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第19話 ロイスナーでの暮らし 5

「立ち話で済ますには長くなりそうです。そちらへおかけ下さい。すぐにお茶を淹れて参ります」


 顔色を悪くしたリーゼロッテのことを気遣ってか、ヘルムートが庭に設置されたテーブルセットに手を向けながら勧めてくる。


「ありがとうございます」


 リーゼロッテにとってもその誘いはありがたく、素直に受け取って席に着いた。

 ヘルムートの淹れてくれるお茶は想像以上に美味しくて、リーゼロッテの身体と心に染み入ってくる。


「この城の使用人の数は普通の城よりは少ないかもしれませんね」


 リーゼロッテにお茶を出したヘルムートは、その側に立ったまま話を続けようとする。


「ヘルムートさんも座って下さい。ゆっくりお話しが聞きたいです」


 自分の父親ほどの年齢に見える男性のことを、使用人とはいえ呼び捨てで呼ぶ気にもなれず、さらに自分に席を勧めたヘルムートが立ったままというのは、どうにも居心地が悪い。

 リーゼロッテはヘルムートにも着席してもらい、会話を楽しみたいと考えた。


「私もですか……」


 ヘルムートがついと視線を城の窓に送った気がしたが、すぐにニヤッと口角を上げ、リーゼロッテと向かい合う様に席に着いた。


「それでは、お言葉に甘えて失礼します」


「えぇ。どうぞ」


「さて、この城の使用人が少ない理由は経済事情だけではありませんよ。ご心配なさらなくても、そこまでひっ迫してはおりません。ベルンハルト様があまり人を寄せたくないらしく、そちらの理由の方が大きいかもしれません」


「あ……」


 ヘルムートの口から一気に語られた理由には説得力があった。社交の場であんな目に遭ってるベルンハルトが、人を寄せ付けたくないのもわかる。


「お心当たりが?」


「少しだけ」


「色々、聞きましたか」


 貴族の間の噂話は、ヘルムートも知っているのだろう。視線を下に落とし、口をつぐんでしまった。


「あの様なことばかりでは、嫌になりますわ」


「奥様がそう言ってくださる方で、ほんとうに良かったです」


「わたくしも色々言われてしまうので、皆様にご迷惑をおかけするでしょう。本当にすいません」


 リーゼロッテはヘルムートにも頭を下げる。


 今後この城で過ごしていくのであれば、使用人達に良い印象を与えておくのも大切である。

 自分の頭一つで、これからの平和が得られるのであれば安いものだと、その為には慣習など破ってしまえばいいと、そう考えた。


「お、奥様!」


 先程はまで落ち着き払っていたヘルムートが、リーゼロッテの行動を見て、さすがに狼狽えはじめる。


「こんなこと、するべきではないのはわかっています。ですが、そうしないではいられないほどの迷惑をかけてしまうかもしれません。皆様には内緒にしておいて下さいね」


 そう言うと、アルベルトに見せたのと同じように口元に人差し指を当てた。


「な、内緒……ですか」


 ヘルムートの視線がまた城の方に向いた気がしたが、リーゼロッテはそんなことも気にせず微笑んで話を続ける。


「えぇ。内緒にしておけば、誰かに何かを言われることもないでしょう?」


「内緒にできたかどうかは、保証致しかねますが……」


 ヘルムートが何やらぼそぼそとため息混じりに呟いていたが、リーゼロッテはこうやって話ができたことに満足していた。


「ヘルムートさん、またお庭に来てもよろしいかしら?」


「それはもちろん構いません。ですが、私のことをそのように呼ぶのはおやめ下さい」


「良いではありませんか。わたくし、このようにお話できて嬉しいのです。わたくしがこちらに慣れるまででいいのです。話し相手になってくださいませんか?」


「話し相手など、いくらでも務めますから」


「では、お友だちに!」


「それは、致しかねます」


「あら、そお? それではお約束ですよ。話し相手になって下さいませね」


 リーゼロッテはそう言って席を立つと、城の中へと足を向けて歩き始める。

 数歩進んだところで、後ろを振り返った。


「ヘルムートさん、またお話しましょうね」


 そう言うと、素早く城の中へ戻っていった。

 残されたヘルムートが何やら困惑と喜々の入り混じった顔をしていたが、そんなものを見ることもなく、リーゼロッテは部屋へと戻る。

 そのままお気に入りのソファに腰かけ、これからの生活を思い浮かべる。


 結婚させられてしまった以上、もう後戻りはできない。

 リーゼロッテのことを避けるような人物がいないうちに、できる限り自分を知ってもらわねば。遠慮して、出遅れるわけにはいかない。

 ここで何が起きたって、次は逃げ場所なんてない。ロイスナーでの生活が辛いものになってしまえば、今度こそ一生逃げることのできない牢獄。

 華やかな家具に囲まれながら、リーゼロッテは唇を嚙み締めた。

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