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56:真実と選択

はじまりはいつも、あの夏の夜だ。


気付いたらベンチに座ってて、耳にはグリーン・デイが鳴っている。

生ぬるい空気を吸い込んで、俺はしばらくそこにいる。電灯に群がる虫の数を数えたりしながら、静かな幕開けを楽しむ。


最初の数回は、自分が思ったよりチビだったって事に驚いてた。

腕も足も細くて、不健康な子供だよね。

その日より前に戻れたなら、色々うまくやってもう少し健康な子供になりたかったけど……終わりがズレることはあっても、はじまりは絶対にズレないんだ。それより前に戻れたことは、ただの一度もない。


話を戻すね。

虫の数を数え終わると、ビリーの歌声の向こうに足音が聞こえてくる。

最初は躊躇いがちに、でも途中から吹っ切れたようにまっすぐ近づいてきて、俺はいよいよはじまるんだってワクワクしてる。


ライブの出囃子みたいなものだよね。

さぁ今回はどんなライブだろう、どんなセトリだろう。

そんな思いで、君の最初の一言を待つんだ。


『よう、何聴いてんの?』


って、知らない人にかける言葉にしてはあまりにも軽薄だよね。

でも幸助くんらしいよ。音楽バカって感じ。

だから俺、いつもそこで笑っちゃうんだ。

変なやつだなって思った? ふふ、そうだよね。

でも全部わかった今なら、変だなんて思わないでしょ。


また会いたいと心が枯れる程願った相手と、また会えた瞬間だもん。

誰だって笑ってしまうよ。泣かなかった俺は偉いくらいだ。

次またその瞬間が来たら褒めてほしいよね。


……そう。あの時名前を教えなかったのは、もちろん狙ってやったことだよ。

何度か繰り返してみて、一番良い展開になるには名前を教えない方がいいってわかったから、そうしてる。


名前を教えた時はね、そのまま仲良くなって高校在学中から連絡を取り合って……って最初はよかったんだけど、その後の展開が最悪でさ。

何が起こったと思う? 俺たち、バンド組んだんだよ。

PinkertonピンカートンでもALLTERRAオルテラでもない、なんかすごくダサい名前のやつ。


そしてね、全然うまくいかなかったんだ。一年も持たずに解散。

解散理由、聞きたい? ふふ。最低だよ。

痴情のもつれってやつ。

俺と幸助くんは付き合ってて、でももう一人のバンドメンバーも幸助くんのことが好きで……ってね。もう、笑っちゃうくらいドロドロ。


それ以来、あの公園で名前を教えるのはやめた。

連絡先を交換することもしなかった。

数年後にちゃんと出会えるって、俺だけは知ってたから。


俺と繋がらなければ、幸助くんはちゃんとPinkertonを結成する。

俺は大地と出会ってALLTERRAを結成して、しばらくは別々の道を粛々と進む。


とはいえ、俺は何かとやることが多くてさ。ちゃんと狙った通りに物事が進んでいるかどうか確認しなきゃいけないから、結構必死だった。


吉祥寺のJOINでライブハウスデビューするのをちゃんと見届けるためにバイトとして潜り込んだりとか、ライブあったらできるだけ参戦してグッズ買ったりとか。

もちろん新譜は最速でチェックしたよ。ライブで生の幸助くんをみること、幸助くんの音楽が変わってないか確認することが、俺にとって何よりも大切なことだったからね。


最古参ファンってのは、本当だけど、嘘みたいなものかもしれない。

少なくとも純粋に音楽性に惚れて……ってわけじゃないから、そこは嘘ついてごめんなさい。

でも、君と君の音楽に惚れ込んだことは嘘じゃない。だから俺はこうして何度も何度も、何度も君と出会ってきた。


……もうわかったと思うけど、改めてはっきり言わせてもらうね。


俺のタイムループの理由は、幸助くん、君です。

君と出会いたい。君と一緒にいたい。

君の音楽を聴いていたい。君と一緒に歌っていたい。

俺は君のことが好きで、多分幸助くんが音楽を好きなのと同じくらいの熱量で好きで、それでこうなっちゃったんだ。


科学的なメカニズムとかは全然わかんない。別にわからなくてもいいと思ってるから、神様の悪戯って事で納得してる。

ただ、神様ってのはどこにいるのかわからないしコミュニケーションも取れないから、このタイムループの制御が出来ない。


ループを終わらせることは、多分俺には出来ないんだと思う。

神様が飽きたら終わるのかもしれないけど、それがいつなのかわからない。

なんで繰り返すのか、何がゴールなのか、考えてみた事もあったけど結局わからないまま。


だから俺はね、このループを楽しむことにしたんだ。

楽しむ、ってほどお気楽に挑めるものでもないんだけど……なんていうのかな、タイムループしたての頃の混乱とか動揺とか、どうにかしなきゃみたいな焦燥感みたいなものはもう全部なくなっちゃったからね。


それに、繰り返しも案外大変なんだよ。

未来がわかるからって余裕綽々、ってわけにはいかない。


タイムループは、全く同じ出来事を繰り返し体験するわけじゃないんだ。

俺の言動一つで物事は変わる。俺が一言言い忘れただけで、誰かの人生が変わって、出会うはずの人と出会えなかったりする。

ほんの些細な選択が物語を変えていく。

自販機で水を選ぶのか炭酸を選ぶのか、それだけで数年後の何かが変わる。


バタフライエフェクト、ってやつなんだろうね。

だから、厳密に全く同じ人生を繰り返したことは一度もない。

とはいえ、大体の物事は攻略チャートみたいなものができてるから、要所要所で間違えなければ望む流れになった。

唯一コントロールが難しかったのは、幸助くん、君だけだよ。


多分、影響を受けやすい性質なんだろうね。幸助くんはほんの些細な出来事で反応や言動が大いに変わるんだ。

作る音楽が変わったり、考え方が変わったり、ほんの些細な出来事で音楽をやめてしまったりもする。

RPGで例えるなら、ランダムに動きが変わる厄介なパーティーメンバーって感じ?

攻撃してほしいタイミングでしてくれないとか、高級な装備を持ってパーティー抜けちゃったりとかね。


君だけは動きがなかなか読めない。パターン化しない。

おかげでもう何度も何度も判断をミスってやり直した。今回も、もしかしたらどこかで間違えたかもしれない。


間違えたら、俺と幸助くんはうまくいかない。

別れてそれっきり交流もなく、興味のない映画のエンドロールのように退屈な時間を浪費して、サクッと死ぬだけ。


俺が死んだら、ループは終わり。

意識がトんで、目を開けたらまた、あの夏の夜の公園のベンチにいる。


俺はグリーンデイを聴きながら、次はあの場面でこうしてみようかな、なんて考える。

電灯に群がる虫の数は前と違うけど、幸助くんの足音が聴こえるタイミングは同じだ。


そうしてまた、人生がはじまる。

君に焦がれて、君を想い、君に餓える、俺の終わらない人生がね。


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