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第3話 囲まれる男と囲む女達

 護女子。

 都立東魔学園に入学した男子生徒は、基本的に本人が拒否をしない限り学園内での移動等に対し護衛をつける。出来るだけ男子が行動しにくくならないよう同じクラスの女生徒の中で成績優秀で品行方正、正確に言えば、男子に対し欲情しない理性を持った者か、対象男子生徒が希望する者を合計3人つける制度。

 護女子に選ばれた生徒は内申点と給与が与えられるため、それが目的で護女子を希望する者もいる。


 渡された生徒会作成のパンフレットに書かれていた『護女子』の内容を読んで、改めて一刀は震えていた。


(あ、あはは……女子に守られるんだ、やっぱり……ばあちゃん、ごめん。残念ながらオレにモテチャンスはなさそうや)


 田舎から嫁を連れて帰る使命を祖母に与えられた一刀は途方に暮れながらも、周りを囲んだ護女子を見る。

 どうやら男子生徒が入ってきた最初は、3人の護女子に囲まれた状態から学園生活を始めさせるらしい。


 前には赤のインナーカラーが入ったボブヘアー気の強そうな生徒。

 斜め前には、緩やかなウェーブのかかった金髪のお金持ちそうな生徒。

 そして、隣には黒髪ポニーテールで目元が涼やかな凛々しい学級委員である神崎。


 その神崎は一刀がパンフレットの確認をし、自身の現在の護女子について理解した様子を見て前二人の女子に声をかける。


 気付けば、藤崎はいなくなっており、一刀がパンフレットの護女子に動揺している間に申し送りを終えて授業に向かったようだった。


 見回せば3人の女子生徒に囲まれじっと見られており、気付いた一刀が身体を固くさせるとくすくすと環奈が笑い、落ち着いてと目で伝えながら自己紹介を始める。


「じゃあ、厳島君。ちょっと1限までの時間もあまりないから簡単に自己紹介しておくわね。改めて、私の名前は神崎環奈です。このクラスの学級委員で、生徒会の書記もやっています。ダンジョン探検部にも所属しているけれど、基本的には厳島君の帰宅までしっかりと護衛させてもらうから安心してね」


 そう言って耳に垂れている黒髪を掻き上げ微笑む環奈に、一刀は固まった笑顔で曖昧に頷く。


「よ、よろしく」


(めっちゃ凛々しい女子やん! こんなかっこよくて出来る女子がおったらオレにモテチャンスなんてこんやん!)


 心の中での絶叫と環奈に対する嫉妬を隠すように、斜め前の金髪の女の子の方に視線を向けると、金髪女子は姿勢を正し、美しいお辞儀で一刀に挨拶してくる。


「はじめまして、厳島さん。わたくしの名前は、九十九里玖須美(くじゅうくり・くすみ)と申します。お好きなようにお呼びください。わたくしは父がダンジョン向けのアイテム開発企業に勤めておりまして、錬金研究会に所属しております。あとは、ダンジョンでは魔法使いの役割を担っておりますので魔法研究部にも所属しています。どうぞよろしくお願い致します」


「九十九里のお父さんは社長さんだから、お嬢様だし、九十九里は田舎の嫁には難しいと思うよー。それに、九十九里は3年のセンパイ狙いだしねー」


 いきなり会話に割り込んできた赤インナー女子の言葉に目を見開き身を乗り出す玖須美。


「ちょっと! 赤城さん! あはは……まあ、婚約を検討している最中でして……ですが、護女子としての役割はしっかりと果たすつもりですのでよろしくお願い致します」


「そうなんだ。ヨロシクオネガイイタシマス」


 一刀は出来るだけ頑張って笑顔を作り深々とお辞儀する。


(ぬわあああああああ! お嬢様なんて赤い子が言う通り絶対に田舎になんか来てくれんやろ! しかも、お相手もいるようだし、そうだよな、世の中そんなに甘くないよな……)


