と言葉を続ける。
「《スケイル》と《Naked Truth》は似た言葉をよく使ってる。というか《Naked Truth》に対する返事、アンサーソングが《スケイル》なのかな。ほら、例えばここ」
望田の指がサビ部分を拡大する。
タブレットに表示された幸助手書きの《Naked Truth》の歌詞は
【奪われた心の跡に 空いた大きな隙間
君の歌を詰め込んで 浮き上がる】
対して、スマホに表示された《スケイル》の歌詞は
【ざらつく皮膚の奥 きみのやわらかいところ
この歌で埋めて 飛んで行かないで】
「……【浮き上がる】と【飛んで行かないで】が、対になってる?」
「そう! あと、その前の【君の歌を詰め込んで】と【この歌で埋めて】も対だよね。君の歌=この歌、ってことでしょ?」
望田の言葉をとりあえず飲み込みながら、幸助は何故か胸騒ぎを覚えていた。
何か、気付いてはいけないことに気づいてしまったような焦りや恐怖が腹の底を冷やしている。
「あと、そもそも《Naked Truth》サビラストの【紛れもなく そうなんだろうな】に対するアンサーが、《スケイル》の【そうだよ 僕らは間違ってない】なのかなって」
望田は画面をスクロールし、一番最後のフレーズを表示させた。
二つの一文は確かに、会話のように見える。
「この気持ちが恋だと認めきれないけど多分そうなんだろうっていう弱腰な《Naked Truth》に、《スケイル》が間違ってないよ、それは恋だよ、大丈夫だよ、会いに行くよって励まして肯定している、っていう構成で作られたのかなって僕、思ったんだけど」
望田の解釈は確かに、突っ掛かりなく飲み込めるものだった。
ゴンも納得したように頷き、佑賢は望田からタブレットとスマホを奪ってじっくりと見比べ始めている。
「でも《スケイル》の作詞が幸助くんじゃないなら、ただの偶然だね」
「いや、ただの偶然にしては出来すぎてる」
望田の言葉を食うように、佑賢が声を上げた。
そこに滲む硬い色に、幸助の胸は一層ざわめきを強くする。
佑賢がタブレットから顔を上げた。
真っ直ぐに幸助を見るその瞳が言おうとしている事を、幸助は感覚で感じ取った。
寒気が走る。
気付きたくなかった気持ちと、早く気付けという焦りがぶつかっている。
まるで自分の半分が自分ではないような感覚だ。
一体これは何なのか、理解するより先に佑賢が低く呟く。
「もっちーの言う通り、これは確かにアンサーソングだと思う。全ての歌詞が少しずつ対比になってるし、韻も合わせてる。偶然と言うには些か不自然なほどだ」
「やった、僕いいとこ気がついたね」
空気にそぐわぬ明るい声を上げた望田は、佑賢と幸助の顔を見比べて笑みを消した。
「何? 何かおかしかった?」
「あぁ、おかしいんだよ。《Naked Truth》に対するアンサーソングが《スケイル》というのは絶対にありえないんだ。そうだよな、幸助」
不安げに声をひそめる望田の視線から逃げて、幸助は自分のスマホを取り出した。
体温が下がっているのに変な汗が出る。
まるで貧血のような状態だ。気分が悪い。
信じられない気持ちでスマホの画面を見つめてみても、望田の言うアンサーソングという言葉がやけにしっくりくる。
表示されているのは、メモ帳アプリ。
《また明日(仮)》という一文から始まるそこには、微調整前の《Naked Truth》の歌詞が並んでいる。
どういう意味かと問うような望田の視線に、幸助は乾いた喉を一度鳴らし、口を開いた。
「……俺が《Naked Truth》の元の歌詞を完成させたのは、このメモ帳の日付の通り今年の5月なんだ。そっからこの歌詞は弄ってなくて、コンペの話が来た時に紙に書き出してちょっと編集した」
「けど《スケイル》は、ALLTERRAがインディーズの頃からライブで披露されてる。そのファンブログも投稿されたのは去年だ。制作順は《スケイル》が先、《Naked Truth》が後で間違いない」
幸助の言葉を引き継いだ佑賢は、険しい表情でそう言い切った。
望田の顔には困惑が浮かんでいる。カラーサングラスで隠れたゴンの目も同じようなものだが、彼はまだ明るさを保とうとした。
「そんなん、幸助が無意識で対になるように作っちゃったんじゃねーの? 《スケイル》が《Naked Truth》のアンサーになるように、返事になるようにって言葉を選べば」
「それも不可能なんだ」
ゴンが笑い飛ばすように口にした意見も、佑賢は皆まで言わせずにばっさりと切り捨てた。
自分の端末を操作した佑賢はLINEのトーク画面を差し出しながら言葉を続ける。
「俺たちのこのやりとりから、幸助が《スケイル》の歌詞を知ったのは5月16日。メモ帳の最終更新日は自動記録だから、幸助がこの詞を書いたのは間違いなく5月14日。つまり幸助はこの詞を、《スケイル》を全く知らない状態で書いている」
東家で
佑賢から送られてきた歌詞のURLとライブ映像の荒い動画。それが業界の知人伝いにやっとこさ手に入ったものであることも、佑賢はメールの履歴から証明してみせた。
《スケイル》は円盤にも、音源にもなっていない。
どこかで曲を聴くということは、ライブに行かない限りありえない。
だから幸助が《スケイル》を知った上で《Naked Truth》を作詞することは不可能だし、反対に、まだ世に出ていない《Naked Truth》のアンサーソングを櫂が四年前に書き上げることも、不可能だ。
「……つまりこれは、どういうことなの?」
恐ろしいことに気付いてしまったのかもしれないと、その場にいる誰もが思っていた。
スタジオの冷えた空気。おそるおそる吐き出した望田の声が震えている。
誰もが明確な答えを求めた。しかし、その場にいる誰も、その問いに対する答えなど持っていない。
佑賢は眉間に皺を寄せて黙り込み、望田はおろおろと視線を泳がせ、幸助はただ呆然と二つ並んだ歌詞を見つめる事しかできない。
「……つまり、考えられることっつーとさ、」
口火を切ったのはゴンだった。
しかし、先ほどのような明るい色はもう滲まない。
低く、絞り出すようにして、ゴンは例えばの話をする。
「櫂くんが、何らかの力を使って《Naked Truth》の歌詞を知った上で《スケイル》を書いた、って事だろ」
「……何らかの力って?」
望田の泣き出しそうな声に、ゴンは逡巡の後小さく答えた。
「……未来予知とか? あとは、タイムリープとか」
突然のSF単語に、幸助は何故か殴られたような衝撃を覚えた。
唐突に蘇る、櫂の《サビ》である言葉の数々。
《時間・時》
《繰り返す・やり直す》
《何度も・何度でも》
《また会う・再会》
櫂の根幹にある、過去への後悔。
また会おうと繰り返す歌声に滲む、希望。
やり直すことへの強い執念。
会話の中で随所に滲んでいた、未来への「絶対」の自信。
今までの全ての疑問が、ごく自然に一つの言葉に収束していく。
証拠は何もないのに、何故かこれが「答え」だという確信がある。
顔を上げた先で、三つの視線が縋るように否定を求めていた。
まさか、そんなことあるかよって笑い飛ばしてくれ。
お前が否定すれば全部笑い話になるんだ。
けれどその切望を瞬き一つで振り払って、幸助は掠れた声で告げた。
「……タイムリープ、してるかもしれない」