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第4話 ざまぁと溺愛





1. 疑惑と不安の広がり


 リオネルの兄・ギルバートが公爵家の財産を横領し、不正蓄財に手を染めている――。さらに、義母と義姉エリザベスがその不正を黙認、あるいは手助けしている可能性が高いことを示す証拠を掴んで以来、リオネルとカリエラは忙しい日々を送っていた。

 公爵家という大貴族の内部で、しかも長男が行っている不正を公にするのは容易ではない。公爵当主(リオネルの父)も高齢で体調を崩しがちであり、いざ事態を知ってもすぐには動けないだろう。ましてや義母に至ってはギルバートを溺愛しており、リオネルやカリエラの言葉など聞く耳を持たない。

 だが、カリエラは負けなかった。もはやリオネルとの間に「夫婦としての揺るぎない愛情」が芽生えている。リオネルは家族への不信感を拭い去ることこそできないままでも、カリエラと共に公爵家の名誉を守るため、兄たちの不正を暴こうと決意していた。

 そんななか、義母と義姉は相変わらずカリエラに嫌がらせを続け、また、ギルバートは何とかリオネルとカリエラの関係に亀裂を生じさせようと、あの手この手で干渉を試みてくる。

 それでも、以前とは違い、カリエラはひとりで苦しむことはなかった。リオネルは少しずつではあるが、自分からカリエラに声をかけたり、彼女の状況を気にかけたりするようになったのだ。


「何か困ったことがあれば、必ず俺に言え」

「はい……ありがとうございます、リオネル様」


 そうした言葉のやり取りがあるだけで、カリエラの胸はあたたかくなる。

 一方、義母たちはどうかと言えば、以前よりもずっと苛立ちを募らせていた。特にエリザベスは、カリエラが社交界で“聡明な伯爵令嬢”として名を高めつつあることを癪に障っている様子で、何かにつけてはカリエラの前で舌打ちに似た仕草をする。


「あなたのような余所からきた女が、公爵家の主役になったつもりなの? いい気にならないで」

「いえ、そんなつもりはないのですが……」


 表面的には笑顔を保ちながら、カリエラは内心で(もう少し大人になればいいのに……)とため息をつく。だが、今は直接反撃する時期ではない。ギルバートの不正を白日の下に晒すために、裏で動いている以上、下手に刺激しすぎるのは得策ではない。

 そんな綱渡りのような状況が続く中、ついに“決定打”となる出来事が起こる。ギルバートの不正疑惑を裏付ける、ある重大な証拠が見つかったのだ。



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2. 決定的証拠の入手


 それは、公爵領内にある古い小作農の家に隠されていた書類だった。小さく薄汚れたその家には、かつてギルバートが密かに蓄えた金銭を管理していた男が住んでおり、匿名の情報提供者から「あそこに行けば、不正を示す書類がある」という知らせを受け、リオネルたちは極秘裏に調査を進めた。

 書類には、ギルバートが裏で結託していた豪商たちとの細かな取引内容や、不自然に高額な金の流れ、そして“公爵家当主の目が届かないよう細工した”と見られる記録が残されていた。宛名はギルバート本人。受領印まである。まさに決定的な証拠と言えた。

 リオネルは書類の束を見て、大きく息をつく。


「これだけあれば、兄貴が領内の金を不正に動かしていた証拠になる。公爵家の監査官や、王宮の司法関係者に提出すれば、一巻の終わりだろう……」

「でも、これをどうやって確実に公的機関へ持ち込むかが問題ですわね。義母様やエリザベス様が妨害してくる可能性もあるし、ギルバート様も黙ってはいないでしょう」


 カリエラの指摘に、リオネルはうなずく。確かにこの証拠を正式な手続きを踏んで提出しなければ、ただの“内輪揉め”に終わるかもしれない。ギルバートが権力を使ってもみ消す可能性もある。

 すると、カリエラの瞳が僅かに輝いた。


「……わたくしに、少し考えがあります。伯爵家の父が、王宮関係の司書や審査役と昔から縁があったのです。もしかすると、その伝手を辿れば、確実に王宮の調査を引き出せるかもしれません」

