A級クエストを――どうにか、ほんとにどうにかクリアして、生きて帰ってきた。
剣は折れ、服はボロボロ。体力も精神も限界を超えていた俺は、全身を引きずるようにしてギルドの扉を開ける。
今日はお願いだから、まともな受付嬢であってくれ。
「おはようございます。お怪我はありませんか? ご無事で何よりです」
おお……丁寧な口調、落ち着いた声。長い黒髪、清楚な制服姿に、淡く香る紅茶のような匂い。背筋がまっすぐに伸び、カウンターの前に立つその姿は、まるで王宮の侍女か聖女のようだった。
「えっと……今日は、ちょっと楽なやつをお願いしてもいいですか?」
「はい。無理をなさらず、まずは軽めのクエストから再開しましょう。冒険者登録番号を確認させていただきますね」
おお……この人は女神か。これまでの受付嬢とは格が違う。
俺はカウンターに置かれたクエストリストから、一枚の紙を手に取った。
「じゃあ、この《スライムの群れを制圧せよ》で……」
その瞬間、彼女の目が鋭くなった。
「そのクエストは、お一人で挑むには危険です。スライムといえど、群れとなれば油断できません」
「えっ? いや、スライムだよ? ピョンピョンしてるだけの……」
彼女はすっと前に出て、紙を取り上げる。
「こちら、私が対応しておきます。お客様は、療養に専念なさってください」
「えっ、いや、でも俺……」
「三時間後に、報酬だけお受け取りください。体を休めることも、冒険の一部です」
圧がすごい。
颯爽と紙を持って奥へと歩いていく姿は、もはや受付嬢というより歴戦の軍人だった。動きに一分の無駄もなく、背中からは覇気のようなものが漂っている。
ざわ……っと、周囲の冒険者がどよめく。
「うわ、あれ……もしかして“氷刃のリシア”さんじゃないか?」
「マジで? あの、三年前にドラゴン単騎で討伐したっていう……」
「なんでそんな人が受付やってんだよ……!」
俺も思った。それな。
三時間後、俺はギルドに報酬を受け取りに来た。
「スライム討伐、完了しております。こちらが報酬です。お疲れさまでした」
袋に入った銀貨を渡される。重みはしっかりある。やった……何もせずにお金が手に入った!
――そう思った、そのときだった。
「もしかして……俺、報酬はもらえたけど、経験値ゼロ……?」
となりの冒険者が肩を叩く。
「他人がクリアしたクエストは、報酬だけで経験値にはならねえよ。ま、楽して金だけもらえたってことだな」
いや、嬉しくない。
俺は、銀貨の重みよりも、自分の成長が止まった現実にショックを受けた。
カウンターにもう一度向かい、俺は彼女に言った。
「次は……自分でやります。経験値、欲しいんで」
彼女は、わずかに口元をほころばせた。氷のように冷静だった彼女が、ほんの一瞬だけ、柔らかい表情を見せた。
「……承知しました。では、次はお客様自身の力で成果を出してくださいね」
その声には、かすかな期待が込められていた。
元S級――氷刃のリシアに、認められた気がして。
俺は、もう一度歩き出すことにした。