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65:そして、夏が来る

「ねぇ」

「ん?」

「あと10ヶ月、なにがしたい?」

「ん〜、やりたいことめちゃくちゃあるけど、とりあえずまずは引っ越しかなぁ」

「え、もしかしてうちのマンション?」

「そ。そんでさ、櫂と一緒に住みたいなと思ってて」

「うわ最高! そうしよ、絶対そうしよ! 俺の部屋を生活用にして、幸助くんの部屋は作業部屋兼、遊び部屋!」

「はは、すっげー贅沢!」

「朝までゲームして、眠くなったら俺の部屋に帰って寝て、起きたらご飯作って、今日は何しようかって話しながらコーヒー飲んで」

「でももう夕方で、今からじゃどこも行けねーしって事でダラダラ映画見て、寝落ちて、夜中に慌てて仕事したりして?」

「やるやる〜! 何と言っても俺ん家、こたつあるからね! 寝落ち率めっちゃ高いよ!」

「自慢げに言うことか? それ。じゃあこれから俺は寝落ちた櫂を起こす係ってわけだ」

「こたつの誘惑に勝てるつもり? ミイラとりがミイラになる未来が見えるなぁ」

「……それは俺も見える!」

「あははは! 幸助くんと暮らしたら毎日笑い疲れそうだなぁ。あー楽しみ!」

「来週の名古屋公演終わったらすぐ引っ越すから、もうちょい待っててな」

「うん!」

「仕事の合間にだけど、いろんなことしようぜ。冬はイベント事も色々あるしさ」

「……しまった、ついいつもの癖でクリスマスイブに仕事入れちゃった……折角二人で過ごせるクリスマスなのに……」

「もしかして特番?」

「うん……イブの夜の生放送……」

「さっすがALLTERRAオルテラだなぁ〜冬の曲とか歌っちゃうのかなぁ〜! っと、あれあれ? Pinkertonピンカートンも24日に予定が」

「えっ! 特番出る!?」

「へっへっへ。ドラマタイアップってこういうところに恩恵があんだよなぁ」

「うわーっ! 同じ番組に出るってすごくない!? やったー! 終わったらそのまま飲みに行っちゃおう!」

「だな!」

「あれ、ってことはもしかして年末年始も……」

「おう。カウントダウンスペシャルってやつ? 呼ばれちゃった」

「年越しも一緒じゃん! よかったぁ〜カウントダウンライブの方行かなくて!」

「収録終わったらそのまま初詣だな!」

「いいね〜! 最高の年明け!」

「あと休みの予定もすり合わせておこうぜ。俺、櫂とスノボ行きたい」

「滑れるの!?」

「滑れなきゃ誘ったりしねぇ!」

「すごい! 教えて! 俺やったことない!」

「任しとけ。温泉つきのいいとこ知ってっからさ」

「温泉!」

「年明けアルバム出たら落ち着くはずだから、2月半ばぐらいまでには行けたらいいなぁ」

「2月バレンタインスノボ温泉! ただでさえ日数少ないのにこれは忙しいぞ! 待ってて、予定こじあけるね!」

「はは、大興奮じゃん。顔真っ赤」

「これが興奮せずにいられるかっつーの!」

「春は? やっぱ花見?」

「そりゃあ欠かせないよね〜! 桜の下を二人で歩きたい」

「連休からフェスはじまるし、俺らはその頃またツアーだけど、その分4月はいっぱい休みとるよ」

「うん。俺も合わせる!」

「6月は〜、雨だからゲーム三昧!」

「やった〜! おうちでごろごろ!」

「そんで寝落ちだ」

「へへへ、まぁそうなりますね」

「しゃーねぇなぁ。お姫様だっこでベッドまで運んでやるよ」

「え、キモいねそれ」

「あれ? 予想外に冷たい」

「ふふ。寝落ちても起こしてくれる人がいるっていいなぁ。二人で暮らすって、そういうことだもんね」

「おう。朝から晩まで一緒だし、屁ぇこいてもすぐバレるぞ」

「あ、僕はかわいいからそういうのはないです」

「やかましいわ」

「へへへ。……でも、そうだね。おはようからおやすみまで一緒だもんね」

「そうだよ」

「家を出る時は、いってきますといってらっしゃい。帰ったら、ただいまとおかえり、……」

「……櫂、どうした?」


「ねぇ、一個だけルール決めていい?」

「ルール?」

「そう。あのね、俺たちの間で『さよなら』って言葉は使わないようにしたい」

「……うん」

「そもそも一緒に暮らしてたら、普通に使わないんだけどね。でもほら、俺たちには確実に別れの時が来るし」

「……そうだな。『さよなら』より『またな』の方が、なんかいいよな」

「あるかもしれない次のループで、また会おう、ってね」

「ループは絶対に止めるけどな」

「止まったかどうか、幸助くんには確かめようがないでしょ?」

「……それは、そうだけどさ……」

「あ、落ち込まないで。ループは止まるよ、きっと。幸助くんがこんなに意気込んでくれてるし、俺も絶対幸せになろうって思ってる。でも、ループが止まったかどうかわからないなら、俺がいなくなったあとの世界で『もしかしたらまた二人は出会っているかも』って思えた方が希望が残るかなって」

「……来世でまた会おう、みたいなもんか」

「そうそう。これも小さな幸せだと思うんだよ。可能性が寂しさを少し誤魔化してくれる。いつかまた会えるかもしれないっていう希望が、きっと幸助くんを支えてくれるから」

「……うん。わかった。『さよなら』は言わない。最後の瞬間まで」

「よし決まり!」


「なぁ、櫂」

「ん?」

「10ヶ月なんてあっという間だぜ」

「そうだねぇ」

「寒さが増して、暖かくなって、花粉が舞って、梅雨が開けたら、もう夏だ」

「そうだねぇ」

「……夏が来たら、どうしようかなぁ」

「うん」

「俺どうなっちゃってるかな。なんかもう、ずっと櫂のそばから離れられなくなったりすんのかな」

「ふふ。それはそれでかわいいかも」

「笑える状況じゃねぇかもよ。大の男が子供みたいに泣きじゃくりながらずっとTシャツの裾握ってついてくるとか」

「あははは! 地獄絵図!」

「でもマジでそうなりそうなんだよなぁ……俺ちゃんと、耐えられんのかな」

「……それは、俺も同じだから」


「……いつか夏は来る」

「うん」


「その時俺たちは、どうしてるかなぁ」

「うん」


「どうやって別れるんだろう」

「うん」


「どうしたら、ちゃんと幸せに別れられるんだろう」

「それも全部、これから二人で、たくさん考えようよ」

「……そうだよな。今からビビっててもしゃーねーよな!」



大丈夫だよ、幸助くん。今度はきっと、大丈夫。


最後の瞬間まで一緒に居てくれれば、俺は心から幸せだから。



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