 顔が中心にしょんまりしそうになるのを必死で押さえながらさっき割って入ってきた赤いインナーカラーの女子を見ると、小さく溜息を溢し持っていたスマホを置いて肘をついたまま一刀に話しかけてくる。


「赤城杏理。アタシは基本男子に興味がないからさ。そういう意味では安心して。給料の為にも頑張るからさ、アンタも出来るだけ協力してくれると助かる。よろしくね、厳島」


「ありがとう、よろしく」


 手をひらひらさせ挨拶してくる杏理に対し、一刀も手を小さく挙げ応える。だが、内心は大きく震えていた。


(も、もうだめや! クラスのほとんどの子が興味なさそうやし、接点が増えそうな護女子の子達は全然オレに興味なさそうやし! これからオレはどうすればええんや! 教えて、魔凛ねえちゃーん!)


 頼りになる従姉の名を心の中で呼びながら一刀は途方に暮れる。だが、そんな一刀を授業は待ってくれない。


「では、皆さん。今日は1限からダンジョン研修ですからね。今日は藤崎先生が厳島さんの件でバタバタしてらっしゃったので、あまり時間がありませんので急いで着替えて向かいませんと」


 玖須美がパンと小さく手を叩くと、環奈も杏理も立ち上がる。何故かそれに合わせて他の女子たちも慌てて立ち上がり準備を始め一刀は首を傾げたがすぐに理由が思い当たり、一刀も慌てて立ち上がる。


(そうか! オレのせいでみんなを待たせてたんだ! いかん! これ以上迷惑をかけて印象を悪くさせるわけには!)


「そうね、私達はダンジョン研修参加するけれど、いっと、う、くん、は……っ」


 環奈が玖須美の言葉にうなずき、一刀の方を見て言葉を詰まらせる。


 環奈の視線の先には、慌てて制服のシャツとインナーを脱ぎ始める一刀の姿。


「ななななななななにしてるのおおおおおおおおおおおおおお!?」


 思わず教室に響き渡る声で絶叫する環奈に驚く一刀は手を止めインナーシャツを首にかけたまま環奈に応える。


「え? え? だって、ダンジョンに行くから防具に着替えるんでしょ? で、オレがはよ着替えんからみんな待たせちゃってるんでしょ? やから、はよ着替えて出て行こうと……」


 そこで一刀は環奈の両手が自身の顔を隠すように広げられ指の隙間からちらっとだけ見ているのを確認し、自分の間違いに気づく。


 だが、時すでに遅し。


 顔を真っ赤にした環奈がポニーテールを振り乱し、大声で怒ってくる。


「男子はちゃんと鍵付きの更衣室があるからそこで着替えなきゃ駄目でしょうがぁああ! そんな、筋肉、美し、じゃなくて、危険だよ! さ、さあ、案内してあげるから行きましょ! 行くよ、二人とも」