「なるほど……。おまえの伯爵家のネットワークを使えば、ギルバートもそう簡単には手を出せない。それはいい案だ」


 こうして、リオネルとカリエラは“伯爵家の伝手”を頼りに、公爵家の外部へこの証拠を正式に提出する方策を練り始めた。

 しかし、その動きをかぎつけたギルバートと義母は、一斉に妨害に乗り出す。彼らはカリエラを“根も葉もないスキャンダル”で失墜させようと画策したり、書類の保管場所を突き止めて奪おうとするなど、あらゆる手を尽くしはじめる。

 そして――この“最終決戦”ともいえる大騒動が、やがてカリエラとリオネルにとっての“最大の試練”となって降りかかってくるのだった。



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3. 義姉と義母の最後の悪あがき


 ある日の午後、カリエラが愛用の書斎で書類を整理していると、ノックもなくバタンと扉が開いた。姿を現したのは義姉エリザベスと、その後ろに控える義母だ。二人とも険しい表情を浮かべ、まるで勝ち誇ったように笑みを浮かべている。

 嫌な予感が走りつつも、カリエラはあくまで落ち着いて声をかける。


「義母様、エリザベス様……どうなさいましたか? 急に失礼ではありませんか?」


 するとエリザベスが「ふん」と鼻を鳴らして書類の山を指さす。


「あなた、また何を画策しているの? まさかリオネルと一緒に、この家を貶めるようなことをしているんじゃないでしょうね」

「貶める? わたくしが公爵家を……? そんなこと、あるわけないでしょう」


 カリエラはあくまでも表向き取り繕う。義母がその横で睨むように言い放つ。


「最近、あなたとリオネルが妙にこそこそ動いていると聞くわ。人づてに耳に入ってきた噂じゃ、ギルバートを裏切るような証拠を探しているとか……。これはどういうつもりなのかしら?」

「別に、裏切るなどとは……。リオネル様は公爵家の一員として、この家の秩序を守りたいだけですわ」


 あくまで冷静に応じるカリエラ。だが、義姉と義母はここぞとばかりに言葉をぶつけてくる。


「いいえ、あなたが公爵家の秩序を乱しているのよ! 最近は使用人もあなたにばかり懐いて、まるでこの家の主人気取りじゃない。リオネルもあなたに感化されて母や兄に反発しはじめて……。あなたが煽ったのでしょう? リオネルを操って、ギルバートを貶めようとしているんだわ!」

「そうよ。あなたが来てから、この家の中がぎすぎすして仕方ないわ。さっさと伯爵家にでも帰ってちょうだい!」


 明らかに「追放」も視野に入れた発言だ。公爵家を牛耳りたい義母たちにとって、カリエラは邪魔な存在でしかない。

 しかし、ここで怯んではいられない。カリエラは椅子から静かに立ち上がり、二人をまっすぐ見据えて口を開く。


「……わたくしがこの家に来てから、確かに色々ありました。しかし、わたくしはリオネル様の妻であり、公爵家の人間です。勝手に出て行くつもりは毛頭ございません」

「生意気ね……。何も知らないくせに」


 エリザベスの目が憎悪に燃える。カリエラは怯むことなく続ける。


「ところで義母様、エリザベス様。わたくしには分からないのですが……もしギルバート様にやましいことがなければ、なぜこうまでリオネル様が探るのを阻むのです? 堂々と正々堂々としていれば、探られて困ることなどないはずですわ」

「それは……」


 ほんの一瞬、義母とエリザベスが言葉に詰まる。そこを逃さず、カリエラはさらに畳みかける。


「公爵家として大切なのは、正しいかどうか。それとも、長男を無条件に庇い続けることなのでしょうか? わたくしはリオネル様と共に、この家の将来のために最善を尽くしたいだけです。そしてリオネル様も、義母様たちを敵に回すつもりなどなかったはず……」


 その言葉を聞いた義母は、ますます怒りに震えながら、吐き捨てるように言い放つ。


「分かったわ。この家にいる限り、あなたはわたくしたちの言うことを聞かざるを得ないのよ。……近々、ギルバートが社交界で大きな顔をする舞踏会が開かれるわ。その場でリオネルとあなたの“愚行”を暴露してやる。そうすれば、あなたなんか息の根が止まるでしょうね!」


