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一週間、持つかどうかは運次第

 ギルドに足を踏み入れた瞬間、空気が違うことに気づいた。


 受付に立つ女性は、背筋を伸ばし、無駄のない動作で書類を整えていた。姿勢、表情、視線の配り方。そのすべてが凛としていて、静かだが張り詰めた緊張感をまとっている。


 なんだ、この圧倒的な「できる人感」は。


 これまで出会った受付嬢たちは――個性的だった。小動物みたいに元気な子、姉妹で混乱を巻き起こす子、令嬢ごっこに興じる者までいた。


 正直、毎日がサバイバル。受け取ったクエストで死にかけたこともある。どこまでが本気で、どこからが悪ノリなのか、わからない日々だった。


 だが、目の前のこの女性には、そんな浮ついた雰囲気は一切なかった。


「おはようございます。本日、クエストをご希望ですね?」


 声のトーンは穏やかで落ち着いているが、明瞭で芯がある。


「は、はい!」


 反射的に背筋が伸びた。なんだろう、先生に呼びかけられたときのような、あの感じに近い。


「あなたのレベルとスキル構成は、こちらのギルド記録で確認済みです」


 彼女は一切の無駄なくファイルを取り出し、そこに目を走らせる。


「基礎ステータス、討伐履歴、装備重量……ふむ。現在の能力に見合う中で、成長に最もつながるクエストを提示いたします」


 そう言って差し出された紙には、「オーガ退治」の文字。


「やや難度は高めですが、実力的には到達圏内。報酬もよく、経験値効率も悪くありません。今のあなたに必要なのは挑戦です」


 迷いのない説明だった。まるで医者が診断結果を告げるような、静かな確信に満ちた口調。


 こちらの状態を把握し、最善を選び、根拠とともに提示する。


 プロだ――そう思った。


「これが……これこそが本物の受付嬢だ……!」


 思わず、感嘆の声が漏れた。


 これまでの日々を思い出す。あれはあれで楽しかった。いや、楽しかっただけだ。生き残れたのは運と根性だけ。だが今日は違う。背中を任せられる安心感がある。信頼できる人が、ちゃんとそこにいる――そのことが、こんなにも心強いなんて。


「ありがとうございます! このクエスト、受けさせていただきます!」


 彼女はうなずき、続ける。


「オーガの攻撃は重く、戦場は足場の悪い森。盾を持つ場合は特に、靴の滑り止め加工を確認してください。装備の軽量化も視野に。勝算は、準備に宿ります」


 アドバイスまで完璧だった。まるで、冒険そのものを見通しているかのようだ。


 俺は深く礼をして、クエスト用紙を大切にしまう。


 こんなに安心してクエストを受けられたのは、初めてかもしれない。


 ギルドを後にしようと、ふと足を止めた。


 明日も、この人に担当してもらえたらな……。


 そう思った瞬間、彼女の声がふいに後ろから聞こえた。


「本日は、七日ローテーションの最終日。次に私が担当するのは、来週の同じ曜日となります」


 嘘だろ。今日だけ……今日しかないのか。


 背中に、冷たい風が吹いたような気がした。


「俺……一週間、生き残れるかな……」


 俺は小さく呟き、肩を落としてギルドを出た。


 明日は、小悪魔受付嬢の番だ。


 果たして、どうなることやら――。

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