「え、ええ! 行きましょう行きましょう!」


「う、うん。そだね、行こう」



 環奈に無理矢理インナーシャツを下ろされ、ダンジョン探索用バッグを引き剥がされ玖須美に持ってもらう。

 そして、真っ赤になった環奈に手を引かれ、壁と逆方向の横には杏理、背後には玖須美と囲まれながら教室を去っていく。


 そんな4人が去っていった丁度10秒後、2年9組の教室は破裂したように大騒ぎとなる。



「何、あの男子、超サイコーなんだけど! 奇跡じゃん!」


「滅茶苦茶丁寧なのに、田舎から嫁を探しに来たってマジ!? あの人となら全然田舎暮らしもオッケーていうか、むしろ、田舎で二人きりのスローライフ、最高過ぎる……!」


「バカね……あれだけの優良物件なら、嫁は一人なわけないでしょ……絶対その一人に私はなる!」


「万々宮ちゃんが『産まれそう』って言ってるけどどうする? まあ、ただの想像妊娠だし、ほっとこうか」


「ていうか、さっきの身体見た!? 男子なのにめっちゃ筋肉あったんだけど! エロ過ぎてまた鼻血出すところだった」


「一先ず、あと11か月は彼と一緒な教室にいられるんだよね……最高すぎんか?」


「「「「「「きゃあああああああああああああああああああ!!!!」」」」」」



 一刀は、自身の嫁立候補者が続々と教室で名乗りを上げていたことに気付かずに更衣室へと連れていかれていた。

 大騒ぎの教室と違って無言早歩きで進む四人だったが全員宮中は穏やかではなかった。


(あああああああ! またやらかした! デリカシーのない男は嫌われるのに! オレはどうしたらええんや!)


(危険すぎるよ一刀君! 何、あの身体、筋肉! あまりの衝撃過ぎてみんなが呆気にとられてくれて本当に良かった。ていうか、私も混乱防止のマジックアイテムつけててよかった……あああああああああああ! 性格よさそうでめちゃくちゃ私好みの男の子なんだけど! 頑張るのよ! 環奈! 絶対に護女子から外されないようにしないと!)


(なんなんですの!? なんなんですの!? この方は! もしかして、中馬先輩よりも断然一刀様の方がよいのでは……? でも、九十九里の血を残す為には競争率が高すぎるかしら? でも、これだけのジェントルマン、嗚呼素敵すぎますわ! 一先ず、この件はお父様に相談するとして、動いた場合の為にもしっかりとわたくしの淑女っぷりと有能であることをアピールせねば! それにしても教室で着替えている時に香ってきた一刀様の香り、すごく野性的でうふ、うふふふふふふふ!)


(あー、やばい。なんでアタシまで顔熱いんだろ。いや、ていうか、おかしいでしょ。男子なのにあの筋肉、それに、傷跡もいっぱいあって、その、ぶっちゃけ、めっちゃかっこいい身体だったんだけど、その上小中の時の奴らとか1組のアイツみたいな生意気そうな感じでもないし、なしじゃないけど、ああああああああ、くそう! さっきの裸、もう一回みせてくれないかなあ! と、とりあえず、もうちょっとコイツは見張ってみよう!)


「……じゃあ、着替えてきます」

「「「……ハイ、イッテラッシャイ」」」


 4人とも平静を保つのでいっぱいいっぱいだったが自分にいっぱいいっぱい過ぎて他の人間の事にまで気が回らなかったようだった。



 そして、数十分後。3人を含めた9組の女子たちの心中は更に騒がしくなる。




 魔力で稼働し、ダンジョン配信にも使われる魔動ドローンで撮影されていたのは、一刀。


 軽快に動き回り、小鬼達の矢は全て躱し、近接攻撃は小盾で流れるように美しく全て捌き、逆の手に持った短剣で一匹につき一撃で力強く首を狩っていく姿がドローンの中と2年9組の女子たちの脳内に記録されていく。


「うおりゃああああ! ……っふう、てな感じで田舎では一人でダンジョンの間引きをやってて……って、あれ? やっぱり都会のやり方はも、もっとスマートだったりする……あの、先生……オ、オレ、何かやっちゃいました……?」


 褐色肌で眼帯を付けたダンジョン担当の教師、平家がにやりと笑いながら一刀の発言に応える。


「厳島……お前、これから大変だからな。頑張れよ、私は応援する、いろいろな」



 田舎から嫁探しにやってきた男子高校生、厳島一刀。


 彼はまだ知らない。


 入学一日目一限目にして多くの女子に色んな意味で目をつけられてしまったことを。


 これから彼の奪い合いが始まることを。


 そして、努力し、実力ある上に優しい男子をどれだけ現代社会の女性が求めているかを。


 更に、世界を揺るがす大事件にも巻き込まれていく事を、ただひたすらに今は女子から引かれているんじゃないかと勘違いしている無自覚たらしな彼はまだ、知らない。

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