 エリザベスも高笑いを上げる。


「そうよ、みんなの前で恥をかけばいいわ! 公爵家の次男夫婦がどれだけ滑稽か、思い知らせてあげる!」


 捨て台詞を残して二人は出て行った。カリエラは深く息を吐き、拳をぎゅっと握りしめる。

 (こちらこそ、あなたたちの不正を暴露する準備はできているのです――)

 心の中で決意を固めながら、彼女はリオネルと共に行動を起こす時を静かに待ち望んだ。



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4. 舞踏会での決戦


 そして、運命の舞踏会の日がやってきた。これは公爵家の当主、つまりリオネルとギルバートの父に代わって、事実上ギルバートが主催する形で行われる一大社交イベントだ。各地の貴族や有力者が多数招かれ、豪華絢爛な衣装に身を包んで集まる。その場で、ギルバートは「次期公爵」としての地位を大々的に誇示しようという魂胆らしい。

 会場となるのは王都にある広大な舞踏会場だ。煌びやかな装飾が施された大理石のフロア、天井には巨大なシャンデリアが輝き、貴族たちの優雅な笑い声が響く。

 カリエラはリオネルの隣に立ちながら、今日こそが“勝負の日”だと胸を高鳴らせていた。彼女の手には、小さな革製の袋が握られている。中にはギルバートの不正を証明する書類の重要部分の写しがあり、万が一、原本が義母たちに奪われても対応できるようにしてある。

 一方、義母とエリザベスは早々に会場入りし、何やら客たちに盛んに声をかけている。表向きは“公爵家の華やかな夜を楽しんでください”と上品に振る舞っているが、その瞳には邪悪な笑みが宿っていた。

 ギルバート本人は、中央の特等席で堂々と腰かけ、気の置けない仲間たちと談笑している。時折、周囲を見回すように目を走らせ、リオネルとカリエラの居場所を確認しているようだった。

 やがて主催者としての挨拶が始まり、ギルバートが来場者たちの前で軽妙なスピーチを披露する。今日は音楽と舞踏を存分に楽しんでほしい、というお決まりの言葉。しかし、それが終わった瞬間、義母がステージ近くへ進み出て、わざとらしく手を叩いた。


「皆さま、本日はようこそお越しくださいました。ところで、せっかくですから、我が公爵家の次男夫婦にもご挨拶いただきたいものですね。リオネル、そしてカリエラ!」


 大勢の視線が、一斉にリオネルとカリエラに向けられる。場内がざわつく中、リオネルは不機嫌そうな表情を隠そうともせず、カリエラの手を握りしめながらステージへと歩み出る。

 エリザベスが冷笑を浮かべて煽るように言う。


「リオネル、あなたも堂々と話したら? せっかく今日のために多くの貴族が来ているのですもの」

「……ああ、もちろんだ」


 リオネルの声は低く、どこか怒りを秘めている。だが、その一歩先にギルバートがツカツカと寄ってきて、マイク(のような拡声器)を握り、“穏やかな口調”で場を仕切り始める。


「皆さま、ようこそ。……ところで最近、リオネルとその妻カリエラについて、奇妙な噂を耳にした方はいますかな? どうやら伯爵家から来たこの妻は、公爵家の内情を探るために送り込まれた“間者”のような存在で……」


 その言葉に場内がどよめく。噂好きの貴族たちが耳をそばだてるのが分かる。義母とエリザベスは、にやりと笑っている。まさに“先手を打ってカリエラを貶める作戦”だろう。

 ギルバートはさらに言葉を続ける。


「……いや、私も信じたくはありませんが、リオネルまでもがそれに加担しているとなれば大問題です。伯爵家と公爵家がせっかく結んだ縁が、こんな形で裏切られるとは……皆さま、どうお考えでしょう?」


 さも悲しげな声色で語るギルバート。会場のあちこちから、ひそひそとさまざまな意見が飛び交う。「そんな馬鹿な」「政略結婚だったから不仲と聞くが、そこまでとは……」など、疑惑が渦巻く。

