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第13話 二つの式 1

(あぁ。もう、抜け出したい!)


 ベルンハルトと共に向かった広間で、繰り広げられる見せものは、想像以上の攻撃力でリーゼロッテの心を破壊していく。

 バルタザールとの日々で、自分の心は強くなっているはずだった。どんな言葉でも、くだらないと笑いとばせる自信があった。それなのに、そんな自信はあっという間に砕け散る。


 広間に入ると同時に、貴族たちから向けられる視線。軽蔑と奇異の感情の入り混じった不快な視線。

それを一気に向けられた。

 それは果たしてリーゼロッテに向けられているのか、隣に立つベルンハルトに向けられているのか、それすらもわからない距離で、ただただ拒否することもできない視線に晒される。


 視線だけであれば、下を向いて見ないようにしてしまえばそれで済んだ。

 それ以上に耐えられなかったのはふさぐことのできない耳から入ってくる声。

 魔法が使えないことを嘲笑されるのは仕方ないと思っていた。今更、リーゼロッテの力ではどうにもならない問題。

 きっと、ベルンハルトのあざだって、同じようなものだろう。それなのに。


『あの仮面の下に、醜いあざが広がっているらしいわ』


『ロイエンタール家の者に出てくる龍の鱗のあざでしょう?』


『何百年も前に、龍と契ったと聞いたわ。ロイエンタール家の者はその末裔だそうよ』


『龍の血が混じっているから龍を率いることができるのよ。あのおぞましい獣の血だなんて』


『いくら魔力がないとは言っても、国王陛下もそのようなところに娘を嫁がせる必要もないでしょうに』


『魔力がないからなのよ』


『ロイエンタール家は魔力が強すぎて、いつ敵対勢力となるかわからないんですって』


『次に生まれる子どもの魔力が少なくなる様にってこと?』


『この国の貴族たちは国王が認めないと結婚も離婚もできないもの。あの二人はもう添い遂げるしかないのよ』


『まぁ、お可哀想に』


 嘘か本当かもわからぬ内容を、さも真実の様に語る声は、用意された席についているリーゼロッテの耳を汚す。隣に座っているベルンハルトにも当然聞こえているだろう。

 リーゼロッテが誰にもばれぬように、そっと隣を盗み見れば、ベルンハルトは広間に入る前に見せていた顔を崩すことなく、平然とした顔で座っている。

 その顔からは何の感情も、うかがい知ることはできない。すぐ近くにいるはずのベルンハルトの気持ちもわからない。

 リーゼロッテはこの広間でたった一人、底のない孤独を感じていた。


「リーゼロッテ王女」


 体中を覆いつくしてしまうような孤独と一人戦っていたリーゼロッテに声をかけてきたのは、ベルンハルトだった。


「はい。何でしょうか」


「ここから、退席されますか?」


 ベルンハルトの言葉に、体が小さく反応するのがわかった。退席など、許されるはずもないと思っていたからこそ、その言葉に心が弾んでしまう。


「できるのですか?」


「えぇ。私さえ残れば、国王には叱られないように対処しておけますから」


「それでは……」


 退席するのはリーゼロッテだけということだ。

 この不快な席に、一人で残るベルンハルトのことを思う。


(私一人で……逃げるの?)


 答えに詰まったローゼロッテがベルンハルトを見つめていると、その口元が小さく微笑みを作り出した。あの夜、温室で向けられた口元。全てを任せておけばいいと、そう思ってしまいそうになる。


「いえ。わたくしも残ります」


『おあいこ』だと言った時の本当の笑顔。リーゼロッテが嫌な思いをしたら……と謝ってくれた人。

 そんなベルンハルトをこんな場に一人で残しておけないと、楽な道への選択を自ら手放す。


「大丈夫、ですか?」


「はい」


 大きく深呼吸をし、肺一杯に空気を取り込んで、リーゼロッテはお腹に力を入れた。夜会も既に中盤をすぎたはず。奥歯に力を入れて、唇をかみしめた。


「リーゼロッテ王女はダンスは得意ですか?」


「え? え、えぇ。苦手ではありませんわ」


 魔法を使えないこと以外で見下されぬように、リーゼロッテはその他の嗜みには人一倍力を入れて学んでいる。社交のデビューが遅くなったこともあって、その腕前は誰の前に出ても、文句を言われることがないくらいだ。


「ちょうど曲が変わります。私と、お相手願えますか?」


 ベルンハルトがリーゼロッテの目の前に掌を差し出す。

 広間の中央では何人かの貴族たちがダンスを披露していた。その場に出ていくというのか。ただでさえ変な目を向けられているというのに、わざわざ注目されに行くと。


「ふふっ。喜んで」


 リーゼロッテはベルンハルトの手を取った。更なる注目を浴びに行こう。これ以上見下されることもないだろう。それならば、何だってやってしまえばいいじゃない。

 二人は作り上げた笑顔を張り付けて、中央へと出て行った。



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