目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第34談 怪獣魂

 私の趣味ですが、子供の頃から特撮ヒーロー作品が好きなんです。


 『ウルトラマン』や『仮面ライダー』など、日本人なら誰でも知ってるメジャー作品は当然の事。マニアしか知らないようなマイナー作品なども観まくってきました(笑)。


 今回皆様にお伝えする話は、私が特撮趣味を通じて知り合った友人のNさん(仮名30代男性)から聞いた体験談となります。


 ほんの数年前までは、「ありふれた、どこにでもあるローカルヒーロー活動」だったのに、ある年の夏の日を境に、彼の世界はほんの少しだけ〝こちら側〟ではなくなったのです。


 Nさんは、某県某市で活動していたローカルヒーローサークルのメンバーでした。


 活動の中心は、地元の商店街で行われるお祭りや、ショッピングモールのイベントスペース。


 毎年恒例の夏祭りヒーローショーでは、多くの親子連れが観劇にやってきたそうです。


 その永遠に繰り返されると思っていた平穏な日常は〝あれ〟によって崩されることとなりました。


 ある年の春。季節外れの冷たい風が残る頃、Nさん達はSNSを通じて新メンバーの募集を始めました。


 それを見て集まった中の1人が、今回のキーパーソンとなる人物のWさん(仮名60代男性)です。


 彼は造形担当としてサークルメンバーに志願してきたそうです。


 地元の公民館で開催したメンバー募集の面接場に、Wさんは年季の入った工具箱を片手に、革のエプロンを身に纏い現れました。口数は少なかったが、瞳は異様なほどに輝いていたそうです。


「昔ね、俺は円谷プロに入りたかったんだよ」と、彼はNさん達にぽつりと言いました。


 ……その後、正式なサークルメンバーとなったWさんは、夏祭りに向けてヒーローショーの敵役となる怪獣の着ぐるみを制作することになりました。


 Wさんが持てる造形技術の全てを注ぎ込んで誕生した〝その怪獣〟は、〝ゴジラ〟を彷彿とさせる王道スタイル。しかし細部の完成度が違いました。


 鱗の一つひとつが手作業で張り付けられ、甲殻は硬質パテで厚く盛られ、牙や爪は、鋭く尖っており、眼には赤黒く光る反射板が埋め込まれていたそうです。


(ショーのための造形にしては、あまりにも本格的すぎる)


 完成した着ぐるみを見たNさんは、そう思いました。


 ある意味でローカルヒーローショーという枠組みからは〝浮いている〟ほどのクオリティでした。


 そして、その怪獣スーツは、ショーの当日までWさんの自宅ガレージに保管されることとなりました。


 


 は夏の夜にしては湿度が低く、虫の声も妙に少なかったそうです。


 Wさんが、着ぐるみのメンテナンスのためにガレージを開けたとき、彼は奇妙な違和感を覚えました。


 照明を点けた瞬間、着ぐるみが……


 正確に言うと、「目が合った」という感覚ではありませんでした。怪獣の目から、Wさんの全身を刺すような〝意識〟のような物を感じたそうです。


 しかも、それは2



 ガレージに鍵はかかっていたし、Wさんは独身だったので、自分以外に出入りした者もいません。


 しかし、


 「気のせい、だよな……」


 と自分に言い聞かせながら、彼はメンテナンスを終えた。


 ガレージを出ようとした時、Wさんの背後でわずかに「ギチ…」という音が聞こえたそうです。


 ラテックスの軋みとも、誰かの喉が鳴るような音ともつかない、薄気味悪い音でした……。


 ショー当日。


 Wさんの造った怪獣は、台本通りヒーローと激しいバトルを繰り広げておりました。


 だが、クライマックスの直前、怪獣が突然グラつき、そのままステージから転落してしまったのです!!


 予期せぬアクシデントで、観客席はどよめき、怪獣の中に入ってたスーツアクターは頭部を強打して意識を失ってしまいました。


 当然のことながら、その場でショーは中止になったそうです。


 搬送された病院で、スーツアクターは意識を取り戻し、こう語りました。


「……中に入ってる途中で、〝何か〟が俺を抑え込んだんです。着ぐるみが急に〝ズーン〟と重くなって、身体が一切動かなくなって。まるで着ぐるみの素材が突然〝鉄の固まり〟になったのかと思ったくらいでした……」


彼の表情は、単なるケガ人の〝それ〟ではありません。まるで、何か〝見てはいけないもの〟を見た者の顔でした。


……ここまでの経緯をNさんに話したWさんは、最後にこう言いました。


「実は……俺の造った怪獣が夜中に動いていたのさ。正確に言うと……」


彼の言葉を聞いたNさんは、背中に冷たいものが這うのを感じたと、私に話してくれました。


それは、単に「不気味な夢」の話だったからではありません。


 Wさんが口にした〝夢の中の光景〟が、まさにNさんがショーの準備期間中に一度だけ目撃した、ガレージの中の〝奇妙な影の動き〟と一致していたからです。


あの日、Nさんは、ショーの打ち合わせでWさんの家を訪れていました。


 本番前に、もう1度怪獣を見たくなったNさんは、Wさんの許可を得て1人ガレージに行きました。


 その際、彼は確かに……。


 その時の彼は(着ぐるみが、すきま風か何かで揺れたんだ!きっとそうだ)と、無理やり自分に言い聞かせ、深く考えないようにしていたのです。


 その出来事が、〝夢の中で出てきた〟というWさんの証言と完全に重なってしまった。


「偶然にしては出来すぎてる……」


Nさんはそう呟いたあと、しばらく黙り込んだといいます。


古来より、「物には魂が宿る」と言います。


特に人の手で長く作られ、強い想いが注がれたものには、〝形〟ではない何かが残るとも……。


Nさん達のヒーローサークルが、翌年以降の夏祭りショーに参加することはありませんでした。


そして件の着ぐるみは、いまもWさんのガレージの片隅にあるそうです。


Wさんはもちろん、Nさん達サークルメンバーの誰も近づこうとしません。


なぜなら、あの夜と同じ〝音〟が、時折聞こえるからです。


「ギチ……ギチ……」と!












この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?