 しかし、リオネルはまったく動じる様子を見せない。それどころか、あざ笑うかのように小さく息を吐き、手にしていた杖をカツンと床に叩きつける。会場がピタリと静まり返った。

 リオネルは、冷ややかな瞳でギルバートを見据えながら言い放つ。


「……兄貴はいつもそうだ。人を陥れる話を捏造して、大勢の前で恥をかかせようとする。でも、今日はその手は通用しない」

「ほう……? それはどういう意味かな、リオネル」

「その意味は――こうだ!」


 そう言うと、リオネルは懐から書類の束を取り出し、高々と掲げる。


「兄貴が領内の財産を不正に横領していた証拠がある。豪商との取引記録、金の動き、それを支えた母上たちの影……。これを見れば、どちらが“公爵家を裏切った”か一目瞭然だ」


 会場に再び大きなどよめきが起こる。ギルバートの顔色は一変し、義母とエリザベスは青ざめる。だが、義母は必死に取り繕おうと声を荒げる。


「そ、そんなの捏造よ! リオネル、母親を貶める気なの!?」

「いいえ、義母様。これは嘘ではありません」


 ここでカリエラが前に出る。彼女もまた別の封筒を取り出し、震える手で客たちの前に掲げる。


「こちらは王宮の審査役に提出する正式な申請書の控えです。伯爵家の父の伝手で、すでに王宮への告発が受理されつつあります。ギルバート様の不正が明るみに出れば、公爵家の名誉は大きく損なわれるでしょう。しかし、あくまでそれは“ギルバート様自身の罪”であって、公爵家全体の話とは限りません」


 その言葉に客たちが目を見開く。どうやら事前にきちんと手配を進めていたらしいことが窺える。ギルバートが咄嗟に言い返そうと口を開くが、言葉が出てこない。

 そこへ、さらに追い討ちをかける出来事が起こる。会場の外から、王宮の役人や公爵家の監査官、さらには伯爵家の使者などが一斉に入ってきたのだ。

 彼らは公文書を手にしながら、厳かな表情で宣言する。


「ただ今より、ギルバート・グランディオス殿の財務不正に関する捜査を開始いたします。ご本人は協力を拒否なさらぬよう」

「……な、なに!? こんな場で……」


 ギルバートは狼狽するが、すでに手は回っていたのだ。王宮の審査役が堂々と舞踏会の場に乗り込み、全員の前で捜査の開始を宣言する。これ以上、ごまかしようがない。

 どよめきと混乱が広がる中、義母が叫ぶようにギルバートへ駆け寄る。


「ギルバート! こんなの嘘よ! あなたがそんなことするはず……」

「くっ……! 余計なことを! リオネルめ……」


 しかし、ここで観念したかのように、ギルバートは王宮の役人に取り囲まれる。まだ取り調べはこれからだが、あれだけの証拠を押さえられてしまっては逃げられない。

 呆然とする義母とエリザベスを前に、リオネルは冷ややかに言い放つ。


「おまえたちの妨害も、これで終わりだ。これからは公爵家のために生きるか、兄貴と同罪として裁かれるか、よく考えるがいい」


 カリエラもまた、静かに微笑みながら言葉を添える。


「義母様、エリザベス様……わたくしは最後まで公爵家を大切に思っていました。あなた方がわたくしを認めてくださらなくとも、わたくしは公爵家の一員として務めを果たしたまでです。……これが、あなた方の“結果”です」


 完全に打ちのめされた義母とエリザベスは、その場で何も言い返せず、茫然と立ち尽くすしかなかった。今さら取り繕っても遅すぎる。ギルバートの不正が明るみに出れば、彼らがいくら足掻こうと“共犯”の疑いを晴らすのは難しいだろう。

 こうして、公爵家の社交界における華やかな舞踏会は、あまりに衝撃的な結末を迎えた。まさに“ざまぁ”の瞬間だった。



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5. 勝利と愛の宣言


 騒然となった舞踏会のあと、リオネルとカリエラは屋敷へ戻った。義母やエリザベス、そしてギルバートはそれぞれ王宮の役人による事情聴取や取り調べを受けるため、しばらく拘束される見込みだ。

