『結婚式には、ご友人を招待なさるといい』そう言ってベルンハルトが帰領したのが3カ月前。
日差しが照り付けるだけの夏が終わり、季節はまた移り替わろうとしていた。
豪雪地帯に位置するロイスナーへの移動を考えると、結婚式は夏の終わり頃が良いだろうと、バルタザールからの忠告のような命令を受け、結婚式はもう間もなく開かれる。
婚約披露のあの日、二人で踊ったダンスはとても楽しくて、これからの日々に小さな希望を灯した。二人のダンスを見た貴族たちが、その姿を見て噂話を止めたことは、今思い出しても笑い出してしまいそうなぐらい可笑しい。
そんなリーゼロッテの目下の悩みは、結婚式の招待客である。
王女の結婚式ということもあって、国中の貴族ほとんどが招待されている。
ただ、リーゼロッテがたった一人招待したい友人は、領地から出ることを認められていない。
アマーリエ・ディースブルク。リーゼロッテの唯一の友人だ。
アマーリエの父親であるディースブルク伯爵はその地を治めていて、魔力の多い彼女に領内で結婚し、後継を……と考えているのだと、在学中に教えてくれた。
だから、領地の外で他領の男性と知り合いになるような機会を止められていると。
(魔力が多いのも大変ね)
アマーリエを取り巻く状況に同情しながら、そんなアマーリエを招待し、王都へ出てきてもらうにはどうしたらいいのか、ずっと悩んでいた。
ディースブルク伯爵はバルタザールの招待を受け、結婚式に出席するだろう。婚約披露の場にもいたはずだ。
アマーリエはやはりその場にはいなくて、がっかりしたのを覚えている。
リーゼロッテが直接招待しようにも、既にバルタザールによってその自由は奪われており、バルタザールがアマーリエを招待してくれるわけもない。
たった一人の友人とすら、会うことさえ自由にできない力の無さが悔しい。
『招待客は決まりましたか?』
ベルンハルトのそんな文言の入った手紙を受け取ったのは、リーゼロッテが頭を悩ませているそんな最中である。
リーゼロッテは藁にもすがる思いで、ベルンハルトへの手紙に自分とアマーリエの状況を綴った。頼れるものはもう、それしかなかった。
ベルンハルトがその手紙を読んでどうしようと、リーゼロッテにはそれ以外の手段はない。
奇跡が起こることを、祈るしかなかった。
「リーゼ、結婚おめでとう」
奇跡を祈ることしかできなかった結婚式当日、リーゼロッテのたった一人の親友は、その姿を王城に現した。
「アマーリエ! どうして?!」
「お友達の結婚式ですもの。来られて良かった。それにしても本当に綺麗」
アマーリエはリーゼロッテのを手をとると、その美しさに、久しぶりの再会に、涙を浮かべて喜んだ。
「来てくれたことは嬉しいの。でも、なぜ? わたくし、結局招待状を送ることができなくて。そのことをお父様に願い出ることもできなかったの」
「わかっているわ。でも、リーゼはロイエンタール伯爵にそのことを相談したでしょう? わたくしに招待状を送ってくださったのはロイエンタール伯爵よ」
アマーリエの言葉に、リーゼロッテは勢いよくベルンハルトのことを見た。
婚約披露の時のように、広間の座席の隣に座るベルンハルトは、そんな視線も会話も気にもせず、すました顔で前方を見続けていた。
「あの方が? どうやって?」
再びアマーリエの方を向き直ったリーゼロッテは、先ほどよりも声の音量を控えて、アマーリエに説明を求める。
「ロイエンタール伯爵の治めるロイスナーは、お隣の領地ですもの。少ないけれども関わりがないわけではないわ。お父様宛に、直接お手紙を下さったの。そうすれば、ね。ロイエンタール伯爵の言うことを聞かないわけにはいかないわ」
話し終えると、アマーリエが優しく微笑んだ。
ロイエンタール伯爵は、辺境伯だから。格上のロイエンタール伯爵からの招待を断れるはずがない。
そんな言葉が、アマーリエの話の外に含まれているような気がする。
「そういうことね」
「えぇ。それにしても、本当に綺麗」
「流石にこれだけ貴族が集まる結婚式だからね、お父様も取り繕うわよね」
国立学院在学中に何度も話した、お互いを取り巻く理不尽な環境。お互いのそんな身の上を知っているからこそ、二人は立場を超えてざっくばらんに話ができる。
もちろん最低限の礼儀はわきまえているが、リーゼロッテに余計な気を回すことも、魔力だけでリーゼロッテの価値を測ることもないアマーリエのことを、リーゼロッテは誰よりも信頼していた。
「わたくしはロイスナーの隣の領地にいつでもいるわ。そちらへ行って、何かあったら何でも言ってちょうだいね。わたくしにできることなら、何だって」
「アマーリエは結婚は?」
「お相手が見つかり次第ね。でも、わたくしが外に出ると領地の結界が維持できないでしょうから。領地内でどなたかお相手を見つけることになるわ」
「そう。アマーリエはあんなに外の世界を見たがっていたのに」
「中央で学ぶことができただけで十分よ。それもリーゼがいてくれたから」
「またお会いすることができるかしら」
「どうかしら、ロイエンタール伯爵次第ね」
リーゼロッテにすら知らせずに、親友に会う場を作ってくれたベルンハルトを横目に見るが、その仮面をつけた顔からは、何の感情もうかがい知ることはできなかった。