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受付嬢は働かない

 ギルドの扉を開けると、ふわりと甘い匂いが漂ってきた。


「……え?」


 昨日の塩対応嬢と違って、今日はなんだかお菓子屋みたいな空気が流れている。


 カウンターの奥には、ふわふわのクッションに寝そべる女性の姿があった。魔女帽子を被り、片手に紅茶、もう片方にはマカロン。


「あの、受付ってこちらで……?」


「はいはい、そこの受付ゴーレムが対応します〜。私は今、ティータイム中なの」


 受付ゴーレム?


 視線を右に移すと、カウンターの内側に――無機質な石像が立っていた。身の丈二メートル、全身が黒曜石で作られている。その額には「受付中」と魔法文字が光っていた。


「……喋るの、これ?」


 返答はすぐに来た。


「ヨウコソ、ギルドヘ。クエストヲ、ゴキボウデスカ?」


 無機質な声。滑らかすぎる発音が逆に怖い。


「え、えっと……そう、クエストを一つ……できれば、今日は簡単なやつで……」


「クエスト検索中……検索中……提案クエスト:《凶暴化バイコーンの群れを鎮圧せよ》」


「ちょっと待てい!!!」


 俺は慌ててカウンターを叩いた。ゴーレムの腕はピクリとも動かない。


「いきなりA級!? なんでだよ!」


「提案理由:最新身体ダメージログ分析の結果、成長速度が平均冒険者の2.3倍と判明。A級提案適正アリ」


「そういう問題じゃねえよ!!」


「生存確率:26パーセント。自己責任で出発を推奨」


「低ッ!!」


 後ろで魔法使い嬢が紅茶をすすりながら、ぽつりと。


「でもほら、四回に一回は生き残れるってことよ? 高確率〜」


「ポジティブ変換すな!!」


 俺はゴーレムにすがるように尋ねた。


「なあ、他にないの? もっとこう、ほら、初心者向けのゴブリン掃討とか、薬草採取とかさ!」


「再検索中……適合クエスト《ゴブリン掃討》、発見。報酬額:銀貨3枚。想定危険度:ほぼゼロ。成長期待値:0.00034」


「なにこの冷遇感!!」


「再評価中……非推奨。時間の無駄。人材資源としての最適行動は、A級挑戦」


 人材資源って言った!? 俺もうただの数字かよ!


 魔法使い嬢が、笑いながら口を挟んでくる。


「この子ね、効率厨すぎて、死にかけたら強くなるってログが出ると、すーぐ地獄送りにするのよ」


「そんなサディスティック思考いらんわ!!」


「ちなみに私も少しだけ調整に関わったの。殺すぎりっぎりのラインを狙ってね。なんか、わくわくしない?」


「絶対まともなギルドじゃねえ!!!」


「でも、ちゃんと生き残ってくれば、データ的には期待の新人として優遇されるかもよ? あ、でも五回死にかけるとゾンビ適性アリになって、別の部署に転送されるけど」


「なにその地獄配属!!」


「今のところ、君はゾンビ一歩手前カテゴリ。がんばって抜け出してね〜」


 ……もうダメだ。こいつら人間じゃねえ。


「せめて……せめて何かアドバイスとか……生き延びるコツとかないの?」


「アドバイス:牙を折レ。角ヲ折レ。逃ゲルナ。死ヌナ。死ンデモ立チ上ガレ」


「ポエムかよ!!」


 魔法使い嬢がケラケラ笑って、最後に言った。


「でもまあ、生きて帰ってきたら、今度は私が受付してあげるわよ。あ、もちろんお茶飲みながらだけど」


 どうやら、どっちにしてもまともな受付嬢はいないらしい。


「塩対応嬢、早く戻ってきてくれないかな……」


 俺はクエスト用紙を握りしめ、肩を落としてギルドを後にした。

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