 長く続いた不安や争いが、ようやく終わりを迎えつつある。公爵家が完全に立ち直るまでには時間がかかるだろうが、少なくとも最大の障害となっていた“長男ギルバートの不正”は明るみに出たのだ。

 屋敷の広間に入ると、使用人やメイドたちが一様にホッとした表情で二人を出迎えた。誰もがギルバートや義母たちに怯え、カリエラとリオネルの正当性を信じながらも公には声を上げられなかったのだろう。その苦しみが解放されたように、安堵の息をついている。

 メイド長が深々と頭を下げる。


「奥様、リオネル様、本当に……お疲れ様でございました。これで、公爵家も平和を取り戻せるのでしょうか」

「ええ、これからは少しずつ正常化を図っていきます。……あなた方も大変な思いをさせましたね。ありがとう」


 リオネルが短く告げると、使用人たちは感極まったように目を潤ませ、次々に頭を下げる。カリエラは微笑みを返しつつ、「皆さんがいてくださったから、わたくしも頑張れました」と言い添えた。

 やがて夜も更け、屋敷は静寂を取り戻す。カリエラは長かった一日を振り返りながら、自室へ向かおうとするが――その手首を、リオネルがふいに掴んだ。


「……今夜は、もう少し二人で話したい」

「リオネル様……」


 その瞳には、いつになく甘い色が浮かんでいる。前はこんな風に誘ってくれることなどなかったのに、と胸が熱くなる。

 そのままリオネルは、カリエラの部屋の扉を開け、彼女と共に中へ入った。

 部屋の中は薄暗いが、月明かりがカーテンの隙間から差し込んでいる。静まり返った夜のなか、二人はベッドの端に並んで腰かけた。リオネルがゆっくりと息をつき、カリエラの手をそっと握りしめる。


「……今日でようやく、兄貴や義母の横暴に終止符を打てそうだ。だけど、正直言って、家族がこうして崩壊していくのは、決して気持ちのいいものじゃない。俺も心が痛い」

「ええ……。でも、間違ったことを正すのは、本来ならば誰かがやらなければならなかったこと。リオネル様は勇気を出してくださった。それに……わたくしはあなたが誇りです」


 その言葉にリオネルは驚いたように目を見開く。カリエラは微笑みながら続ける。


「あなたが自分の信じる正義を貫き、公爵家を守ろうとされた。その姿を見て、わたくしも力を貸したかったし、一緒にいたいと思えたのです。ずっと一人で抱え込んでいたリオネル様が、わたくしを頼ってくれるようになって……本当に嬉しかった」


 するとリオネルは、少し照れたように視線をそらしながらも、はっきりと告げる。


「……俺こそ、おまえに感謝している。どんなに冷たくあしらっても、おまえは俺を見捨てなかったし、こうして最後まで一緒に戦ってくれた。……今まで言わなかったが、もうはっきり言う。俺は、おまえを溺愛している……」


 一瞬息が止まるほどの告白。カリエラは胸をぎゅっと掴まれたような感覚を覚え、思わず目を潤ませる。


「リオネル様……わたくしも……同じ気持ちです」


 言い終わるか終わらないかのうちに、リオネルはカリエラの肩を引き寄せ、唇を重ねた。以前のような“義務感”や“遠慮”など一切ない、熱くて確かな口づけ。

 互いの体温が伝わるたび、愛がますます深まっていくのを感じる。長く苦しい戦いを経たからこそ、今この瞬間の甘美さがひときわ尊い。

 やがて唇を離したリオネルは、囁くような声で言った。


「これからは……もう誰にも邪魔をさせない。母上も兄貴も、どうなろうと、俺はおまえを守る。おまえが望むすべてを手に入れさせてやる……」

「わたくしが望むのは、ただ一つ。あなたのそばで、あなたの愛を感じていたいだけ……」


 それは、心の底からの真実だった。地位も名誉も、もともと彼女が望んだものではない。ただ、愛する人の隣で幸せに暮らせれば、ほかには何もいらない。

 リオネルはカリエラの髪を撫で、優しく微笑む。そのまま二人は夜の闇に溶け込み、愛を確かめ合うように寄り添いながら静かな時間を過ごした。



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6. 完全勝利と新たな生命


 それからしばらくして、公爵家では正式にギルバートの不正が認定され、公爵当主(リオネルたちの父)の名のもとに処分が下された。ギルバートは身分を剥奪され、財産の大半を没収。義母とエリザベスについても捜査が及び、金銭面での補助を受けていた事実が明るみに出て、社交界での地位を大きく失墜する。

 こうして、長らくカリエラを苦しめてきた義母・義姉・ギルバートの三人は、そろって失脚した。まさに“ざまぁ”の結末である。

 ただ、公爵当主や王宮からの配慮もあって、彼らの完全な追放こそ免れたが、それでも二度と今のような権力を振るうことはできない。ギルバートは辺境の領地で“監視つき”の生活を余儀なくされ、義母は取り巻きのいない狭い屋敷に移り住み、エリザベスは結婚話もことごとく破談になったまま社交界の表舞台から姿を消した。

 公爵家はというと、当主が高齢であることもあり、実質的にリオネルが屋敷と領地の管理を担うようになった。これまで冷遇されてきた次男が新たな重責を担い、周囲の使用人や領民から慕われながら公爵家を再生していくのだ。

 その中で、カリエラは“公爵家の新たな奥様”として、さらに社交界での評価を高めていた。彼女の持つ優雅さや聡明さはもちろんだが、なにより“冷酷だったと噂される公爵家の次男を溺愛させた女性”として、多くの貴族夫人や令嬢から興味の眼差しを向けられていたのである。


「妻を愛しすぎる公爵」――その呼び名が、今のリオネルの社交界での通称だった。以前の“氷の貴公子”という二つ名は跡形もなく消え去り、代わりに“最愛の妻のためなら何でもする公爵”という評判が広まっていく。

 リオネルはそれを恥ずかしがりつつも、けっして否定はしなかった。


「……何とでも言わせておけ。俺の愛し方が足りないと言うなら、もっと溺愛してやるだけだ」

「も、もう……リオネル様ったら……」


 そんな甘いやり取りを公然の場でも平気で繰り広げるようになったため、噂はますます盛り上がる。とはいえ、二人は気にする様子もなく、ただ幸せそうに微笑み合う日々を送っていた。

 さらに数ヵ月後、カリエラのお腹に新たな生命が芽生えたことが判明する。待望の“跡継ぎ”の予感に、公爵家は大きく沸き立った。義母やギルバートが完全に排除され、新体制になったばかりではあるが、その中での明るいニュースに、使用人や領民までもが歓喜に包まれた。

 リオネルは医師の診察結果を聞くと、真っ先にカリエラのもとへ駆け寄り、深く抱きしめる。


「ありがとう、カリエラ……。おまえが、俺の子を身籠ってくれるなんて……。これほど嬉しいことはない」

「わたくしこそ……リオネル様との子を授かれるなんて、夢のようですわ」


 その言葉を交わしながら、二人は新しい家族の誕生を心から待ち望んだ。

 こうして公爵家は、過去の不正や紛争を乗り越え、新しい未来へ向かって歩み出す。リオネルとカリエラの愛は、甘く、深く、一段と揺るぎないものとなった。



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7. 幸福の幕


 数か月後、カリエラは無事に男児を出産した。公爵家にとっては待望の“次世代の継承者”となる存在だ。リオネルは出産に立ち会い、懸命に励まし続けた。

 産声が響いた瞬間、リオネルは涙を浮かべながらカリエラの手を握りしめ、何度も「ありがとう」と繰り返す。カリエラは疲労困憊ながらも、初めて抱く我が子の温かさに、言い尽くせぬ幸福を感じていた。

 その知らせが領内にも瞬く間に広がり、領民は“新たな公爵家の未来”として祝いの言葉を贈る。使用人たちも一丸となってカリエラと赤子を支え、リオネルは仕事の合間を縫っては部屋を訪れ、愛おしそうに我が子を見つめながら、カリエラへ感謝の言葉を惜しまなかった。

 それから、ある程度落ち着いた頃。カリエラの病室を訪れたリオネルは、赤子を抱き上げ、神妙な面持ちで口を開く。


「……俺は、父から正式に“公爵家の跡継ぎ”として認められた。もうすぐ、当主の座を継ぐことになるだろう。兄貴が去った今、この家を守るのは俺の役目だ」

「わたくしも、あなたの支えとなるよう努力いたしますわ。公爵夫人として、そしてあなたの妻として……」


 リオネルは微笑みながらカリエラの手を握り、もう片方の腕で赤子を優しく包み込む。まさに家族の絆がそこで結ばれているのが、はっきりと感じられる瞬間だった。


「これまで色々あったが、結局おまえがいたからこそ、俺はここまで戦えた。どんな逆境でも、今度は俺がおまえを守る。……おまえが笑っていられるなら、それが俺の最大の喜びだ」

「リオネル様……」


 あふれる幸せに、カリエラの目尻には涙が滲む。それは、過去の苦難すべてが報われたように思えるほどの、暖かな時間だった。



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8. エピローグ: 永遠の愛


 時は流れ、ギルバートと義母、エリザベスは完全に社交界から遠ざかり、公爵家はリオネルが当主となって安定した統治を行っている。カリエラは公爵夫人として、領民や使用人から絶大な信頼を集め、穏やかな日々を送る。

 最初は政略結婚として始まった二人の関係は、今や揺るぎない“真実の愛”へと昇華していた。冷酷と呼ばれた公爵家の次男は、誰よりも優しい夫となり、カリエラを心から溺愛している。カリエラもまた、リオネルを深く愛し、その献身ぶりは社交界の噂の的だ。

 ある日の午後、公爵家の広い庭園を散策していたカリエラは、ふと足を止めた。季節は春、さわやかな風が若葉を揺らし、花壇に咲き誇る花々が甘い香りを漂わせている。その傍らには、少し大きくなった息子が、メイドに見守られながらちょこちょこと歩き回っている。

 そこへ、リオネルがゆっくりと歩み寄ってきた。執務の合間らしく、少し疲れた表情をしているが、カリエラの姿を見るとすぐに柔らかな笑みを浮かべる。


「……息子は元気そうだな。まったく、目が離せないほど動き回っている」

「ええ、わたくしも追いかけるのに必死です。でも、あなたに似てとても賢い子ですわ」


 その言葉に、リオネルは照れ隠しのように咳払いをする。そして当たり前のようにカリエラの腰に手を回し、そっと抱き寄せた。


「そうか……。だが、おまえも無理をするなよ。何かあれば、すぐ俺を呼べ。おまえが苦しむ姿なんて、もう見たくないからな」

「ありがとう、リオネル様」


 そう言いながら、カリエラはリオネルの腕の中で微笑む。やがて息子がこちらに気づき、嬉しそうに声を上げて駆け寄ってくる。

 三人はしばし手をつないで庭を歩き、温かな陽射しの中、家族としての幸せを噛みしめた。過去に受けた様々な苦難や陰謀、家族の軋轢――それらはもう遠い昔のことのようだ。

 ふと、リオネルが立ち止まり、青空を見上げる。そしてカリエラへ向き直ると、穏やかな声で言った。


「ありがとう、カリエラ。……本当に、俺にとっておまえは唯一無二の存在だ。これからも、おまえと息子を溺愛し続けることを、ここに誓う」

「わたくしも、リオネル様と息子を一生懸命愛し続けます。いつまでも、ずっと……」


 二人の視線が交わり、優しい笑みがこぼれる。政略結婚から始まったはずの関係は、愛という名の奇跡によって結ばれ、いまや公爵家を支える大切な支柱となっている。

 こうして、名門伯爵家の令嬢カリエラと“冷酷な次男”と呼ばれたリオネルの物語は、見事に“ざまぁエンド”と“溺愛エンド”を迎えた。

 苦しみや陰謀を乗り越えた先にあるのは、揺るぎない愛と、幸せに満ちた家庭。公爵家にはこれから先、さらに多くの困難や試練が待ち受けているかもしれない。だが、二人の絆は決して揺らぐことなく、互いを尊重し合い、支え合い、愛し合い続けるだろう。

 そして遠からず、その愛の物語は領内にも広まり、いつしか多くの人の胸を打つ伝説として語り継がれていくに違いない――。



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